19. 非日常の中で
「俺、いつから寝てた?」
目的の駅に降り立ってからというものの恥ずかしさで顔が熱い。
同級生の女子に寝顔を見られて起こされて無防備な欠伸まで見られたのだ。だらしないったらありゃしない。
「えーっと30分くらい?」
移動時間のほぼ半分じゃないか。
「それは……ごめん」
「謝ることないよ。もともと現地集合だったんだから行き道で何してても赤嶺くんの自由だもん。一緒だったから寝過ごさなくてよかったね」
「うん。ありがとう」
「あっ、寝癖ついてるよ」
甲斐が俺の頭に手を伸ばす。身長差がほとんどない俺たちだったが、今日に関してはなんなら甲斐の方が目線が高い気がする……視線を落とすと甲斐が少しだけヒールの高い靴を履いていた。
下を向いたのが甲斐の手を受け入れたと捉えられたのか、甲斐が俺の頭を手櫛するように撫でる。驚いて顔を上げると目と鼻の先に甲斐の顔があった。
「ちょっと、いい、大丈夫だから」
慌てて甲斐の手から頭をひいて距離を取る。
「でももうちょっとで直るよ?」
「お手洗い行ってくる。だからごめんだけどちょっと待ってて」
俺は慌てて駆け出した。
鼓動が早い。恥ずかしさからか緊張からか、あるいはまた別の感情か。
火照りを覚ますようにトイレで顔を洗う。ついでに髪も整える。
「ごめん、お待たせ」
「ううん。全然大丈夫だよ」
改めて甲斐を見ると当然ながら学校で見る制服姿とは雰囲気が全く違った。
白いシャツの上にデニムジャケットを羽織っていていつもより活発な印象を受ける。逆にスカートは制服と比べて丈が長く、風を含んで膨らむ裾から見える足はスラリと伸びている。対照的にいつもと変わらずさらりと流れる長い黒髪はカチューシャが添えられており、良いアクセントになっている。白いトートバッグも紺の学生鞄と比べるとなんというか、ゆとりがあって開放的な印象だ。
端的にいうと可愛い。普段の制服姿が真面目な優等生という印象なだけに、ガラリと雰囲気が変わった今日の姿はより一層際立っている。もとの容姿が良いのもあって本当に見惚れるようだ。
もちろん、そんなことを本人に伝えはしない。きっと甲斐はそんなもの求めていないはず。
そう思っていたのに……
「なんだか赤嶺くん、学校の時と雰囲気違うね。おしゃれだ」
甲斐がそんなことを言うものだから嫌でも意識してしまう。
「そんなこと全然ないよ。恥ずかしいからあんま見ないで……ていうか、甲斐の方がおしゃれだし雰囲気も違って大人っぽいというか……」
これはあくまで俺が褒められたことに対する礼儀としてのコメントだ。進んで言ってるわけじゃない……言葉選び気持ち悪くないかな?
「いやいやいやいや。こんな、全然。高校に入ってから全然遊びにいくことなかったから何着たらいいかわかんなくて。変じゃないかな?」
不安そうに首を傾げる姿がずるい。
「全然変じゃない。むしろ似合ってるよ」
「そっか。よかったあ」
ほっとしたように胸を撫で下ろす姿も、意識してしまうと一挙手一投足が可愛く見えてしまう。
学校の中でだって似たような表情、動作を見たはずなのに、学校の外で見慣れない服装をしている非日常が俺を惑わせる。
「た、立ち話もなんだし、さっさと回ろうよ。いろいろ調べてきてくれてるんでしょ?」
「あ、そうだね。うん。行きたいお店とか食べたいもの調べたから、赤嶺くんも気になるところがあったらなんでも言ってね」
古庄と仲良くなるための作戦を考えた時に事前に情報を収集しておくことの重要性を説いたおかげか、甲斐は今日のお店についても事前に下調べをしてきてくれた。電車の中でおすすめのお店をいくつも紹介してくれたあたり、今日のリハーサルにかける情熱も並みのものではないようだ。
「さっき見せてくれたからあげ串とか美味しそうだったよね」
「そうだよね! 私もあれ気になってたんだ。ここから少し歩くみたいだし、そこ目指しつつ途中のお店見て回ろっか」
甲斐が歩き出すのに合わせて同じ歩幅で俺も歩き出す。
観光地ということもあってメインの通りは人で溢れていた。外国人観光客らしき人や少し年上の大学生らしきグループが多くて、同世代はほとんど見かけない。それがまた気楽で助かる。
甲斐はというと、この上なくはしゃいでいた。
「あのソフトクリーム美味しそう! 赤嶺くんはバニラ派? チョコ派?」
「見てこのシャツのロゴ可愛いよ! こっちのは面白い!」
「ビールも色んなとこで売ってるね。苦いらしいけどどんな感じなんだろう」
並んでいるお店一つひとつにコメントしていくのかというくらい言葉が絶えない。俺は合いの手を入れるように細かく返事をする。
「あっ、ジャガバターだって。美味しそう」
「食べる?」
「うーん。からあげが待ってるから今は我慢する」
「ジャガイモはお腹溜まるもんね」
「そうなんだよねー。あっ、このお土産屋さん入ってみてもいい?」
「いいね、行こうよ」
土産物屋らしくご当地の味付けがされたお菓子やこういう場所じゃなければ買わないようなキーホルダーが並んでいた。
「このお菓子美味しそうだなあ。自分へのお土産に買って帰ろうかな」
甲斐は抹茶味のクッキーを手に取っていた。自分へのお土産にしては30枚入りは大きすぎる気もする。
「今買うと荷物になるんじゃない?」
「あっ、それもそっか。じゃあ帰りだね」
クッキーの箱をもとに戻すと、甲斐は続けてキーホルダーを眺め始めた。
「何か気になるのでもあった?」
「欲しいってわけじゃないんだけど、昔こういうの集めてたなって思って」
「へー。旅行とかよく行ってたんだ」
「そんな頻繁ってわけじゃないけど、家族旅行で行って見つけたらご当地っぽいもの買ってもらってたなあ」
「最近は買ってないの?」
「だんだん興味が薄れていっちゃったみたいで最近は全然。でも、せっかくだし買っていこうかな……赤嶺くんはこういうの興味ないの?」
「俺は全くだね。キーホルダーはあってもつける場所に困るし」
「鍵につけたらいいんじゃない? キーホルダーっていうくらいだし」
「一理あるかも……けどここに気にいるのはないかな」
「そっかあ」
後でお菓子を買いに戻るからと、結局2人とも何も買わずにお店を出た。
そこから少し歩いたところに目的のお店を見つける。ちょうどお昼前の時間帯でお店には少し列ができていた。
「わー並んでるね」
「やっぱ有名なとこだけあって人気だね」
「これは味も楽しみだ」
回転率が早く、見た目以上にすぐに順番が回ってきた。
「からあげ串2つください」
「1つ600円か」
俺が財布を取り出すのを甲斐が静止した。
「ここは私が払うよ」
「いやいや、何言ってんのさ。普通に各々の分は自分で出せばいいじゃん」
「いやいや。とりあえず、ほら、並んでるから私が出すね」
レジ前でもたつくのは確かに良くないということで、一旦俺が折れることにした。
「本当にいいから」
「いや、悪いって」
なんで甲斐が俺にご馳走してくれるのかわからない。これがデートなら男が女の分も払うというイメージもあるが、男女が逆だしそもそもこれはデートではない。
「これはお礼というか、赤嶺くんに協力してもらったおかげで少しずつ私の学校生活が楽しくなっていってるの。だから、これでチャラとかそういうのじゃないけど少しずつ返して行きたくて……せめてこれくらい受け取ってよ」
「別にお礼が欲しくて甲斐に協力したわけじゃないのに」
そう、あれは俺が罪悪感から逃れたくて始めたことだ。
「それはわかってるよ。でもこれは私がしたいからしてることなの。ね、ほら、早くしないと冷めちゃう。美味しいうちに食べようよ」
甲斐は意地でも譲らないという雰囲気を出しながら串を渡してきた。
確かに、ここでお互い意地を張っていても始まらない。それならそれでこちらも考えがある。
とりあえずは美味しいものを美味しいうちにいただくとしよう。
俺は甲斐から串を受け取って1番上の唐揚げにかぶりつく。
「うまっ!」
「ね、美味しいね!」
カラッと上がった衣から肉汁が溢れ出す。揚げたてで熱々なからあげたちを俺と甲斐は勢いよくたいらげた。




