16. 顔を見ずとも伝わること
『今日図書委員だから18時からのやつ無理だわ』
放課後、文芸部の部室から甲斐に連絡を入れる。
「君がスマホをいじるなんて珍しいね」
椎菜先輩が意味ありげにニマニマと笑ってくる。
「文鎮じゃないんですから、俺だってたまには使いますよ」
「高い買い物して手に入れたものなんだから有効活用しないとね」
「そういう先輩も割と持て余してそうですけどね」
「言ってくれるじゃない」
椎菜先輩との間には自然と言葉が生まれてくる。
それは彼女の人柄がなせる技なのかもしれない。しかし否が応でも昼間の甲斐と古庄の会話を思い出してしまう。
甲斐は今後、古庄とどんな関係を築いていくのか。事前調査した話題は昼休みの会話の役に立ったのか。彼女達の関係が成熟したときに、2人は今日見せたどの関係性に落ち着いていくのか。気になることは山ほどあるがどれも想像の域を出ることはない。
こんなことなら昼休みに逃げるように学食へ行くべきではなかった。
甲斐と初めて会った日も同じように逃げて後悔したくせに、自分自身の学習能力の無さにほとほと呆れる。
『前みたいに図書室で待つのはダメ?』
狙いすましたように甲斐からの連絡が来る。先週は御手洗に適当な理由をつけて帰ってもらったが、それを毎週繰り返すわけにもいかない。
『流石に毎回は難しいかな』
『じゃあ今晩、電話できない?
言いたいことがあるから』
続けて送られてきた絵文字は怒っているような気合が入っているような顔文字だった。こうなることは想像していた。真面目な優等生の甲斐を騙して忘れ物をさせたわけだし、それによって彼女の心の準備を待たずして古庄とのコミュニケーションを発生させた。
結果は一見良好そうに見えたが、それとこれとは話が別ということだろう。
実際、俺がやったことは側から見ればかなり悪質だ。他に情報を得る手段を持たない人間に誤情報を流して罠にはめた。甲斐の普段の行いがあったから教師からも大して怒られなかったが、そういう普段積み上げてきた甲斐の信頼を貶める行為とも言える。
考えだすとキリがない。つくづく後悔してばかりだ
「まーたスマホ見ちゃって、もしかして彼女でもできたのかな?」
スマホをいじる俺に対して、頬杖ついた椎菜先輩がニヤニヤと顔を覗き込んでくる。
「か、か、かっ、かのっ……!?」
椎菜先輩の言葉に反応して財津が奇声を発した。
集中して本を読んでいるように見えて意外とこちらの話も聞いているんだな。
「彼女なんてそんなのいませんよ。大体、先輩がうるさいから財津が迷惑してるじゃないですか」
「なーんだ。違うのか。まあ君に彼女ができたら私が悲しんじゃうからなー」
「相手されなくなって寂しくなっちゃうからですか?」
いつものように軽口を叩いたつもりだったが、椎菜先輩は一瞬だけふっと真顔に戻った。それから何もなかったように戯けて俺に笑いかける。
「君がそう思うならそれでいいよ。でも、あんまりぞんざいに扱ってるとそのうちいなくなっちゃうかもよ」
「ははっ。なんですか、それ」
程なくして委員会の時間が来たので俺は部室を出た。
甲斐への返事を送っていないことを思い出してスマホを取り出す。簡潔に了承のメッセージを送った。
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『今から電話するね』
『了解』
時刻は夜の9時を過ぎたところ。晩御飯を食べてちょうど風呂を上がったばかりだ。
スマホが鳴る。
朝の嘘に加えて、事情があったとはいえ今日は会う誘いを断っている。甲斐の第一声が少し恐ろしい。
「もしもし」
「あ、もしもし赤嶺くん? ごめんね。遅くに」
予想に反していつもと変わらない甲斐の声にホッとする。
「いや、こちらこそ今日はごめん……色々と」
「本当だよ! 今朝すっごい焦ったんだからね。忘れ物なんて小学生以来だし。みんなの前で注意されるの恥ずかしかったし……でも、きっかけくれたんだよね? ありがとう」
甲斐の声は終始明るく、俺を責めるようなことは決してなかった。
「甲斐さんがわざと忘れるのは嫌がるかなと思って勝手なことした。結果オーライだったかもしれないけど、それで甲斐さんの印象が崩れたり評価が下がったりする可能性もあったし、改めて考えると無茶苦茶やってしまったよ。本当にごめん」
「赤嶺くんは優しいね」
「そんなことは……」
「そんなことあるよ。だって今日、赤嶺くんの作戦はうまくいって私は楓ちゃんと話すきっかけをもらえたんだもん。それだけで十分赤嶺くんは誇っていいの。だから私の評価とかは気にしないで。それに今の私が持たれてる印象なら崩れた方がよっぽどいいもん」
「……ありがとう」
俺はどこか釈然としないまま、電話越しの甲斐へ頭を下げた。
「それで、今日はどうだったんだ?」
「どうって……赤嶺くんの聞いてた通りだよ」
「今日は昼休み学食に行ってたからどうだったか聞いてないんだ」
「えっ? そうなの? てっきりいつもみたいに自分の席でご飯食べてるんだと思ってた。なんで今日に限って学食なの?」
「別になんでって聞かれるほど理由があったわけじゃないし、たまたまそう言う気分だっただけだよ」
俺は嘘をついた。
「そっか。昼休みはね、この学校に入ってから1番楽しい昼休みだったよ。楓ちゃんとそのグループに入れてもらって一緒にご飯食べて、それから数学の宿題を一緒にやって、終わってからはおしゃべりして……最後にまた明日も一緒にご飯食べようって誘われちゃった」
声だけでもわかるくらい、甲斐は上機嫌だった。
「それを聞いて安心したよ。予習の成果は出せた?」
「それもね、赤嶺くんに教えてもらったカフェの話ができたんだよ! 先回りしてるみたいでちょっと悪い気もしたんだけどみんなとちゃんと話できた気がする。それ以外の話題の時はずっと聞いてばかりだったけど……」
「だとしても大きな進歩じゃん」
人の気持ちがわかるわからないという甲斐が当初掲げていた問題については棚上げしたままだが、友達ができて楽しく過ごせるのであればそれはそれで問題ないだろう。
「それでね。赤嶺くんにまた相談があるんだけど……いいかな?」
「ダメって言ったら言わないの?」
「意地悪だなあ。じゃあ勝手に言わせてもらうね」
「次の土曜日、一緒に遊びに行ってくれない?」
「嫌だ」
「即答することないじゃん」
「先週も断ったでしょ。それにこの間話した通り、俺は甲斐と一緒にいるところを学校の人間に見られたくないんだよ。それは甲斐がダメってわけじゃなくて俺個人の問題だから勘違いはしないで欲しいんだけどさ……」
「わかってる。赤嶺くんは目立ちたくないんだよね?」
「よくわかってるじゃん」
甲斐の俺に対する理解が深まっていることがなんだかむず痒かった。
「だったら学校の人が来ないくらい遠いところでだったらどう?」
「なんでそこまでして遊びたいんだよ」
「来週の月曜日、放課後楓ちゃんたちと遊びに行くことになって、その予習がしたくて……ダメかな?」
こう言われてしまうと弱い。
甲斐に協力すると話した手前、もう少しだけ彼女に協力する必要があるだろう。
「仕方ないな……今回だけだから」
「やった! じゃあ場所は……あっ、お母さんが来たみたいだからごめん、切るね。詳しいことはまた連絡する!」
それだけ告げて電話が唐突に切れた。
あまりの慌ただしさに先程の約束が本当なのか疑わしくなる。
次の週末に甲斐と遊びに行く。
客観的に見れば、学年で1番可愛い女の子からデートに誘われたことになる。
誰とも関わりのない平穏な学校生活を望んでいるくせに、俺は甲斐との約束に少なからず浮かれてしまっていた。
だからこそ、疑いたくなるし信じられなくなる。
そして決意して1人を選んでいる自分が揺らいでいくのが恐ろしくなり、現実から目を逸らすようにそのまま目を閉じた。




