Instrument,Catharsis 〜インスタルメント・カタルシス〜
Act,1 あくる日を願う者
………………もう、これで何度目だろう?
絶えない怒りと憎悪が引き起こす惨劇の数々。鳴り止まない警報。今日もまた、いとも簡単に生命が奪われる。
— — —『争いなんてしない方がいい』誰かがかつて言った言葉だ。でも、こんな願いも今や綺麗事として片付けられる。平和なんてもの、とっくの昔に失われてしまったのだから。
ある日突然、市内で始まったこの抗争。美しかったマドリードは、この国は荒廃してしまった。血で血を洗うような毎日が、この世界の普通になってしまったことが嘆かわしい。
そんなことを森の中、ギターを弾きながらぼんやりと考える。
最近は隣国もこの争いに介入したそうで、もはや国内の抗争から大規模な戦争に発展しているらしい。この前の新聞には、近くの町が爆撃に遭った。そのことで、ある芸術家はそれを知って湧き上がる怒りと悲しみを絵に描いたんだとか。そんな知らせばかりが、連日伝えられる。
「…………まぁ、こんなことを子供の俺が考えたところで何も変わらないけどね」
俺はカニサレス・フアン、孤児院で過ごす子供達の一人。いつも、子供達のお世話を手伝っている。俺が一番年上だからね。最近は、身寄りのない子供達がすごく増えてきているから忙しい。
「ふぅ……、久しぶりにギター弾いたなあ。やっぱりいいな〜、ギター弾いてる時が一番落ち着く…」
俺が小さい頃お父さんに教えてもらってから、ギターはずっと弾いている。お父さんが疫病で亡くなる前はいつも一緒に弾いてたっけ。……懐かしいなぁ。お母さんのことはあまり覚えてない。俺が生まれてからすぐに亡くなってしまったから。正直、お母さんとの思い出は殆どない。
早くに両親がいなくなってしまった俺を今まで支えてくれたのは、孤児院の先生達とお父さんの遺したこの使い古されたクラシックギターだ。
孤児院の先生達は皆んな優しいし、子供達もやんちゃでちょっと生意気だけど可愛い。でも、なんやかんや言って一番ギターを弾くのが好きだ。だって、— — —ギターを弾いていると今はもういない両親との思い出に浸れる気がするから。そんな、ちょっと不思議な気持ちになれる。
「……もう寝て明日に備えなきゃな。分かってる、はずなのにな……」
もう月が俺の頭のてっぺんに昇っている、こんな荒れた世界でも暗闇の中で星が瞬いている。それらの光は、遠くの戦場から所々立ち昇る煙によって遮られそうになっていた。
………………寝たくない。明日を迎えるのが嫌で堪らない。
日夜構わず戦火の絶えないあの場所を見て、ブルっと身体を震わせる。そして、それと同時にあの事が脳裏をよぎる。
今日の朝、郵便受けに入っていたあの赤い手紙。
『— — —戦場に送り出す兵士の数が減っている為、十八歳以上の者達を小さな村から一人以上出すこと』
それだけ書かれた手紙が届いていた。
これだけ長く戦争が続いているんだ、ありえない話ではない。それに………、俺達の村を戦場に変えてしまうくらいなら……。そうやって、必死に自分に言い聞かせた。
先生や子供達のには話さなかった。いや、もしかしたら手紙が届く前にそのことが知らされていて、皆んなはそのことを知っていた上であえて話さなかっただけかもしれない。
………だから、この日は俺にとっての最後の日だ。“俺にとっての日常”が終わる、最後の……。
だから少しでもこの日を楽しむ為に、繋ぎ止める為に俺は寝ないでギターを弾いている。明日になれば、嫌でも人を殺さないといけない。自分が少しでも長く、生きる為に。
「お父さん、お母さんごめんなさい。俺は、早くそっちに行ってしまいそうです」
吐き出すようにそう言って、大きく息を吸う。
…………今日はいつもと違う曲が弾きたいな。なんとなくそう思って、俺はあの曲を弾き始めた。
お父さんが教えてくれた曲の中で一番好きなもの。誰が作ったのか分からない、どこか切なくて哀愁漂うこの練習曲を。
姿勢良く切り株の上に腰掛けて、右足の太ももにギターのボディーのクビレ部分を乗せる。
この時に、右耳に着いているピアスに触れるのが俺の癖だ。そして、右肘をボディーに軽く乗せて呟いた。
「………………【禁じられた遊び】」
俺の手によって、不器用に切なげにそれは奏でられる。まだまだお父さんのように上手く弾けないけれど、だいぶ様になってきた。……お父さん、見てるかな。
ギターの音は風と共に優しく草木を撫でて、夜の闇へと溶けていく。俺の思いを乗せて、儚げに。
きっと、俺も忘れてしまうのかな。戦いに明け暮れて心は荒んで、身体はぼろぼろになっても誰かを手にかけることをやめないだろう。そして他の大人達と同じように、…………遊戯を、安息をくだらない物だと言い出すのかな。
それだけは……、避けたかったことだったんだけど。やっぱり、抗えないか。
そんなことを考えていた時だった。
「………ッ!?何っ、眩しい……」
ふと、俺の身体とこの場所一帯がまばゆい光に包まれる。
まさか……、ここにも爆弾が落ちてきたのか……?光はどんどん強くなって、辺りはだんだん色を失っていく。
逃げようにも身体が動かない。そんな、先生や子供達のことが心配なのに……。
「……でも、もういっか」
そんな言葉が口から零れ落ちる。
ここで死んでしまえば、誰も傷つけなくていい。日に日に酷くなっていく故郷を見て、胸を痛める必要がない。
それなら………、俺はこの運命を受け入れよう。
そう思って、目を閉じて俺は意識を手放した。




