アウェイ
翌朝早くジークが俺を詰所から出し、その足で俺は教会へ向かう。
ジークは気だるそうに欠伸をし、俺の両手を縛っている縄を持ちながら先導した。
口にはタバコを咥え、眠気まなこのままという罪人とは思えない状態で城を出る。
出た瞬間から圧倒された。
橋の向こうには、聖なる裁判が久方ぶりに行われると聞いた街の住人達で溢れかえっていたのだ。
会場となる教会の前まで一直線に人が並び、各々好きな事を口にしている。
大半は俺を極悪人と決めつけ、罵詈雑言を浴びせる人間だった。
それだけではなく、裕福そうな服を着た子供達が俺に向かって石を投げる。
あえてそれに当たって見せようかとも思ったが、ジークの魔法により石は俺の目の前で地面に叩き落とされた。
「富裕層は皆、貴族を尊敬している。自分達がそこに立つことを常に夢見ているんだ。帝都は富裕層が多いから予想出来た光景だな。お前の周りを取り囲んでいる連中は全員敵だろうよ。」
ジークが前を向いて先導したまま俺に語りかけている。
どうやらジークもこの状況を決して良くは思っていないようだ。
「別に気にしてねぇよ。信じてくれてるひと握りの人間が居れば、それ以外俺は要らねぇからな。」
「言うじゃねぇか。」
小さく笑ったジークの表情は、俺からは見えなくとも少し嬉しそうだったと思う。
教会の大扉の前、門番と思わしき男2人が扉を開け、俺達は教会の中へ入る。
色鮮やかなステンドグラスからの光。
中央にそびえ立つ初代巫女と思わしき石像に向かうように長椅子が並べられている。
長椅子は左右で分かれており、入って右側の長椅子はびっしりと富裕層らしき人間達が座っていた。
反面左側にはほとんど座っておらず、座っているのも見知った顔しか居ない。
「野球の応援かよ。」
「野球?何だそれは?」
「いや、何でもねぇ。」
ジークが右の前を指さすので、取り敢えず俺は真っ直ぐ伸びた中央の道を進み、指示通りの場所へ向かう。
ジークはそのまま回れ右をし、城の方へ歩いていった。
俺が1歩歩く事に右側から陰口が聞こえる。
事実貴族に尽くしてきたコイツらの生活を奪ったのは俺だ。
別に何を言われても構わん。
俺が最前列に着いた時、そこに座っていたのはレインとルシウス、そして冒険者の4人だけだった。
「レイン。怪我はなかったか?」
「は、はい!!」
レインは気合いが入っているのか、はたまた人が多すぎて緊張しているのか、声が裏返っている。
「ルシウス。ソールは一緒じゃないのか?」
「巫女は裁きに中立でなければいけませんから。証言の時に出ることはあるかもしれませんが、こちらに座ることは無いでしょう。」
ルシウスは至って冷静。
珍しく鎧を纏っては居ないようだ。
だがこういう時こいつはやはり頼りになる。
「お前らも、わざわざすまんな。」
「いーや、俺達はアンタのお陰で命拾いしたんだ。礼を言いたい位だよ。」
そう返したのはブル。
他の連中も各々頷き、俺に視線を向ける。
珍しくランスも鎧を纏っておらず、小さな体で座っていた。
「んで、アーデルハイトは?」
相手方の最前列を見てもそれらしい姿が見られない。
執事や親衛隊の連中は居るが、その間に最前列に座っているのは見たことの無い老けた男だった。
「あのご老人ですよ。保護された時、以前と見た目がかなり変わっていて私も驚きました。」
「え、マジ!?ハッハッハ!!ガキのように幼児退行したあとは老けて老害になったのかよ!!」
「い、一成さん!?」
俺は大声で笑ってやった。
その瞬間その場にいた全員が俺の方を見る。
特にアーデルハイトは伸びきった髭と眉の間から、殺意満々の睨みを効かせてきた。
「敵を増やしてどうするんですか!!」
「はなからアイツらは味方にはならねぇだろ。それにアイツらが何を言った所で聖なる裁判の結果は変わらねぇんだろ?民意で判決が決まるなら、俺はこの世界に来た瞬間から死刑確定だしな。」
俺が相手方を盛大に煽って騒がせている時、石像の下にある扉から女性が現れた。
いわゆるシスターの修道着を身にまとい、優しげな表情でゆっくりと歩いてくる。
整った顔立ちをしており、かなり美人だ。
この女が昨日話に上がっていたクレアという執行官だろう。
横には似た格好をした男が補佐として歩いていた。
俺が散々煽ったせいで、クレアに気づいた相手方の前方以外が俺への罵声を止めない。
その声はあまりにも煩く、レインが耳を塞いでいる。
「あらあら。これでは私の声が皆さんに聞こえませんねぇ。どうしましょう。」
クレアは頬を片手でおさえながら困った顔をしている。
「かしこまりました。」
それを見た付き人が人差し指と親指を立て、手をピストルの形にする。
そして付き人はその手を、まるで銃を撃っているかのように上下に振った。
左右に3回ずつ。
俺はその指の先を注視していたので、自分に飛んできた目に見えない何かを避けることが出来た。
ルシウスもまた、同じである。
だがレインに飛んできたソレを、レインが避けることは不可能なため、俺は咄嗟にレインに体当たりした。
「い、一成さん!?」
「すまんなレイン。怪我は無いか?」
「え、ええ。私は何も……。」
レインに飛んできたソレは俺の頬を掠め、長椅子の後ろの席にくっきりと銃痕を残している。
銃痕を見る為に振り返った時、相手方の富裕層の数人が死んでいるのが見えた。
……コイツら容赦なく人を殺しやがった。
「おい!!いくら何でもてめぇら」
まで言いかけた時、ルシウスが俺の肩を抑え、かなり強い力で椅子に座らせた。
「静かになったようですね。良かったわ。」
死人が出ているのに全く崩れないコイツらの笑顔が不気味だ。
だが、暴動が起きてもおかしくないこの状況で、後ろの富裕層たちは死体の真横であってもまるで祈るようにクレアに手を合わせていた。
「帝国は教会に絶対の信頼を置いています。人を殺しても、咎めないほどに。」
ルシウスがクレアに手を合わせながら呟く。
その手は恐怖なのか怒りなのか分からないが小刻みに震えていた。
「……分かった。この現状でお前が抑えているなら俺も抑えてやる。だが、次レインを攻撃されたら俺は止まる自信は無いからな?」
「安心してください。このようなことはもう無いはずです。」
またひとつ、この国の異常性に触れている気がする。
何かがおかしい。
何故国民が全員同じ方向を向き、人の命よりも忠義や信仰を重んじているのか。
これがこの世界の、この国の正しさならば、レインのために俺だけは絶対に染ってはならないんだ。
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