剣聖
「レイン、とりあえずこれを。」
グリフォンに上半身を食われたレインの服は上半身だけ破れて半裸状態だった。そんなレインに、服の上着を脱ぎ見ないように肩からかける。
目が見えていないためか暫く状況が飲み込めていない様だが、身体がスースーする事に気付き、顔を真っ赤にして、
「キャッ!!す、すみません、ありがとうございます。」
と、丸まる様に裸体を隠した。
「それにしても、よく俺たちこんな化け物を倒せたな……」
「あの……私のせいで……一成さんにまた怪我をさせてしまって……本当にごめんなさい……」
座り込み、溢れる涙を手で交互に拭いながら肩を揺らすレイン。
あんまりこういうのは得意じゃないんだが……
俺はレインの見えない目線に合わせしゃがみ、ゆっくりと頭を撫でてやる。
「レインが居なきゃ俺は死んでたさ。むしろありがとう。」
レインは最初頭に触れた時ビクッと跳ねたが、だんだんと泣き止み、やがて見えないはずの目で俺の顔を見つめた。
そして何故か俺の撫でている手を掴み、今度は俯きながら俺の手を動かして自分の頭を俺に撫でさせている。
表情は見えないが、喜んで貰えたなら良しとしよう。
「あのー、レインさん?そろそろ……」
「あ、はっ!!す、すみません!!」
赤面しながら縮こまっているレインを見て、掴まれた心臓を落ち着かせるためにタバコに火をつけた。
「おーい!!」
遠くでリックの声がする。随分タイミングが良いもんだ。
「早かったですね、リック。」
「うちの娘が遠目でお前らを確認してたんだよ。倒したと同時に村に呼びに来てくれたんだ。」
よく見るとリックの後ろから若い女性の獣人族が着いてきている。
「盗み見て申し訳ありません……でも、感服致しました!!」
女性は頭を下げた後大はしゃぎでしっぽをブンブン振りながらこちらにキラキラした目を向けてくる。
「こいつが俺の娘のラックだ。村に着くなり大声で報告するんで嫌でも駆け出しちまったよ。」
少しすると村の人間たちが数人、倒したグリフォンを確認しに来た。
「よくお二人でグリフォンを討伐出来ましたね!!」
「これは今までよりかなり大きいな……一体どうやって?」
「男性は聞かない方が身のためかと……あと、暫くは起きないかと思いますが止めを刺したわけでは無いので……!!」
そう言いかけた時、「グルルル……」という唸り声とともにズシン、ズシンと立ち上がろうとする音が聞こえる。
その目は虚ろながらもしっかりと俺の方を怨嗟に満ちた表情で睨みつけていた。
「回復するのが早過ぎるだろ!!」
「総員退避!!」
リックが声を上げ、グリフォン近くにいた獣人達が一斉に距離をとる。しかし俺とレインは先の戦いでの消耗が激しすぎて体が思うように動かない。
「2人とも早く逃げろ!!」
リックの声が聞こえるが、背を向け全力で走ったとしてもすぐに追いつかれ、食われるのがオチだ。
「レインだけでも逃げてくれ。幸い奴が狙ってるのは俺だ。」
「嫌です!!」
反対するレインをリックの方へ突き飛ばし、保護してもらう。リックは俺の方へ駆け寄ろうとするレインを止めてくれた。
「流石に潮時かー……つまらん人生だったけど、最後は少し楽しかったかな。」
そう呟いてレインの方に精一杯の笑顔を向ける。グリフォンはもう目の前だ。
正面に向き直したあと、俺の心は揺れていた。
ああ……
なんだかんだ言っても、死ぬ時は死にたくないと思うもんなんだな……
もう少し旅をしたかったな。
アニメとかゲームの世界みたいで。
何度死にかけても助けてくれる仲間がいて。
こういうデカいモンスターとかと戦って。
みんなで協力して倒す、みたいな。
世界を救う勇者になりたいとは思わないけど、せめてレイン1人でも救ってあげたかったな。
25のアラサーのおっさんにしちゃあ夢見すぎだしイタイわな。
おっさんはおっさんらしく、現実を受け止めるとするよ。
だけどせめてそんな恐ろしい現実を見ないように、目を閉じておこう。
俺は目を閉じ、ただ死ぬ時を待った。
俺の肩にポツポツと雨が当たった。
そのうち大雨になり、止んだ。
雨が肌に触れて生ぬるい感覚がする。
……?
流石に時間がかかり過ぎじゃないか?
そう思い目を開けた瞬間、俺の目の前で首を落とされたグリフォンが倒れ込む。
少し離れたところにボトリとグリフォンの首が落ちる音が聞こえる
首から血を吹き出し倒れたグリフォンの上には、身の丈ほどある黒く光る大剣を軽々と担いだ青年が立っていた。
「あんたは……剣聖か!?」
リックが青年に問う。
「帝国軍第一部隊長ルシウス、遅くなりましたが到着致しました!!怪我人はいらっしゃいませんか!?」