暗闇の中の光
カツン、カツン。
暗闇の中歩く俺のタバコの火の明かりだけが小さく俺の顔を照らす。
糞尿の匂い。
その中に混じって腐敗臭や血の匂いもする。
人間が生活していて良い環境では無い。
下手な家畜より余程不衛生な環境である。
流石に辺りが見えないので、オイルライターを付け、周りを確認する。
その炎に引き寄せられて、真横にあった鉄格子の檻越しに、光の無い目をした少女が俺に体を引きずりながら近付き、話しかけてきた。
「……お兄ちゃん、優しい人?」
「んー、どうだろうな?」
俺は檻越しではあるが、目線を合わせるためにしゃがみ、少女の声に耳を傾ける。
「ここに来る男の人達ね。みんな怖い人達なの。奥の部屋に連れてかれて、いっぱい叩かれて、いっぱい蹴られたの。」
「……そうか。」
タバコのフィルターが噛み切れるのでは無いかと言うくらい噛み締め、俺は言葉を絞り出した。
「私の足ね。蹴られた時にとっても痛くて動かなくなっちゃった。歩いて帰れないってワガママ言ったら、じゃあもう足要らないねって切り」
「もう良い。もう良いよ。頑張ったな。本当に、よく頑張った。」
「お兄ちゃんは優しい人だね。」
「そんな事ねぇよ。もう少し早く、来てやりたかった。」
俺は悔しさで震えながら、足の無い、白骨化した少女の遺体の頭を撫でた。
「この中でまだ話が出来る奴はいるか?」
俺の問いかけが命令に聞こえたのか、ビクビクしながら檻の中の女達が1人を見つめる。
女達は全員一糸まとわぬ姿。
そして全員打撲痕や痣が残り、人によっては四肢の一部が欠損していた。
「わ、私は……。」
全員に視線を向けられた女が、弱々しく怯えるように返事をした。
「誰でも良い。ここの状況を教えろ。」
「ここは……地獄……です。」
「言葉を選ぶ必要は無い。ゆっくりで良い。話せ。」
ここの女達は男が恐怖の対象としか見えていないようだ。
それだけ酷いことをされてきたのだろう。
「あ、その子……。」
女は俺が頭を撫でていた白骨死体に目をやる。
「知り合いか?」
「いえ、でもここに来てすぐ、私によく懐いてくれたんです。リディアって名前でした。」
「この子に何があった?」
女はその質問をした時、苦しみと憎しみが入り交じったような表情に代わり、1段階声を低くした恨みを込めた声で語った。
「あの男は、いつか助けが来るという希望を抱いた者が居た時、その者を徹底的に教育します。奥へ連れていかれ、ここへ投げ込まれた時、リディアの息はもうありませんでした。」
目を背けたくなる話だ。
「そして、リディアの切断された足をこちらに投げ込み、それを私達に食えと。従わなければ殺すと。私達がそれを食べる姿を見て、家畜の餌になって良かったと言っていました。」
俺は怒りに任せて腕を振るった。
鉄格子の檻が枯れた木の枝のようにバキバキと折れる。
その様子を見てまた女達は怖気付いたが、俺と話していた女だけは俺の表情をリディアが受けた仕打ちに対してのものだと悟り、話を続けた。
「あの男は、希望が絶望に変わる瞬間の表情が好きなんです。だから私達がここに来て一番最初に捨てられる物は、恥じらいでも人としての尊厳でもなく、希望なんです。」
「良く分かった。お前らは逃げるなり何なり好きにしろ。檻は壊してある。」
「いえ、私達は逃げる事と自ら死ぬ事をこの印の制約で許されていません。」
そう言うと女は胸元をこちらに寄せてくる。
そこにはこの国の端々で見た奴隷たちと、同じ形の印が刻まれていた。
よく見ると全員に同じ印が刻まれている。
「それを解く方法はないのか?」
「あの男が解除しない限りは……。」
「なら簡単だな。」
「あ、あの、解除する前に死んでしまうと私達は一生ここから……。」
「全員から散々殺すなって言われてんだ。まぁ、任しとけよ。最初から俺は、アイツの全てを奪うつもりで来た。」
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