2体のグール
気配というのは主に音で察知できる。
地面を踏みしめる音、呼吸音、果ては心音や筋肉の軋む音まで。
一成はレインと感覚を共有したことで、音による気配に敏感だった。
言うなれば生物が発する音への慣れである。
その音で生物がどのような行動をしたか、これからどのような行動をしようとしているかが、異常聴覚を持つレインによって鮮明に分かるようになり、普段の聴覚でも同じような音を聞けば判別できるようになっていた。
しかし、今回の戦いにおいて敵が発する音はごく限られている。
相手が死体であり命令通りに動くことしかないが故に、普通の生物が発するような呼吸音や体勢を変える為の自然に出る物音が全く発生しなかった。
それでも普通のグールなら、こちらに向かってくる時は無造作に走る音で位置を判別でき、後ろを向いていてもほぼ正確に位置を掴むことが出来た。
だが今ジェイクスの左右に立っている2体のグールは、それすらも発さなかった。
そして何より、視覚という本来ならば最も信頼できる感覚でさえも捉えることが出来なかった。
一成が2体のグールと対面して最も衝撃を受けたのはそこだった。
魔法なのか、特殊な技術なのか、それとも尋常ならざる速さなのか。
今の一成にはそれを判断する経験値さえなかったのだ。
身のこなしだけで確実に自分よりも強いと思わせる実力が、2体のグールにはあった。
「コイツらは役者じゃない。私の言うことを聞かないからね。コイツらの行動理念はただ1つ。強い相手と戦いたいというものだけだ。」
2体のグールは男女であり、男の方は侍の袴のような格好で無精髭、鉄パイプを持ち、居合の体制で待機している。
女の方は耳が長く、恐らくエルフだろう。
金色の長い髪をしていて、竪琴を抱えている。
2人とも格好はかなり汚れており、手に持つ武器や楽器も手入れされていない。
「これほどの実力者が粗末な扱いを受けながら、お前ごときに飼い慣らされるのか。可哀想に。」
「恋人同士のコイツらを死後も一緒に居させてやってるんだ。むしろ私に感謝して欲しいくらいだよ。」
俺とジェイクスが話をしている最中、俺の胸に違和感が走る。
段々と違和感は実感へと変わって行く。
「は?」
胸を見ると、俺の左肩から右脇腹にかけてが大きく抉れていた。
「グガッ……!!」
ありえない速度。
会話中も3人からは目を離さず、油断など一切していなかった。
確認してあらためて感じる激痛。
内側に着ていた鎖帷子のおかげで致命傷とまではいかなかったが、数センチ分鎖帷子ごと肌が持っていかれている。
「何が……起こった!?」
激痛に耐えながら頭を働かせる。
恐らくは空気圧による遠隔攻撃だろう。いわゆる真空切りだ。
これが本物の刀であったなら俺は確実に死んでいた。
自分がダメージを受けたことすら、目視してからでないと気づかない速度の剣撃。
だが、
「一瞬だけ、お前が武器を振り抜いたモーションが見えたぞ。」
「ほう。やりおるなお主。」
男の方が無精髭を撫でながら語る。
……ん?
本日1番の衝撃である。
「え、グールって喋れるの!?」
「え、私も知らなかったんだけど!?」
ジェイクスも驚いている。なんでだよ、お前死霊術師じゃねぇのかよ。
「我らのように強い意志を持つ者は死後も1つの人格として体に宿るのだ。勿論術者には逆らえんがな。」
「なら何故今まで喋らなかったんだ?」
「我が語る前に、先の一撃で全ての敵が膝を着いたのだ。お主が先の一撃に耐えた唯一の人間ということだな。」
「そいつは光栄だね。」
普通に会話できている。
喋り方的にかなり前の時代の人間のようだな。
「我はお主が気に入った。出来る事ならこのような出会い方はしたくはなかったがな。」
「奇遇だな。俺もだよ。あんた、名前はなんて言うんだ?」
「我の名をノブナガ、妻の名をアゲハと言う。お主の名を聞こう。」
「万屋一成。あんたのその名は世が世、世界が世界なら天下を取れた名だ。」
「ハッハッハ!!違うぞ一成よ。」
「何がだ?」
「この世界でも、一度は武で天下を取った者の名だ。覚えておけ。」
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