死霊術師
俺が振り下ろした拳は、グリフォンを完全に砕いた。
胴体がくの字に曲がり、もはやただの肉塊と化したグリフォンの全身の骨は粉々になっている。
グール化したせいでそんな状態でも命令に従って俺に攻撃しようとビクビク必死に体を動かしているが、それすら不可能なほどグリフォンの体は崩壊していた。
半径10メートル程の周囲が全てもれなく荒地と化しており、その辺にあった草木は吹き飛んでいた。
レインは俺の異変に気付き、拳を振り下ろす前に距離を取ってくれたので、無傷ですんだ。
「……こりゃあ、諸刃の剣すぎるな。」
振り下ろした俺の右腕も、グリフォンと同様肩から先の骨が全て砕けている。
それどころか、かつてないほどの喪失感と虚無感。
意識が朦朧として、腕の痛みすら感じられない。
ただ感情に任せて振り下ろした一撃にしては大きすぎる代償だ。
「一成さん!!」
体を小さくし、頭を抱え身を守っていたレインが、俺の方へ駆け寄って回復してくれる。
レインのおかげで腕は治ったが、何かが満たされていない。
「えっと、えっと……。」
レインは俺の服をまさぐりながら何かを探している。
ぼーっとそれを眺めていると、俺の口に見つけたタバコをスっと刺し、今度はライターでキャバ嬢のように火をつけてくれる。
流石に初めてな上に目が見えないのでその手は覚束無く、タバコに火を付けたあと消し方が分からずに暫くあたふたしていた。
「一成さん、深呼吸してください。」
スー……ハー……スー……ハー……
「ゴォッホ!!ゴホッ!!」
タバコ咥えた状態で深呼吸は色んな意味で危険なのよ。
「だ、大丈夫ですか!?」
心配そうなレインに、むせて喋ることが出来ないのでハンドサインでサムズアップし、大丈夫なことを伝える。
つもりでいたが、目が見えないのをすっかり忘れていた。
「あ、あの、」
「す、すまんすまん。大丈夫だ。」
タバコを吸って少しずつ意識がハッキリしてきた。
涙目になりながら不安そうな顔を俺に向けるレインの頭をゆっくりと撫でてやる。
「今回も本当にありがとう。下手をすれば今までで一番危険だったかもしれない。」
「お、お気にならさず……ふへ、ふへへ。」
頭を撫でられているレインの笑顔は、俺が灰色だとするなら真っ白だろう。
「……今良い所なんだよ。邪魔しないでくれねぇか?」
レインとの感覚共有で聞こえる、こちらへ寄ってくる足音。
俺の声を聞いてレインもふと我に返り、足音がした方向に顔を向ける。
「ケッケッケ。あのグリフォンが一撃で倒されるシナリオは今まで無かったよ。」
気色悪い笑い声をあげ、拍手しながら姿を見せる男。
西洋の歌劇の様な鼻の長い仮面と、シルクハットにマントを付けた男は、楽しそうに俺達を遠目で見ている。
「お前は俺の劇団の看板役者にピッタリだよ。是非とも迎え入れたい。」
「だいたい察しは着く。お前が死霊術師だな?」
「いいや違うね!!俺は劇団長だ!!団員達を引き連れ、いずれ世界で最もリアリティのある劇を演じさせる偉大な男、ジェイクスさ!!」
「ふーん。」
ヤバそうなやつが出てきたぞ。
この手のヤツとは同じ舞台に立たないのが吉だろう。
「そうだったんですね!!こんな森の奥まで出張してるなんて凄いです!!」
あれ?
レインさんもしかして人を疑うってこと知らないのかな?
「私劇って観るの夢だったんです。見えないので声しか聞こえませんけど、それでも情景が浮かんでくるような……」
「てめぇ!!下手な劇見せてうちの子悲しませたら承知しねぇからな!!」
「なんだか怖いよ君たち。」
1番怖いやつに同情されてしまった。
「でも素材は素晴らしいからね。君たちを殺して劇団の仲間入りさせてあげるよ。」
「私は演じるより観る方が……。」
「残念だったな。スカウト失敗だぞ。」
ていうか殺して仲間入りさせるって時点で死霊術師確定なんだよな。
ジェイクスは不敵な笑みを浮かべ、高笑いする。
「ならば、これならどうかね?」
ジェイクスがマントを翻すと、その後ろには仲間の冒険者4人がグールに両腕を掴まれている状態で項垂れていた。
「い、一成さん……。」
「君達が抵抗するというのなら、彼ら4人に仲間入りしてもらおうと思っているよ。雑魚だけど、裏方くらいはできるだろう。」
そう言ってジェイクスが指示すると、背後のグールが4人の首元に剣をかざす。
「人質か。汚ぇな。」
「私は安全第一で舞台を整えたいんだ。」
「死霊術師のお前が姿を表した時点で、もう既に安全じゃねぇんだよ。」
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