我儘
「何が……起こった……!?」
エルフの女の視線の先にはたった1人の女性。
見えない目を開き、サファイア色に輝く瞳がエルフの女に向けられる。
白銀の髪が自身の魔力に反応し、青白く光りながらゆらゆらと揺れている。
溢れ出た魔力で地面の小石や砂が舞い上がり、ゆっくりと流れるように渦をまく。
そんな未知の存在を目の前に、エルフの女は恐怖した。恐怖し、抗おうとした。しかしそれは結果的にさらに恐怖を増大させるだけだった。
「【針の槍】(ニードルランス)!!」
掲げた腕を振り下ろし、全力で女性に魔法をぶつける。
自身の全力を振り絞り、さっき一成へ向けた物よりもさらに巨大な1本の槍を作り出す。
真っ直ぐに女性へ飛んで行った槍は女性に当たる前に枯れ木のように朽ち果て、粉微塵に消し飛んだ。
「ふ、ふざけてる!!これは現実か!?」
「貴女さえ、居なければ……」
女性は瞳から大粒の涙を零しながら1歩また1歩と近付いてくる。
あれだけ一成を苦しめた足元の木の根も、上空からの針の雨も女性に到達する前に朽ち、果てる。
歩みの速度を遅らせることさえ不可能。
その姿にエルフの女は尻餅をつきながら少しづつ後退りする他なかった。
ゆっくりとだが確実に近付く2人。
その足音はあまりに軽く、鎧を纏い剣を携えた戦士が、1度も攻撃すらしていない女性に怯えている状況は異常この上なかった。
「クソッ!!」
それは魔力の差か、経験の差か、ルシウスよりも一瞬早く状況を理解したベリアルはエルフの女を助けるために2人の間に割って入った。
しかし魔力を吸収され続けるなかでは何度攻撃しようともベリアルの魔法もまともに発動しない。
彼女が作り出している空間はたった2人。
自分と大切な人以外は何をしても許されない絶望的な空間だった。
「おい早く立て!!こいつはヤバすぎる!!逃げるぞ!!」
「あ……ああ!!」
「貴方たちさえ、居なければ……」
ベリアルの登場で恐怖から我に返ったエルフの女はすぐに立ち上がり、手持ちの道具から煙玉を取り出し、地面に叩きつけた。
逃げようとする2人を追いかけようと煙の中を女性は進む。
2人とも魔力を大幅に吸われ、2人で肩を組み合いながら煙の中を進む。
速度は共に同じ。
このまま進めば魔力を完全に吸い取られ、逃げる2人が倒れるのが先だろう。
そんな2人を結果的に救ったのはつい先程まで2人と敵対していた男だった。
「ダメだレインさん!!」
「どうして貴方が止めるんですか?」
少し出遅れたルシウスが煙の中、女性の前に立ちはだかる。
女性の表情は怒りと悲しみに満ち溢れ、味方であるルシウスが到着してもその表情は全く変わらなかった。
「貴女はこのままでは怒りに任せて人を殺めてしまう。」
「あの人達は人を殺めても良いんですか?」
「貴女は、貴女だけはダメなんだ。それは一成さんの想いに反する事だと私は思うから。」
「一成……さん……」
レインは一成の名前を聞いた途端、両手で顔を覆って泣き崩れる。
煙の中、一成の名前を繰り返しながら泣き叫ぶ声が響く。
常に自分を思いやり、初めて自分を認めてくれた。
無理だと思っていた夢の話を真摯に受け止め、いつかその目を治すと無謀な約束を大真面目にしてくれた。
自分の目の前で自分を守り、そして倒れた男の名を呼び続けた。
ザッ……ザッ……
何かを引きずりながらレインとルシウスに歩み寄る音が煙の中響く。
ルシウスにはそれが敵か味方かも分からない。
ザッ……ザザッ……
魔力を放出、吸収し続けるレインによって、ルシウスも例外無く膝をつかされる。
それとは反対に、少しずつ軽快になっていく足音。
いつの間にかスタスタと普通に歩く音に変わる。
レインが振り返った瞬間、溢れ出る魔力全てを抱き抱えるようにその人物はレインを抱きしめた。
溢れ出た魔力は少しずつ収まり、魔力の吸収はすぐに止まった。
その姿は見えなくても、足音だけで、その心音だけでレインにはそれが誰なのか分かった。
レインは涙を流しながら笑顔でその抱擁を返し、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「レイン、俺は大丈夫だ。」
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