タバコは20歳になってから
「あの時エクスはあなたの血で、殆ど前が見えなかったんですよ。」
最後の時、エクスの盾は俺の返り血で真っ赤だった。
盾越しに俺の姿が見えているにしてもその盾の表面が血みどろになっていたら見えるはずがないか。
「でもそれなら血すらも盾につかないはずだろ?」
「その通りですが、エクスが私に試合の終了を望んだ一瞬、あなたの手も盾に触れましたよね?」
あの時確かに奴の盾に触れた。思い返せばそれから奴の盾が血みどろになっていった気もする。
「あなたがひたすら繰り返し続けた無感情の攻撃が、最後のあの時エクスの魔力をほとんど枯渇させていたんです。だからあの時は回数制にせざるを得なかった。」
「反射ってのは強力な魔法だけに、かなり燃費も使い勝手も悪い魔法でね?発動し続けるとなると盾を地面につけただけでも発動するうえ、攻撃を受ければ受けるほど魔力を大きく消費するのよ。」
つまりは俺が反射に恐れず殴り続けたから想像以上に魔力を消費して、結果魔力が枯渇したって事か。
「普通の人間なら最初の1発で怖気付いて下手に攻撃しなくなるはずなんだけど、あんたが色々おかしいから勝てたってところね。」
「褒めてんだか貶してんだか分からんぞ。」
「褒めてるわよ?エクスは運だけで勝てるほど弱い相手じゃないわ。それに勝ったあんたはそれだけ強いってことよ。」
あまり実感が湧かない。努力して強くなった訳でも特別な才能があった訳でもないからだ。
どこまで行っても俺は一般人である。
そんな今の俺がエクスに勝てたのは体を作り変え、タバコを復元してくれたレインのおかげだろう。
「でも、忠告はしておくわ。最初の一撃のような攻撃を繰り返してるとあんたの身体、内側から壊れるわよ。」
「どういう事だ?」
「本来魔力ってのは身の丈以上に身体に入れていいものじゃないわ。それを大量に摂取した挙句、無理矢理放出を繰り返してたら……」
「ど、どうなるんです……?」
「心筋梗塞や脳梗塞、がんのリスクを高め、呼吸器系疾患の原因になるわ。」
「よーく知ってるよ!!」
普通のタバコのリスクじゃねぇか!!
心筋梗塞と脳梗塞はまだ分かるが、魔力摂取して何でがんのリスクが上がるんだよ!!
その後も皆から禁煙しろだの自分達にもリスクあるから吸うなだの色々言われたが、全部無視してやった。
「さて、話が一段落付いた所で一旦皆さん宿に戻りますか?」
ルシウスが話を切りあげ、俺達も腰を上げた時、部屋のドアからノック音が聞こえた。
「入りなさい。」
ルシウスがさっきまでの解けた顔ではなく、真摯な顔つきになりノック音に返答した。
「失礼します!」
ゆっくりと開いたドアとは裏腹に、元気の良い女性の声が聞こえてきた。
入ってきた女性は兵士に支給されているであろう鎧を身にまとい、赤く長い髪を後ろで結んでいる。腰にはくの字に曲がった剣を2本携えていた。
「ユイじゃない。どうしたの?」
ルシウスよりも先にソールが入ってきた女性に声をかける。ソールは親しげだが、女性はかなり畏まった様子だ。
「エクス副隊長が目を覚ましたそうです。ルシウス隊長を呼んできて欲しいと医療班からの報告です。」
「分かった。すぐに行こう。」
「ルシウス、例の約束忘れるなよ?」
俺がエリクシールの事を念押しすると、ルシウスは本棚から1冊の古い本を差し出して来た。
「それならまず、これを読んでおいてください。」
そう言い残し、俺の前に本を置いて足早にユイと共に部屋を後にした。
残された本を手に取りパラパラとめくってみるが、生憎この世界の文字は読めない。
「レインは分かるにしても、あんたも文字読めないの?」
首を傾げていた俺を見かねてソールが声をかけてくる。
時折ナチュラルに失礼なことを言うなコイツ。
「残念ながら俺はこっちの世界の人間じゃないんでね?」
「は?」
俺はソールに自分の身に起こった事を大まかに説明した。説明が終わった時、ソールが深刻な顔で俺に忠告した。
「あんたが良いヤツって事も、頼れるヤツって事も私は分かってる。でも、今の話は下手にしない方がいいわ。」
「何で?」
「見たところその本、子供向けの歴史書みたいね。アタシも読んだことあるし、理由はその本に書いてあるからとりあえず一旦宿に戻りましょう。読んであげるわ。」