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出会い

 別に大した人生じゃなかった。

 18で高校卒業後ブラック企業に就職。1年で体を壊して辞めてから1年療養。20歳から5年間、実家のコンビニの店長を任されていた。

 その日は夜勤明け。

 帰るために制服を着替え、普段着に身を包んで残った従業員に挨拶をしてから店を出る。

 帰路につこうと車のエンジンをかけたとき、突然目の前が真っ白に。

 次に目が覚めた時には薄暗い森の中。


 最初全く状況が掴めない俺はとりあえず持ち物を確認した。ポケットにはタバコが1箱とライター。

 車の中で持っていた物と同じだ。服装も車に乗った時のままだったし、記憶も鮮明に残っている。

 ただ違うのは『場所』だけだ。

 こんな右も左も分からない状況下で俺が最初に考えたことは、タバコとライターがあって良かったという安堵だった。

 これさえあればある程度どうにかなるだろ。


 ここがどこなのかも、なぜこんなところに居るのかも分からないまま俺は森の中を歩いた。不思議と嫌な気分ではない。

 店を出る前とは違い、空気は綺麗で鳥のさえずりが聞こえる。

 そんな綺麗な空気の中で吸うタバコは何にも変え難い至福だ。


 昔真冬の寒空の下失恋した腹いせに相手が嫌いだったタバコを吸い始めた。

 初めて吸った時はヤニクラするわむせるわでとてもじゃないが吸えたもんじゃなかった。

 それがいつの間にか1日に半箱、1箱と数が増えていき、今では仕事する上で欠かせないアイテムの1つになっている。

 態度の悪い客が来た時、発注で頭を使った時、夜勤で眠い時、助けてくれたのは人間ではなくこいつだった。

 俺が吸い始めたときは町中どこでも吸えてたのに、今では値段も大幅に上がり、吸っているだけで冷ややかな死線を集めるなんとも不憫な奴だと思う。



 ……あー、うん、これは完全に迷ったな。

 人を探して数時間、獣道すらない所をひたすら歩いていたら完全に自分の場所がどこかも分からなくなった。

 外も暗くなり自分が山を登っているのか下っているのかすら分からない。

 少し拓けた場所を発見しそこで野宿。

 森の暗闇は流石に怖いので火を炊きたいところだが、山火事にでもなったらシャレにならないので思いとどまった。

 幸い標高は高くないのかさほど寒くはなく、大きめの草を何本か被れば十分に暖を取れた。向こうで普通に生活していれば野宿をする機会なんてそうそうないだろう。

 経歴を見てわかるように元々行き当たりばったりで生きてきた俺は、考えても分からんし寝る分には困らんから良いかなどと、楽観的だった。



 結果、翌朝目が覚めるが、身体が動かない。


 ……そりゃあそうか。

 昨日飲まず食わずで数時間歩き続けていたんだ。仕事明けで何も食べてないし動けるはずがない。

 嫌だなぁ、空腹で死ぬのは……なんてことを思っていた。



「貴方は山の神様で御座いましょうか?」


 女性は俺に向かって問いかけるが空腹と疲労でまともに言葉が喋れない。


「あぁ……うぅ……」


「人間ですか!?」


 女性は驚いたように反応し、こちらに駆け寄ってくる。


「どちらにいらっしゃいますか!?」


 目の前に居るだろうよ……と思ったが女性の様子がおかしく、足元の俺に気付かずキョロキョロと辺りを見回している。


「あぁ……うぅ……」


 俺がもう一度声を振り絞ると女性は足元の俺に気付いたようで、しゃがんで口元に水筒からゆっくりと水を運んでくれた。


「んぐっ……けほっ……!」


「まだ生きていらっしゃるようで良かったです。」


 水分が補給できたおかげでゆっくりとだが身体が動かせるようになった。


「水がこんなにも美味いと感じたのは初めてだ……」


「この辺りは神域なので山に体力が吸い取られて余計に疲れやすかったんだと思いますよ。」


 彼女はそう言い、優しく微笑みながら腰の袋からパンを取り出し俺に手渡してくれる。

 俺は年甲斐もなくそのパンにかじりつき、涙を流しながら貪るように食べた。味気もない普通のパンだったが、今まで生きてきて空腹で死にかけるという経験が無かったからか、こんなに美味いパンを食べたのは初めてだった。

 そして今まで死んでいないだけだった自分が、生きているという実感を初めて感じられた。


「人の優しさに触れたのはいつぶりか……俺に出来ることがあればなんでも言ってくれ。」


 手渡された水筒の水を飲み干し、人間も捨てたものでは無いと見知らぬ土地で実感した。


 そしてこの時から俺には、元の世界に戻りたいという気持ちは消え去っていた。

 いや、もしかしたら最初から元の世界に戻りたいなんて気持ちはなかったのかもしれない。



「そんな、お気になさらないでください!」


「どちらにしても俺も知らない土地で行くあてがないんだ。」


 俺がそういった時、彼女は少し苦しそうに笑顔を見せた。


 よくよく見てみると彼女の目線が気になる。俺の顔を見るでも辺りを見るでもなく、目線をただ真っ直ぐに動かすことなく首を傾けた方向だけを見ている。

 少し後ろに杖のような物、俺を探す時足元にいるのに全く気づかなかったこと。


「もしかして、目が見えないのか?」


 彼女は申し訳なさそうな顔でゆっくりと答えた。


「ええ、生まれつきです。」


 見知らぬ場所に飛ばされ、一番最初に出会った人間が目が見えない女性。

 哀れみでも同情でもない。ただ不思議と助けてあげたいという感覚。

 俺はこの感覚を信じることにした。


「この山道、捕まった方が降りやすいだろう?人里まで俺を案内してくれないか?」


「え!?」


 驚き困った表情をする彼女はとんでもないことを言い出した。


「私はこれからこの山の神の貢物として向かわなければならないのです。」


 言っている意味がよく分からずキョトンとする俺を他所に彼女は続ける。


「目の見えない私は村では足手まといですから。せめて村を守る山の神の貢物として村の役に立ちたいのです。」


「それはつまり、生贄という事か?」


「山の神は村を守る慈悲深い神ですから私の様な足手まといでもきっと良くしてくださるはずです。」


 それはきっと村人から刷り込まれた嘘だろうと直感的に思った。そもそも山の神など居るのだろうか?

 遠回しに口減らし、村に必要のない人間を切り捨てる行為を、山の神への貢物と称して山へ放り出し、山に住む動物に殺させようとしているのではないかと思った。

 俺のいた所でも昔はそういう文化があったようだが俺がここに来る頃にはとっくにそういうものは無くなっていた。


「その山の神を見た人は居るのか?」


「私は何度か気配を感じています。村の他の人は見たことは無いみたいです。そもそもこの山は神域なので人間は貢物としてしか入ってはならない山なのです。」


 という事は村では人間としてすら扱ってもらってないのか。

 そしてそういうしきたりがあるなら尚更口減らしには丁度良いという訳だ。


 その時、彼女がフッと後ろの方に振り返る。


「山の神がいらっしゃったようです。」


 そう言って彼女の向く方を俺が目を凝らしても何も見えない。


「少しずつこちらの方へ近付いて来ておりますよ。」


 そう言って立ち上がりその方向へ向かおうとする彼女の手を引き俺は止める。

 何か嫌な気配がする

 肉眼で確認できるギリギリの遠くの方で草が不自然に揺れた気がする。そんな遠くの気配まで彼女は気付いたと言うのか?

 そんなことを思いながらもそれはジリジリとこちらに寄ってくる

 そして俺は気付いた。

 1匹じゃない。

 獣道のような場所を1列に並んでこちらに向かって来ている。

 そして俺がそれらをしっかりと肉眼で捉えた時、それらは一目散にこちらに向かって走り出していた。


「おいおい、随分恐ろしい神様だな!!」


 そう言って彼女の手を引き俺も走り出す。


「狼の群れじゃねぇか!!」

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