第20話 勇者の豹変、そして奇襲
勇者シンに対し、決定打を与えた俺。
仰向けになって倒れているシンの喉仏に、剣の切っ先を軽く当てた。
「今すぐ降参すれば《ヒール》してや──」
「ひ、ひいいいいいいいいいいっ! ごめんなさいごめんなさい! 降参する、降参するから! だから剣をどけてくれえええええええええっ!」
突如として奇声を発するシン。
喉仏に接触させていた剣の切っ先を、思わず上にあげてしまった。
シンが急に喋りだしたせいで切っ先が喉仏にめり込みそうになったし、それに奇声にほんの少しだけ驚いてしまったからだ。
それにしても、なんで奇声くらいで驚いてしまったんだろう。
魔物の叫び声とかで慣れているはずなのに。
……いや、これは勇者スキルだ!
「許してくれえええええっ……と、油断させといて」
シンはブレイクダンスさながらの動きで立ち上がる。
「バカが、死ね!」
斬撃が見えた。
そう思って回避行動を取ったが、手遅れだった。
俺の上半身はシンの二連撃──袈裟斬りと斬り上げによって、鮮血を吹き出していたのだ。
「セインくん!」
悲鳴を上げるリディアに、シンは勝ち誇ったような表情を浮かべながら吠える。
「見たかリディア、そしてモブ野郎! これが《勇者》であるオレ……シンV3の、真の力だ!」
「シンくん、なんてことを! 降参したんじゃなかったの!?」
「『リザイン』って言わねえと降参扱いにはならねえんだよ。リディアが知らねえのも無理ねえがな」
「あ、今のはナシだぞ!」と、審判に向かって大声で叫ぶシン。
「リディアのために、今回の技を解説してやろう──HPが半分以下になったことでスキル《勇将》が発動して、力と速さのステータスがアップした」
ステータス云々は言葉の綾だな。
「──さらに《勇者の鬨》でオレのステータスが上乗せされ、モブ野郎のステータスは一気にマイナス補正を食らった。そこに高命中率・高必殺率の、本来であれば《剣聖》にしか使えないスキル《燕返し》だ! いくらアホみたいに強えセインでもこれで死ん──」
「俺がどうかしたか?」
話に割って入る俺に、リディアは「セインくん……!」と表情をほころばせる。
一方のシンは、驚きの表情を見せた。
そう……まるでオバケでも目にしたかのような、そんな表情だ。
「お、おまっ! なんで生きてやがる……いや、そもそもなんで無傷なんだよ! 隠しダンジョンで、文字通り命がけで編み出した必殺技だったんだぞ!」
「攻撃を食らう寸前に《オートヒール》をかけて、食らった直後に《ヒール》を上乗せして傷を癒やしたからな」
「そんなわけあるか! 必殺の一撃をまともに食らって生きていられるわけがねえ! ……っ、さてはてめえ、エリスに《リモート・フルヒール》してもらったとか──そんなのイカサマじゃねえか!」
「ふふ、神に誓ってそのようなことはしておりませんよ?」
満面の笑みで返事をするエリス。
その威圧感のせいか、シンは身体を震わせた。
「シン、危なかったぞ。君が慢心さえしていなければ、な」
「な、なんでそんな余裕ぶってられるんだよ……! たかがモブ野郎の分際で!」
試合開始前に「お前はもうモブじゃない」とかなんとか言ってたけど、シンの中では俺はまだまだ「モブ野郎」らしい。
上等だ。
「俺もそろそろ本気出さないと、だな」
「さ、さっきまで手を抜いてたってか……嘘だろ……」
《キュア》の白魔術で、スキル《勇者の鬨》の影響下から回復する。
更に白魔術 《リインフォース》を使って、敏捷性を含めた身体能力を大幅に引き上げる。
そして俺は、軽くなった身体で闘技場を駆け回る。
「ぶ、分身してやがる……! いや、残像なのかっ……《縮地》よりもヤベえじゃねえか!」
「終わりだ」
俺はシンの背後を取り、全力を振り絞って袈裟斬りをする……直前。
「や、やめろ! やめろやめろやめろ! もう分かったオレの負けでいい! リディアもエリスも諦める! だからやめてくれえええええええええええ死にたくなあああああああああああああああい!」
俺は予定通り、シンの背中を斬った。
……薄皮1ミリを狙って。
するとシンは倒れてしまった。
よく見てみると口から泡を吹いており、地面には大きなシミができている。
狙い通りだ。
「やっと勝てたか」
本当ならば俺が斬る前に「リザイン」と言ってほしかったが、しかたがない。
「おおっと! ここでシン選手が気絶しました! よって勝者はセイン選手となります!」
実況の声とともに、観客が湧き上がる。
「対戦相手を気絶させた勝者は、敗者の生殺与奪の権を文字通り握ることになります。すなわちセイン選手は、シン選手を降参扱いにしてもいいですし、殺しても一向に構いま……おっと、セイン選手は『降参』の方を選びました!」
観客の一部は「なんだよつまんねえ」とシケた面をしていた。
しかし多くの観客は「最高の試合だったよ!」と拍手してくれた。
だが今は勝利の余韻に浸っている場合じゃない。
急いでシンを《ヒール》して、試合中に負わせた怪我をすべて癒やしてやった。
「シン、起きろ」
「う、ううん……」
どうやらシンが目を覚ましたようだ。
「ヒッ……こ、殺さないでくれ! 痛いのは嫌だ!」
「勝負は俺の勝ちだ。とりあえずゆっくり休んで、心と身体を労るといい」
「うわああああああああああっ!」
シンは逃げ去った。
何度も転びそうになりながら。
今の一件でトラウマになってしまったのだろうか。
だとしたら残念だな。
でも、これでもうシンは俺に絡んできたりしないだろう。
よほどのことがない限りは。
◇ ◇ ◇
「さっきはすごかったね……!」
「ああ、まさかシンが王宮を追放されるとはな……まあ人格は近衛騎士としてはふさわしくないけど、実力は本物だからな。意外だと思った」
夜。
俺とリディアは帰路につきながら、王宮での出来事を思い出していた。
コロシアムにてシンを倒した直後、俺は国王アベルと大司教の連名で王宮に呼び出された。
リディアとエリスを連れて向かうと、大司教からは「聖痕の力に溺れた《勇者》を懲らしめていただき、感謝申し上げる」と頭を下げられた。
そして国王アベルから「醜態を晒したシンを王宮から追放したので、代わりに近衛騎士になって欲しい」と打診されてしまったのだ。
もちろん俺は断ったのだが、エリスが「正式にわたしの護衛になってみませんか?」と口走ったことにより、話がずいぶんとややこしいことになってしまった。
「あ、わかりにくくてごめんね。わたしが『すごかった』って言ったのは、シンくんの追放とかじゃなくって、その後のパーティのことなの」
「ああ、そっちか。結構疲れたよな」
国王や大司教との謁見が終わった後。
俺・リディア・エリスの三人は、国王・大司教共催のパーティに参加することになった。
日本にいた頃から大嫌いだった「飲み会」の席。
俺とリディアは貴族たちに値踏みされ、精神的にちょっと疲れてしまったのだ……
はあ、酒はめちゃくちゃ大好きなのに……死因になるくらい。
エリスというムードメーカーがいなかったら、パーティの途中で逃げ出していたかもしれない。
「わたし、ホテルに戻ったらレストランでいっぱいスイーツ食べるの。パーティではほとんど食べられなかったからね……セインくんも一緒にどう?」
「誘ってくれてありがとう。俺も、ちょうど酒を飲み直したいと思っていたところだ」
「えへへ……」
リディアの表情は、ほのかに赤かった。
先ほどのパーティでは、付き合い程度にしかワインを口にしていなかったのだが。
「ん?」
少し離れたところに、二人の男女がいた。
男の方は俺のよく知る人物で、女性の腰に手を回していた。
「シン……すっかり元気になったんだな」
コロシアムにて醜態を晒し、王宮から追放されてまだ一晩も経っていないのに、もう女遊びか。
切り替えの早さを俺も見習うべきかもしれない。
ところで、もうひとりの女もどこかで見たような気がするが、暗すぎて顔がよく見えなかった。
どこで見たんだろうか……王都だったら、大聖堂か冒険者ギルドのどちらかか……?
まあいいか、別に誰だろうとどうでもいい。
「どうしたの、セインくん?」
「いや、なんでもない。とりあえずレストランで飲み直そう」
「うん……!」
俺はリディアとともに、拠点にしているホテルへ戻った。




