進むべき道
「俺を参考にかぁ……」
修は微妙な表情を浮かべる
参考にする魔術師から自分を除外していたのは無意識ではあるが、そもそも雪は修を参考にするべきでは無いと考えていた。
「ダメでしょうか……」
意外な修の反応に雪は少し戸惑う。
師匠という立場的にも快く引き受けてもらえるとばかり思っていたからだ。
「いや、ダメって訳ではないんだが、俺はかなり特殊な部類に入るし参考にならないと思う。指導ってだけなら俺でも構わないんだが」
雪は何度か修の戦う姿を見ているが、特段変わったところは見られなかった。
「そんな風には感じませんでしたが……。特殊と言うと風音さんの戦い方のようなイメージがあるからでしょうか?」
疾風迅雷の異名を持つ響子の戦い方は非常に特徴的であり、雪の知る修の戦い方と比較しても、その印象は変わらない。
特にそのスピードと青白いスパークを纏った姿は一目で彼女が風音響子だと認識出来るほどであり、それが一般人からの知名度を得ることにも繋がっていた。
そのため、実は響子は世間一般的にも特異な魔術師であると認知されている。
「いや、風音さんは使っている魔術こそ特殊だがその戦い方は至って標準的だぞ」
ところが、そんな雪の風音響子に対するイメージを修はサラッと否定した。
「風音さんが標準的!?」
「教本通りというべきか、基本に忠実な動きをするな。だからこそ参考になるわけだが」
雪はその修の言葉に驚きを隠せない。
そのスピードと強さの影響もあるかも知れないが、響子は縦横無尽に動く為、自由気ままに戦っているのだと雪は思っていた。
響子が考え無しとまでは思っていなかったが、少なくとも基本に忠実である様には見えなかった。
あれがプロの魔術師にとっての基本で、見習いにとっても参考になると言うなら、雪にとってプロの魔術師の壁は途方もなく高いと言うことになる。
そんな雪の反応を見て、修は軽く笑う。
「葛西さん安心してくれ。基本に忠実とはいっても、普通の魔術師では真似できないレベルの技術の合わせ技だから、あの動きをそのまま参考にしろと言っている訳じゃ無いぞ」
その言葉に雪は安心した様に息を吐く。
「良かったです……。そうなると、風音さんのどこの部分を参考にすべきなんでしょうか」
雪が何度頭の中で響子の戦いを思い返しても、凄すぎて参考になりそうな部分は見つからない。
「取り上げればキリがないが、一言で言うなら、戦術だな。響子の判断と駆け引きと立ち回りは誰にとっても参考になることだな」
「なるほど。技じゃなくて、頭の方を参考にする訳ですね。確かにそこなら参考に出来そうです」
響子の戦いを見ると、魔術やアクロバットな動ばかり目がいってしまうが、見習いにとって学ぶべきはそこではない。
前衛として戦い、外界演習では強力な魔術師である背信者を相手取りながら雪達のカバーをしていたのだ。
いくら風音響子と言えども、考え無しで戦っているようでは到底実現できない。
「風音さんは戦っている時に相当頭を回転させている。敵と味方と自分の位置把握と調整から始まり、ヘイトと間合いの管理や攻撃する順番、その方法の選択と考えることは多くあるからな。これでもほんの一部だ」
「そんなに……」
果たして今まで雪が戦ってきた中で、どこまで考えて戦えていただろうかと思い返すと、今修が挙げたことすら一部しかできていなかった。
「その多岐にわたる選択肢の中から風音さんは極力堅実な方法を選ぶ。だからこそ参考になるんだ」
「そこまで普段から考えているから、風音さんは背信者と戦いながら私達を魔術でサポート出来たんですね」
バトルIQとでも言うべきか、そこを底上げすれば風音響子の様な戦い方が出来ると言うならば、随分と夢があるではないか。
雪はそう思い少し興奮した様子で修にそう言うも、修は微妙な表情を浮かべた。
「えーっと……。そこは流石に普通の魔術師では真似できないと思う。風音さんの別次元な空間認識能力と索敵能力と高い戦闘能力があったからたまろうな」
「あ、そこはそうなんですね……」
出鼻をくじかれたというか、冷や水を浴びせられるというか、雪はなんとも言えない気持ちになり、盛り上がった気持ちも一瞬で消え去った。
「ま、まぁ、それも普段の積み重ねがあってだからな。重要なスキルには変わりない。葛西さんもまずはそこをしっかり体に刻み込まないとな」
「精進します。……アレ?そうなると師匠は結局何が特殊なんですか?今までの話だと感覚派だから考えずともそれが出来る位しか特殊な要素は考えられませんが」
もし修が感覚派ならば自分を参考にさせないのは納得できる。
中には天才だから故に考えずとも、感覚でそれを出来てしまう者もいる。そして、そう言った人達は感覚で出来てしまうからこそ、その方法を言語化するのが苦手である傾向にあった。
雪が思いつく特殊に当てはまる条件といえばそれしかなかったが、修はそれを否定した。
「そんな天才だったら良かったんだが、生憎俺は凡人だ。俺が特殊な点はそこじゃない。俺の場合はそもそもの前提条件が違う」
「前提条件……というとなんでしょうか」
「以前、俺の使用武器について話したよな?あの話とも繋がるんだが、魔術師ってのは万能性が求められているのに専門性を重視する。だから、一つの武器にこだわるし、前衛と後衛とかの配置も基本的に変えないし、魔術に関しても等級が上がるにつれて使えるものが少なくなる」
世間一般的に魔術師に求められるものは万能性だ。
しかし、修の言った通り、どの魔術師も専門性を突き詰めていくことが基本であり、魔術師は万能性など求めてはいない。
それでも、魔術師が万能というイメージに変わりがないのは、魔術を使えるからだ。
人々が求めているのは、魔術師に求めている万能とは高位魔術ではなく低位魔術なのだ。プロの魔術師であれば低位魔術を幅広く使うことができ、その期待を裏切ることはない。
「でもそう考えると、師匠のスタイルは魔術師の理想通りな気もしますし、あまりデメリットが見えないんですが」
修の戦い方を習得する難易度はもちろん高いだろう、と言うことは雪にもわかる。
だが、それだけの理由で修が指導を渋ることが無いこと位、付き合いの短い雪でも分かる。
「そうだな……。じゃあ俺から葛西さんに一つ質問だ。葛西さんが目指すゴールはどこだ?」
目指すゴールというと、雪にとって目の前にあるのはしっかりと魔術を使えるようになることだ。
だが、修が言っているゴールはそんな目先の話ではないだろうことはなんとなくわかる。
では、雪がの目指すゴールの中で、最も遠く、かつ具体的なものは何かというと、それは一つしかない。
「それは、家族や友達に並び戦える様なプロの魔術師になることです」
「成る程な。それなら俺の答えは変わらない」
「どうしてでしょうか?師匠も実力のあるプロの魔術師じゃないですか」
「もし仮に葛西さんが外界で活躍するとか中堅レベルの魔術師を目標とするなら。でも、葛西さんが目指すのはトップクラスの魔術師だろ?トップクラスは何かしら一番と呼ばれるような技術が必要なんだ。当然、俺のようにすべてを満遍なく鍛えたような者はそれを真っ当な方法で手にすることは出来ない」
雪はその言葉で、何故修が役割ということを重視していたのかに気が付いた。
そんなハッとした様子の雪をみて修は話を続ける。
「もう気が付いたと思うが、さっき役割について話したのはそれを知ってもらう為だ。各人に明確な役割を持たせる事が主流の現代では器用貧乏な俺は逆に使い勝手が悪い。特にトップクラスを必要とする場合だと、器用貧乏は最悪足手まといになる」
修は何でもない様にそう淡々と語るが、雪は何故かその言葉の一つ一つに感情が篭っている様に感じた。
(師匠は何を抱えているんだろう……)
ついぞ、雪はその感情の正体を突き止めることは出来なかったが、少なくともプラスの要素ではないことは明白だった。
「っとすまん。なんだか愚痴みたいになってしまった」
押し黙っている雪と重くなった空気に気がついた修は慌ててその空気を四散させる。
「俺は全部に手を出したばかりに中途半端になってしまったから、葛西さんにはしっかりと一つのことを極めて欲しい。もちろん、トップクラスというからには基本的な部分も出来ることが前提だけどな」
そこまで言うなら、と納得しかけたところで、雪はどこかに引っ掛かりをおぼえた。
修の言うことが魔術師として正しいことは分かるし、理解もしているがどこかスッキリしないのだ。
そんな自分の心に目を向けると、モヤモヤと言うのも勿論だが、少しのイライラも感じていた。
そんな二つの感情の出所を見つけられない雪は、思考のすこし時間を稼ぐために適当な言葉を並べる。
この感情の正体は今掴まなければならないと感じたからだ。
「師匠的には何が私に合うでしょうか?」
「難しいな……。ただ、後衛ではないと思うけどな。どちらにせよ、俺のようにあちらこちらに手を出さなければ問題はないと思うぞ」
(あぁ、そういうことか)
雪はその修の言葉で自分の気持ちの正体に気が付いた。
答えは至ってシンプルだった。
(私は師匠を、日比谷修という魔術師を否定したくない!)
雪と修の付き合いはまだ浅い。
例え一時期入り浸っていたとしても、修との関係性は半年にも満たない。
しかし、魔術師見習いとしても未熟で、希望のなかった雪を救ったのは、雪を肯定してくれたの修だけだ。
自分を認めてくれた魔術師を否定する事だけは雪には許せなかったのだ。
雪の腹は決まった。
あとはいかに修を誤魔化して、雪が修と同じ道に進むかだけだった。
そして、それを実行する案は既に浮かんでいる。
「師匠」
「ん?何か目ぼしい魔術師でも思い出したか?」
「いえ、そうではないんですが、師匠に提案があるんです」
「提案?どんな提案だ?」
「さっきの話通りだと、師匠は一通りなんでも出来ると言う事ですよね?なら一通り教えてもらって合うやつを伸ばすと言う形はどうですか?」
「あー。そうだな……」
修は顎に手をやって考える素振りを見せる。
雪は何ともない様な表情を見せながら、内心で自分の提案が通れと念を送る。
「でも、全部教えると中途半端になる可能性がなぁ……」
修は雪の提案にあまり乗り気では無いのか、考えながらもそう呟く。
「でも師匠、せっかく何でも出来る可能性があるなら、一番合うものを探すのがいいと思うんです」
「そうだな。どの戦い方も基礎を知ることは悪いことじゃ無いしな。分かった。俺の出来る範囲で一通り教えていこう」
「やった!」
雪はその修の言葉に小さくガッツポーズをする。
教え方一つでここまで喜んでいる雪に修は首を傾げるも、熱意があるからかと結論付ける。
「それじゃあ、一つずつ試していこうか」




