雪のスタイル
所変わって、修と雪の二人が隣り合って座っているのは、外界にある修の工房の地下訓練所だ。
黒い壁沿いに設置されたベンチ代わりの出っ張りに腰掛け、二人はまったりと話していた。
「葛西さんの話をまとめると、戦力として役に立てるようになりたい、ってことだな?」
修の問いかけに雪は頷く。
「はい。外界演習で私は全く役に立ってませんでした。出来る限りのことはやったつもりですけど、他の魔術師見習いならもっと上手く出来るはずですし、皆んなにも申し訳なかったです」
そんなに役立たずでは無かったけどな、と修は内心呟く。
外界演習を思い返してみても、雪の動きは別に悪くなかったというのが修の感想だ。
スパイクを運ぶ役割であったし、それに加えてチームのサポートとしての仕事はしっかり行えていた。
ただし、戦力として数えられるかと言われるとそうでは無く、その活躍の幅も徒弟制度に選ばれている魔術師見習いとしては物足りないという事も事実だ。
修としては、下積みとしてもう少し人をサポートする力を身につけても良いと思ってはいるが、雪の気持ちもよく理解できた為、今回はそちらを優先する事にした。
「まず質問なんだが、葛西さんの得意な魔術は何だ?」
「得意魔術ですか……」
その質問に雪は口ごもり、悩む素振りを見せた。
それを見て修はやはり、と思ったが続けて質問を飛ばす。
「それじゃあ逆に苦手な魔術は?」
「えぇっと……。ほぼ全部です」
ガクっと肩を落としながら雪はそう言った。
殆どの魔術師はある程度魔術を使えるようになると、習得の速さやその出来という面で魔術の種類ごとの不得手が明確になってくる。
それはプロの魔術師にとっても同様で、そのムラは見習いと比較して小さいが、多少なりとも魔術の質に差は出る。
どの魔術も得意というレベルで使えるなんて事は基本的にはあり得ない為、得意もしくは苦手な魔術が無いというのは、まだ魔術を使う感覚を養えていないという証明となるのだ。
つまり、得意魔術をすぐに答えられない雪は魔術師見習いとしてもヒヨッコであるという証明であり、戦力として数えられるようになるにはまだまだ早いという事でもある。
「最低でも一つ二つは得意魔術をみつけたいものだな」
「返す言葉もないです……。今まで魔術自体が苦手でしたから、中々……」
それもそうかと修は納得する。
それにしても、魔術はイメージや精神的な要素の影響が強い。
十数年も魔術をまともに使えない期間があった雪からすぐさまその悪いイメージを払拭しろというのは中々酷だと言える。
とは言えここで立ち止まっていてはキリがないのも事実だ。
「普通は得意な魔術に合わせて自分のスタイルを確立していくものだけど、葛西さんに関してはどんな魔術が適しているのかを探るところからスタートだな」
「一応師匠に教えていただいた「結果」の魔術には苦手意識はありませんが、それはどうでしょうか」
今では結構重宝しているし、使用頻度も高い。
ただ、得意魔術であると言う実感はあまり無く、どちらかというと苦手では無いと言った具合だ。
「あれに適性があるのは良いことだが、ちょっと特殊だからなぁ。他には思いつかないか?」
「それ以外だと、「灯火」とか「閃光」とかの一等級魔術はまともに使える様になりましたけど……。それ以外となると最近は使っていませんでしたから、パッとは思いつかないですね」
「まぁ、ヒアリングよりも、実際に試していくか。とりあえず、一度指輪の効果は切っておいてくれ。やり方は覚えているか?」
雪は頷くと、指輪の赤いラインに左手の人差し指をあてがう。
「よし、覚えてるな。動作確認も含めてやってみてくれ」
「はい」
雪は人差し指から極少量の魔力を流すことを意識しながら、ゆっくり赤いラインをなぞる。
そうすると、わずかに発光していた赤いラインから光が消えた。
「よし、これで今その指輪はただの指輪になった。これから葛西さんには色々なタイプの魔術を試してもらう。その中で出来が良かったものを選別していこう」
「頑張ります!」
雪は不安そうな笑みを浮かべながらも、そう答えた。
その答えに満足そうに修は頷くと、早速診断を開始した。
「それじゃあまずは……」
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「んー。これはどうしよか」
「すみません……」
そして一時間後。
そこには、頭を掻きながら困った様子を浮かべる修と申し訳なさそうに縮こまる雪がいた。
結局の所、雪が自己申告したように、どの魔術も似たり寄ったりな結果であった。
一応、「閃光」や「灯火」など、既に何度も使っている魔術は他のものより精度が高かったが、それと同じ系統であっても新しい魔術となると途端に精度が下がっていた。
それに、雪の感覚的にもどの魔術も使いやすさには大きな差がなく、得意魔術探しは難航していた。
「まぁ、暴発はしてないから、技術的には以前よりは進歩してるな」
「一応全部使えましたし、マシになってると思います。思いたい……」
ガクッと肩を落とした雪からそんな本音が漏れる。
雪としても指輪という縛りを外せば、自分の大きな成長を実感できるとばかり思っていたのだが、そう簡単には行かなかった。
「魔術の得意不得意はイメージの問題って言われているからなぁ。今の葛西さんはある意味全て得意とも言えるかも知れない」
「それは……喜んでいいもんですか?」
「微妙だな……」
そうですよねー、と雪は乾いた笑いを浮かべる。
「本当は得意な魔術に合わせて戦うスタイルも決めようと思っていたんだが……。この際仕方ないな、自分で決めてもらおうか」
「へ!?そんな雑でいいんですか?」
突如、投げやりっぽくそう言った修に雪が驚いた様子でそう返す。
「どれを使っても変わらないなら、好きなものを伸ばせばいいだろ?……そう考えると葛西さんは他の魔術師なら羨ましがるような状況にあるわけだ」
「そうかも知れませんが……」
素直には喜べない、というのが雪の本音だ。
とは言え、自分の好みに合わせて好きな魔術を選べるというのは非常に恵まれていると言える。
プロの魔術師の中には、使いたい魔術には全くの適正がなく、渋々他の魔術を使っている者だっているのだ。
「気持ちはわかるが、ここは前向きに捉えておけ」
「そうですね。選べるだけありがたいですもんね」
今までは選ぶことすら出来なかったのだから、今までと比べれば随分とマシになったと言える。
「じゃあ、まず葛西さんはどのような役割に就きたいんだ?」
「そう言われると、難しいですね……」
一言で「役割」と言うと、前衛と後衛という様にシンプルに分けられる様に思えるが、実際はそうではない。
実際には、前衛と言っても、兵吾の様に言葉通り前線を支えるタイプの者がいる一方で、響子の様に自由自在に動き回り敵を引っ掻き回す様なタイプの者もいる。
後衛と言っても、支援魔術や回復魔術のみを使うものがいたり、近接戦闘は行わず中遠距離魔術で戦うものもいたりする。
この様に言葉の枠に綺麗に収まる役割など存在せず、その選択肢は無数にあるわけだが、結局の所、どの魔術師にも得手不得手は存在する為、自ずとその役割は定まってくる。
一方、雪に関してはその役割を決めるための選択肢が無数にあるのだから、そうそう簡単には決められない。
勿論修もそれは承知の上での提案であり、それに対する一つの解決策、というかヒントを持ってはいた。
「葛西さんも多少はテレビとか動画サイトも見るだろ?そこに出てた魔術師とか探索家で憧れた人とかは居ないのか?」
突如修から投げられた質問に雪の思考はストップした。
しかし、雪はこの質問にも頭を悩ませることとなった。
「えぇっと……」
これだけ色んな意味で魔術にのめり込んできた雪だが、魔術にのめり込んでいただけであり、魔術師には一切興味が無かったことに、今更ながら気がついたからだ。
つまり、憧れの魔術師や探索家と言われても、雪にはそんな人物は一人もいなかった。
「まさか、いないとか?」
その雪の反応に少し呆気に取られた様子の修がそう聞くと、雪は何とか捻り出そうと記憶を掘り起こす。
「えぇと…………。風音さんとか?」
何とか捻り出せたのは、ついこの間実際に戦っている姿を見た響子の名前だけだった。
「響子って……。ほら、競技に出ている様な魔術師もいるだろ?空島勇太とか、花里舞花とか……」
魔術師にとっての活躍の場は外界のみではない。
魔術技術の発達によって、安全に模擬戦闘を行えるようになった今、魔術師や探索者たちが見せる戦いは興行的な価値を生むようになったのだ。
そんなわけで、外界などの現場に出る魔術師がいる一方で、現場には出ず競技者のみで活躍する魔術師もいる。
「名前だけは……」
そんな雪の返答に修は困った様子で頭を搔く。
「参ったな。随分と魔術熱心だから、その辺りも詳しいのかと思ってたが。今いる魔術師を参考にするのもいい方法かと思ったんだけどな」
そうやって、ぶつぶつと呟きながら悩みこむ修を見て、雪はおずおずと自分の胸の前あたりに手を挙げる。
「あのぅ……師匠いいですか?」
「ん?どうした?誰かいい人がいたか?」
「いや、そうじゃない……こともないんですが、師匠を参考にするのはダメなんですか?」
「あっ……」




