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欠陥魔術師見習いの育て方  作者: すいぃ
旧版
97/112

外界演習の振り返り1

「大丈夫ですか師匠?まだ疲れが取れていないんじゃ……」


 少し上の空と言った様子の修に、雪は心配そうに声をかけた。


「あ、いや、悪い。大丈夫だ。ちょっと考える事があってな」


 修はその言葉で我にかえると改めて雪へと視線を向ける。


 こうやって修の家で雪と顔を合わせるのは随分と久々の様に感じた。

 少し時間が空いたということもそうだが、外界演習事件や雪の謹慎、そして修はその調査など、色々な事が起こりすぎた。


 そんな間にも雪の魔術への熱意はさらに増した様だった。

 修が雪の謹慎が解けたとの連絡を受けたその直後に雪からメッセージが入っていたほどだ。

 内容は言うまでもなく、次回の指導の日取りについてだった。


 その文面からは、なるべく早く指導を再開して欲しい思いが溢れ出ており、外界演習以来、まともな休みを取れていなかった修は頭を悩ませることになった。

 結局最終的には、雪のその熱意と暫く指導を出来ていなかったこともあって、外界調査が終わってすぐに、こうやって雪と顔を合わせることなった。


「すみません。ご無理を言ってしまって……。今朝、兄と会いまして、つい先日も一緒に現場でお仕事をされていたと聞きましたし……」


「いや、疲れに関しては大丈夫だ。単に少し今後の指導について考えていただけだから」


 それなら良かったと雪は修の答えに胸を撫で下ろす。

 修も今後の指導とは言っても、その内容が雪の兄をはじめとする葛西家に関することであると言う事は流石に言わない。


 それにしても、外界調査の後の三時間にも及ぶ話し合いは地獄の様な時間だった。

 何故なら、三時間のうちの半分は光之介による妹自慢だったからだ。

 非常に性格の良い子だ、から始まり、やれ世界一可愛いやら、頭が良いやら、修が口を挟む間もなくマシンガンの様に話していた。

 特に同じことを褒めるのに、毎回毎回表現を変えていたり、言い回しを変えていた辺り、雪を誉めることに関して言えば、光之介は後世に名を残す様な詩人になれるんではないだろうかと思ったほどだ。


 残りの半分に関しても話題は変わらない。

 光之介の妹自慢の間に挟まれる様に加えられた、妹に手を出したらタダではおかん、と言う威嚇と警告だった。

 修は突然何を言い出すのかと困惑したが、よくよく聞いてみると、確かにそう思われても仕方の無いような事が光之介に伝わっていた。

 というか、雪が光之介にベラベラと話していた。


 例えば、雪が修の弟子になって以来、ほぼ毎日の様に修の家に足繁く通っている事。

 修が雪に高価な魔具を二つも貸し出している事。そのうちの一つは四桁万円するだろう品だ。

 確かに、捉えようによっては、そう言う関係に見えなくもない。

 ただ、そんな疑惑を深めてしまったのも、他ならぬ、雪の言葉だった。

 どうやら雪は話の流れで「早く師匠に会いたい」と「こんなに私を想ってくれる人はいない」と言ってしまったようだ。

 その証拠に光之介は一字一句覚えていた様で、恨みをこめるかの様にその言葉を口にしていた。


 そんな黒を確定付けるようなセリフだが、それを修が正確に翻訳すると、「早く(指導をしてもらうために)師匠に会いたい」と「こんなに(欠陥だらけの)魔術師(わたし)()って(指導してくれる)人はいない」だ。


 修からすれば、言葉足らずにも過ぎるだろと叫びたい気分だった。

 師匠として信頼してくれているのは師匠冥利に尽きるが、だからといってその兄を敵に回したいとはかけらも思っていない。

 早く誤解を解きたい所だが、それは随分と難易度が高くなるだろうことは容易に想像できた。

 ちなみに、修は知らないが雪はこの言葉足らずで多くの男を勘違いさせて落としてきた実績がある。そしていうまで間も無く、それが成就した事は一度もない。


「葛西さん、話を遮って悪いんだけど、君のお兄さんのことなんだが……」


 そんな勘違い問題を解決するために、修はまず雪から攻略することにした。

 何とかして、雪の口から修との関係の誤解を解く様に光之介に言って貰わないといけない。

 ただ、雪に余計な気を遣わせるわけにもいかないし、雪本人にその話をするのもいろんな意味で憚られるので、それとなく誘導して誤解を解いてもらわないといけない。

 中々に難易度の高い任務だった。


「兄……ですか?えっと、どちらの兄でしょう?」


 雪は首を傾げる。


「光之介さんの方だ。その……お兄さんとはよく喋るのか?」


「仲はいいと思いますが、それほど話す機会はないですね。兄は多忙ですし、なにより一人暮らしをしているの中々会わないですし」


 雪の言葉に修の目論みがわずかに崩れた音がした。

 だが修は諦めない。


「ほら、今は色々アプリとかでも話せるから、それで連絡取ったりはしていないのか?」


 少し必死であるため、若干早口になっている修だが、雪はそれに気が付かず、笑いながら否定する。


「何もない時に兄さんとわざわざ連絡を取ったりしないですよ。恥かしい話、私の兄も結構過保護なんですよ。昔は毎日のように連絡が来てたんですが、一回しつこいって怒ったら、かなり回数が減りました」


「あ、あぁ。まぁ、そうだよな……」


 修は心の中でがっくりと項垂れた。

 今後暫くは、この問題が解決しないことが確定した。

 雪が早く彼氏でも作って、家族に報告するのを修は願うばかりだ。


「でもどうしていきなり兄の話を?」


 雪は首を傾げ、不思議そうにそう尋ねる。


「お兄さんと少し話す機会があったからね。どんな方なのか気になってな」


 そんな修の返しに、雪は少し嫌そうな表情を浮かべた。

 今度は修が首を傾げる番だった。


「あの……。兄が変なこと言ってませんでした?」


「……いや、大した話はしていないよ」


「それならよかったです。本当に過保護なんですよ、兄は」


 この前で良く分かりましたとは、当然言えない。

 そして、過保護の言葉で収まらないレベルということも同様だ。


「そういえば、魔術師になることって家族全員が反対なんだっけ?」


「実は家族から直接反対と言われたことは無いんです。ただ、研究者を勧められたり、現役の研究者と喋る機会をもらったり、遠回しですが、反対なのは伝わってくるんです」


 そのあたりの話は兵吾からも聞いている通りだ。

 葛西家としても、なるべく()便()に魔術師の道を諦めさせたいということは明白だ。


「それはお兄さん……光之介さんも同じなのか?」


「光之介兄さんは、そのあたりは一切何も言わないですね。危ないことはするな、とよく言うので、おそらく反対の立場だとは思いますが」


「なるほどなぁ……」


 修の中でも光之介の立ち位置はつかめないでいた。

 光之介との話し合いの別れ際、彼から「生半可な気持ちで雪を応援するなんてしてくれるなよ」と真剣なトーンで言われたことを修は思い出す。

 そのあとはまた、妹に絶対手をだすなよ、との念押しを何度もされ別れたが、あの言葉もまた本気だったように思える。

 果たして、それがどういった意味合いでの警告なのか修にはつかみ切れていない。


「兎に角、結果を出すしかないと思っています。名家には名家なりの事情があるのは分かっています」


 雪は決意に満ちた表情をしている。

 最初であった頃はもっと弱弱しいイメージだったが、この短期間で随分と変わったように見える。

 まだ逆風しか吹いていない現状ではその強さが心強かった。

 どれだけ修が熱心に指導しようとも、雪が折れてしまえばそれまでなのだから。


「それもそうだな」


 家族の話をこれ以上しても仕方ない。

 どのみち、修と雪に出来ることは、雪が言う通り結果をもってして説得するしかないのだから。

 それ以外に納得してもらえる方法はないだろう。


「話を遮って悪かったな」


「いえ、兄さんの事は知って貰っておいた方がいいと思うので。それで、外界演習の感想ですか……」


 その雪の言葉に修はバツが悪そうに頭を掻く。


「すまん。どこまで話して貰ったっけ?」


 修が覚えている範囲では、修と別行動をしていた時の説明を終えた所だったはずだ。

 ちなみに、外界演習には護衛として師匠達がついていた事は明らかにされている。


「ちょうどこれから外界演習で感じた課題について話す所でした」


「課題か……。何分俺の指導も急拵えだったからな。最低限の応急処置的なことしか出来なかった」


「いえ、そのおかげで皆の足を引っ張らずに済みました。でも、私に出来たのはその位でした。と戦力とはとても言えませんでした」


 雪は悔しそうな表情を浮かべているが、ある一点を除けば、雪の出来は十分及第点に届くものだったと修は評価していた。

 さて、どのような形で雪にその評価を伝えようかと修が頭を悩ませている所で、何やら少し硬い表情をした雪が修に声をかける。


「……師匠は私に点数をつけるとしたら何点を付けますか?」


「そうだな……。まず葛西さんの自己採点を聞いてからにしようか」


 これは良いパスが来たとばかりに修は返す。

 修が雪を指導をする上で、一番最初の目標としている事は、雪に魔術師としての自信を取り戻してもらう所だった。

 雪の魔術に対する苦手意識と劣等感は、今後の雪の成長にも指導の質にも大きく関わってくる事だ。

 最低限、何が出来ていて何が出来ていないのか、何が苦手で、何が得意なのか位は答えられる様になって欲しいと修は思っている。

 そんな返しに、難しい顔をしながら長い時間悩んでいた雪が出した答えは修の予想通りだった。


「……二十点だと思います」


「その点数の理由は?」


 そんな修の言葉に雪は目を泳がせる。

 及第点を付けている修としては何故そんな低い点数なのか、と言う問いかけだが、雪からは違った意味に聞こえたはずだ。


「えっと……。鬼を倒した時とか少しだけ私の魔術が役に立ったので、二十点をつけました……」


 雪の悪い所が全面的に出ているその返事に、修は少し息を吐いた。



「……」


(しまった)


 修は思わず出てしまったため息に縮こまってしまった雪に気が付き少し焦る。

 修は心の中で反省しながら、表面上は冷静に、内心は慌てて話を進める。


「葛西さん。チームで仕事をする上で一番大事な事は何かわかるか?」


「えっと……。他のメンバーのことを考えて動く、ですか?」


 雪は少し考えた後に、自信なさげにそう答えた。


「そうだな。それも大切なことだし、間違いじゃない。ただし、一番じゃない。一番大切な事は、自分の役割を全うする事だ」


「自分の役割……」


 雪は修の言葉を繰り返して、記憶を遡る。

 外界演習中はずっと、皆んなの足を引っ張らない事と自分のできる最大限のサポートをする事ばかり考えていた。


「葛西さんの仕事は何だった?それを考えれば、葛西さんの自己評価のおかしさに気がつくはずだ」


 雪に与えられた仕事。

 それは味方のサポートでも、そもそも戦闘面で活躍する事でもない。


「スパイクを守り切って、設置する事……。そうだ、私……」


 雪はそう呟いてぎゅっと目を瞑ると、苦い表情を浮かべた。


「その様子だと気がついた様だな?」


「はい。私は本当に馬鹿でした。魔術と戦闘で皆の役に立つ事ばかり考えていました」


 雪にとって、スパイクを運ぶ以外の仕事は減点要素じゃなく、加点要素だ。

 今回、雪が鬼との戦闘以外の部分で自身を評価しなかったと言う事は自分の役割を間違っていると言うことの証明だった。


「自分の役割以上のことも時には必要かもしれない。ただし、基本的には役割を超えた動きというのはリスクを生むことになる。特に実力が伴っていない時は余計だな」


「そうですよね……。私は自分のために皆んなを危険に晒していたんですね」


 雪は落ち込む、と言うのも勿論だが、何より自分に心底嫌気が差していた。

 もし修に指導をして貰っていなければ、皆のサポートなんて事は考えずスパイクの設置だけを考えていたはずだ。

 それが、少し魔術を使える様になった途端、それを実践で使いたいが為にサポートという言葉で誤魔化して、皆を危険に晒していたのだから。


「そこまで反省しているなら俺からいう事はないよ。それじゃあ、採点だけど……」


「それは、自分でもよく分かっています……。点数をつける価値もない出来でした」


「いや、まてまて。まだ最後まで話してない」


「す、すみません」


 本当にこう言うところはなんと言うか、思い込みが激しいと言うか、走り出したら止まらない所があるなと思いながらも修は話を続ける。


「それで、採点だ。というか、俺がつけた葛西さんの評価は合格だ」


「……へ??」


 その修の言葉に雪は嬉しさより驚きが先に来たのか、大きく目を開く。

 そして、まだ理解が追いつかない雪は言葉が出ずに口を何度も開閉させる。

 中々に面白い光景というのもあるが、修は雪が落ち着くのを待つことにした。

 そして、たっぷり十秒程待ったところで、雪はゆっくりと口を開く。


「合格……ですか?」


「そうだ。間違いなく合格」


 その修の言葉を聞いた瞬間、雪の瞳から涙がポロポロと溢れ始めた。


「あ、あれ?なんで私……」


 雪は戸惑いながら目元を拭うも涙は止まらない。


「ごめんなさい、師匠。あれ、おかしいな。嬉しいはずなのに」


 雪はそう言って口元に笑みを浮かべるも、涙は止まらない。

 雪の言葉に修は黙って首を横に振ると、立ち上がって雪の頭をぽんぽんと叩くと、部屋を後にする。


 それから、雪の啜り泣く声が聞こえるまでには時間はかからなかった。


「一人で噛み締める時間も必要だろう」


 修は柔らかい笑を浮かべると、部屋の外の壁に体を預け、その声が止むのをゆっくりと待った。

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