師匠の外界調査8
「何事もなく帰れるとは……」
拍子抜けた様子で呟く修の視線の先には外街の明かりが漏れているその外壁がそびえ立っていた。
夕方よりも夜に近い時間帯とは言え、外街から近いこの辺りのエリアはある程度整備されていて、電灯も設置されている。
その為、外界でありながら夜の住宅街程度の明るさは維持できていた。
「まぁ、無事に帰れるのは良いことですし……」
若林は初の外界調査を無事に終えられそうな事に安堵の様子を見せていた。
「若林君、気を抜きすぎだ。外界じゃ何が起こっても不思議じゃないんだから」
「そ、そうですよね。すみません」
魔術省の先輩である堅田からのお叱りが入り、若林はすぐ様表情を引き締めた。
「この面子でこの位置で何かあった方が問題だけどねぇ」
そんな二人のやり取りに、油断を通り越してもはや手を頭の後ろに組みながら歩いている大河原がそうこぼす。
「いや、それにしても油断しすぎでは……」
小保方が呆れた顔でそう言うも、大河原は気にした様子がない。
「研究者の方は知らんかもですけど、案内屋は道案内だけじゃなくて、警戒することも重要な仕事の一つなんすよ。だから、ここまで来ればあとはお任せ」
「とは言ってもねぇ…」
戦闘面においてはからっきしの小保方からすると、他のメンバーが気を張っていない状況と言うのはあまり喜べたものではない。
そんな小保方に、大河原は分かってないなと言った様子で首を振ると仕方なしといった具合で説明を始める。
「探索者は案内屋を雇うことで安全を買ってるんすよ。特に長崎夢クラスとなると、警戒の部分で俺たちが出来ることはほぼ無い」
「そんなもんか」
「そんなもんっす。それに、何かあっても外街は目の前なんだから気軽に行きましょうよ」
そんな小保方と大河原の会話を聞いていた若林は首を傾げる。
「僕は大学の時、案内屋は情報を集めて売る事を生業としているって教わったんですが」
「それも間違ってはいないぞ。特に駆け出しや大学生なんかは費用の問題で情報屋としての案内屋にしか関わらないだろうしな。それに、外界での経験を積めば嫌でもガイドとしての一面は知る事になるはずだ」
「なるほど。でもガイドとしての料金ってそんな高いんですか?戦闘には参加しないんですよね?」
そんな若林の質問に修は、そう来ると思った、と返して説明を続ける。
「まず、戦闘に関してはその案内屋次第だな。次に、金額に関してはピンキリだ。ただし、駆け出しが受けられる様な依頼程度ではどうやっても赤字になるだろうな」
ガイドとは言っても、外界でのガイドなんて戦場の真っ只中でガイドする様なものだ。
自分の命に安い値段を付けたい者なんていないだろう。
「それにガイドとは言っても、様々なスキルが求められる。それこそ、単独で外界を調査できる情報屋としての信頼と実績持った者位でないと務まらない。つまり、実力者だけな訳だ。値段が高い理由も理解できるだろ?」
その修の説明に若林は納得した様な表情を見せる。
「それはそうですね。情報屋としての仕事は案内屋にとっての下積み時代でもあるというわけですね」
「そう言うことだ。外界でのガイドは道案内だけじゃなくて、安全確保の意味合いも兼ねる。そうなると当然、ガイド本人の知識、生存能力、危機回避能力、判断力の全てが優れていないといけないからな」
その修の言葉に若林の視線が彼の先を歩く長崎夢の背中に向く。
「と言うことは他の案内屋も長崎さん程の実力なんですか?」
その問いに修は笑いながら首を振った。
「知識はともかく、そのほかの面に関してなら、夢ちゃんは別格だ。あの子が基準なら外界はもっと開拓されているだろうな」
「そんなレベルですか……。今日も姿が見えていないことが多かったので、そこまでとは思っていませんでした」
案内屋の中には探索者レベルで戦闘に加われる者もそれなりにいる。その一方で、夢は戦闘には一切参加出来ない。
しかし、そんな中でも別格だと言われるのが長崎夢だ。
元より、探索者達も案内屋のガイドに戦闘なんてものは求めていない。
勿論出来れば良いが、それよりも如何にして不要な戦闘を避け、消耗とリスクを抑えるかを重視する。
その点で言えば、長崎夢に比肩する者はいないと言っても過言ではない。
「夢ちゃんと一緒に探索なんてのは貴重な経験だと思うぞ。そうそう一緒に仕事できる相手じゃ無いしな。恐らく今回の夢の報酬も億単位だろうしな」
「億!?」
「仕方ない。あの子はトップクラスだし、あの子が下手に安い値段をつけると他が困るからな」
当然、夢が値段を決めている訳じゃなく、外界管理局側の意向であること修も知っていて、その理由も妥当だ。
事実、お金の使い道が無いと夢が言っているのを修は何度も聞いている。
「夢のある世界ですね」
「命が掛かっているところを考えるとそうでも無いと思うけどな……。っと着いたか」
あっという間に調査隊は、外界の高い外壁に作られた通用門まで辿り着いた。
ちょうど先頭を歩いていた夢が慣れた様子で窓口の担当者とやり取りをしている。
担当者と夢は終始和やかに会話している。
危険な外界の門番を任され、普段から探索者とばかり関わる彼らからすると、純粋で明るい夢と話す時間は随分と心休まる瞬間なのだろう。
「日比谷さん。いきなりすまない。解散したあと、すこしいいかな?」
そんな夢と担当者を見ているところで、急に光之介から声がかかる。
何事かと首を傾げる若林の一方で修はその理由には察しがついていた。
「ええ、もちろん」
その返事に光之介は笑顔を浮かべる。
「それはよかった。では後ほど」
そういうと、光之介は自身も手続きを進めるべく、窓口に向かった。
修はため息を一つ吐くと、不思議そうに修を見ていた若林に、仕事の話だよと言って窓口に足を進めた。
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「呼び立ててしまって、すまないな」
「いえ、時間も空いていましたし」
外街にある外界管理局の会議室の一室に二人はいた。
この会議室には絵画が掛けられており、立派な調度品も置かれている。今まさに二人が座るソファーやテーブルも例に漏れず高級そうに見えた。
「あぁ、ここの会議室か?普段はあまり使わせてもらえ無いんだが、大仕事おわりだからな。特別に使わせてもらった」
そんな部屋の様子を見る修の視線に気が付いた光之助は、柔和な笑みを浮かべながらそう言う。
「確かに、会議室にしては随分と豪華だなと思っていました」
修はそう返しながらも、少し毒気が抜けた気分でいた。
先程の戦場にいた光之助はどこか軍人気質な、キビキビした様子が見て取れたのだが、今は育ちの良い穏やかそうな人物にしか見えない。まるで別人の様だ。
「それにしても、色々トラブルはあったが、無事に帰れてよかった」
「周辺の調査もスパイク回収も出来て、日帰りですからね。成果としてはこれ以上はないでしょうね」
「ひとえにメンバーの皆のおかげだ。随分と優秀なメンバーだったとおもっているよ」
「そうですね。葛西さんをはじめに、長崎兄妹に大河原さんと優秀なメンバーばかりでしたしね」
光之助と兵吾、そして夢といったトップクラスの人材は言うまでもなく、終わってみればほかのメンバーも随分と手堅い人選と言えた。
なにしろ、基本的に護衛対象ともいえた小保方は勿論のこと、大河原や堅田、そして新人の若林ですら怪我といえる怪我の一つも負っていないのだ。
その理由はそれぞれの実力が影響している一面もあるが、なによりも大河原の支援魔術の効果は修も実感するところであった。
「噂通り謙虚だな。もちろん日比谷さんのことも入っているよ。私の拙い指揮でこうして帰って来れたのは君の力も大きかったからな」
「いやそんなことは……」
そんな突然の自虐に修が慌てて否定するも、光之助は首を横に振る。
「世辞は要らないよ。前線でしか戦っていなかったのだから、そういった経験が足りていないのは自分でわかっている」
「いえ……」
「まぁ、話を聞いてくれ」
その言葉に修が否定の言葉を述べようとしたところで光之助から待ったがかかった。
修がその開き掛けた口を閉じたところで、光之助は満足そうに頷いた。
「長崎君や色々な魔術師から日比谷さんの話は聞いているよ。優秀な彼らを率いていたこともあるんだろ?日比谷さんから見て、私の出来はどうだった?あぁ、世辞は一切不要だ」
光之助はそう言うと真剣な眼差しで修の言葉を待つ。
そんな光之助の言葉に、修はどう返答しようかと頭を悩ませる。
確かに光之助の指示判断の中には、疑問の残る部分はいくつかあった。
しかし、光之助は国を代表する魔術師であり、雇い主側の人間だ。立場的にも明らかに上の人間にズバズバと物を言えるほど、修は自惚れてはいないし、その勇気もない。
ただ、その光之助の真剣な面持ちには思うところはあった。
修は諦めた様に小さくため息を吐くと、光之助の目を見て口を開く。
「分かりました。あくまで若輩者の私の意見ですので正しいかは分かりませんが……」
「構わないよ」
その言葉に光之助は嬉しそうに頷き、先を促す。
「一言で言うと、トラブル対応が苦手のように見えました」
「一体それはどの点でそう感じたんだ?」
そう相槌を打ちながらも、光之助は修に先を促す。
「定石通り、作戦通りの動きは熟知されているようですが、それが通用しなくなった時の対応が全て力技だった点からですね。今回の様にチームメンバーが優秀な場合はそれで押し通せると思いますが、そうで無い場合やそのチームのキャパを超えている場合は確実に破綻すると思います」
光之助は全員を無事に生還させているため、結果的にはその采配は間違いでは無かったと言えるが、後手後手に回ったことは否めず、最終的には力押しによる強制突破だ。
あの優秀なメンバーが揃ったからこその結果だったとも言えるだろう。
「そうか……」
その修の言葉に光之助は真剣な表情を崩さず、少しの時間考え込む様な素振りを見せる。心なしか空気も張り詰めた様に感じた。
(もしかして、やらかしたか!?)
そんな光之助の反応を見た修は戦々恐々としていた。
なるべくオブラートに包んで言ったつもりでは合ったが、機嫌を損ねてしまった可能性はある。
光之助の悪い噂自体は聞いたことはなかったが、それでも、あの葛西家の長兄で、自身の雇い主である魔術省の人間で、何より実績的にも目上の人物だ。
現場方では一応エリートである魔術省直属の傭兵とは言え、所詮一介の魔術師である修の采配ぐらいであれば、光之助であれば如何様にも出来るはずだ。
「参ったな……。ここでも同じ様なこと言われるとは」
そんな光之助はパッと顔を緩め、そう言った。
修は突然弛んだ空気に呆気に取られるも、光之助はそのまま話し続ける。
「今年に入ってから、現場で暴れるだけじゃなく指揮を取れる立場になれと同僚や上からも言われていてね。今回調査隊を率いることになったのもその一環だ」
ハハハと笑いながら光之助は話を続ける。
「事前知識として君の話を聞いていると、長崎君やあの風音さんも君の事を褒めるもんだからね。これはいい機会とこうやって意見を聞く場を設けさせてもらった」
「いえ、私なんて大したことのない魔術師ですよ。恐れ多いです」
そう言った修の返事に光之助は少し苦い顔をする。
「日比谷さん。自身家の多い魔術師界隈で謙虚なのは私は好意的に思うが、今後のことを考えると使い方は考えたほうが良い。通せる話も通せなくなるからな。日比谷さんの実力は間違いない。その上で実力に合った振る舞いを心掛けるのがいいと思う」
「ありがとうございます。肝に銘じます」
「すまない、説教の様になってしまったな。頭の片隅にでも置いてもらえると助かる」
そう言うと光之助は笑顔を浮かべ、話題を切り替えるかの様に両手を軽く打ち合わせた。
「さて、固い話はここまでにして、本題に入ろう」
「本題?」
軽い口調でそう切り出した光之助に修は首を傾げる。
「何を言ってるんだ。我が妹であり、日比谷さんの弟子の雪のことだ」
「あ……」
(忘れてたぁああ)
真面目な話に流されて、修はすっかりそのことが頭から抜けていた。
「時間はあるのだろう?聞きたいことは山程ある。じっくり話そうじゃ無いか」
色んな意味で良い笑顔を浮かべた光之助に修は「いいえ」を言えるはずもなく、結局、そこから三時間ほど雪の話で拘束されることとなった。




