師匠の外界調査6
外界生物の中で特異個体と呼ばれる個体は非常に貴重な生物である。
その定義には細かな条件はあるが、一言で言ってしまえば、何かしらの固有の特徴を持っていればその個体はユニークとされる。
特異個体の肉体や魔石はその生死、状態を問わずとも結構な値が付くことが多く、その肉体から取れる素材や魔石は特殊な効果を持つこともある。
基本的にはその存在は外界の生態系の解明に繋がるものであるため、緊急時を除き、傭兵管理局か外界管理局の正式な依頼がなければ捕獲や狩猟を禁止している。
ただし、実際の所それを取り締まることは厳しく、密猟を行う探索者も少なくないことは事実だ。
そんな事もあり、大体の特異個体はすぐさま探索者達に捕獲または狩猟されてしまうのだが、一部の個体は探索者達を退け続け長らく生存することがある。
そう言った個体を渾名付きと呼び、そう言った特異個体の殆どは正式に狩猟依頼が出ている。
そして、そんな渾名付きの特異個体が修と光之助の目の前にいる蝕人鬼だ。
体長が五メートルを超える巨体を持ち、長い手足で這うように歩く姿から、動きの遅い生物のように見えるが、それは間違いだ。
その実、非常に敏捷性に優れていて、その敏捷性と背中の長い触手を駆使した攻撃で三桁近い数の探索者が犠牲になっている。
「さて、結構な時間引きつける必要があるな」
物陰から蝕人鬼を眺めながら、光之助はそう言う。
夢より事前に指定されたポイントはこの辺りになる。つまり、合流と言うよりは調査隊本隊が追い付いてくるという形の方が近い。
「このまま行くとポイントを通り越してしまいそうですね」
蝕人鬼は招き鳥に囲まれ、修達が潜んでいる方へずんずんと進んで来ている。
一応、蝕人鬼と調査隊本隊との距離はそれなりに離れているはずであるが、外界生物であり、特異個体でもある以上、どの様な能力を持っていてもおかしくない。
「作戦通り、この場に釘付けにしよう」
「了解です。目立つ魔術は合流間近に使うで良いですよね?」
「そうだ。蝕人鬼の他も来てしまったらかなわんからな」
二人がやることはシンプルだ。
退避ルート付近で蝕人鬼を足止めして調査隊と合流。その後、軍隊蜘蛛を蝕人鬼になすりつけて退避という流れだ。
高威力な目立つ魔術は合流前後からは使用可能にしてある。そのタイミングなら多少横槍が入ったとて問題ないからだ。
「さて、日比谷くん行こうか」
「了解」
光之助と修はそれぞれ武器を召喚すると、物陰からゆっくりと蝕人鬼の前に姿を現す。
今回は奇襲はなしだ。
今回の目的は倒す事ではなく、足を止めることだ。蝕人鬼には軍隊蜘蛛の相手をしてもらう必要がある以上、無駄にダメージを与えるわけにはいかなかった。
光之助と修の姿をまず見つけたのは招き鳥達だ。
招き鳥は二人の姿を見つけるなり、大きな鳴き声で騒ぎ立てながら、一気に飛び立つと修達の真上で騒ぎながら旋回し出した。
興奮した猿が上げるような鳴き声と似たような招き鳥の鳴き声とその行動は修達の存在を蝕人鬼に伝えるには十分だったようで、蝕人鬼のその巨大な目が二人の姿を捉えた。
「来るぞ」
その光之助の声とほぼ同時に蝕人鬼は高速で這うと言うよりは飛び跳ねる様にして週達に迫り来る。
「は……やっ」
五メートル程もある巨大が飛び跳ね、地震に向かってくる様はひどく恐ろしいものだった。
そんな蝕人鬼の突撃を食らってはひとたまりもない。
その突撃を光之助は高く飛び上がる事で、修は『瞬歩』と言う魔術で躱す。
その突進を二人に躱されてしまった蝕人鬼だが、その攻撃はそれだけでは終わらない。
その勢いを維持したまま、建物に向かって飛び跳ねるとその壁を駆け上がり、その勢いのまま空中にいる光之助に飛び掛かった。
「甘いな」
ほぼ奇襲に近い攻撃ではあったが、相手が悪かった。
光之助はその動きを読んでおり、飛びついてきていた蝕人鬼のさらに上を取っており、そのまま蝕人鬼を地面に蹴り落とした。
いくら、敏捷に優れているとは言え空中で飛びつこうとしている最中だ。
蝕人鬼は光之助の反撃を受けて地面に叩き落とされ、土煙を上げた。
「流石の実力だな……」
修から思わず声が漏れる。
初見である相手の攻撃を完璧に読み切り、反撃まで加えたのだから、その実力が確かにトップクラスであることは明白だった。
一方で、痛い反撃を食らった蝕人鬼は地面に倒れこんだまま、まるで過呼吸であるかのような独特な奇妙で君の悪い鳴き声をあげている。一体どこから鳴き声を上げているのかは不明だが、気味の悪いことには変わりはない。
ひとしきり鳴き声を上げた蝕人鬼はその場に立ちなおすと、今度は唸り声をあげると光之介をにらみつける。
「怒らせましたね」
「うむ。これでスタート地点に立った訳だ。日比谷君、ここから本番だ」
「はい」
あれだけ軽々と初撃を躱し、随分と余裕があるように見えた光之介だが油断している様子はまるでない。
それもそのはず、結構激しく地面に叩きつけたのにも関わらず、蝕人鬼には傷の一つも見当たらなかった。
どうやら、見た目以上に頑丈なようだ。
(なるほど。生き残るのも納得だな)
修は蝕人鬼のリアクションに関心すると共により一層気を引き締める。
修は手に持った黒と赤の色が入った少し派手な巨槌を握りなおすと、蝕人鬼の攻撃に備える。
「やはり私か」
そう呟いた光之介に向かって蝕人鬼は恐ろしい速さで詰め寄る。
今度はそのままその長い手の片方を鞭のように振りながら、空中に浮いている光之介に飛びかかる。
光之介は一気に行動を鞭のようにしなるその蝕人鬼の腕を浮き上げることで躱すも、蝕人鬼の攻撃は止まらない。
そのまま蝕人鬼はバタつくようにその場でターンすると空中に漂う光之介に両手を広げて飛びかかかった。
「進歩がないな」
光之介は今度は高度を一気に下げることで、その飛び掛かりを潜るように躱すとそのまま地面に降り立った。
空振りする形で光之介を逃した蝕人鬼は、そのまま綺麗に着地すると、背中を覆いつくさんばかりに生えている触手を揺らしながら、素早く光之介へと振り返る。
そしてその背中から数本の触手が勢いよく伸びて光之助を貫かんとする。
「一本、二本……三本目」
光之助は最初の三本を僅かな移動と体を捻るだけで危なげなく躱していく。
そして続く触手も動揺に躱わすと地面に突き刺さった触手のうち一本を剣で切りつける。
たちまち触手は真っ二つに斬り落とされるも、蝕人鬼は痛がる様子を全く見せなかったが、その光之助の突然の反撃に驚いたのか、大きく後ろに飛び退き、距離を取った。
「触手では痛みを感じないのか……。厄介だ」
光之助は剣に付着した緑色の蝕人鬼の体液を剣を振るうことで落とすと、そう呟い。
そして、その視線の先では先ほど切り落とされた触手が早くも再生しようとしていた。
そしてその再生が終わると濁った咆哮を蝕人鬼が放った。
「口がどこにあるかわからないが……お怒りのようだな」
光之介は手に持ったロングソードをくるりと回すと、自身の周囲に六本の短剣を召喚した。
そしてじりじりと間合いを詰めていく蝕人鬼が一気に加速し、光之介へと迫りゆく。
今度はただの突進ではない、その長い手足がゆえにバタバタとした動きだが、その動きは非常に速い。
蝕人鬼は光之介を自身のリーチ内へとおさめると、その長い右腕を光之介に向ってふるう。
よく見ると、先ほどまでは見えていなかった鋭い爪がその五本指の先に生えていた。
光之介はその攻撃を軽やかにジャンプすることで躱す。
蝕人鬼はとび上がって躱した光之介に向けてまたもや触手を次々に伸ばし貫こうとする。
そんな無数の触手の殆どは光之介の周りに漂う短剣がまるで舞うように斬り落としていく。
そして一部短剣がうち漏らした触手も光之介自身がロングソードを振るうことで斬り落とした。
それでもまだ、蝕人鬼の攻撃は止まらない。
ちょうど光之介が着地した瞬間、蝕人鬼がもう一方の手を振りかざす。
光之介は今度はそれを躱す素振りを見せなかった。
「『爆風』」
光之介の目の前に魔法陣が構築されるとともに、猛烈な風が今まさに光之介に攻撃を届かせようとしてた蝕人鬼を吹き飛ばした。
蝕人鬼はその五メートルを超える巨体だけあって、何十メートルも吹き飛ばすとまでは行かなかったが、不意を突いた攻撃であったため、受け身をとれずにゴロゴロと転がった。
そして、目立った外傷はなかったものの、流石にその衝撃で脳が揺らされたのか、僅かにふらついた様子で立ち上がった。
「『獄牢』」
そして、蝕人鬼が立ち上がった瞬間、今まで存在を消していた修から魔術が行使される。
蝕人鬼の周りに無数の魔法陣が現れたかと思うと、その魔法陣から黒紫色の金属片が現れる。
そして、それぞれが蝕人鬼を囲うように組み合わさっていく、一瞬の間に蝕人鬼を閉じ込める牢屋が出来上がった。
「これは期待以上だ。随分と難易度の高い魔術を使う」
「葛西さんが蝕人鬼を引き付けてくれたおかげです」
光之介が蝕人鬼を引き付けたおかげで、修はかなり余裕を持ち魔法陣の構築を行うことができた。
五等級魔術『獄牢』は設置型の魔術であり、本来は戦闘中に使うものではない。
危険な魔術師や生物を閉じ込めるために生み出されたこの牢屋は非常に強固であるとともに、魔力耐性もある。
何をしてくるか分からない特異個体相手には打ってつけの魔術だった。
「とはいえ、魔力供給を経っているのでいつまで持つかはわかりませんが」
そう付け足した修の目線の先の牢屋の中では、閉じ込められた蝕人鬼が暴れに暴れていた。
時折、鈍い音が聞こえ、牢屋が軋む様子が見て取れるが、今のところは壊れる様子は見えていなかった。
「構わない。渾名付きがこの程度で終わるはずもないからな」
そして、閉じ込めてから光之介を言葉の通りの事が起こる。
蝕人鬼がひとしきり牢屋の中で暴れた後、あきらめたかのように少し静かになると、その直後体の周りから虹色の燐光が漂い始めるとともに、青白い肌に入っている紫色の模様が淡く発光し始める。
そして、その光が強まると共に、また蝕人鬼が牢屋の中で暴れ始め。
「なるほど。強化魔術のようなものか」
そんな蝕人鬼の特性を見て、光之介は感心したように頷きながらそういう。
「葛西さん、感心している場合じゃないですよ!」
その修の言葉通り、牢屋にはひびが入りはじめ、そして間もなく、その牢屋が砕けた。
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