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欠陥魔術師見習いの育て方  作者: すいぃ
旧版
93/112

師匠の外界調査5

「コイツら……本当にしつこい!」


 後方から次々と迫り来る軍隊蜘蛛に魔術を放ちながら若林はそう言う。

 この中で魔術師歴としては一番の若手である若林は、なかなか振り切れない軍隊蜘蛛に苛立ちと焦りを隠せないでいた。


「まだ、青いねぇ。若林君は」


 それを見て大河原は余裕そうにそういう。

 全く好転する気配の見えない状況に対しての感情は別にして、軍隊蜘蛛に追われると言う点については、大河原にとっては大した問題では無いのが事実だろう。

 確かにしつこくはあるが、外界慣れしている者、例えば修も外界生物なんてこんなもんだという感覚であり、その部分での焦りはほぼない。

 生存競争がかなり激しい外界では獲物への執着心が強い生物が半数以上を占め、酷いものでは、丸一日も同じ獲物を追い続ける生物なんてのもいる程だ。

 良くも悪くも探索者をある程度していると、そういった外界生物の特性には慣れてしまうものだ。


 ただ、本来なら軍隊蜘蛛は執拗に同じ相手を追い続けることはしない。

 つまり、今回調査隊を執拗に追い続けているのは普段の習性からでは無く、特別な理由があるからだ。


「トロフィーね……」


 修もそれ程軍隊蜘蛛の生態に詳しいわけではないが、その話は聞いたことがあった。

 軍隊蜘蛛は蜘蛛の中ではーー外界生物であり地球のとは別種である筈であるがーー珍しく、高い社会性を持った生物である。

 エリアごとに縄張りがあり、その縄張り毎にクイーンと言われる個体が存在する。

 そして、その縄張りの中でもいくつもの群れが存在するが、その中で女王がいる群れが縄張りで一番の群れとなる。

 そして、定期的に女王付きの群れの再編成が行われ、その際に最も優れた獲物という名のトロフィーを女王に献上した群れが縄張り内で一番の群れとなる。

 一番の群れはクイーンとの繁殖を許された群れであり、クイーンの子供は通常の軍隊蜘蛛よりも強力な個体が生まれる為、軍隊蜘蛛はこぞって一番を目指すのだった。


 そして、言うまでもなく今回のトロフィーの対象は修達、調査隊の面々だ。

 大の大人が七人。そして、その保有魔力も高く、トロフィーとしてはこの上ない対象が軍隊蜘蛛達の目の前にいる訳だ。

 そんな獲物を軍隊蜘蛛が逃すはずがない。


 ただし、軍隊蜘蛛はそれ程追跡に優れた生物ではない。

 数は多く、多少の障害物も軽く乗り越えられる機動力を持ってはいるが、それでも移動スピードはそれほど早くない。

 しかし、そんな軍隊蜘蛛を調査隊が簡単に振り切れない理由が二つあった。

 一つは小保方の存在だ。

 元より研究方の小保方は魔術を現場で使った経験が少ない。

 そして、魔術の知識はあれども、それを行使する機会も少ないのだ。それこそ戦闘系の魔術など使う機会は皆無に等しかった。

 他のメンバーだけであれば、全力で駆けながら襲いくる軍隊蜘蛛を処理するなんて事も出来ただろうが、それを研究職の人間に求めるのは酷だった。


「ここで右です!」


 そう言って夢が細い路地の中を進んでいく。

 調査隊メンバーもそれに遅れないように、後に続いて路地の中に入っていく。


「外界生物が多すぎるな」


 調査隊が進む先を遮るようにいた魔獣を瞬く間に処理した光之助がそう呟く。

 これこそが一番の問題であった。

 小保方の問題など、この問題に比べれば些細なものだ。


 撤退を開始してから、もう何度も外界生物が撤退ルート上に現れては撤退に影響が出ていた。

 軍隊蜘蛛を突き放せないのは、度々現れる外界生物を回避したり、戦うことで無駄な時間を使っているからだ。

 その外界生物もゴブリン程度なら問題は無いのだが、いかんせん強行突破することが難しい、な一癖も二癖もある危険な生物も多々いる。

 その為、調査隊は軍隊蜘蛛から離れては追いつかれ、と言うのを繰り返す羽目になっていた。


「キリがないな……。何か手立ては」


 光之助がそうぼやいた直後、夢からの無線が入る。


「皆さん!このまま進むと招き鳥と蝕人鬼がいます」


 その報告を聞いて、光之助は閃いたような表情を浮かべた。


「……ぶつけるか」


 光之助はぼそっとそう呟く。

 そして、その呟きに続けるように全員にそのアイデアを伝えた。


「軍隊蜘蛛と蝕人鬼をぶつけるぞ」


 光之助から飛び出したのは中々にぶっ飛んだプランだった。

 それこそなるべく戦闘を控え、リスクを減らすと言う当初のプランからはどんどん離れてしまっている。


「葛西さん、流石にリスクが高くありませんか!?」


 それに少し慌てた様子で返したのは堅田だ。

 それにしても小保方を守るので堅田はもう一杯一杯であった。その上に特異個体の外界生物の相手など、とてもじゃないが考えられなかったのだ。


「これ以上軍隊蜘蛛に時間を使っている暇はない。それに、リスクについては私が蝕人鬼を引きつけるから問題にはならない筈だ」


「流石に一人では無茶では!?」


「大丈夫だとは思うが……」


 半ば叫ぶような堅田の鋭いツッコミが入り、光之助は僅かに鼻白む。

 いくら光之助とはいっても蝕人鬼と大量の軍隊蜘蛛に挟まれては何があってもおかしくはないのは事実だ。

 特に蝕人鬼に関してはその情報が少ない。少なくとも懸賞金が付く特異個体でありながら、未だに討伐されていな時点でその強さは疑いようのないものであり、それを相手するリスクは計り知れない。


「よし。では、日比谷さんを私の相方につけよう」


「へっ」


 突然の指名に修は思わず声を漏らす。

 幸いな事に誰にも聞かれてはいなかったが、あまりにも唐突すぎて、反応が出来ずにいた。


「いや、それでも…………」


「なら代案はあるか?……無いだろう?」


 まだ食いつく堅田だが、そう光之助に言われては返す言葉もなかった。

 そもそも、数は少ないとは言え戦いながら、そして逃走しながら代案なんてすぐに浮かぶはずもなかった。


「俺じゃないのかよ……」


 そんな二人のやり取りの最中、わずかに聞こえた大河原の呟きを修は耳にする。

 その呟きに、また面倒に巻き込まれたな、と思う修の内心をよそに、光之助は段取りを進める。


「長崎ナビゲーター、蝕人鬼と軍隊蜘蛛をぶつけた後、我々が退避できるルートもあるのだろう?」


「はい!ちょっと狭い路地にはなりますが」


「それなら作戦はシンプルだ。私と日比谷さんが先行して蝕人鬼を引きつける。その後、退避ルート付近で合流し、蝕人鬼に軍隊蜘蛛を押しつけて退避だ」


「了解しました!タイミングは私が調整しますね」


 相変わらず夢だけは元気で応えているが、一部の調査隊メンバーは反対の立場であることは明白だ。

 とは言え調査隊のリーダーは光之助で、現状を打破できる他の有力なプランもない。そんな状況で光之助のプランに反対できるわけもない。


(後で面倒ごとにならなければ良いけど……)


 嫌な予感がしている修を置いて、プランはどんどん実行へと進む。


「それでは行動に移るぞ。日比谷さんと私が先行する。日比谷さん、最前線に出てきてくれ」


「……了解。兵吾あとは任せたぞ」


「はいよ」


 なにやら楽しそうな表情を浮かべている兵吾がそう応え、修はため息を吐いた。

 そんな兵吾を相手にしても仕方ないので、無視して光之助の位置まで移動しようとした所で、修はふいに視線を感じる。

 修がその視線の方に顔を向けると、不満げな表情を浮かべた大河原がいた。

 恨みごとの一つでも吐かれると思っていると、案の定大河原がその口を開く。


「精々足を引っ張らないようにな」


 チャラついた見た目と口調から、大河原には探索者としての上昇志向やプライドは薄いと修は思っていたのだが、どうやらそれ違ったらしい。


 今のところ、修はそこまで上昇志向も強く無く、探索者としてのプライドなんてのも大して無い。

 後々の面倒事に繋がるなら、いつでも変わると言いたのは山々だが、流石にそれを口に出すほど愚かでは無い。

 ただ肩をすくめることでその言葉に返した。


 それに、光之助の実力であれば、サポート系の魔術師である大河原の方が適任ではと修も思ってはいるが、修を相方に選ぶという光之助の采配が間違っているとも、自身の実力が大河原に劣るとも思っていない。

 調査隊を二つに割るのであれば、光之助とそれに次ぐ実力者は別れるべきであるから、兵吾は除外。

 まだ新人で経験の浅い若林や実践経験の乏しい小保方、そしてその護衛に就いている堅田も選択肢から外れる。


 残るは大河原と修になる訳だが、こうなると後は好みだ。

 大河原を選べば厚い後方からのサポートが受けられるし、修を選べば攻め手が2人になるため、後方からのサポートの代わりに攻撃の手の数が増え、ヘイトの分散もできる。

 どちらが上ではなく、光之介が選ぶ戦術によって決まる。ただそれだけなのだ。

 ただ、最近は探索者としての実績をあげていない修の実力など大河原が知るはずもないのだから、自分の庭で大して実績のない者の方が信用されていると言うのは大河原として面白く無いのは理解できる話ではあった。


「随分と煽られてるな」


 相変わらず楽しそうな兵吾がめんどくさそうな表情を浮かべる修にそう声をかける。


「随分余裕だな」


「俺がいて葛西さんがいて、夢がいて、そしてお前もいる。この程度は問題ないだろ」


 そう簡単に言ってのける兵吾だが、それは決して口先だけではない。

 事実としてこんな会話をしている間にも軍隊蜘蛛を数匹始末している。


「それに、愛しの妹の師匠様の実力が気になるんだろうよ」


「それが一番困る理由だけどな」


「まぁ、余裕だろ」


 それだけ言って兵吾はさっと、小保方のフォローに素早く回っていき、修も光之助に追いつくべく足を進める。


「来たか。評判の程は聞いている。期待しているぞ」


 嫌味のない爽やかな表情と口調で葛西光之助は修に言う。


「ご期待に添えるように頑張ります」


「よろしく頼む」


 少し素っ気ない返しだったかと修も一瞬思ったが、光之助は特に何も気にした様子もなく、大きく頷いてそう返した。


「それでは、長崎ナビゲーター、我々は行くぞ。ナビゲート任したぞ」


「お任せください!」


 元気な夢の返事を聞きながら、修は気を引き締める。

 自身の弟子の過保護疑惑のある兄の前で実力を示す機会が何とも言えない形で訪れたことに、若干の困惑はあるが、これから戦う相手は蝕人鬼だ。

 決して気を抜ける相手ではないことは明白で、気を抜いている余裕は今の修には無い。


「よし、それでは活路を切り拓きに行こうか」


「了解」


 空中に浮かび上がり、一気に加速していく光之助を追うように、修もその後を駆けて行った。

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