師匠の外界調査4
現在、調査隊の前線を支えているのは兵吾と光之助であり、その実力は国内トップと呼ばれるのに相応しいものだった。
現在の評価では光之助の実力の方が上とされているが、若手筆頭と名高い兵吾も負けてはいない。
赤茶色の柄が特徴の十文字槍を持った兵吾の戦いは光之助や響子と違って派手さや華は無い。
しかし、非常に堅実、そして隙のない洗練された戦い方だ。
それこそ、良し悪しは別として、光之助や響子の戦い方は規格外過ぎて見習い達の見本にほぼならないのに対して、型をなぞっているかの様な兵吾のそれは見ているだけでも大いに参考になる。
現に、これだけの数が居ながら、兵吾の槍の間合よりも内側に潜り込めた軍隊蜘蛛は一匹もおらず、更には、兵吾は複数対一の状況すらほぼ作らせていない。
勿論、近接攻撃と魔術を併用した高い技術の上に成り立っている戦い方ではあるが、その立ち回りや魔術の運用方法はお手本としてはこの上ない。
そして、そんな堅実的な戦い方でありながらも、光之助に劣らない程のハイペースで軍隊蜘の数を減らしているところも彼がトップクラスの魔術師であることを証明している。
「あの二人でも無理とは、厳しいねぇ」
言っている内容に反して、随分と軽い口調で大河原はそう言った。
現状として、トップクラスの実力である二人を持ってしても撃ち漏らしを防ぐことは出来ていなかった。
その理由は、他の生物を極力呼び寄せない為に音や光が極力出さないようにしているからで、そうなると、二人の使える魔術は威力や規模の低い低級魔術に限定されてしまう。
いくら二人が優れた魔術師とは言えども、圧倒的な数の軍隊蜘蛛相手に低級魔術のみでは撃ち漏らしが出てしまうのは仕方がない。
「葛西さん。まだ使わないんですね?」
飛び掛かってきていた蜘蛛を槍で叩き落とした兵吾が光之助に尋ねる。
言わずもがな、使用魔術の制限のことだ。
「まだ耐えよう。軍隊蜘蛛の群れは最大でも五十匹ほどのはずだ……」
「……了解」
光之助の言葉かは僅かに間をおいて、兵吾はそう返した。
そんな二人のやり取りを聞きながら、間違いなく兵吾がその答えに納得していないことを修は確信していた。
事実、修の視線に映る蜘蛛の大群が五十匹で収まる様な数には到底見えない。
それに光之助は魔術師としては非常に優秀であることは疑いようもない事実ではあるが、今のところ、現場の指揮者としての素質があるかと言うと、正直無さそうであると言うのが修の評価だ。
確かに近ごろの異常現象や探索者の外界の立ち入り制限によって、外界生物の数や様子が普段とは違う可能性は十分にあった。
外界演習の時には普段現れない外界生物が目撃されたり、基本的には外街近辺には居ないはずの蝕人鬼が現れるなど、外界で何らかの異常が起こっている可能性は否定できない。
そのため、緊急時や必要不可欠な時を除き魔力温存と周囲の注意を引かないようにする為、高位の魔術を使わないでおこうと言う作戦を光之助が事前に立てており、調査隊もそれに従っていた。
「時間をかけ過ぎるのもよくないと思うけどな……」
修が自身に襲いかかってきた蜘蛛を一匹にとどめを刺すとそう呟く。
例え戦いが得意ではないと言っていた小保方ですら、軍隊蜘蛛が相手であればそこそこ戦えるはずだが、流石に数が多すぎる場合は話が変わってくる。
そして、そんな思考もすぐに打ちやめになる。
仲間の死骸を乗り越えて、後続が修に襲いかかってきたからだ。
蜘蛛は仲間の死骸を乗り越えると、その口元付近から蜘蛛の糸を発射する。
粘性の糸は通常の蜘蛛の糸同様に高い耐久度と粘度を誇る。
一度捕まると厄介な事になるのは目に見えている。
修は自身に向けて打ち出された蜘蛛の糸を危なげなく躱すと、それを打ち出した蜘蛛に一気に接近をしその頭部にハルバートを振り下ろした。
流石に体が大きい分普通のサイズの蜘蛛よりは敏捷性に劣る軍隊蜘蛛はそれを躱しきれず、緑の体液を撒き散らしながら倒れた。
修はそのまま首を振り周囲を確認する。
現在の調査隊は前線中央を光之助と兵吾の二人が担当し、少し下がった左右に修と若林、そして、半円の形になったその中央に小保方、そして殿に堅田が配置している。
前線二人が切り崩し、修と若林が撃ち漏らしの処理、そして堅田が小保方の護衛といった配置だ。
この配置はかなり守備的な配置だ。
光之助が駆け抜けるとは言ったものの、これでは突破力も低く、闇雲に突っ込んでも、処理が追いつかなくなるのは時間の問題だろう。
確かに光之助や兵吾、そして修と夢であればこの軍隊蜘蛛を強引に躱していくことは可能だが、小保方は別としてその護衛の堅田とまだ外界慣れしていない若林にはかなり荷が重い。
その為、修達は前には進んでいるものの、かなり遅い進軍スピードであり、おそらく光之助が想定していたよりもかなり悪い状況のはずだった。
とは言え、現在のこの強行案はなんとかその形を保ててはいる。
それを実現させているのは、全員の無線に飛んで来ている夢の指示のおかげだ。
一体どこから見ているのか今の修にはさっぱり分からないが、彼女は軍隊蜘蛛の様子や数の報告、そして進軍方向の指示をするだけに留まらず、死角からの攻撃の警告など様々なサポートを一手に引き受けている。
「若林さん。六時の方向から来ます!」
「了解ッ!」
若林は夢の言葉を信じ、背後を確認しないままその盾をかざす。
ガンッという音と重い衝撃と共に若林の盾に蜘蛛の鋭い二本の前足が振り下ろされるが、既に準備が出来ていた若林はそれをしっかりと受け止め、右手のショートソードで蜘蛛の頭部を斬り飛ばす。
そして、修にも同じ様に、蜘蛛の襲撃が絶えない。
先程真っ二つになった蜘蛛の死骸を乗り越えて新たな蜘蛛が二匹、修へと迫り来る。
そのうちの一匹が吐いた糸を半身になり躱すと、飛び掛かってきたもう一匹をそのままハルバートで真っ二つに斬り捨てる。
そして、糸を吐いた蜘蛛は魔術で撃ち抜いた。
修だけで既に十匹近くの蜘蛛を倒している。
だと言うのに、未だにその勢いに限りが見えない。
前線の二人もかなりの数を蜘蛛を倒しているし、若林も同様だ。
「これはもしかして……」
そんな呟きが小保方から漏れたのが無線に響く。
どう言うことかと、修が小保方に問いかけようとした所で、少し危機感を持ったような夢の声が無線に響く。
「皆さん!一体大きいのがいます!」
「なに!?どの位だ?」
「百メートルほど先です。体長はおそらく……五メートル以上です!」
夢は言葉足らずな光之助の質問の意味を的確に理解し、そう返した。
「五メートル以上……。それってクイーンじゃ」
「葛西さん!これは撤退した方良さそうです」
小保方の呟きを聞いた兵吾が余裕の無さそうな声で、光之助にそう言う。
「あぁ。見えている。あれはまずいな」
空中にいる光之助にはそう、返す。
そんなやり取りをしている間にも、軍隊蜘蛛の奥に徐々に一際大きな蜘蛛の姿が現れた。
確かに修達の周辺にいる蜘蛛より五倍以上も大きい。そしてその周辺を護衛するかのようにいる蜘蛛もまた、普通の蜘蛛より二倍以上のサイズがある。
それに加えて、軍隊蜘蛛の数が減るよりも増え続けていた。
つまり、殲滅速度が追いつかなくなり始めていた。
「葛西さん!」
少し呆けた様子の光之助に兵吾はもう一度声をかける。
「あぁ分かっている。皆退くぞ!魔術も制限なしだ。長崎ナビゲーター、薄いところはないか」
流石に光之助も当初のプランに固執するほど間抜けではない。
すぐさま夢にそう問いかける。
「……後方に退く以外は難しそうです」
少し間が空いて夢からそう返ってくる。
確かに修達の後方にはほぼ蜘蛛は居ない。
しかし、後方に退くとなるとそのまま蜘蛛達との追いかけっこが始まるのは目に見えている。
「後方は蝕人鬼が……」
そして、若林がそう呟いた通り、調査隊の後方には招き鳥と蝕人鬼がいまだに彷徨いている可能性も高い。
下手をすると、蝕人鬼と蜘蛛に挟まれる可能性もある。
「いや、退くぞ。全員が無事でこいつらを抜ける可能性は皆無だろう」
しかし、そんなリスクを分かった上で光之助はそう言い切った。
修としてもその判断が唯一の正解だと思えた。
仮にこの軍隊蜘蛛の大群を殲滅できたとしても、その後に別の外界生物が押し寄せる可能性は高かった。
もし、消耗した状態でそうなれば、光之助や兵吾、そして夢などは無事かもしれないが、ほかのメンバーが切り抜けられる可能性は低く、修もそこまで小保方や若林などを庇い切れる自信はなかった。
「長崎ナビゲーター、誘導してくれ。私は少し足止めをしていく」
「はい!先導します」
その言葉と共にすっも調査隊の後方に夢が現れ、調査隊メンバを誘導する。
その姿を見ると、光之助はすぐさま魔術を構築し始める。
浮かび上がった魔法陣は最も簡単にその形を複雑に、そして大きさを増していく。
そして魔法陣の陣形が六つ、六等級魔術にまで構築された所で光之助が魔術を行使する。
「『風穿』」
その瞬間、魔法陣の周りの一切の風が止まる。まるで嵐の前の静けさとも言わんばかりだ。
そして、そこから一拍置いて、魔法陣から豪風と言うのも烏滸がましいほどの威力の風が吹き荒れ、爆音と共に軍隊蜘蛛の大群を丸ごと飲み込んで吹き飛ばした。
これで決着とも思えてしまうほどの威力であったが、光之助の表情には厳しさが消えていなかった。
「これを耐えるか……」
光之助の魔術によって打ち上げられた蜘蛛達が空からパラパラと降ってくる中、クイーン達とそのそばに居た大型の蜘蛛達は進めは出来ていなかったものの、無傷でその場にいた。
そして、そうしている間にも、一度は空いた視界がまた蜘蛛によって埋め尽くされつつあった。
「まぁ、時間稼ぎには十分か」
光之助は厳しい表情を浮かべたまま、先行して撤退していた調査隊メンバーへと合流すべく、踵を返した。




