師匠の外界調査3
「私が処理しよう」
そう言い放った光之助の視線の先には、毒々しい赤紫色をした斑尾模様の皮とその手足から伸びる永く鋭利な鉤爪が特徴の生物が十匹ほど群がっていた。
マダラトカゲと呼ばれる体長一メートルほどのその外獣は、なにかの死骸に群がっており、ちょうど狩りを終え食事をしている所であった。
夢の話によれば、狩りを終えて食事が始まるとマダラトカゲは暫くはその場を動かないことが殆どであるとのことだった。
そうなると調査隊はいつになるか分からないマダラトカゲの移動を待つか、彼らを倒していくしかない。
別のルートを通るという方法もあるのだが、付近には多数の魔獣やら外獣やらがいるらしく、結局どれかと戦う可能性が高い為、リーダーの光之助がマダラトカゲを倒していくという選択肢を取ったのだった。
そんな外獣の群れを前にして、光之助はやる気満々の様子で武器を構えており、その姿を見て彼を止めたいと思う者は調査隊にはいなさそうだった。
と修は思っていたのだが、思わぬところから意見が出てきた。
「葛西さんであれば、一人でも問題はないでしょうが、万が一があると……」
そう控えめに光之助に意見したのは、意外にも彼の身内である中年魔術省職員の堅田大輔だ。
中肉中背で髪を七三分けにしたその姿、背格好や言葉選び、仕草と疲れた顔からは気苦労が絶えない中間管理職の雰囲気を余すことなく醸し出している。
ただ、堅田の忠告にも一理はある。
マダラトカゲは非常に敏捷性に富んでおり、猛毒が仕込まれたその鋭い爪を使って狩をする。
油断すると小さな傷でも致命傷になりかねる為、探索者にも少なくない犠牲者を出している外獣なのだ。
それを知っているから堅田は光之助にそう意見したのだった。
「いや、むしろ相手がこちらに気付いていないようなら連携をとるより私一人の方が確実で安全だ」
しかし、安全策を取ろうとした堅田の意見を光之助は軽く却下した。
「そうおっしゃるなら……」
堅田はそれに喰らいつくことはなくあっさりと身を引いた。
恐らく元々止められると殆ど思っていなかったのだろう。
とは言え、修も光之助の意見には賛成だ。
いくら万が一があり得る危険な外獣は相手だとは言え、国の魔術師のトップ集団のうちの一人が遅れをとるなんてことはないのは簡単に予想できた。
それこそ、まともにお互いの闘い方もしっかり把握していないメンバーで連携をとろうとして戦う方がリスクが高いほどだ。
「それに、私の戦い方は独特だからな。ある程度皆にそれを知ってもらうのも必要だろう」
そういうと光之助は魔術を構築しながら、魔獣の群れの方へと足を進める。
光之助の言うことは最もで、彼の戦いを直接目にした者はこの中にはいなかった。
「それじゃあ、手早く片付けよう」
そうして光之助がマダラトカゲにその姿を認められるギリギリの距離まで足を進めたところで、光之助はまるで階段を登る様に空中へと浮き上がっていく。
「なんだアレは……」
呆気にとられる調査隊メンバをよそに、光之助はマダラトカゲの攻撃が届かない高さまで上がると、一気に加速して、その勢いのまま構築していた魔術を行使した。
「『鎌鼬』」
上空から不意に接近してきた光之助に数匹のマダラトカゲが気が付いたのと、その体が細断されるのはほぼ同時だった。
声も上げる間も無くブロック肉へと変わる仲間に、他のマダラトカゲが気が付いた時には既に遅い。
光之助の周囲に浮かぶ六つの短剣が六匹のマダラトカゲの口を地面に縫い付けるように放たれて、鳴き声を発するのを防ぐ。
そして、光之助はジタバタするマダラトカゲにそのまま空中から接近すると、流れるようにトドメを刺していった。
「噂通り……いやそれ以上だねぇ」
大河原がその圧巻の戦いっぷりに感嘆の声を上げる。
マダラトカゲを瞬く間もなく、そして危なげなく殲滅してみせた光之助はそのまま軽やかに地面に足をつけた。
「確かに響子とは対極だな」
疾風迅雷と呼ばれる響子と対比されるように挙げられるのが光之助の戦い方だ。
激しく、素早く、力強い戦いをする響子とは対照的に、光之助は空中から軽やかに、そして流れる様に敵を撃ち倒していく。まるで一人だけ無重力の中にいるかのようだ。
また、六本の短剣と一本のロングソード、そして魔術をという手数の多さも特徴だ。
合わせて七本もの剣による中近距離戦闘と、魔術による遠距離戦闘を行えるため、苦手なレンジが一切存在しないという隙のない魔術師だ。
何やら風の秘術とやらを使って、風を纏い、自身の周りの風を操作することで、あの独特な戦い方を実現していると修は聞いたことがある。
修のとある友人魔術師に光之助のことを聞くと、「ふわふわしている」と非常に抽象的で想像しづらい表現で説明されたため、その時は内心で聞く相手を間違えたと思ったが、どうやらあながち間違いではなかったようだ。
「よし、それでは皆進もう」
そう言って光之助は自身の周りに浮遊していた短剣を送還すると、先へと足を進める。
結局、光之介は十数秒程で、圧倒的な実力を見せてマダラトカゲを殲滅してしまった。
「まぁこうなるのは分かっていましたが……」
「良いことですよ。この調子だと今回の調査は無事に終わりそうですし」
そんな光之助の背中を追いながら、修の少し先で会話をしていたのは、先程の堅田とひょろっとした体躯をしている眼鏡の男性、技術員として派遣された魔術省職員の小保方健介だ。
小保方は明らかに気が抜けているが、先ほどの光之助の戦いを見てしまったならそれも仕方ないだろう。
いくら外界生物の中では危険度が低いマダラトカゲが相手とは言え、たった十秒程で殲滅してみせたのだ。光之助の実力の異常さと旅の安全を知るには十分な戦いだった。
それに事実として、今回の外界調査は非常に安定したメンバーが揃っている。
夢が可能な限り戦闘を回避し、安全なルートを選び、戦うこととなったとしても光之介や兵吾と言う強力な前衛と、サポート系魔術師の実力者として知られている大河原がいるのだ。
技術員である小保方を除けば、魔術省のメンバーもそこそこの実力者であるはずなのだから、今回の調査は非常に安全な方であると言えた。
とは言え、夢のナビゲートがありながら戦闘が避けられなくなって来ているという事は、調査隊メンバーが足を踏み入れているエリアが危険なエリアになりつつあると言う証明だ。
修は二人の背中を眺めながらも、改めて気を引き締めて、自身も周囲の警戒を続けた。
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そうやって足を進めて十分ほどで、また夢の足が止まる。
「皆さん、すごい数の生物とぶつかりそうですが、どうしますか?」
「そうだな……。どんな相手かによるが、回避はできそうか?」
光之介の問いに夢は素早く返答する。
「魔力の感じだとそれほど危険な生物では無いと思いますが、回避すると結構な時間のロスになりそうです」
「これ以上のロスは余計なリスクも増えるな……。とりあえず種類だけ確認するか。長崎ナビゲーター、配置の指示を」
「はい!」
光之介の指示通り、夢がてきぱきと調査隊のメンバーに配置場所を指定していく。
光之介と兵吾は最前線に配置され、その後方、体を隠しやすく、逃げ込めそうな路地のそばに魔術省職員の二名。そして、その二組の丁度中間辺り、光之介と兵吾をサポートできる位置に若林と修が配置され、大河原は全体のサポート役としてフリーマン的な立ち位置だ。
そして、各員が持ち場について、すぐにその生物たちが姿を現し、修はそれを見て苦笑いを浮かべた。
「運がいいというか、悪いというか……」
「ハハハ……。なるほど、数が多いのも納得ですね」
調査隊の方へと向かってくるように姿を現したのは黒いクモの大群だ。
とは言っても、一般的にみられるクモとはサイズの面で大きく違う。
小さいもので小型犬ほどの大きさがあり、大きいものだと大型犬クラスのサイズとなり、体長一・五メートル程ものもちらほら見える。
修はクモが特段苦手ということはないが、それにしても数十匹もの大きな蜘蛛の集団が歩いているのを見るのは気持ち悪いという感想の他なかった。
ただ、幸いなことに軍隊蟻ならぬ軍隊蜘蛛と呼ばれるそれらは鳴き声を上げないことと、軍隊蜘蛛を捕食する生物は非常に少数であるため、他の生物と戦うのに比べれば幾分目立ちずらいという面はあった。
「長崎ナビゲーター。これを回避するとどんな生物と接敵する可能性があるかわかるか」
無線機からはささやき声に近い音量の葛西光之介の声が聞こえた。
「そうですね……。可能性としては大体二、三十種ほどですね!危険な生物だと、シロオロチや……」
「……よし、わかった。あれを抜けるぞ」
なにやら物騒な名前が夢から挙がったところで、その言葉を遮るかのように葛西光之介がそういうと、短剣を自身の周囲に召喚する。
「各員戦闘準備だ。私と長崎君が先陣を切るから、後に続いてくれ。基本的には殲滅ではなく、突破だ。足を止めないでくれ。日比谷君と若林君は撃ち漏らしの処理、堅田さんは小保方さんの護衛を頼む」
その光之助の指示に従い、他のメンバーも身を潜めつつ、各々が武器を構える。
修はその手に無骨なハルバートを召喚すると同時に魔術を構築し待機状態にさせた。
「日比谷さんの武器はそれですか……。意外ですね。もっと取り回しの良いものかと」
若林がサークルシールドとショートソードをその手に召喚すると、修のハルバートを見て驚いたようにそう言った。
魔術師は自身の身体能力を向上し、常人ではあり得ないような力を発揮出来るが、それでも選ぶ武器はその体格に合ったものを選ぶ傾向にある。
何故なら、魔力による身体能力の向上は本来の身体能力を引き上げる技術であるため、自分よりも大柄な者と相対した場合にパワー負けしてしまうからだ。
そうなると、大物を使うメリットが無くなるため、自身の体格や戦い方に合い、長所を最大限に活かせる武器を使う事がセオリーとされているのだ。
そのため、魔術師として、しっかりとした教育を受けてきている若林からすれば、今回の修の武器のチョイスはかなり定石からは外れていた。
「普段はあまり使わないんだけど、蜘蛛に近づきたく無いしな」
「そんな理由で……」
しかも、そんな修はそんな適当な理由を言うのだから、若林は呆気に取られた顔を隠せない。
そんな若林を見て、修は軽い笑いを浮かべる。
「まぁ、これから探索者達と会うともっと驚かされることがかなりあるからな、この程度で驚いてちゃ身がもたないぞ」
「何と返せばいいのか……」
「っとそろそろだな」
困惑気味の若林に修はそう声をかける。
気が付けば蜘蛛達の距離はかなり縮まっており、光之助と兵吾も臨戦態勢だ。
そして、無線機からその戦いを告げる合図が告げられる。
「戦闘開始だ。カバーを頼むぞ」
その言葉と共に、光之助と兵吾から魔術が放たれ、蜘蛛の大群との戦いが始まった。
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