師匠の外界調査2
「合図があるまで、動かないでください」
身を隠せと言う夢の手信号の後、耳に付けた通信端末から夢の指示が届けられる。
夢以外のメンバーは何の気配も感じ取れていないが、調査隊メンバーは疑問を持つことなく素早くその指示に従い物陰に身を潜める。
そして、調査隊メンバーは数秒程でその夢の指示の意味を理解した。
「招き鳥か……」
修が自分にしか聞こえないほどの囁き声で呟く。
調査隊メンバーの前方では大型の猛禽類ほどのサイズの鳥類が数匹現れた。
招き鳥と呼ばれたそれらは、非常に目立つ極彩色の羽を広げ、多種多様な鳴き声を上げながら道の真ん中を悠々と歩いている。
招き鳥だけであれば、調査隊のメンバーなら何の苦もなく排除できる相手ではあるが、その特徴を考えれば避けられるなら避けた方がいい相手であった。
その特徴とは、招き鳥が食物連鎖の上位に位置する生物と共に行動していると言うものだ。
招き鳥は、目立つ羽を広げ、さまざまな生物の鳴き声を模倣しながら居場所をアピールして標的を誘き寄せる。
そして、その声や姿に釣られた生物を自らが行動を共にしている生物に狩らせて、その残りを餌にしている。
つまり、今いる招き鳥の周囲には何らかの強力な生物がいる筈で、魔石も取れず、大した素材にもならない招き鳥をわざわざわ討伐するメリットがないのだ。
「うわぁ。やべぇのつれてんねぇ」
修のすぐ隣で隠れてたチャラ男、大河原から軽い口調ながらも気を張っている様子を隠せない呟きが漏れる。
修もチラリとその方向を覗き込むも、そのやべぇのを見てすぐさま顔を引っ込めた。
招き鳥が連れていたのは魔獣だ。
人間を五、六メートルまで巨大化させて、手足を二倍近く伸ばし、四足歩行をさせた様な随分とアンバランスな体付きをしている化け物だ。
白い肌にはまだらに紫色の模様が入っており、背中には無数の触手が蠢いている。そして、その白い頭部には口や鼻などは一切ついておらず、大きな単眼のみが付いていた。
その魔獣はゆったりと足を進めているが、その気味の悪い単眼のみが付いた頭部は辺りの獲物を探す様に小刻みに動いている。
「皆さん、あれは魔力を探知するので、不用意に魔術を使わないでください」
無線機から非常に小さな声で夢からの注意が入ったが、もとよりあんな気持ち悪い生物をみて、わざわざ戦いたい者など一人もいなかった。
そして、何とも言えない緊張感の中、待つこと十分程で通信機から夢の声が聞こえる。
「皆さん、もう大丈夫です。進みましょう」
その声を合図に散り散りになって隠れていたメンバーが姿を現して合流する。
「あれはいったいなんだったんですか?」
魔術省からのメンバーの一人、外界管理局から派遣された若手の職員である、若林大輔がそうつぶやいた。
「あれは、特異個体の魔獣で、通称名しかありませんが、蝕人鬼と呼ばれていますよ」
夢が若林にそう説明する。
「食人鬼っていうと、外界では普通の存在のように思えますが……」
「食の字は食べるではなく、蝕むなんですよ。その名の通り、あれにつかまると触手の先にある小さな口からちょっとずつ神経毒の効果を持つ溶解液が流し込まれて、少しづつ体液などを吸われていくって感じです」
夢は相変わらずの明るさでそう言ってのけるも、それを聞いた若林はと言うと顔を引き攣らせていた。
「一対一で出会ってしまった時は逃げる事をお勧めします!」
夢は固まっている若林にそう言うと、その足を進める。
「まぁ、外界ってそう言うとこなんだわ。エリートさん」
その夢に続く様に、大河原が若林の肩を叩きながらそう言って、若林を追い越していく。
他のメンバーも、そんな頃もあったなと過去の自分と若林を重ね合わせながらその脇を通り過ぎていく。
「ん?」
そして最後尾の修が若林を追い越そうとしたところで、若林と目が合う。
「……」
足を止め数秒視線が合っていたが若林から何も無かったため、修は何か思い当たったかの様に手を打ち合わせた。
「アイツに捕まると、神経毒の効果で体を動かせないまま、最低でも二、三日かけてあの触手の中で餌になる羽目になるから、戦う時はしっかり対策したほうがいいぞ」
そう言い残して先に進んだ修の背中を、さらに情けない顔になった若林が見つめながら口を開く。
「それ捕まった後の対策って事ですよね……」
そう言うと、若林は軽く身震いした後、皆に遅れまいと駆け足でその背中を追った。
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そこからの行程は随分とスムーズだった。
夢がそのトップクラスの探索スキルを駆使して、あらゆる障害を回避して見せたのだ。
外界生物を回避するのは勿論、よく目を凝らしてもハッキリは分からないほどの異常現象さえ事前に回避して見せた。
「あの子、長崎夢さんでしたよね。噂通り、凄いですね」
そんな世界で一番安全とも言える外界調査で修は自然と若林と隣合わせで最後尾を位置取ることになった。
そんなこともあり、小休暇に入ったタイミングで若林が修に話しかけてきたのだった。
「夢ちゃんは特別だからなぁ……。多分だが、魔術師の上位陣でも本気で隠れた夢を見つけられる人は居ないだろうな」
「そんなにですか!?」
驚いた様子の若林に修はまるで当たり前かのように話す。
「試してみるか?」
「見せて頂けるなら」
「だってさ、夢ちゃん」
「はい!どうしますか?」
「うわぁ!?」
突然背後から聞こえた夢の声に、若林が大きな声を出して飛び退く。
そして、ここが外界だという事を思い出して、途端に顔が青ざめる。
「安心していいぞ。既に防音用の魔術を使っておいたから」
その修の言葉に若林は深い安堵の息を吐いた。
「ありがとございます。それより、長崎さんは……」
「長崎が二人いますので、ナビゲーターか夢とお呼びください!」
「そうですね。夢さんはいつの間に僕の背後に……」
「俺たちが夢ちゃんの会話をし出してすぐだな」
「すみません。驚かす気は無かったんですが、日比谷さんから目で指示があったので……」
その言葉に若林が非難の目を修に向ける。
修はそれに笑って、外界流の挨拶だと若林に言った。
「まぁ、皆さんに迷惑がかからないならいいですが……」
「ところで、若林さんは魔術省に入って何年なんだ?」
「今年で三年目になりますね。外界管理局には今年異動してきたんです」
その言葉に修は感心した様に声をあげる。
「と言うことは、その年で外界管理局配属でこの調査に参加しているってことは、かなりのエリートで出世街道な訳か」
そんな唐突な修の質問に若林は苦笑いを浮かべ答えづらそうな様子を見せる。
「そう、聞かされてはいますが……。魔術省の先輩も優秀な方ばかりですし、外界管理局の仕事に至っては右も左も、と言った感じです。正直、その実感は無いですね」
そこまで言って若林はチラリと何やら話し込んでいる光之助と兵吾に目をやる。
その視線を追った修は軽い笑い声を上げる。
「あの二人は数年に一人とかそんなレベルだから比較するのが間違ってるよ。……とまぁ、話を戻すと、夢ちゃんの探索、隠密スキルは優秀な魔術師にも通用するレベルな訳だ」
「私の数少ない自慢できるポイントです!」
夢もその修の言葉に、変な謙遜もせずに胸を張ってそう答える。
「それは……例えば長崎さんや葛西さん相手であってもですか?」
「兵吾さん相手なら六割程度の成功率です。葛西さんなら……」
夢はそう返した後、僅かに言葉を切って光之助を観察する。
「そうですね、五割は割ると思います」
「さ、流石にそうですよね」
どこかホッとしたような様子を若林は見せた。
「ちなみにそれは相手が最大限に警戒している時の話だからな」
その修の言葉に若林は唖然とした表情を見せる。
国のトップレベルの魔術師相手に、それが出来ることがどれだけ考えられないことなのかは若林のリアクションが明白に表していた。
「そうだなぁ……。その実力を見せるなら、せっかくだからあの正面から消えるやつを若林さんにやってあげればいいんじゃないか?」
「アレですね!良いですよ」
「正面から消えるやつ?」
「はい!若林さんは私のことを見ているだけで良いです。どこかのタイミングで私が姿を隠しますので、それを見逃さなかったら若林さんの勝ちです!」
「いや、さすがにそれは……」
流石にその状態からでは無理だろうといった様子の若林に修はにやりと笑みを浮かべる。
「いいからやってみな」
「いつでもどうぞです!」
困惑気味な若林ではあったが、小さく息を吐くと佇まいを正した。
「分かりました。ただ、やるからには本気でやりますよ。ただ、見ていればいいんですよね?」
「はい!見逃さないようにしてください」
若林はそういうと、一度ぎゅっと目を瞑り集中力を高めると、一挙一動を見逃すまいと夢のことを見つめる。
そんな真剣モードの若林を前に夢はニコニコとした表情を変えない。
若林が夢にあったのは初めてだが、その華奢で小柄な体型や可愛らしい容姿と、その明るく愛想のいい性格からはとても国内屈指の実力を持ったナビゲーターとは思えないが、その実力が噂だけの物ではないことはもう実感している。
だからこそ若林は油断することなく、最大限に集中していた。
「……」
十数秒ほど経っただろうか、未だに若林の目の前にいる夢は微動だにしていない。
もしかして、修と結託してなんらかの魔術を使うのでは、と若林は勘繰り、魔術の気配を一瞬探る。
「は……?」
若林から呆けた声が漏れる。
気がつくと、若林の目の前にすでに夢はいなかった。
間違いなく目は離してはいなかった。瞬きもしていないことはその目の乾き具合からも間違いない。
「いつの間に……」
若林がそう言いながら夢の姿を探すと、修の後ろから夢が若林を覗き込むようにしてみていた。
「……どうやったんですか?目は離していませんでしたが」
驚く若林を見て、嬉しそうな夢が修の背後から一歩前に出る。
「若林さんの気が一瞬私から逸れましたから、そのタイミングです」
「あぁそうだった。すまんな。目を離さないだけじゃなくて、意識もと言っておくべきだったか」
修が本当に言うのを忘れていた様子でそう付け足すように言う。
「いやいやいや。気を逸らしたって、そんな無茶な……。それも、ほんの一秒にも満たない間ですよ?」
確かに意識が一瞬思考に回ったことは若林も理解している。
しかし、それを察知してその姿を隠すなんて、規格外以外の何物でもない。
「原理の程は夢ちゃんにもわからないらしい。ただ、できてしまうんだからそう言うものなんだろ」
そう若林に修は告げるが、若林は開いた口が塞がらない。
それは、若林が今まで見てきた中でも五本の指に入る程、理解ができない技術だった。
(ま、原理はある程度分かってきたけどな)
実の所、修はその技を何度も見ているため事もあって、夢が何をやっているのか位は分かっていた。
とは言え、何故夢にそれができるのかは全くもって分かっていなかった。
「なんというか……。魔術師もそうですが、トップクラスの方々は皆さん説明できない様なことをやってのけますね。葛西さんもそうですが……」
そう若林が言ったところで、その葛西光之助から夢に声がかかる。
「長崎ナビゲーター!そろそろ出発しよう」
「はい!少しだけ周囲を偵察してきます」
夢はすぐ様返事を返すと、失礼しますと小さな声で修と若林に言って、その場から離れた。
「他の皆も今の間に出発の準備をしよう。エリア的にそろそろ交戦も避けられなくなってくるだろうから念入りにな」
「いよいよですね」
「そうだな」
若林の言葉に修は頷くと、携帯端末を手に取り、作戦エリアを示したマップを眺める。
ここから先は特に交戦的な外界生物が多く生息する地域との情報が載っており、修も気を引き締めて出発の準備に取り掛かった。




