師匠の外界調査
最後の打ち合わせを終えた調査隊メンバーは外街の外へとつながる大きな門扉の前で各々は装備などの最終チェックを行なっていた。
「へぇー。こんな感じになるんだねぇ」
そんな中、一人の魔術師が装備のチェックもせずに、人影が減った外街を興味深そうに見まわしながらそう言った。
その魔術師はいわゆる魔術師らしいと言われるモノからは随分と離れた見た目をしている。
明るい茶髪のミディアムショートを整髪剤で立ていて、耳だけでなく、鼻や瞼ピアスをつけており、バンドマンとでも言われたほうがしっくりする見た目だ。
そして、装備に関しても同様で、所謂一般的と言われる普通からは外れたものだ。
素材に関しては不明だが、ズボンも普通のチノパンのように見えるし、着ているジャケットもミリタリーと言うよりMA1に近いデザインだ。
修が見る限り最低限の実用性はありそうだが、かなりビジュアルに重きを置いたデザインであることは間違いなさそうだった。
そんな服装から言動まで、何もかもがチャラついた人物が、今回の調査隊の一員かつ、師匠であるということが修には信じられなかった。
「人の名前にどうこう言うのもアレだが、あの感じで名前が大河原大五郎ってのは違和感だな」
その魔術師をなんとも言えない表情で見ていた修の肩を叩き、兵吾がそう言う。
「俺も名前だけは知っていたけど、まさかあんな感じだとは思っていなかったな……」
「しかも、あの感じでサポート系の魔術師だからな。分からないもんだ」
探索者かつ魔術師で、サポートを中心に行う人物といえば守部涼香の名が一番にあがる。
そして、最近、彼女に次ぐサポート系の魔術師として顔が売れ始めている人物が大河原大五郎という若者だった。
次ぐ、とは言っても実力的に二番手でないことは明白だ。
これはサポート魔術師の数が少ないことと、サポート系魔術師は他の魔術師達にすぐ囲われると言うのが要因だ。
これは決して戦闘系の魔術師のみに利益があることではなく、両者に利益があることだ。
その理由を簡単に説明すると、戦いが不得意なサポート系魔術師は、探索者と組むより、素性がある程度担保されている魔術師と組んだ方が安全だからだ。
これは単なる偏見と言うわけではなく、実際にサポート系魔術師がその装備などを狙って追い剥ぎを食らったり、時には慰み者にされたり、最悪は命をとられる事件も過去には起こっていたことから来るものだ。
現在は探索者の質も良くなった為、そう言った事件は減ったものの、それがゼロになったわけではない。
外界でのそう言った問題は簡単に生死に直結する為、サポート系魔術師は探索する相手を慎重に選ぶ必要があるのだ。
そんな訳で、サポート系魔術師は非常に有用かつ貴重な人材であるにもかかわらず、魔術師以外の探索者では中々一緒に行動することの出来ない存在なのだ。
そんな環境の中、魔術師以外の探索者とばかり外界探索を行う大河原は探索者から非常に好感を持たれており、それが外界において名が売れている一番の要因であった。
「大河原と言えば、あの話は本当なのか?」
「アンチ魔術師の話か?」
「そうだ。まぁ、俺たちも目を付けてはいるが、実際の所、探索者にしては素行はいいほうだ」
「ただ警戒はしておけってことだろ?」
「そういうこ……うごっ」
腕を組みながら神妙な顔つきでそう言っていた兵吾が突如うめき声とともに前のめりになる。
そしてその兵吾の背中に乗りかかる形で小柄な女性が修に向かって手を振る。
「何の話をしているんですか??」
「あぁ、夢ちゃんか。打ち合わせはもう終わったのか?」
「はい!バッチリです。ナビゲーターらしくしっかり日比谷さんをご案内します」
夢と呼ばれたその人物は兵吾から飛び降りると、そのポニーテールを揺らしながら、わざとうやうやしく修にお辞儀をする。
彼女は百五十センチと少しの、ナビゲーターとしてはかなり小柄な身長と八重歯が特徴の底抜けに元気な少女だ。
そう、彼女はまだ十八歳であるとともに、ナビゲーター歴十年のベテランという訳アリの人物なのだ。
「夢……勘弁してくれ……」
兵吾が首をさすりながらその体を起こすと、ニコニコしている夢へとそう声をかける。
「すみません。勢いがつきすぎました!」
元気よく謝る夢の明るさに修にも優しい笑顔が浮かぶ。
「修さん、私の気配遮断もそれなりのものになったと思うんですが、どうですか?」
「そうだな。もう俺や兵吾より全然上手だ」
「兵吾さん!修さんもこう言ってくれてます!もう一人前ですよね!」
「……まだもう少し先だな」
そうキラキラした表情で兵吾にそう言う彼女に、兵吾は困った表情でそういった。
「えぇ~。まだ修練が足りませんか??」
「なんだ妹だけには随分と過保護だな」
「うるせ」
「もっと鍛錬して次こそは認めてもらいます!」
今でこそそんな風に明るく兵吾じゃれつく彼女であるが、初めのことを考えると随分と感慨深いものがある。
修が彼女に初めて会った頃の彼女は無口で無表情でお世辞にも美礼と兵吾の二人になついていたようには見えなかった。
長崎夢。
彼女が10歳の頃、違法探索者集団に荷物持ち兼囮として半ば奴隷のように使われていた所を大前美礼と長崎兵吾が救ったのが最初だ。
紆余曲折あり長崎家へと養子入りし、現在は兵吾の血の繋がっていない妹となっている。
兵吾は一人前と認めてはいないが、実際の所はとうの昔に一人前になっている。
違法探索者に三年間も使われて、大きな怪我なく生き延びていた事からもわかる通り、当初から生存能力に関しては卓越したものがあり、外界における生存能力は極めて高いものだった。
現在では戦闘能力でこそほぼないものの、索敵、マッピング、隠密、追跡、逃走といった能力は並みのナビゲーターでは比較すらできないレベルとなっており、超一流の案内屋と呼ばれるほどとなっている。
「相変わらず仲がいいな」
そんな二人を見ながら修はそうこぼす。
血は繋がっていないものの、夢と兵吾、そして美礼の三人は本当の家族のような関係性を築いている。
気が付くと身近な人がどんどんと居なくなった自身とは大違いだった。
「修さんは……」
自分がどんな表情をしていたか修にはわからないが、いつの間にか目の前まで来ていた夢が心配そうに修の顔を覗き込む。
「響子さんは元気?」
夢は何かの言葉を飲み込んだあと、修にそう尋ねた。
修と響子の昔の関係性を夢はもちろんよく知っている。
勿論二人の関係性が破綻したことを夢には直接伝えてはいないが、兵吾の妹であり、メディア面や魔術省関連の仕事をよく受ける夢であれば、響子との関わり合いは多かったはずで、二人の間に何かあったこと位は簡単に察することができるだろう。
そして、その言葉を額面通り受け取るほど修も未熟じゃない。
だが、修はあいまいな笑みを浮かべて、あえてその質問の額面通りに言葉を返した。
「あぁ。まだ体力が戻らないみたいだけど、しばらくしたら復帰すると思うよ」
そんな修に夢の後ろに立っていた兵吾があきれたようにため息をついた。
「そう……。よかった!」
夢はほんのわずか一瞬、悲しそうな表情を浮かべたが、すぐさま顔に満面の笑顔を浮かべて、明るい声でそう言った。
「よし、全員集まってくれ!」
二人の間に何とも言えない微妙な空気が広がりかけたその瞬間、今回の調査のメンバーに号令がかかり、最後の装備チェックなどを行っていた魔術師たちが集まってくる。
その号令を発した人物は葛西光之介だ。
葛西家の長兄であり、魔術師名家の名に恥じぬ実力を持っており、一ノ瀬家の長兄である一ノ瀬肇と並ぶ魔術師界の次世代を担っていく人材である。
そんな彼が出てくるということは、魔術省の中でこの一連の騒動は看過できない問題となっている証明でもあった。
「最終チェックは終わったな?}
光之介がメンバーの様子を見ながらそういう。
今回のメンバーは、師匠陣三名と魔術省職員三名、そしてナビゲーターの夢とリーダーの光之介という構成だ。
ナビゲーターとリーダーは言うまでなく、兵吾をはじめに実力者ばかりが集まったこの調査隊は名前だけ見れば大河原と修が随分と名前負けしてしまうようなメンバーだ。
そして、そんなメンバーに抜かりがあるわけもなく、全員が光之助の質問に首肯で返した。
「聞くまでもなかったな。よし簡単に目標と注意点だけ説明する。まず目標だが、日比谷さんが受け持った班が設置したスパイクの回収だ。付近の調査も目標の一部ではあるが、余裕がある場合のみ簡単に行う」
雪が設置したあのスパイクは今もあの池のほとりにあるはずで、何らかの細工が施されたスパイクの可能性があった。
「後は目標ではないが、例の魔術師が出たら問答無用で殺して構わない。生捕りにしようなんて考え無くていい。そして、生命の危機がある場合は逃亡しても構わない」
その言葉に思わず修の口から息が漏れる。
その言葉が意味する所は正確には分からないが、魔術省として相当目障りな存在であることはこれで確実となった。
「後は、今回の調査に関する注意だが、長崎……長崎夢さん説明を頼む」
「はい!」
その光之助の言葉に夢は元気よく返事をし、説明をはじめる。
「基本的に打ち合わせで、話しましたので今回は三点だけ、簡単に説明します」
そう言うと、夢が指を一本立てる。
「最初に、これから向かうエリアは本来居ない生物が現れたり、その数が多かったりする可能性があります。普段は安全なエリアであっても気を抜かないようにお願いします」
これに関しては事前の打ち合わせでも説明があったことだ。
現在、作戦エリアの外界にいるのは先立って出発しているもう一つの調査隊と、魔術省からの直依頼を受けた探索者グループが僅かにいるのみだ。
そのため、普段では間引かれていたり、人間の気配を感じて出てこない生物たちが現れる可能性があるのだ。
そのまま夢の二本目の指が立つ。
「あともう一点、外獣や魔獣への攻撃は命の危険がない限り、私の合図を待ってください。極力、外界生物達を刺激しないように行動する予定です」
そして最後に、三本目の指がたった。
「最後に、私の命の優先順位は一番下です。何かあった際は必ず捨て置いてください!」
そう明るく言い切った夢と対照的に調査隊の空気が確かに重くなる。
しかし、そんな空気を気にした様子もなく、夢は明るい表情のまま口を開く。
「以上です!葛西さん出発してもいいですか?」
「あぁ。皆んな行こう」
腐ってもプロの集団だ。その光之助の号令で全員が気持ちを切り替えて、重い空気はしっかり四散させる。
しかし、兵吾だけは僅かに表情を歪ませており、それに気付いていた修はため息を吐いた。




