師匠のその頃
「来ていたのか。意外だな」
「永田局長……」
外界の事件が明けて五日。
未だに目が覚めない響子の見舞いを終えて、修が病室から出たところで出会ったのは、丁度見舞いに来ていた外界管理局局長の永田総司だった。
修が知っている限りでは、永田は普段からきっちりとしたスーツ姿だ。
しかし、今日はジャケットもネクタイもしておらず、ワイシャツとスラックスのみの装いだ。
そして、その手には見舞い品が入った紙袋を持っていた。
そして、お互い歩みを進めた所で、永田のその目の下の大きなクマを見て修は全てを察した。
「あぁ……おつかれさまです」
「そんなに目立つか」
何かを納得した様な修の呟きに、永田はため息一つ吐くと、目元に軽く触れるとそうこぼした。
「その辺りは局長になっても変わっていないですね」
「今回ばかりはな。普段はそうでもない」
はははと乾いた笑いをした永田に修は何とも言えない様な顔をする。
「とは言え、今回幸運だったのは直接関わった者が君達だった事だな。……そういえば前回もか」
「自分としても不本意ですけどね」
前回とは異界化事件のことを指しているのは言うまでもなく修も理解できる。
その点で言えば、奇しくも今回の一件に直接関わった魔術師達も異界化の生き残り組など、魔術師の中でも信頼のおける魔術師ばかりであった。
その点も情報の封じ込めに成功している要因の一つだ。
「生徒達も情報を漏らしていないみたいですね。何か使ったんですか?」
「当然、薬は使っていない。親の目が厳しい子もいるからな」
サラッとそう言った永田だが、修はその言葉をそのまま信用する程のルーキーではない。
(薬はねぇ)
案に何かしらはしたと言っているのだ。
ただし、永田も言っていた通り自身の弟子をはじめ下手なことをすると余計ややこしくなる子もいるため、その点では心配はしていなかった。
「それにしても、どんな気の変わりようだ?詳しくは知らんが、それでも君達の関係性はそれなりには把握しているが……」
外界管理局の局長から、ただの傭兵である自分の交友関係を把握されているのには、修も何とも言えない気分になる。
勿論、響子が相手だからと言うのは大いに関係するのだが、修としては微妙な気持ちになるのは変わらない。
「特に関係性に変化はないですよ。ただ、佐伯さんからも叱られましたから、少し前に進もうとしている所です」
「ははは。それは良いことだ」
そんな修の微妙な表情を見て、永田は軽く笑い声を上げると修の肩を叩いてそう言った。
「魔術には精神面も大きく作用するのだから、我々としてもそうしてもらえるに越したことはない」
「良い方に転ぶとは限りませんけどね」
今のところ、自分達の関係性に変化は見られなかった。
勿論、内心で響子がどう考え、思っているのかは修には分からないが、目に見える範囲では前進も後退もしていなかった。
「まぁ、そう悲観的になるな。変化には痛みが付き物だからな。……それで、あの子の様子はどうだ?」
永田は響子が眠っている部屋の扉へ視線を向けてそう尋ねた。
「良好ですよ。どうやら、怪我と魔力が枯渇寸前だったのが影響して、回復に時間がかかっている様です。まぁ、この環境なら間違いはないでしょう」
修のその言葉に永田は自身達がいる病室の前室を見回した。
たった一つの病室に備え付けられた前室にしては随分と豪華だ。
広さは別として、備え付けの調度品や内装を見ると、まるで高級ホテルのロビーにいるのかと錯覚する程だ。
「そうだな。国内でも最高峰だろうな。本当に必要かどうかは置いておいて」
この前室は衛生的な観点で作られた物ではなく、この部屋を利用するようなVIP患者の関係者や見舞客の為だけに用意されている物だ。
そんな前室があるわけなのだから、当然、響子に割り当てられた病室は最先端の機器が揃えられているのは勿論、部屋の広さも相まってホテルのスイートルームの様であった。
そして、セキュリティも万全だ。
響子の病室に入るためのセキュリティは勿論、修達がいる前室と、この部屋がある棟へ入るのにもセキュリティ認証が必要だ。
その為、何やらコソコソと嗅ぎ回っている者達も早々に排除されており、この部屋が響子の様子が世間に全く漏れていない理由だった。
ただ、感覚的にはどちらかと言うと庶民的な修はもちろん、永田であっても果たしてここまで必要なのかと言われると、疑問を持たざるを得ない。
しかしながら、今回に関してはその恩恵を十全に受けているのだから、何も言えないのが事実だった。
「それにしても……」
そこで言葉を切った修に永田は首を傾げる。
「なんだ」
「いえ、ちょっと気になっただけです」
「何だ、言ってみろ」
首を振って誤魔化そうとした修の顔を正面から見て、永田はそう言う。
修はこのままでは逃してくれなさそうだと悟り、諦めた様子で口を開く。
「回復が遅すぎるんですよ、あの子の。確かに風音響子の魔力保有量は多い。だから魔力欠乏症状態で重傷を負えば回復に時間がかかるのは分かります。ただ、一週間近くも意識が戻らないのはおかしい」
担当医曰く、体が怪我の回復に最優先で魔力を費やしている為、魔力が回復し切っておらず意識が戻っていないのだろう、とのことだった。
それでも、修自身の経験や昔の響子を知っていると時間がかかり過ぎている様に思えた。
「あぁ、なるほどな」
永田が酷く冷めた声色でそう呟いた。
修はその呟きに怪訝な表情を浮かべる。
「なるほど?」
「君は……風音響子のことをどのくらい知っている?」
「数年前まではずっと一緒だったので、それなりには知っているつもりですが」
二人きりと言うわけではないが、寝食を共にしていたのだから、当然だ。
「違う。あの事件が終わってからの話だ」
「それは……」
あの事件、異界化の一件の時期辺りは修にとっては色んな意味で思い出したくない記憶しかない。
そして、家族も同然だった響子との関係がこうなってしまった時期でもあたる。
あの事件がキッカケで、修と響子との繋がりはほぼ途絶えてしまい、そこから今日に至るまで、響子がどのように過ごしていたのかを修はほぼ何も知らないのだ。
「そうだろうな」
「その後に何かあったんですか……」
修のその問いかけに永田は深いため息を一つ吐き、目を瞑り首を横に振る。
「私も歳をとり、今やこの立場だ。君にも目に見えて分かる違いがあると言うこと以外は何も言えない」
「それは……」
その修の言葉を遮り、さらに永田は話を進める。
「特に、これを私から聞いている様ではダメなのだろう?佐伯さんから少しばかり話も聞いているからな」
「なるほど。それでしたら大人しく引き下がりますよ」
修は肩を窄めてそう言う。
魔術界では様々な派閥が存在しており、永田の立場になると特定の派閥に肩入れしたり、逆に潰そうとしたりするとどうしても話が大きくなる。
それを構わずにやる者もいるが、安定主義者の永田はそれをよしとしなかった。
「まぁ、何かあったら少し位は肩を持ってやろう。あの時の見返りとしては少ないかも知れないがな」
「ありがとうございます」
そう言って軽く頭を下げる修の肩を軽く叩いて、永田は病室の方へと進む。
「あぁ、そうだ。明日から調査なのだろう?」
「えぇ。そう指示がありましたから」
修に関しても事件の当事者ではあるが、学生達とは当然扱いが違う。
むしろ魔術省からすれば、調査をするためのちょうど良い人材が当事者であったため、更に情報漏洩のリスクを減らすことができたため、都合が良かった。
そんな訳で、現在「スパイクが不調であり危険」と言う名目で立ち入りが制限されている外界に修は早速向かうことになっていた。
「そういえば、メンバーは聞いているのか?」
「はい。魔術省職員と外界演習の師匠陣のみでと聞いています」
そんな質問に修はなぜそんな質問をされたのかと首を傾げそう答える。
企業や個人からの依頼ならまだしも、こう言った魔術省絡みの調査であれば、内容やメンバーなどの詳細は随分と早い段階で通達されるのが普通だ。
そして、当然今回の件は魔術省の中でも重要な位置付けとなる調査になるため、修達が外界から帰った翌日にはその指示が降りていた。
「となると、やはり聞いていないのだな」
「え?」
予想外の永田の返しに、思わず修からはその一言しか出ない。
「いつ決まったのかは知らないが、急遽、葛西家の長男、葛西光之介が加わることになったようだ」
「それは随分頼りになりますね……」
そう言う修の表情は言葉とは違って引き攣っていた。
「その表情を見るあたり、あの噂は本当のようだな」
一方で今日も基本的には固い表情ばかりだった永田がいい笑みを浮かべている。
修は雪から何度か葛西家の話を聞いている。
それを聞いた感想を一言でまとめるとすると、「過保護」である。
そして、それは漏れることなく光之助にも当てはまり、雪のことを随分と可愛がっているようだった。
「……頼りになりますね」
「まぁ、別に君にやましい事が無ければ問題ないだろう。普通に指導していれば何も問題はないはずだ」
「そうですね……」
普通に指導、というのが自分の指導法に当てはまるかは修も自信がなかった。
高額な魔具を渡したり、初日にして魔力欠乏症になったり、外界を連れ回したり、普通の指導と言うとそこそこズレている気がした。
「確か君と同年代のはずだ。その点では気も合うかも知れんしな、楽しんでくれ」
悪い笑顔でそう言うと、永田は後ろ手に手を振りながら病室の方へと足を進め、部屋付きの看護師の案内でそのまま病室の中へと消えていった。
「とんでもない爆弾残してったな……」
修がボソリと呟く。
何となく、問題ごとばっかり持ってきやがってと言う意趣返しの面もあるのではと思うが、修としても巻き込まれた案件ばかりなのだから、それは責める相手が違うと言わざるを得ない。
「まぁ、別にやましい関係でも何でもないから良いんだけどさ」
ため息一つついて、修は病室を後にした。




