天野邸3
「日比谷修さんってどんな魔術師なんですか?」
茜の質問に、雪と雫が顔を見合わせる。
「どんなって言われると……」
「正直、全く分からなかった」
悩む雪と即答するも答えになっていない雫に他の三人は苦笑いを浮かべる。
「お題としてそんな難しかったかこれ?」
「んーー」
困惑気味の大樹をよそに、雪は唸る。
「何から言えば良いかな」
「とりあえず質問形式にしてみたみようか」
そんな上條の提案に、大樹がすぐさま手を挙げる。
「年齢は?」
「二十五歳……だったはず」
「結構若手の魔術師なんだな」
「使える魔術はどうですか?」
「五等級なら使えるって言ってたよ」
「師匠陣としての最低ラインがそこだね。実際にはどうだった?」
上條は雫と雪にそう問いかける。
「この前は魔術と近接戦闘を合わせながら戦ってた。多分使ってたのは五等級くらいの魔術だと思う」
直近でその戦いっぷりを見ていた雫が答える。
「五等級魔術を戦いながら構築できるなら、六等級も使えそうなもんだけどどうなんだろ」
上條の言葉に続くように雫は口を開く。
「六等級は使ってなかったと思う。あと雪の師匠の魔術はすべて防がれてた」
「威力が弱かったってこと?」
雪の疑問に雫は首を振る。
「わからない。一応魔術障壁もあったし、私の原初魔術で倒したから」
「「「「原初魔術!?」」」」
淡々とそう言ってのけた雫に対して、四人は驚きを隠せず、声がぴったりと合わさった。
「原初魔術ってあの原初魔術ですよね!?」
「ん。原初魔術って一つしかない」
「雫、いつの間にそんなの使えるようになったの!?」
「今年に入ってから。具体的には二か月前」
「さすがにその年で原初魔術は規格外すぎんだろ……」
「何年も練習してたから」
あくまで何でもないように淡々と返す雫に四人は何とも言えず曖昧な笑みを浮かべる。
「さすがというか、なんというか。その名に恥じぬといったところだね」
「ん。頑張ったから」
この年で頑張ってどうこうなる程、原初魔術は単純なものではない。
魔術師の世界は基本的には才能の世界なのだ。
そして、その才能は遺伝的なものも勿論だが、生まれと育ちも大きく関係して来る。
この現代になっても、根本は大きく変わらないところが世知辛いところではある。
「結局、師匠については分からないことばかりだなぁ……」
雪はそうボヤく。
魔術師見習いごときに見透かされる程度ではプロの魔術師としてやっていけない。
それ位にはプロと見習いでは実力差がある。
「あれ、そう言えば私の師匠と平さんの師匠って知り合いなんだよね?」
「はい。どの程度の仲かは分かりませんが、日比谷さんの実力のことはご存知だと思います」
「守部涼香さんかぁ。守部さんも外界界隈ではかなり有名な魔術師になるからね」
「平さんの師匠は異界化とかには関係ないんだよね?」
その雪の質問に茜は頷く。
「その筈です」
「となると外界探索で、かな。守部さんと一緒に仕事するって中々大変な仕事だと思うけど」
「それは確かに……」
上條の言葉に茜が苦笑いを浮かべて同意する。
茜の師匠である守部涼香は、出会う場所によってはその印象が随分と変わる人物だ。
戦いの場ではない普段の彼女を見ると、まるで深窓の令嬢やいい家の娘といった様な印象を持つだろう。
長く艶のある黒髪と白い肌に背丈も高く、すらっとした体型をしている。
美しい容姿ながら、少しの垂れ目がチャームポイントの顔にはいつも穏やかな表情が浮かんでいる。
人当たりも良く、おっとりとした性格をしており、得意な魔術も治癒系をはじめとするサポート系の魔術だ。
そんな彼女は性別年齢問わず人々に好かれており、悪い噂がほぼない人物だ。
魔術師界隈や外界探索者界隈からは、裏で姫と呼ばれていたりもする。
その、一方で魔術師や探索者として彼女を見た場合、そのイメージは一変する。
週に一回は必ず外界探索へ出かけ、その半分が未踏破領域の探索という外界探索でも屈指の危険度と過酷さを誇るものだ。
一度戦いの場に出てしまうと、得意のサポート系魔術はもちろん、高威力の魔術での遠距離攻撃から魔術を使っての接近戦までを行える強者である。
そんな彼女と一緒に仕事が出来る者と言うのは探索者の中でも上位の実力を持っている必要があるのだ。
「つまり雪の師匠は探索者としても優秀な可能性が高い」
その無表情ながらドヤと言う雰囲気を出している雫に雪は苦笑いにも似た何とも言えない反応をする。
あれだけ外界にほいほいと探索に繰り出しているのだから探索者としても優秀なんだろうと言うことは、雪もとうの昔に察していた。
「探索者として優秀なら、顔が広いことには説明はつくけど、ここまで名前が出ない理由がより分からなくるね……」
五等級を使いこなせる資格持ち《プロ》の魔術師かつ、有能な探索者と言うことであれば、ネットで一切の名前が出ていないのはかなり違和感である。
「あーもう。何で私の師匠はこう謎が多いのかな」
「この感じじゃ謎が深まる一方ですね……」
「うん。そうだね。もうとりあえず師匠については今は置いておこう。メインの話じゃないしね」
雪はそう言って修の話を終いにする。
本人のいない所で憶測で話すより、本人に聞いたほうがよっぽど早いと結論づけたのだ。
そして、四班のメンバーもそれには相違がない。
修に関しても気になることは多いが、それよりも今回の一連の事件の方がよっぽど気になっていた。
「結局、今回の話は本当に話が漏れていないですね」
「意外だよな」
茜の言葉に大樹はそうかえす。
今回の件はかなり大きな事件だ。
事件の規模としても、直接巻き込まれた人数もそれなりに多いし、その真相は伏せられていたが、外界全体で見ても影響があったと言う。
そのため、少し位は話が漏れても仕方ないと言える一件だったのだが、全くその気配は見えていない。
「理由は何となくわかる」
「どんな理由なの?」
雫の呟きに雪は首を傾げて問いかける。
「事件の関係者が師弟制度関係者だけだから」
「あー確かにそうだ。そこを失念していたね」
上條が納得したような声を上げ、茜も察しがついたようで頷いていた。
「いやどう言うことだよ」
さっぱり分からないと言った様子で大樹がそうツッコんだ。
「今回の件で現場に居たのは師弟制度関係者で魔術師だけだったから、魔術師がわざわざ自分達の立場が悪くなるようなことはしないってことだよね?」
「ん。そう」
雪の解説に雫は頷く。
「僕らの大学で師弟制度に通った学生なんて、親が魔術師って言う学生がほとんどっていうのもあるしね」
「それも関係するのか」
そんな上條の言葉に、唯一両親が全く魔術師界隈と関わりのない大樹が頷きながらも、上條にその理由を尋ねるように視線を向ける。
「親が魔術師界隈の人間だと、その子供はいかに魔術省が恐ろしいかを叩き込まれるんだ。それに外界産の素材と魔術で作られる自白剤なんかもあるしね。場合によっては使用も許可されるからね。今回みたいな場合だと隠し通す方が難しいしね」
「自白剤ってマジか……。違法じゃねーのが不思議だな」
大樹が引き攣った表情を浮かべながらそう言う。
「一応、魔術が関わった事件以外には使用不可って決まりにはなってる。一応」
「一応を二回言っている時点で語るに落ちてるだろ」
淡々とより恐ろしい現実を暴露する雫に、大樹が引き攣った顔のままツッコミを入れる。
「あと密かに監視がついていてもおかしくはない」
「へ!?」
「マジかよ……」
「まぁ、そうだよね」
そんな雫の言葉に茜と大樹は体を震わせ、そんな話を聞いたことのある上條と雪はなんとも言えない表情を浮かべた。
「まぁでも、少なくとも今の所は自白剤が僕らに使われることは無いと思うけどね。一応死者はいない訳だし」
軽くフォローするつもりで、それに僕たちは学生だしね、と上條は付け加えたものの、大樹が持った、魔術省は恐ろしいと言う印象は消えそうに無かった。
「あれ……?待って、死者っていないことになってるの?」
雪が怪訝な顔でそう言う。
「あ、あの生首の……」
茜が体を少し顔色を悪くしてそう言った。
四人からは少し遠目だったとは言え、それがどんな表情をしていたか、位はしっかり見えていた。
あの時は場所が場所で、アドレナリンが出ていたのか、誰一人としてトラウマにはなっていないが、思い出したくない記憶であるのに変わりはない。
「生首?」
雫がコテンと首をかしげる。
「あ……。そうだ雫はいなかったんだ」
「これ言ったのマズイのでは……」
雫と修が戦った巨大な騎士に関しては、間接的にとは言えその姿を見ているので問題意識は全員に無かった。
しかし、この死者の件に関しては、明確に雫が知り得ない情報であった為、思わず雪も茜も表情を強張らせる。
「流石に密告とかしない限りは魔術省も気がつきようがないから大丈夫だよ」
「そうだよね……。良かったぁ」
「一瞬魔術師人生の終わりがチラつきました」
上條のその言葉を聞いて、茜と雪は安堵の息を吐く。
「あと気になることが一つあるんだけど……。皆は聴取の時その話は伝えた?」
上條の問いかけに雫を除く全員が首を横に振る。
「僕も言っていないから、魔術省側は把握していないか、もしくは僕らが知っている事を把握していないだろうね」
「師匠もまだ回復していないみたいだから、そこからも聞き取りは出来ていない可能性もある」
魔力総力が多いものほど、魔力が枯渇した際の反動、つまり負担が大きくなる。
負傷もあり、魔力の総量も多い響子は、体へのダメージが大きかったことから、回復までに時間がかかっていた。
それこそ現場や緊急時なら魔術や魔力回復剤などを投与して急ぎの回復を行うのだが、これは体への悪影響があるため、今回は行われなかった。
「となると僕らは爆弾を抱えちゃってることになるね」
遠い目をしながらそう言う上條に、皆は神妙な顔つきになった。
あんな場所で、あの背信者の台詞もあったのだ、あの殺された魔術師が今回の一件に大きく関わっているのは明白だ。
「これ言った方が良いのかなぁ……」
不安そうにそう言う茜に上條が首を横に振る。
「いや、ここまで来たなら言わない方が良いと思うな」
それには雫も同意したようで、首を縦に振る。
「ん。死んだのが魔術師と言うことは、魔術省にも今回の事件に関係している人がいる可能性が高い。知らないままの方が色々と都合がいい」
雪達からするとただただ生首を見せられただけではあるが、それは一連の事件の犯人だか組織から見るとそうではない。
見られたくない何かがそこにはあった可能性がある。
もし仮に、そう言った組織の人間が魔術省に入り込んでいた場合、雪達がそれを見た可能性があるという情報が漏れてしまうリスクがある。
そうなると情報隠蔽のターゲットに雪達が入る可能性も高い。
響子ならまだしも、ただの学生である雪達がそういった裏の人間から狙われてはひとたまりもない。
「昔からよくうちの父親から言い聞かされてきたことが一つあるんだ」
上條がゆっくりとした口調でそう言って一呼吸おく。
そして、少し重い空気の中上條は口を開く。
「それは、魔術省は敵ではないが、味方だとは思うな、と言うことだよ」




