天野邸
繁華街から少し離れた場所に位置する高級住宅街、その中でも大きな部類に入る洋風建築な豪邸が天野雫の実家であった。
「こりゃすげぇな……」
大樹は目の前にある門扉の向こう側に見えている豪邸を見上げるとそう呟いた。
「天野さんのお父上は海外の名家の生まれだし、お母様もこの国の名家の方だからね。この規模の豪邸でも不思議ではないけど」
それにしても驚いた、と言いながらも上條も大樹と並んで雫の豪邸を眺めていた。
「まさか私なんかが天野さんのご実家にお邪魔できるなんて……」
茜は緊張した様子を隠せておらず、少しソワソワした様子でそう言った。
雪に関しては子供の頃からよく遊びきていた馴染みのある家である。
それに、雫の両親からも可愛がってもらっていた為、ある意味実家のような場所ではあったが、最近はご無沙汰だったので、少し浮ついた気持ちになっていた。
「でも、いつ来ても奇妙な光景だなぁ」
雪はその豪邸を見て呟く。
広大な土地がある海外の豪邸と比較すると土地的には狭いかもしれないが、その豪華絢爛さは海外のそれと引けを取らない。
ただ、その豪華絢爛さがちぐはぐなのだ。
何せ、門扉の向こうに見えている建物は洋風であるのに対して、その手前にある庭は純和風なのだから違和感がひどい。
この奇妙な組み合わせが生まれた理由に、いつも仲睦まじい雫の両親の初の大喧嘩が関係していると聞いた時は雪も呆れるしかなかった。
どんな話かと言うと、雫の父親は妻が住み易いだろうと和風を希望し、一方で母親は夫がこの国に来ても故郷に居るような気分でいてほしいと洋風を希望した。
その後、互いに譲らなかった二人が一週間にも及ぶ大喧嘩を繰り広げた結果がこれだ。
長い喧嘩の末に生まれたのがこの景色で、他では中々見れないという点では貴重とも言える。
「まぁ、家もすごいけどね」
そんな変わった景色は別として、白い壁が美しく輝く天野家邸の外観には目を見張るものがあった。
家としての格で言うと上位に当たる葛西家の豪邸に住む雪ですら雫の実家は何度見ても美しいと感じるのだから、他の三人が驚くのも不思議ではない。
それなりの魔術一家の生まれである上條ならまだしも、大樹と茜は至って普通の家の出身だから余計だ。
そんな四人の目の前に佇む門扉の向こう側に、執事服を着た壮年の男性が現れ、扉をゆっくりと開いた。
オールバックでまとめられた白髪といい、その口元に蓄えた髭といい、執事像を体現したかのようなその男性はゆっくりとお辞儀をする。
「皆様、ようこそいらっしゃいました。どうぞ中へお入り下さいました」
「こ、こちらこそお邪魔します」
「お、お邪魔します」
執事なんて創作の世界でしか見たことのない茜は驚いた様子でぺこぺこと頭を下げ、それに釣られて大樹もペコっと大きく頭を下げた。
そして、上條も静かに頭を下げる中、唯一雪だけが、呆れたような表情をしていた。
「ねぇ、ロイさん何してるんですか?」
その雪の少し冷めた声に、和かな笑みを浮かべていた執事の顔が固まる。
「申し訳ありません。ご挨拶が遅れました。無沙汰しております、雪様」
そう言ってロイと呼ばれた執事は深く腰を折る。
そんな二人を見て、三人は首を傾げ、茜だけが何かに気がついたように手ををポンと叩く。
「あ、そっか。葛西さんと天野さんは幼馴染でしたもんね」
「あぁ、なるほど。それなら執事さんとも顔見知りだね」
そうやって納得した様に頷く三人に、雪は首を横に振った。
「あ、違うの。ロイさんは雫さんのお父さんだよ」
「「「へ?」」」
三人から驚きの声が上がる。
あの天野雫の父親がまさか執事の真似事なんてしているなんて、当然思いもしない。
それに加えて、茜と大樹は雫の父親の年齢が思っていたよりも高そうであることにも驚いていた。
「でも葛西さん、天野さんのお父様のお顔は遠目から拝見したこともあるけど、まるで別人だったよ?」
上條は曲がりなりにも名家の生まれだ。
日本を代表する魔術一族の人々の顔くらいある程度知っている。
しかし、彼が知っているそれと、今目の前にいる執事の顔は年齢的にも似ても似つかないものだった。
「あー。えっと……。もう、ロイさん説明していいか分からないからどうにかしてください」
色々悩んだ結果、雪はロイに割と乱雑にその説明の責を放り投げた。
そんな雪の様子を見て、ロイはハハハと楽しそうに笑う。
「バレたなら仕方ないな。まぁ、雪ちゃんなら気がつくか」
そう言ってロイは指を一つ鳴らすと、その老人の顔をしていた頭の頭頂部から虹色に光るパネルの様な物が浮かび上がって剥がれていくと、その下からは綺麗なブロンドヘアをした凛々しい男性の顔が現れた。
それを見て、雪を除いた三人は唖然とした表情を浮かべる。
「お、皆んな随分といい表情をするね。雪ちゃんなんて驚きもしないのに」
「もう散々見てきましたから」
あきれた様子でため息を吐く雪と楽しそうに笑うロイを傍目に、三人は未だに驚いた様子だ。
「そんな難しい魔術をわざわざ……」
雪は変わらないな、少し笑顔を浮かべてそう溢した。
ロイの雫と雪への接し方はずっとこうなのだ。
外見と中身が釣り合っているかは別として、年齢に関しては二人とももう成人だ。昔のようにそれだけできゃっきゃと喜ぶほど子供では無い。
しかし、彼の中では雫と雪は小さく可愛い子供のままであり、だからこそ昔と変わらない様に接してくる。
勿論、雪としては、可愛がってくれていること自体は嬉しいのだが、いかんせん少し小っ恥ずかしい気持ちになってしまう。
小さな頃からよく面倒を見てもらっていたことから、ロイは雪にとっては、もう一人の父親は言い過ぎかもしれないが、家族と言っても過言ではなかった。
そんな距離感だからこそ、彼のこう言った雪への扱いに、少し恥ずかしさを覚えてしまい、そっけない態度をとってしまうのだ。
「魔術なんだ……」
そんな中、茜が小さな声でそう溢した。
「ん、君は……平さんで合ってるかな?」
その声を拾ったロイが茜の顔をチラリと見るとそう尋ねる。
「そ、そうです。すみません自己紹介もせずに」
「いやいや、構わないよ。どちらかと言うと私のイタズラに付き合わせたたわけだからね」
ロイはそうやって朗らかに答えた。
「それにそちらは森本君と上條君だね。君たちのことは娘から聞いているからね。よく知っているよ」
その流れを見て、少し慌てた男性陣二人を見てロイはそう言った。
「雫も中々口下手な子だからね。同年代の友人と言うのはほぼ居なかったみたいだから心配していたんだ。どうやら、君達は仲良くしてくれているみたいだからね。ありがとう」
「いえ、僕たちこそ天野さんには何度助けられたか……」
「それは良かった。あの子が頑張ってきた甲斐があるってものだね」
そんな会話をロイと上條がしている横で、茜が雪の袖をちょんちょんと引く。
「ん?どうしたの?」
「あの……天野さんってそんな交友狭いんですか?」
「あー。そうかも」
いつものメンバーでよく集まっていたため、雪も大して気にしてはいなかったが、雫が同年代の他の人と遊んでいる所を見たことがないのは事実だ。
そして、その理由も大して考えるまでもなく雪には思いつく。
まずは、雫の生まれと育ちの問題が上がる。
魔術師界においては、その生まれというものもその人をはかるための一つの指標となる。
いわゆる貴族制の一部が少なからず魔術師界では生きているということでもある。
雫は言うまでもなく名家の生まれになる。しかも、上から数えた方が早い程の位置にいる家だ。
そんな生まれの子と気兼ねなく仲良く出来る人は同じくらいの家の人間ばかりであり、つまりそれは少数になる。
そして二つ目が、雫自身の性格だ。
雫は基本的には大人しいと言われるタイプの人間だ。
それこそ騒がしさと華やかさの権化たる凛とは正反対のタイプだ。
仲を深めればよく話してくれるが、仲良くなるための最初の壁は雪からしても高かった記憶が確かにあった。
少なくとも、自分からどんどんと交友関係を広げていくタイプではないことは明白だ。
そして三つ目が、雪達の存在だ。
小学校の時には既に雪達五人の関係は出来上がっていた。
名だたるお家の子供が集まっているグループに途中から入り込める勇気のある者はいなかった。
そんな要素が合わさって雫に同年代の友達が出来にくいという状況が出来上がってしまっていたのだ。
「でも、意外ですね。天野さんって積極的に話しかけたりはしないですけど、コミュニケーション能力は高いですよね?」
「うん。だから年上の人からは可愛がられていたよ」
雫にいなかったのは同年代の友人だけな訳であり、先輩や大人達から随分と可愛がられていたため、その交友関係は随分と広かった。
その可愛らしい見た目も相まって、雪達のグループの中では断トツに可愛がられていたのが雫だ。
雫は相手が誰であっても、変に遠慮はせず、しかし偉ぶらず、一定の礼節は持ち合わせて、コミュニケーションをとる人間だ。
学校の先輩からは遠慮も無いが、しっかり礼儀を弁えている雫はコミュニケーションを取りやすい相手であった。
何より魔術師見習いとしては別格の実力を持っていた雫というのは自身の実力を上げるとしてもいい存在だった。
大人達に関しても、遠慮なく接してくる雫は、魔術師界にありがちなよく教育された礼儀正しい子供達に比べて、愛着を持ちやすい存在だったのだ。
そんなこともあり、雫は年長者からはずっと可愛がられてきていた。
「おっと。ずっとこんな所で立ち話も失礼に当たるね。今更だけど、自慢の我が家を紹介するよ」
そう言ってロイは四人を庭の中へと招き入れる。
「こりゃ、すごい立派な庭ですね」
真っ先に庭へと足を踏み入れた大樹が、辺りを見回してそう言う。
低い樹木を始めとし、青々とした下草と苔等の和風な植物で周囲を覆われた庭は、まるでここが都心のど真ん中であることを忘れさせるような空間を生み出している。
目の前には立派な洋館があると言うのに、所々に置かれた庭石と燈籠、そして庭に流れる小川と鯉が泳ぐ小さな池がこの場所を立派な和風庭園とたらしめていた。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ここは私が一番力を入れた場所でね。まぁ、家の方には口出しをさせて貰えなかったと言うのもあるんだけどね」
そう言ってハハハと朗らかに笑うロイを見て、雪を除く三人はこの家の力関係をなんとなく察した。
「それにしても、天野さんの親父さんの日本語完璧すぎないか?」
最後尾を歩いていた大樹が隣を歩く雪に小声でそう話しかける。
「私の記憶がある限りでは昔からだからなんの疑問も持ってなかったけど、よく考えればそうだよね」
「と言うことは、葛西さんも何でかは知らないのか」
「うん。気にしたこともなかったから」
雪は疑問を持っていなかったから、当然その理由を尋ねることもなく、今の今まで来ている。
「まぁ、正直な所、俺としてはコミュニケーションが取れれば理由はどうでもいいけどな」
「それはそうだね。でも、私が気になるから今度聞いてみよ」
そんな会話をし終えた所で、前方を歩いていた上條と茜の足が止まった。
「それでは、中にお入りください」
ロイはまた執事風にそう楽しそうな表情で言って、大きな白い両開きのドアを開いた。




