頭の痛い話2
「暇だなぁ……」
雪はベッドに寝転んだまま天井を見上げてそう呟いた。
雪の部屋にはレースカーテン越しに日差しが差し込んでおり、時計を見れば時刻はもう昼過ぎといったところだ。
そんな時間だと言うのに、雪はパジャマ姿のまま部屋でダラダラとしていた。
魔術バカと化し、好きあらば魔術の修練に打ち込む雪には考えられない様な過ごし方であったが、これには理由があった。
雪達には外出禁止令が出ていたのであった。
あの外界演習が終わった翌日から世間はGWという大型連休に突入した。
しかも、今年は十日間にも及ぶ長期の休暇だ。
そして、雪達が通う国立魔術大学の学生達もほぼ全員、十日間と言う長い休みを与えられていて、各々がその長い休暇を満喫する時間に喜びの声をあげていた。
そして、そのほぼ全員に当てはまらなかったのが、雪達のクラスで、浩也がリーダーをしていた一班を除く外界演習メンバー全員だった。
一班だけはあの正体不明の魔術師と接敵しなかったのだ。
事を時系列に沿って説明すると、まず最初に外界演習で雪達が背信者と向かい合った翌日、つまり最終日の話からスタートする。
結局、スパイクの問題は解決せず、自らの足でヘトヘトになって外街に帰った雪達を待っていたのはやけに物々しい雰囲気を醸し出していた医療チームとスーツ姿の大人達だった。
雪達はすぐさまメディカルチェックをされ、そのまま有無を言わせず外街の高級ホテルに押し込まれた。
そして翌日には、一人一人外界管理局による長い聞き取りがあり、そしてこの件の情報の秘匿に関する誓約を結ばされた。
それでようやく家に帰れたと思ったら次は安全の為に外出禁止を命じられ、加えて魔術の使用も禁止された。
当然、自他共に認める過保護がちな雪の家族が彼女を外に出すわけもなく、至れり尽くせりといった具合で、引きこもり生活を送ることとなった。
そうして何もしないまま、GWの五日目を迎えた雪は既に手持ち無沙汰になっていた。
「気になることが多すぎるよ……」
雪は外界演習での出来事を思い巡らせながらそう溢す。
暇であれば魔術の座学的な所を勉強すればいい、そう思えたのも初日だけだった。
何せ外界演習での出来事は様々な面で刺激が強すぎて、脳裏から離れない。
だと言うのに、それに伴って生じた様々な謎や疑問点は他言無用という言葉と共に解消されることなく雪の中で燻っている。
背信者の正体、スパイクの不調の原因、謎の魔法陣と生物と数えれば枚挙にいとまがない。
何よりも師匠の謎がまたまた深まる結果になったのが雪の集中を大きく乱す要因となった。
何せ、響子ですら敵わなかったあの背信者を撃退したのだから、五等級の魔術までしか使えないというその実力の信憑性も皆無に等しくなった。
そんなモヤモヤした精神状況で勉強になんて打ち込めるわけなく、結局雪はこの時間をダラダラと過ごす結果となってしまった。
「何で師匠は何もいってくれないんだろ……」
そう口にしながらも、何故という理由は雪にも察しがつく。
というよりは、そもそも魔術師に秘密はつきものという常識が存在している以上、それ以上の理由を求めるのも野暮というものだが、雪はシンプルに二人の付き合いの浅さだと結論付けていた。
だからといって、不満が無くなるかといわれるとそうではないが、それにしても雪が修と師弟関係を結んでまだ数ヶ月しか経っていないのだ。
それこそ、毎日のように押しかけていたため、数ヶ月という割には密度の濃い時間を過ごしてはいたが、それでもまだまだ付き合いは浅いと言わざるを得ない。
それに、実際のところ雪としても、修のことは尊敬しているし、信頼もしているが、完全に腹を割って話せているかというとそれは違った。
心を許せていないわけではないが、全てを晒し出せるかというとそれも違う。
それでも、彼の弟子になるにあたって、雪の持つ魔術師的な秘密や弱点はすべて知られてしまっているのだから、雪として不平等だと感じてしまうのだ。
「あれ、そもそも私、師匠について知っていることがほとんどない」
よくよく考えれば、雪は師匠のほとんどを知らなかった。
住んでる場所、名前、年齢までは知っているが、それ以外のことは何も知らないのだ。
それはプライベートな面に留まらない。
魔術師としての交友関係。そして、その経歴も実績も何も知らない。
知っているのは、魔術省直属の傭兵であること、風音響子と知り合いであること、そして真偽の程は定かではないが、五等級までの魔術であれば使えるということだけだ。
「調べようと思ったら調べられるとは思うけど……」
日本にいる正式な魔術師はすべて魔術省管下だ。
そのため、その情報はすべて魔術省が握っているが、それは魔術師自ら公表しない限り公にはならない。
それこそ、風音響子をはじめとした知名度のある魔術師や、自らを売りに出している魔術師などはある程度の情報を公開しているが、そうでない者たちの情報は外部から知る由がない。
その点、あまり褒められたことではないが、魔術省に勤めている兄を持つ雪は、修の経歴や実績を知る手立てはある。
「魔術師的なところだけでいいんだけどなぁ……」
そんなことをつぶやいて雪は首を横に振った。
そんな方法をとってまで師匠の情報をしって何になるのか、と思い直す。
「普通に仲良くなって、普通に聞けばいいよね」
となれば、自分がするべきことは、より積極的に師匠とかかわりを持つということだ、と雪は結論付ける。
そうすれば、師匠との仲も深まるし、指導も受けられるから一石二鳥だと雪はガッツポーズをした。
実際のところ、それは今までと全く変わっていないことを雪は気が付いていなかったが、それを教えてくれる人物は近くにはいない。
「ん?」
とガッツポーズをしたところで、雪の携帯端末が通知音を鳴らした。
それを手に取ってみてみると画面上に浮かんでいたのは雫の名前だ。
「雫から……。どうしたんだろ」
雫とは下手をすると毎日顔を合わすような仲ではあるが、彼女からメッセージが来る時というのは基本的に要件があるときだけだ。
お互い出禁対象ということと、雪も連絡不精がちであるということも相まって、数日は連絡を取っていなかったのだ。
「外出禁止が明日から解除……!?」
だからみんなで集まって話そう、という内容のメッセージだった。
もちろんと、返すもふと疑問が浮かぶ。
こういう時、いつも音頭をとるのは浩也か凛だ。
少なくとも雫であったことは一度も記憶にない。
とここで、雪はピンときた。
「もしかして、みんなって四班のメンバーのことかな」
よくよく考えれば、外界演習の内容を話せるのは同じ場所にいた四班のメンバー同士だけだ。
それ以外だと誓約違反となる。
話して問題があるような相手にはそもそも話すつもりはなかったし、外界演習にでいたメンバー同士なら問題ないのかもしれないが、そのあたりは雪達には判断がつかない。
法律違反にはならないが、もし誓約違反がばれたときの罰則は非常に厳しいものとなることは両親からもよくよく聞かされていた。
その点、少なくとも同じ場にいて、同じ情報を共有している四班同士であれば問題ないということは確実だ。
「日付は、っと」
少なくとも雪に参加しないという選択肢は存在しない。
すぐさま日程確認のメッセージを送る。
「明日!?」
すぐさま返ってきた返事に驚きの声を上げるが、どのみち暇をしていたのだから、雪も問題ないとの返事を送る。
そして合わせて送られてきた待ち合わせ場所に指定されていたのは雫の家だった。
「雫の家か……。久しぶりだなぁ」
閑静な高級住宅街に位置している雫の実家である豪邸は、意外と都心部からも離れておらず、利便性が高い。
その点集まるには随分と都合のいい家だった。
「いろいろ解消できるといいなぁ」
ようやくもやもやが解消できる機会を得られたことで、雪の心も少し軽くなる。
今晩は気持ちよく寝られそうだった。




