師匠1
「これは手強そうだ」
修は目の前に立つスーツ姿の魔術師を見てそう呟くと剣を構える。
修が見る限りでは、彼が纏う雰囲気は高位の魔術師に匹敵するものだ。
となると一方的に響子が負けたのも不思議ではなくなった。
流石の彼女でも見習い達を庇いながらこの相手に勝つことは厳しいからだ。
「これはこれは……。今日は退屈させてくれませんね」
やけに楽しそうな声色で言った背信者に修は警戒心を高めながら口を開いた。
「あんた何者だ?」
「これはこれは、私としたことが。申し遅れました。私は背信者と申します」
そう言って背信者はお辞儀をする。
それは帽子を取らない点意外は貴族階級の者がするモノと同じであり、やけに芝居がかった動作であった。
「背信者とは随分と不穏な名だな」
「これはこれは……。意外と私は気に入っているのですが」
そう言うと、背信者は修の顔を眺める様な仕草を見せる。
「ところであなた様は風音様のご友人ですか?そうであれば楽しめそうですが」
「そんな感じと思ってくれて構わない」
「そうですかそうですか。であれば少しは期待出来そうですね!」
背信者は楽しそうにそう言うと剣を手元でくるりと回した。
「お先にどうぞ」
随分となめられたものだとは思いつつ、修はすぐさまその言葉に乗り、挨拶とばかりに低級の魔術を三つ行使する。
様々な角度から打ち出された火球を背信者は二つは防御魔術で、一つは体を逸らすことで躱す。
もちろん低級の魔術だけでどうこう出来るような相手ではないことくらい修は百も承知だ。
背信者が魔術に対応している間に一気にその懐まで肉薄していた。
そして修の右手はコンパクトに素早く剣を振う為、既に体の左側まで引かれている。
「ふふ」
背信者の微かな笑いを耳に修は一気に剣を振り抜く。
恐ろしい程のスピードで振り抜かれた剣は肉を割く感触の代わりに、ガンっという鈍い音と強い圧力を修に与えた。
修の剣は危なげなく背信者の剣によって阻まれた。
そして、力勝負も剣が合わさった位置も背信者のほうが優位だった。
修は剣に力を込めるものの、徐々に押されていく。
そして、背信者は一度強く力を入れて剣を押して修の剣を弾くと、すぐさま剣振るう。
僅かに体勢を崩した修だったが、既にここまでは想定済みだった。
修はすぐさま後方へと飛び退くことで、危なげなく背信者の剣を躱した。
背信者は振り切った剣をゆっくりと持ち上げると、響子の回収に向かっている刃狼にチラリと視線をやった。
「多重行使。しかも、三つですか……。何より、どうやったかは不明ですが刃狼を手懐けている。そして、私は貴方の顔も名前も知らない。貴方様はまともな魔術師じゃありませんね?」
「あんたにそのまま言葉を返すよ」
「これはこれは……。確かに、私も真っ当とは言えませんね」
背信者から僅かに笑いを含んだ言葉がでる。
自分と少しすれば刃狼を相手にすることになるというのに、背信者からは余裕すら窺えた。
「まだ隠し玉があるか」
修は小さく呟く。
本来であれば、自分達が優位であるはずだ。
修自身も魔術師としてはそれなりの実力を持っていると自負しているが、今回は何よりも刃狼がついているのだ。
修は刃狼がまだ若いことを知っているし、現在どれだけの力を持っているかも知らないが、それでも刃狼という時点で、最低でも高位の魔術師程の力は持っているはずであった。
「あぁ、そうでした。貴方様はこの方に見覚えはありますか?」
そう言うと、背信者は魔法陣に手を突っ込むと生首をサラッと取り出した。
その表情は絶望に満ちていて、口も大きく開いたままだ。
そして、残念ながら修はその顔に見覚えがあった。
「これはこれは……。なる程。それなりの人物のようですね」
「どうだろうな……」
表情に出すようなヘマはしていないつもりではあったが、背信者は修の内心を読み切ったような言葉に、修はそう返すしかなかった。
「まぁ、私にとって彼の正体はどうでもいいことですが」
背信者はその生首を魔法陣の中に放り込みながらそう言った。
「それで、その彼は何でその姿になったんだ?」
「気になりますか?」
「少しな」
「そうですね……。私に勝てばお教えしましょう」
修はその言葉が終わると共にすぐさま魔法陣を二つ同時に構築する。
「いいですね!その思いっきりの良さ」
落ち着いたトーンだが、どこか興奮したような声を上げる背信者をよそに修は構築し終わった魔法陣を行使する。
「『神鳴』」
その言葉と共に一筋の雷が空から背信者目掛けて落ちる。
常人では決して避けられないものだが、魔術師であれば魔術特有の予兆と読み、そして身体能力で避けることができる。
例に漏れず、背信者はその場からパッと飛び退くとその落雷を躱す。
しかし修が構築した魔法陣は一つだけではない。
「『大波」』
修の詠唱に合わせて、地面から数メートルもの大波が立ち上がり、恐ろしい速度で背信者を飲み込まんとする。
背信者はそれを前に引くのではなく剣を構えた。
そしてその剣から虹色の燐光が溢れると同時に、あえて波に向かって一歩踏み込み、その剣を薙いだ。
すると、剣が大波全体を押し留めるように僅かに拮抗したのち、そのまま振り抜かれ、大波は綺麗に散って消えた。
「これを斬るのは勘弁してくれよ……」
修は背信者が剣をゆったりと構え直す姿を見てそう呟いた。まさか五等級の魔術を斬る形で破られるとは思っていなかった。
魔術を斬れる人物を修は何人か知っているが、漏れなく戦闘能力に関して言えば上位に位置する者たちだ。
つまり、先程の余裕がただの傲りじゃ無いことがはっきりしたと言うことだ。
「それでは、次は私の番ですね」
そう言って背信者はゆっくりと修の元へと足を進める。
そして、数歩進んだところで、その姿が一気に掻き消える。
修は加速した一歩目こそ見失ったが、こちらに恐ろしい速度で近づき剣を振ろうとしている背信者の姿を捉えた。
斜め上から振り下ろされたスピードに乗ったその剣を修は受けることはせずに、半身を引いて最小限の動きで剣を躱す。
しかし、背信者の攻撃はそれだけでは終わらない。
半身を引いた修の視界の隅、背信者の頭上には彼が使おうとしているであろう魔法陣がみるみる構築されていく。
そして同時に、背信者は振り下ろした剣を今度は横に薙ぐ様に振るう。
修は剣の鋒を地面に向ける形で構え、その剣を受け流す。
耳障りな剣の擦れる音と共に背信者の剣を受け流した修だが、構築が終わった背信者の魔法陣から虹色の燐光が溢れているのが見えた。
「『削槍』」
「『結界』!」
背信者の魔法陣から飛び出したのは石でできた槍だ。
槍というよりは雑な作りで、表面はゴツゴツしていて、刺々しい見た目のモノだ。
回転しながら飛び出したそれは修が展開した結界を貫くも、その威力と勢いが殺されていたため、修はそれを剣を振るうことで弾き、軌道を逸らした。
「次はこちらですよ」
そんな背信者の声が修の背後から聞こえる。
既に探知魔術を使用していた修はその位置を特定させると、その自身の魔術を信じ、振り向き様に左手に持っていた盾をかかげた。
修の左手にズシっとした重みと衝撃が訪れるが修は足を踏ん張ることでそれを抑えきる。
そして、先程のお返しばかりと剣ごと背信者を押し飛ばした。
魔力による強化も相まって、背信者は十数メートル近く押し飛ばされるも空中でその態勢を整えていた。
とは言え無防備なことには変わらず、修はそのまま背信者に追撃を加えようとしたが、その足を急に止めた。
「飛ばされながら魔法陣を仕込むとはな……」
修の行先の地面には一つの魔法陣が浮かんでいた。
「お褒めに預かり光栄です。貴方様こそ、先程の動きは並大抵の魔術師では出来ないはずです」
背信者はいつの間にか修の左腕に握られていた盾を見ながらそう言った。
中央にレリーフが彫られたシンプルな逆三角形型の盾だ。
体を回しながら一瞬でこの盾を召喚したこと、そして魔力探知の魔術を一瞬で行使し、背信者の位置と動きを把握した修の一連の動きは背信者から見ても無名の魔術師としては出来過ぎだった。
「何故貴方様程の魔術師が無名なのでしょう……。実力を隠しているのか、隠されているのか……」
「俺はそんな大したことない。買い被りすぎだよ」
「まぁ、どちらでも構いません。私は私で判断すれば良いのですから。それでは、もう少し本気を出してもらいましょう!」
そう言うと、背信者は自身の正面に魔法陣を構築し出した。
その周囲には虹色の燐光がいくつも現れ始め、それが大規模魔術か六等級以上の高位魔術だと言うことを知らせている。
魔法陣を構築するだけで、その場から動こうとしない背信者に、しかし修はその距離を詰めようとはしなかった。
ブラフの可能性があったのだ。
大規模魔術に見せかけて速射可能で威力もそれなりにあるバランスが良い中位魔術の可能性もある。
あれ程の魔術師であればそのようなテクニックを使って相手の裏をかくなんてことは当然のように行ってくる。
当然、それに対抗する方法も多くあるが、今回修が取ったのは同じく高位魔術を使うことであった。
後ろの見習い達と気を失っている響子への影響を考えての選択だった。
だが、それは常々五等級までしか使えないと言っている修にとってはかなり負担のかかる高位であった。
「間に合え……」
修の言葉と共にその足元に構築されていく魔法陣は背信者が構築する魔法陣と比べると数秒程の遅れがある。
そして、その遅れは非常に大きなものだ。
一足早く魔法陣を構築しきった背信者は修が構築する魔法陣を一目見ると口元に挑戦的な笑みを浮かべて口を開いた。
「『蝕闇』」
背信者の魔法陣からドロリとした黒紫色の液体のような物が勢いよくこぼれ落ちると、そのまま修に向かってその範囲を広げる。
そして、その液体が修の足元に辿り着いたところで、修の魔法陣が虹色の燐光を散らした。
「『六花陣』!!」
魔法陣を中心として金色の光が花の花弁を模って開き、その液体を打ち消していく。
しかし、同じ等級同士の魔術でも余裕を持って構成し、かつ使い慣れている様子を見せた背信者の魔術に軍配が上がる。
「くっそ……」
苦悶の声を上げた修の魔術を徐々に液体が飲み込んでいき、そしてその花弁ごと修の体を飲み込んでしまった。




