覚悟4
「火花」が放たれたその爆心地は爆発の際に生じた爆風で砂が巻き上げられており、少し煙っていた。
上條と大樹、そして茜は僅かな希望を持ってそこに目をやるものの、そこにあったのは跡形もなく上半身を吹き飛ばされた鬼の亡骸だけだ。
「くっそ……」
「そんな……」
大樹は歯を食いしばって、その場を見つめ、茜は目に涙を溜めながらその場にへたり込んだ。
あの強固な鎧と肉体を持った鬼ですらあの様だ。雪のような細身の人間があの爆発に耐えられるわけがない事は三人にも分かっていた。
しかし、こうしてそれを現実として突きつけられ、僅かな希望も砕けた。
「……」
上條は険しい表情を浮かべながら、爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握る。
自分がもっとリーダーとしてしっかりしていれば、もっと力があれば、もっと知識があれば。
そんな後悔ばかりが頭をよぎった。
上條は行き場のない怒り、悔しさ、悲しさそんな強い感情を何とか押し殺し、リーダーとして頭を動かす。
やる事は多いが、その前に雪の遺品の一つでもと鬼の遺体の付近へと目をやる。
「あれ、私……」
ふいに、鬼の遺体の影からそんな言葉と共に雪がひょこっと顔を出しあたりを見渡す。
そんな雪の姿を見て、上條は驚きのあまり固まって言葉も出なくなった。
雪はその場から立ち上がると周囲を見渡し、首を傾げる。
「何で生きているんだろう」
その雪の二言目で、大樹と茜もその存在に気が付き、目を見開く。
「よかった……」
茜はその場にへたり込んで先程とは違った涙を流し始め、大樹は良かったと呟きながら大きく胸を撫で下ろした。
「どうやって……」
驚きが喜びか、上條は震えた声でそう溢す。
驚きのせいか、それとも安堵からか、上條の体は僅かに震えていた。
そんな三人よりも、自身が生きている事に実感がない雪は未だにポカンとした様子で目の前の鬼の死体を眺めていた。
「私達、勝ったんだ……」
そして、その鬼の体を見てようやく現実を飲み込んだのか、雪はそうこぼすと、三人の姿を視界に入れた。
「僕たち勝ったんだよ」
上條は緩みそうになる涙腺を堪えて、笑顔でそういう。
その言葉に雪は手を振ることで応えると、満面の笑みを浮かべた。
そして、そこに拍手の音が響き、四人は響子が戦いを終えてこちらに来たのかと、嬉しそうに振り返り、一瞬でそのその表情を固くした。
「これはこれは。あの鬼を倒してしまうとは、私も驚きです」
「嘘……だよね」
拍手を送ったのは響子ではなく、その相手の背信者だった。
その姿は一言で言えばボロボロであったが、彼の足取はその見た目と反して軽やかだった。
「そんな、まさかだよ……ね……」
雪は後ろに一歩後ずさると、そう溢した。
背信者がここにいるということは、響子が負けてしまったと言うことだ。
あれ程の実力をもつ魔術師だ、そんなはずは無い、と自分に言い聞かせて視線を周囲に巡らせた所で、雪の視線はすぐ一箇所に釘付けになった。
雪の十数メートル先に立っている背信者の後方にはボロボロの姿でうつ伏せに倒れ込んでいる響子の姿があった。
ピクリとも動かないその姿を見て、雪の心に絶望が広がる。
そんな雪の様子に背信者は軽く笑うと声をかける。
「ご安心下さい。風音様は生きていますよ。かなり負傷されていますが」
背信者は軽く響子の様子を伺うとそう言った。
「貴方が……」
いつの間にか、雪の近くまで寄ってきていた茜が震えていたが、熱のこもった声でそう言った。
その先の言葉は同じく近くまで寄ってきていた上條が止めたことで発せられなかった。
しかし、茜が何を言いたかったのかくらいは背信者にも容易にわかる。
「勿論、私の攻撃の影響もありますが、半分以上は別の要因でしょう」
そんな背信者の言葉に四人は口をつぐむことしかできなかった。
彼女が百パーセントの力を出せなかったのは自分達のせいなのは明白だ。
「ふむ」
黙りこくった四人に背信者は不思議そうに首を傾げるも、不意に納得した様子で、頷き独り言のような呟きをこぼす。
「ふむ、知らないわけですか。……さて、私もそこまで暇ではありませんから、仕事をしなければ」
と話を進めようとする背信者に雪は疑問の声を上げる。
「仕事……?」
そんな雪の呟きを拾った背信者は上機嫌な様子で口を開く。
「私もある組織に所属するしがない魔術師の一人です。組織が優秀な魔術師の首の一つ位は取ってこいと言うならば、それには従わないといけない」
「首の一つ……」
四人の視線が響子に向く。
彼が反社会的な組織に属しているのであれば、国家にとって貴重な全力である響子が殺されることがあれば、魔術師界に留まらない程の大きな影響があるのは言うまでもない。
そんな四人の反応を見て、背信者は少し呆れたようにため息をついた。
「これはこれは……。皆様は何か勘違いしているようですね」
軽い笑いのこもった声で背信者はそう言うと、横たわっている響子に目をやる。
「風音様のような優秀な魔術師を殺すのは人類にとっての大きな損失です。当然、その首を持ち帰れば私が叱られることはないでしょうが、その首を持って帰れとは言われていない」
背信者の顔が雪の方を向く。
こうなればバカでもわかる。
背信者が狙っている首は雪のものだった。
そんな背信者から雪を守るように、上條が大きく前に出る。
「これ以上お前に好き勝手やらせるわ……」
そこまで言ったところで、一瞬で上條の懐に潜り込む。
背信者はそのまま、その腹へと拳突き立てると、体はくの字に折れ曲がり、上條は血を吐いて地面に倒れ伏した。
「選択肢なんてモノは皆様にはありません。ここでこうやって皆様が生きているのも、単に風音様への敬意からです」
背信者は床に倒れ伏している上條を一瞥すると、残りの三人に顔を向ける。
「とは言え、その勇気は賞賛に値しますから、殺さないでおきました。もっとも、治療しなければ死んでしまうでしょうが」
治療しなければ死んでしまう、そんなことを言われても三人はすぐさま動くことなんて出来ない。
何せ上條は背信者の足元にいるのだから、救いたくても救えないのだ。
そんな三人の様子を見て、背信者はあからさまにため息を吐いた。
「まぁ、私の足元にいる様なら難しいですか。……ホラ」
背信者は上條の襟首を掴むと、まるでボールを投げるかのように上條を大樹の方へと放った。
「優馬!」
大樹は自身のハルバートを投げ捨てると、その上條の体を受け止める。
流石に男性一人の体を簡単には受け止められず、大樹が下敷きになるような形にはなったが、すぐさま体を起こし、上條の体を優しく地面に寝かせる。
「平さん、頼む!!」
「は、はい」
大樹と茜が上條の側で治療を始めるのを背に、雪はそのまま背信者と相対していた。
「ふむ。彼も魔術師としての最低限の気概はありましたが、どうやら貴方も同じようだ。ただ、それは未熟故に無謀というのです」
そう言うと、背信者は指パッチンを一つ鳴らした。
それと同時に雪が密かに構築していた魔法陣を消滅する。
「どうやって……」
「質の低い魔法陣なら魔力をぶつけてやれば簡単に崩せるのですよ。魔術師ならば相手の実力を見極めなければ」
そう言うと、背信者は首を傾げながら、雪をジロリと観察する。
「それにしても不思議ですね。先程の魔術の威力、それに容姿も。かなりの魔力量を持っているはずですから、名家出身かと思ったのですが……。魔術が随分と拙い。一人分で十分かと思いましたが、四つ必要かもしれませんね」
背信者はまるで動物を観察するかのように、ジロジロと雪のことを見る。
「私が……」
「ん?」
雪の言葉に背信者が首を傾げる。
「私が名家出身なら他の皆には手を出さないでくれますか?」
「ふふふ。そうですね。そちらから手を出されない限りは、こちらも手を出さないことを誓いましょう」
そんな雪の質問に全てを悟った背信者は小さく笑うとそう言った。
「私の名前は葛西雪。魔術省事務次官の葛西清澄の娘です。私の首があれば十分ですよね」
「これはこれは……。思っていたより大物が釣れましたね。それであれば手土産として不足はありません。約束通り他の皆様方のことは見逃しましょう」
そう言うと背信者は手のひら開き、その手の先に魔法陣を構築する。
そして魔法陣から虹色の燐光が漏れると同時に背信者はその魔法陣に手を突っ込む。
そして、背信者は魔法陣の中から鞘に入ったロングソードを引き出した。
その鞘には煌びやかな装飾がなされ、鞘から伸びる柄にはいくつかの宝石があしらわれている。背信者の手に収まっているそれは、実用的な剣というよりは、どこか儀礼剣のように見えた。
「魔力を食うのであまり使いたくありませんでしたが、武器を壊されましたから仕方ない」
そう言いながら、背信者はゆっくりと剣を鞘から抜く。
背信者が引き抜いたその剣は豪華な見た目に反して、その刃は尖端に向かうにつれてかなり細くなっていくと言う実用的なデザインであり、どこかチグハグであった。
「ああ、それと、余計なことはしない方がよろしいと思いますよ」
背信者は雪の後方で密かに魔法陣を構築していた大樹へと顔を向けるとそう言った。
はなからバレることは分かっていた。
しかし、このまま何もせずにただ雪を殺させるわけにはいかない、と言う大樹の気持ちから魔法陣は大樹の前にまだ浮かび続けている。
その姿を見て背信者は呆れた様子でため息をついた。
「物分かりが悪いですね。葛西様の献身を無駄にするなと警告しているのです」
「森本さん……。私なら大丈夫ですから」
雪は大樹へと振り返り、へにゃっとした弱い笑みを浮かべるとそう言った。
「くっそ……」
大樹は悔しげにそうこぼすと魔法陣の構築を中断し、拳を地面に打ち付けた。
そんな大樹の様子を見て、背信者は満足そうに頷いた。
「よろしい。私も格下相手に無闇に力を振るうのはあまり好みではありません」
背信者は茜と大樹、上條を一瞥するとそう言い、雪へと視線を戻す。
「残念です。貴方はもし私と出会わなければ、優秀な魔術師になっていたでしょう」
そして、ロングソードをゆっくりと構える。
雪もその姿を見て、先程からチラついていた自身の死が明確な形となったことで、恐怖と後悔から涙腺が緩む。
「泣くな……」
自分にしか聞こえない小さな声で呟き、震えそうになる体に力を入れて拳を握り、涙を堪えるために目をぎゅっと瞑った。
「それでは、さようなら」
背信者は静かに、しかし隙なくロングソードを横に引くと、雪の目尻から僅かに涙が溢れたと同時に、そのロングソードを振った。
「『聖域』」
甲高い音が響く。
その音といつまでも訪れない自身の死に違和感を覚え、雪がその目を開くと、振られたロングソードは雪の僅か数センチ手前で白く輝く壁によって阻まれていた。
「この魔術は……」
そして、戸惑う雪の隣を一つの影が飛ぶように通り過ぎる。
そしてその影は恐ろしい速さで、背信者へと詰め寄るとその手に握られたシンプルな作りのロングソードを振り下ろす。
背信者は既にその姿に気が付いており、危なげなく剣で受け止める。
そして背信者が押される様な形での数度の剣戟後、背信者が後方へと大きく距離を取る。
「これはこれは……。どちら様で」
「そこの子の師匠だよ」
どこか楽しそうな声でそう尋ねる背信者に修はぶっきらぼうに返した。
「来てくれたんですね……」
安堵からかまた涙が溢れそうになるのを堪えながら、雪は修の背中に向かってそう言った。
「遅れて悪かった。あとは大丈夫だ」
修が背中を向けたままそう言うと背信者へと歩みを進めていく。
雪が無意識にその背中に手を伸ばそうとした所で、ふいに袖が優しく引かれた。
「雪、大丈夫?」
「雫!」
袖を引いたのは雫だ。
雪は思わずその手を強く握る。
僅かに疲れが見えるが、怪我もなく、無事な様子の雫を見て雪の心に安心感が広がる。
「雪、とりあえず引かなきゃ」
「でも、風音さんが……」
「大丈夫」
雫が指を差した先では、刃狼が響子の首を優しく咥え移動しているところだった。
「へ?刃狼?どう言うこと?」
「とりあえず大丈夫。私たちも」
困惑する雪の手を引いて、雫は後方へと下がっていく。
「葛西さん!」
そして雪が大樹達と合流するなり、茜が抱きついてきた。
「無事で良かったです」
ぐしゃぐしゃの顔で茜がそう言う茜に雪も抱きしめ返した。
「心配かけてごめん。上條さんは?」
「気を失っているが、優馬なら大丈夫だ。平さんの魔術がよく効いた」
「よかった……」
大樹が笑顔で言った言葉を聞いて、雪は安堵から大きく息を吐いた。
「はじまる」
そんな雫の言葉に三人が顔を上げると、修と背信者の戦いが始まる所だった。
「師匠……」
祈る様な雪の呟きと共に戦いが始まった。




