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欠陥魔術師見習いの育て方  作者: すいぃ
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振り返り

間話的な話です

 雪が帰ってから、修は今後の指導方針や振り返りをノートに書き込んでいた。


 パソコンを使わず、わざわざ手書きで行なっている理由は、修行の一環で行っていたものが習慣になってしまったからだ。

 魔法陣の構築は修にとっては絵を描く事や文字を書くイメージである。

 そのため、普段書く文字から綺麗になれば魔術師としての実力も上がるだろうと始めたことだった。

 自己評価ではあるが、その結果は成功だと言えた。

 魔術の精度だけでなく字まで綺麗になったため、一度で二度美味しい結果にもなった。


「それにしても、何があるか分からないもんだな……」


 まさか、名家生まれの天才少女が落ちぶれてしまった理由が、魔力の制御()()にあるなんて流石に修も予想していなかった。

 魔力の制御なんて魔術を使う上で超がつくほど基本的な事であり、それこそ、それを無しでは魔術は使えないとまで言われている程、重要かつある程度は出来て当たり前のことだ。当然、天才少女には結びつかない問題で、今まで雪を診てきたものからすれば落とし穴もいいところだっただろう。

 しかも、それは彼女が天才だったために生じてしまった問題とは、世の中は何がどう転ぶか分からないものだと、修は雪に同情を隠せない。


 ただ、不幸中の幸いと言うべきか、雪の師匠に修が選ばれたのは間違いなく幸運だっただろう。

 修は魔法陣の構成や仕組み等の知識に関しては人一倍あり、魔術に関しても慧眼と言っても過言ではない良い目を持っている。

 そんな修は、何が原因かすらも突き止められていない状態であった雪の問題を解決するにあたって打ってつけの人物だった。

 加えて幸運だったのは、雪が天才であったという先入観を持っていなかった事だろう。

 何はともあれ、これで雪は魔術を使えないと言う問題の解決へと一歩踏み出したことになった。

 踏み出したとは言えども、修には他にも気になる点が幾つかあった。


「あの自信のなさと魔法陣構築の遅さも改善しないとな」


『灯火』程度の魔術にあれほど気を使って構築している人を修は初めて見た。

 本来は魔術師見習いであっても片手間に使える程度の難易度であり、プロの魔術師であれば一秒もかからずに行使できるはずだ。

 魔術が苦手だからこそ丁寧に、そしてじっくりと魔法陣を構築する様になったのかもしれないが、時間をかければかけるほど無駄な魔力を消費することになり、魔術も安定しない。実戦で使うには致命的な弱点だ。

 そこまで考えて、修はハッとする。


「あぁ、なるほど。魔力が過剰だからその方法が有効なのか」


 魔力の制御が甘いことと魔法陣構築時による魔力のロスは、魔力を全力でしか使えない雪に限って言えば良い作用として働く。

 それは、魔方陣を丁寧にゆっくり構築すれば問題が解決する、つまり問題は魔法陣の構築にあるといった、間違った解釈を生むには十分な材料だ。


「どうやって魔力をロスさせるかに特化した魔術師か……。もしかしたら、普段から何らかの方法で魔力を消費しているのかもな」


 修はそのことをまとめてノートに書き留める。

 一般的には不要な技術だが、使い方によっては間違いなく化ける。

 世間では「魔術対策」と言うものも重要視されているからだ。


「あとは自信の部分か……。ケロベロスとの戦いの時に一度も魔術を使わなかったのも気になるな」


 結局、戦いの場面では雪が魔術を使う所を見る事はできなかった。

 魔術そのものに強い苦手意識を持っている事は分かっているが、魔術を失敗することを嫌がっているのか、それが使えないことを恥ずかしがっているのかは修には分からない。


 ただし、それが前者の場合は少し厄介な問題になる可能性があった。

 魔術の行使はそのプロセスからして非常に繊細な技術だ。

 当然メンタル面の影響と言うのも強く受けるし、プロの魔術師であっても一度の失敗から二度と同じ魔術を使えなくなるケースもある。


 そしてもう一つ、魔術を行使する上でイメージも重要な要素で、魔術に対するネガティブな感情やイメージも悪い方向に作用する。

 不思議なことに、魔術は失敗をイメージして使うと、どれだけ正確に素早く魔法陣を構築し、適量の魔力を使って行使したとしても不発か暴発に終わる事が多いという事実がある。

 つまり、どれだけ雪の魔力の制御力が向上しても、その精神面を改善しなければ魔術が使えないという問題は解決しない可能性がある。


 ただ、幸いな事に雪の場合はそこまで酷い状況では無さそうだった。

 それに、指輪をつけた後はその前に比べて躊躇なく魔術を使おうとしてた事から、指輪の存在が精神面のサポートとしても役立っていると言えた。


指輪(あれ)に依存するのはまずいが……。とりあえずは魔術をまともに使えるようにならないと、話にならないからな」


 あくまで魔術と魔力の制御用に用意していた指輪だったが、どうやら別の面でも役に立ちそうであった。

 まだまだ、付き合いの浅い修が精神的なところをケアするのは非常に難しいことであるため、その点では非常にホッとしていた。


 ちなみに、あの指輪が優れているのはそれだけではない。

 あの指輪には、指輪に貯まった魔力によって動作する装着者保護用の障壁が付いている。

 障壁は二枚展開されるようになっており、一枚目は常時展開されていて、一枚目が壊れると、二枚目が即時展開される様になっている。

 基本的にはあくまで気休め程度のものではあるが、魔力の貯まり方によっては十分な効力を発揮する筈であった。

 修が暫く使っていなかったため、今の所障壁は展開されていなかったが、しばらくすれば雪の魔力を吸って無事に動作する筈だ。


「あとは葛西家の考えとぶつからないと良いけどなぁ」


 居酒屋での兵吾との会話を思い出して修はゲンナリした。

 この国の中のどこの誰が魔術師の中でも高名な葛西家と対立したいだろうか。

 葛西家の家長、雪の父親の葛西清澄(かさいきよすみ)は魔術省の事務次官だ。国のお偉いさんであり、かつ、修の雇い主のうちの一人でもあるのだ。


「まぁ、あの人を怒らせても、ギリギリ本業には影響無いとは思うけど」


 魔術省の成り立ちは随分とややこしい。

 圧倒的な権力と実力を持った魔術師を多数輩出している名家の存在があることや、魔術戦闘機関である「魔術師団」と研究機関の「魔術研究所」の存在が魔術省を特殊な立ち位置にしている。

 魔術師団のトップである師団長と魔術研究所の所長は指揮系統的には大臣より下になるのだが、実際、その権限や立場では大臣とあまり変わりがない。魔術師やそれに関わる者達は根っからの現場・成果主義者であるのがその要因だ。

 両組織とも政府管轄になる前からあった組織であり、政府からのお願いで政府管轄になった経緯から今後もこのパワーバランスが崩れることはないだろう。

 つまり、魔術省は大臣という政治側のトップと、師団長という現場側のトップ、所長という技術的なトップのスリートップで運営されており、各組織の独立性は非常に高い。言い換えると意思統一が図れていないということでもある。


 ちなみに兵吾は師団側であり、そこから仕事をもらっている修も実質的には魔術師団の傭兵ということになる。

 だから、葛西家は直接の雇用主ではないため、魔術師団側に気に入られてさえいれば、葛西家であってもそうそう簡単に手出しは出来ない筈だった。

 ちなみに、徒弟制度に関しては魔術省全体としての運営である。


 どちらにせよ、わざわざお偉い方に目をつけられたくないのは言うまでもない。

 愛娘を危険な仕事が多い魔術師にさせたくないがばかりに、わざわざ無名の魔術師である修を師匠にするあたり、葛西家の過保護は筋金入りだ。

 今後、一度くらいは、葛西家本家に呼び出しを食らいそうな予感がしていて、修は憂鬱なため息をついた。


 ======


「本当にいいのかなぁ」


 広い湯船に浸かりながら、雪は指輪を眺めて呟く。

 右手中指に嵌まった指輪は、外そうという気になれなかった為、そのまま付けっぱなしだ。

 中古だからと気にしないでと修に渡されたが、その性能のことを考えると数百万ではきかないような値段になりそうな気はしているが、正確な値段に関しては雪はあえて考えないことにした。


「とにかく大事に使おう」


 勿論、指輪が高価な品であるということもあるし、何より師匠からの預かり物だ。

 修はああいっていたものの、自分が使っていた以上思い入れはあるはずだ。大切に使う以外の選択肢はない。

 それに、雪としても魔術の暴発を防いでくれるこの指輪は魔術への抵抗感をほぼ皆無にしてくれていたし、付けているだけでどことなく安心感があった。


 それにしても、と雪は今日あった出来事を振り返る。


「底が知れないんだよなぁ……」


 指パッチンで外界に()()()()連れ出してみたり、どう見ても高価な指輪型の魔道具を自作したと言ってサラリと渡してみたり。

 無名というが、あのレベルの魔術師が無名であるはずがない。

 確かに、一般的に有名な魔術師という訳ではなさそうであるが、浩也が聞き覚えがあると言っていたあたり、専門的な分野では有名人だったりするのかも知れないと雪は思っていた。


「少し気になるけど、今はいいか」


 これから二年の付き合いになるのだ。

 そんなに焦らずとも、いずれは分かるはずだと、雪は修の正体から思考を切り替える。


 改めて雪は指にハマった指輪を上に掲げてまじまじ眺める。

 パッと見ただけではそれほど高そうな指輪には到底見えない。

 よくよく見ると指輪に入っている赤い線は宝石のように見えるし、魔法文字は刻まれているしで、明らかに魔道具と分かるが、その効果を知ればさらにその魔具の凄さが分かる。


「やっぱりできない」


 現に雪が水を発生させる魔術を行使しようとしてみても、魔法陣すら構築されない。

 以前であれば、魔法陣を構築すること位は出来ていた。もちろん、その結果は大量の水が出るか、不発になるか、暴発するか、という割合が多めではあったが。

 近頃はそんなダメな結果を見るのも嫌になってきていて、暴発の危険もあるため本当に必要な時以外は極力魔術を使わなかった。

 ただ、今は違う。

 修に問題を見つけてもらい、魔具まで借りた。この指輪があれば暴発におびえることもない。

 だから、魔法陣すら構築できなくても今の雪に落胆は全くない。

 何故ならもう自分の問題は分かっていて、目標も明確だからだ。以前のように何もわからず、ただがむしゃらに何にでも手を出していた頃とは違うのだ。


 修の言葉通りであるなら、魔法陣が構築できないのも自分の魔力の制御が甘いのと指輪がしっかりと作動しているからだろう。

 実際に指輪をつけて魔術を使おうとして分かったのは、自分には魔力を調整するという感覚がほぼないということだった。

 ONとOFFとだけとまでは言わないが、大・中・小位の使い分けしかできず、それすらもブレ幅が大きいはずであった。

 幸いにも魔力を持っていかれるときの感覚はあったため、そこから魔力を扱うという感覚を養うことは出来そうだった。


「明日から頑張ろう」


 自分の問題の大きさは途方もないものだが、それでも今の雪に悲観的になる要素はない。

 ただただ、前に向って進むのみだった。

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