覚悟2
鬼は先程から続いた響子の妨害のお陰か、それをかなり警戒しているようだった。
その証拠に鬼は響子と背信者の様子を伺ってあいるばかりで、雪達のことなどまるで気に留める様子もない。
鬼にとっては雪達は、響子の妨害さえ無ければ取るに足らないような相手であると思われている証明でもあるが、今の状況は雪達にとって都合が良かった。
動くなら今だ、と雪はその口を開く。
「上條さん。私、一つだけ鬼を倒す為の考えがあるの。だからそれを実行する為の作戦を考えてほしい」
突然そんなことを言い出した雪に三人は驚いた様子で顔を上げる。
「いや、作戦って……。葛西さん、なにを……」
少し狼狽えた様子でそう言う上條の言葉を遮るように雪は続けて口を開く。
「私はこのまま終わるのは嫌だよ。かっこ悪くても、勝ち目が薄くても、諦めることだけはしたくない」
落ち着いた口調だが、強い意志を感じる言葉だった。
「それはそうだけど……」
「私が作戦を考えるよりも、上條さんが考えてくれた方が絶対いいはず。だからお願い」
上條の目が泳ぐ。
上條だって、このままでいいとは思ってはいないし、こんな最悪な状況に陥ってしまったのだから、ある程度の覚悟はできていた。
それこそ、最悪、自分が犠牲になるのは構わない、とまで考えていた。
自暴自棄とも言えなくは無いが、怯えて動けないより幾分マシだった。
そんな覚悟を決めた一方で、上條は自身が指示を出すことへの恐怖を拭えずにいた。
指示を出すと言うことは、人の命を預かるに等しい。
つまり、自分の責任で誰かが犠牲になるその責任を背負わなくてはならない。
その恐怖が上條の脳裏に張り付いて離れなかった。
「やっぱり、僕は……」
「優馬。ビビんなよ。俺は構わないから好きに使ってくれ」
そんな上條の内心を完全に理解している大樹が笑いながらそう言った。
「大樹、何を言って……」
「どうせ、自分の指示で誰かが死んだらとか思ってんだろ?甘えんなよ。お前がリーダーだろ?」
大樹のその言葉に上條は何も言えなくなった。
優しくもあり、厳しい言葉だ。
外界探索はいかなる時でも死と隣り合わせだ。
流れでなってしまったとは言え、リーダーの役割を背負った以上は最終判断はリーダー、つまり上條に委ねられるのだ。
「大丈夫です。上條さんにその役目を押し付けたのは私たちですから。だから、自分の命位は自分達で責任を持ちますよ」
「うん。だからお願い。力を貸して」
茜の優しい言葉と雪の強い意志が込められた視線に、上條は僅かに躊躇う様子を見せたが、やがてふっと笑った。
「カッコ悪いとこばかり見せてらんないもんな」
上條は小さな声で呟くと、顔を上げた。
「よし、やろう。葛西さんの案は?」
上條の言葉に雪は頷くと、嬉しそうに口を開く。
「また、魔力の過剰供給をした『火花』を使うのはどうかなって」
「あれか……」
四班の命を救ったと同時に、巻き込まれかけたその魔術の威力は彼らにとっては忘れたくても忘れられないものだ。
「あれって確か精度が低かったよな……。葛西さんの得意魔術なのか?」
そんな大樹の疑問に雪は首を横に振った。
「それだと、巨体でも難しいんじゃないか?」
魔術は魔法陣の構成で、大まかな仕様や特徴が決まっている。
「火花」は威力が高いが、的を狙うと言う意味での制御が非常に難しい魔術だ。
威力重視で精度が低い魔術を、さらに暴発させる様な使い方をするのだ。
いくら鬼が巨大とは言え、前回吹き飛ばした樹木と比べれば、随分と的は小さい。
加えて動き回る対象に魔術を当てるのは正直言って現実的ではなかった。
「となると、鬼の目の前まで使うしかないね。魔術の行使までの時間は?」
「1分近くは最低でもかかるかな……」
その言葉に一同は顔を顰めた。
戦闘中で一分以上の時間を稼ぐというと、格上を相手にするならばかなり長い時間になる。
ましてや、格上の鬼相手にその時間が稼げるか、と言われるとまともにやってはほぼ不可能だろう。
「つまり、葛西さんを鬼の目の前にいてもらって、一分間も耐える必要があるってことですよね……」
「それは流石に現実的じゃねーな……」
大樹と茜の言葉に上條は首を横に振る。
「葛西さんは……」
「ん?」
「葛西さんは結界を行使しながら、「火花」」を使える?」
「できるよ。結界は先に出しておけば、あとは魔力の供給だけだから」
その言葉に上條は顎に手を当てて、ゆっくりと口を開く。
「それなら……。策はあるよ。けど、かなり賭けの要素が強い。特に葛西さんはかなり危険な役割になる」
上條は難しい表情で顎に手を当てたままそう言った。
そんな上條の様子と言葉に茜と大樹は心配そうな表情で雪の様子を伺う。
雪の頭に様々な考えが巡る。
しかし、それも僅かな間だった。
上條の言葉と表情からして、恐らくその策には雪の命が懸かっていることは明白だ。
しかし、雪はとっくの前に覚悟も決意もしていた。
雪は改めて気持ちを固める様に息を一つ吐くと、笑顔浮かべた。
「やろうよ。私は大丈夫だから。それに、もう時間もなさそうだし」
そう言う雪の視線の先では響子と背信者の戦いが始まろうとしている。
そして、それと同時に恐らく鬼も動き出す筈だった。
「それじゃあ、時間もないから、一度しか説明出来ない。皆よく聞いて」
そして伝えられた上條の作戦に、大樹は獰猛な笑みを浮かべ、茜は心配そうな表情を浮かべ、雪は決意を込めた表情で頷く。
「最後にもう一度聞くよ。葛西さん、皆。本当にやるんだね?」
「うん。私たちならやれるよ」
「よしきた。これぞ冒険って感じだな」
「私も微力ながらお手伝いします」
「よし、じゃあ配置について。こちらから仕掛けるよ」
上條の言葉で、それぞれ改めて配置につく。
上條が前線に立ち、その後ろに茜がついた。
さらに距離を置いて、鬼から向かって最後尾、二人に隠れる様にして雪が配置についた。
そして、最後に仕込みをしていた大樹がやや遅れて、上條の隣に立った。
「大樹、仕込みは?」
「出来たぞ。まぁ、簡易だからちょっとした助けにしかならないだろうけどな」
ないよりマシ程度ではあったが、出来ることは全てやらなければ勝てない相手だ。
「準備は」
「いつでもだ」
上條は隣にいる大樹にまで聞こえそうな心音と僅かな高揚感に何故だか口角が上がった。
自分よりも年下の女の子に煽られてようやく火がついた心に苦笑しながらも上條は魔術を構築し始める。
使い慣れた魔術の準備が整ったところで、大樹とアイコンタクトを躱す。
「『鎌鼬』!」
上條の詠唱と共に、魔法陣から不可視の風の刃が鬼に向かって放たれる。
そして、それに追随するように大樹も鬼に向けて駆けた。
既に四班の動きに気がついていた鬼が金棒を風の刃に向かって振るうと、魔術は容易く消し去られる。
だが、その魔術が通用しないことは上條も織り込み済みだ。
金棒を振るった隙を狙って、鬼との距離を詰めた大樹がハルバートを横薙ぎに振るう。
鬼はそれを先程同様に掴もうとする動作を一瞬見せたのち、すぐさま回避に転じて、後方へと飛び退く。
「流石、そう簡単にはいかないか」
大樹への指示は二つだった。
そのうちの一つは後のことを考えず、全力で強化魔術を使うことだ。
強化魔術を得意としている大樹が本気でそれを使えば、短時間ではあるが、鬼と張り合えるほどの膂力を有することが出来る。
先程の一撃も、鬼がその手で受け止めようものなら、その腕ごとたたき折れていただろうが、そう簡単にはいかなかった。
だが、それも承知の上。
上條は先程の魔術に続けて新たに構築していた魔法陣を完成させると、後ろに下がった鬼に追撃を加える。
「『渦風』」
横方向に打ち出された風の渦が鬼に向かって伸びる。
鬼は今度も躱すことは選択せずに金棒のたった一振りで上條の魔術を打ち消すが、続けて大樹の魔術が行使される。
「『礫』」
大小異なる様々な小石が目で追うのも難しい程のスピードで十数個程鬼に向かって飛来する。
鬼はそれを跳躍することで、回避すると、そのままそれを放った大樹へと一気に詰め寄る。
大樹を一気に仕留めようとしていることは明らかだ。
「『風蕾』」
しかし、上條がそれを許さない。
薄灰色をしたバスケットボール大の風の球体が鬼の目の前に投げ込まれると、雲が散る様に一気に炸裂し、鬼を弾き飛ばした。
「これですこしは……」
そう上條は呟くも、弾き飛ばされた鬼の姿を見て、ため息をついた。
鬼は弾き飛ばされこそしたものの、金棒を正面に構えることで、しっかりと魔術を防御していた。
僅かに鎧にも傷や欠けは見えるがその程度だ。
「普通はそう簡単にはいかないんだけどな……」
乾いた笑いと共に、上條は呆れた様に言う。
「渦風」も「風蕾」もそう簡単に無傷で防げるものではない。
「渦風」は殺傷能力は低いものの、その風の力で制圧用としては強力な魔術であるし、「風蕾」は簡易爆弾の様なもので、至近距離で破裂すれば魔術師であっても無事では済まない。
「やっぱり金棒に魔力への抵抗力があるみたいだな」
鬼からの追撃を逃れた大樹が上條の近くまで歩み寄りながらそう声をかけると上條は頷いた。
「本当はあの金棒を破損させるつもりだったんだけどね……」
とは言えここまではプラン通り。
おまけはついてこなかったがほぼ百点に近い結果だ。
ここまでが上條の策の第一フェーズ。
上條が指示したことは二つ。
鬼のヘイトを上條と大樹に向けさせつつ、自分達と鬼の立ち位置を調整すること。
もう一つは可能な限り魔術を使い、雪の魔術の気配を薄れさせること。
そして、ここからが作戦の成否が分かれる分岐点だ。
「頼む……」
上條は祈る様に呟く。
既に魔術を構築するための最低限の時間は稼いだ。
ここからは鬼が雪に対して、ヘイトを向けてくれなければならない。
鬼のヘイトが雪に向かなければ、ただただ雪が魔術を暴発させるだけになる。
「掛かったぞ優馬」
大樹が低いトーンでそう呟いた。
予定通りどう考えても異常な量の魔力の気配と明らかに様子がおかしい雪の魔法陣に鬼が気が付いたのだ。
鬼は大樹と上條からあっさり目を離すと、雪の方を向き、その金棒を構えた。
「よし。大樹」
「わかってる」
上條と大樹は顔を見合わせると、それぞれ行動を起こす。
ここからもう少し時間を稼がなければならなかった。
そのために、上條は再び魔法陣を構築し、大樹は雪の元へと駆けた。
ここからが正念場だ。
鬼はこれから雪を狙うだろう。
残りの三人は雪が殺されないように守り、かつ、鬼を雪の前から逃さないようにしなければならない。
鬼は大樹の動きを見るなり、その行動を開始する。
体重を僅かに落とすと、雪に向かって一気に駆け出した。
響子や背信者と比べれば断然遅いが、それでも鎧を着て、金棒を持っているとは思えない恐ろしいスピードだ。
「上條さん!」
その姿を見た茜から声が上がる。
「分かってる!『火焔』」
上條が魔術を行使すると、雪に向けてその足を進めていた鬼に向けて、拳大の火種がいくつか飛来する。
鬼はそれに気が付いたが、自身に直撃するものではなかったため、気にする必要なしと無視してその足を進めた。
だがそれは悪手だった。
火種はそのまま鬼の進行方向の地面に落下するとその場から高さ数メートルにもなる火が一気に立ち上った。
鬼も急にはその足を止められない。
しかし、鬼がこのまま簡単に火に飲まれてくれる訳もない。
鬼はその金棒の一振りで炎を掻き消す。
上條の魔術のおかげで、鬼の足は止まったものの、雪までの距離はもうあまりない。
しかし、まだ雪の魔術の準備は整っていないため、このまま進ませる訳にはいかなかった。
「行かせるかよ!」
その声と共に、消えた炎向こうから大樹が現れ、鬼に向けて横に薙ぐようにハルバートを振るう。
鬼は素早い動きで金棒をハルバートの柄にぶつけることでその攻撃を防ぐ。
大樹はすぐさまハルバートを引くと、素早い動きで短く持ち直して、今度は鋭い突きを放った。
鬼はそれを半身を引くことで躱すと、大樹に向かってお返しとばかりに金棒で突きを放った。
「まずッ」
突きによって僅かに体が前のめりになっていた大樹はその攻撃にうまく反応できない。
大樹は体勢を崩しながら、何とかその攻撃を躱すが、大きな隙を晒してしまう。
そして、鬼がその隙を逃すはずもない。
鬼は体勢を崩した大樹にとどめを刺そうと金棒を持ち直すが、そこに上條のカバーが入った。
「させないよ」
上條は鬼に向かって突きを放つも、鬼は上手く金棒を当て、簡単にその槍を弾く。
しかし、それも予想済みだ。
大樹を逃すための牽制を目的とした突きは容易く弾かれるが、一方でその次の攻撃に繋げる速度も速かった。
上條は攻撃が弾かれたそばから、すぐに槍を引き直し、また突きを放つ。
そして、それを鬼が金棒を弾くというやりとりを数度繰り返した所で、鬼が動きを変えた。
軽いと分かりきった突きをあえて金棒を使わず、籠手で弾いたのだ。
鬼は左手の籠手で槍を弾くと、右手に持った金棒を上條に向けて振り下ろす。
上條はそれを後方に飛び退くことで回避し、鬼の金棒は強く地面を叩くに終わった。
だが、これで雪への道が開けた。
鬼は一足で一気に雪までの距離を詰めると、そのまま金棒を振り上げようとする。
雪は目の前のその姿を睨みつけるだけで、避けようともしない。
そして、鬼が金棒を振り上げた瞬間、それを振り上げ切る前にその手が止まる。
不自然な高さで急に止まった金棒の位置には、雪があらかじめ設置していた結界があった。
数々の魔術を一振りで散らした鬼の金棒だが、それほど力が加わらない振り上げる瞬間であれば、雪の結界であっても十分に効果があると見込んで予め設置していたのだ。
そして当然、仕込みはそれだけでは終わらない。
「『土喰』」
鬼が突如止められた金棒に気を取られている隙に、予め仕込んでいた魔法陣を使った大樹の魔術が行使される。
すると、鬼の足元が突如沼地のように沈み込み、鬼の片足がそれに呑まれて大きく体勢を崩す。
しかし、鬼は咄嗟に金棒を地面に突き、倒れ込むことを免れる。
そして、そのままその体勢を立て直そうと、金棒に力を入れた瞬間、鬼の金棒が甲高い音を立てて鬼の手から弾き飛ばされ、鬼がついに倒れ込んだ。
それを成し遂げた張本人は足を押さえ泣きそうな表情を浮かべていた。
「痛い……」
茜が金棒を蹴り飛ばしたのだ。
体術での戦いを主とする茜は身体能力の強化に優れている。
質の高い強化魔術は、単純な運動能力向上だけではなく、体の頑丈さも向上させることができる。
それに加えて、茜は武器を使わず、徒手戦闘をするため、軽くて頑丈な防具を体に身につけていた。
そのため、高速で駆け寄り、半ば飛び蹴りに近い形で鬼の金棒を蹴り飛ばすことを可能としたのだ。
とは言え、かなりの重さがある金棒を蹴り飛ばしたのだ、茜が涙目になるくらいにはそのダメージは小さくなかった。
「葛西さん今だ!」
上條の声に雪が頷くと、爛々と赤く輝く魔法陣を解放するワードを口を開く。
「『火--』」
しかし、その瞬間鬼が動いた。
雪が最初の一言を口にした瞬間、鬼が腕だけの力でその沼から抜け出すと、飛びかかるようにその手を伸ばし、雪の足を強く掴んだ。
「あぁあ!!!!!??」
ゴキっという嫌な音と共に、雪の声にならない悲鳴が上がる。
「葛西さん!」
上條が慌てて雪の元へ駆け寄ろうとした瞬間、雪と目があった。
それはどこか覚悟を決めた目であった。
「まて、その距離だと……」
自爆だ、と上條が言い切る前に雪の口は動いていた。
「ーー『火花』」
瞬間、強烈な爆風と光が辺りを覆った。




