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欠陥魔術師見習いの育て方  作者: すいぃ
旧版
76/112

遭遇3

 響子は一歩踏み出すと共に、既に構築していた魔術を無詠唱で行使する。

 響子が構築したのは「『風絶(かぜたち)』」の名を持つ魔術だ。

 響子の魔力によって生み出された魔法陣からは巨大な風の刃が現れ、間をおかず背信者に向かって打ち出された。


「『黒翼(こくよく)』」


 しかし、それも背信者には届かない。

 背信者の魔術行使と共に、彼の背後から大きな羽根が広がると、彼を守るかの様に全身を包み込んで覆い、響子の魔術から守ってみせた。


 それは響子の見たことの無い魔術であり、そうとなれば、他にどんな厄介な効果があるか分からない。

 訳の分からないものは早々に打ち破るに限る。

 響子の判断は迅速だった。


「『風断(かぜたち)』!!」


 今度は無詠唱ではなく、詠唱有りで魔術を行使する。

 詠唱がある分、先程よりも威力が上がった魔術が背信者を襲う。


 そんな響子の魔術を背信者も黙って受けるはずは無かった。

 響子の詠唱を聞くや否や、背信者を包み込んでいたその黒の片翼が勢いよく開き、響子の魔術を掻き消して、消える。

 そして、その羽ばたき推進力にして、背信者が飛ぶかのように響子へと詰め寄る。

 そして、その勢いのまま響子へとステッキを振るった。


(はやっ……)


 あまりの速さに、ほんの僅かだが反応が遅れた響子は、その攻撃をショートソードで受け止めきれずに後ずさった。

 それを見逃すことなく、背信者は容赦なく体勢の崩れた響子へと猛追する。


 背信者のステッキが恐ろしい程の風切り音と共に響子に振り下ろされる。


「こんのッ」


 響子は少し崩れた体勢をあえて持ち直そうとせず、そのまま後方に倒れ込むことでその攻撃を躱す。

 そのステッキの一振りが響子頭上を通り過ぎると同時に響子は片手でバク転をして、間合いを広げようとする。


「甘い」


 しかし、それを背信者は許さなかった。

 地面に響子の両足がつくと共に既にその間合いを詰めていた背信者のステッキが響子に振り下ろされる。

 鈍い音共に響子の剣が背信者のステッキを弾くと、二人はそのまま至近距離での剣戟を始めた。


 背信者の攻撃はフェイントを交えないシンプルなものだが、その一振り一振りの速度と威力が尋常ではない。

 その攻撃速度は常人には追えないほど早く、その力はまるで大鎚の攻撃を受けているかの様に重い。

 見習い達も気にしなければならない今の状況で、このまま単純な力比べをしているようでは、響子も防戦一方にならざるを得なかった。

 とは言え、響子がそのまま押し切られる程度の魔術師である訳がない。


 響子は背信者の攻撃のタイミングと間合いをはかり、背信者がステッキを引いたタイミングで魔術を行使する。


「『爆風』」


 本来であれば無条件に周囲を吹き飛ばす魔術ではあるが、響子にかかればある程度の指向性を持たすことも可能だ。

 本来よりも幾分多い魔力で行使された魔術は、響子の狙い通り、背信者の方に向かってのみ爆風を生み出した。


 しかし背信者は発動の早いその魔術ですら、完全とは言えないものの躱してみせた。

 とは言え、後方に跳ぶと言う形で避けたために、二人の距離は開き、ある程度は響子の狙い通りとなった。


「それを避けるのね……」


「魔術行使を隠そうともせず、名も知られている魔術であれば躱すことはそれほど難しく無い。そうでしょ?」


「まぁ、そうね」


「それはそうと、あなた様の武器は随分とボロボロですが、本来の武器は別にあるのですか?」


「どうでしょうね?」


 響子はその手に握られた、シンプルなショートソードに目をやる。

 その刃にはいくつかの刃毀れが見え、このまま打ち合いを続ければ修復出来ないほど破損するのは明白だった。


 このショートソードはそのシンプルな見た目通り、特段高価な武器ではないが、使い勝手が良く、人前に出る時はよく使っている武器だ。

 替えが効く物ではあるが、使い込んで手に馴染んでいる物ではあるため、愛用の武器と言っても過言ではない物だった。


「気に入っててるんだけどなぁ、これ」


 そう溢した響子は、響子は無詠唱で「結界」を使い、鬼に猛追されていた大樹のカバーをする。

 武器の具合も含めて、目の前の背信者に集中したいのは山々だが、今の見習い達の様子では響子の魔術によるカバーが必須だった。


 本来、彼らの力を持ってすれば、あの鬼を倒すことは難しいにしても時間を稼ぐくらいのことは出来るはずであった。

 しかし、現状では戦いにすらなっておらず、見習い達がひたすら鬼の攻撃から逃げ回っているのみだ。


 現場は常に死と隣り合わせであり、「死」を意識してしまうや否や実力を全く出せなくなってしまうことは多々ある。

 だからこそ現場慣れしていない新人達の死亡率が高いわけで、そんな状況に陥った見習い達を響子が放って置けるわけなかった。


 そして、そんな見習い達と響子の様子に誰よりも余裕のある背信者が気がついていない訳がなかった。


「死への恐怖……。私としては、それを自力で乗り越えてこそ、一流の魔術師になり得ると思うのですが」


「私もそう思うけど、立場上それは許されないの」


「ふむ……」


 暢気に顎に手を当てて何やら思案しだした背信者に響子は嫌な予感がしていた。


「あぁ、そうだ。簡単なことでした」


「何を言って……」


「私は小手調べではなく、本気のあなた様と殺りあいたい。あなた様は本気を出したいが、足手纏いがいるから出来ない」


 背信者は響子に語りかける様にそう言うと、地面についていたステッキを持ち上げる。


「では、足手纏いを処分しましょう」


 そして、背信者から響子が半ば予想していた言葉が飛び出すと同時に、響子は一瞬で背信者へと詰め寄り剣を振るう。

 しかし、背信者はそれを予測していたかの様にそれを受け止めた。


「これはこれは。そんな雑な攻撃をしていてはいけませんよ」


「うるさいっ……!!」


 そう言いながら響子が剣を振るうと、背信者は大きく後方に飛び退くことで、簡単に響子の攻撃を躱す。

 背信者の一言で、時間稼ぎではなく、自ら攻めざるを得ない状況になったものの、いまだに見習い達から目は離せない。

 そんな集中力の欠いた攻撃が背信者に届く訳がなかった。


「ふむ……。まだ、分かりませんか。それでは……」


 そこまで背信者が言って、その姿が掻き消える。

 そして、その向かう先は当然、見習い達がいる方向だった。


「『結界』!!」


 ある意味予想通りと言えば予想通りであった。

 響子は急いで、しかし慌てずに結界の魔法陣を行使する。


 背信者が向かった先にいた雪にその恐ろしいほどの威力を持つステッキが振り下ろされた瞬間、魔法陣と共に結界が現れ、そのステッキを食い止めた。

 しかし、その威力を完全に止めるには至らず、結界にステッキが食い込み、ガラスにヒビが入っていく様な音が聞こえている。


「引いてッ!!」


 その一連の出来事に驚きを隠せないでいた雪だが、修の指導の結果か、それとも生存本能か、響子の指示に一瞬で従った雪は後方に大きく跳躍。

 その瞬間、鬼の金棒が先程まで雪と背信者がいた場所に振り下ろされ、大きな砂埃が上がる。


 雪がなんとか鬼の攻撃を躱した一方で、その攻撃を簡単に躱し、雪に追撃を加えようとしていた背信者に響子は恐ろしい速度で詰め寄り、剣を振るう。

 背信者はその響子の剣にステッキを合わせるも、スピードの乗った響子の一振りはかなりの威力を伴っていたため、背信者はその力を逃すために後方へと跳ぶ。


「『雷鳴』」


 その隙を響子が逃すはずもなく、一瞬で構築した魔法陣から雷が打ち出されるも、背信者は空中で器用に体を捻るとそれを避けてみせた。


 だが響子の攻撃はそれだけでは止まらない。

 背信者が着地するタイミングに合わせて、スパークを纏った剣を振り下ろす。

 絶好のタイミングだ。


 普通の魔術師相手であればその一振りで終わっていたはずだった。

 しかし、背信者は違った。

 背信者は少し体勢を崩したまま着地したのにも関わらず、響子の剣を紙一重で避けていた。


(まずッ)


 響子が内心で呟くとほぼ同時に、背信者は体を逸らした体勢のまま、響子の剣をステッキで弾き上げた。

 そして、そのステッキをすぐさま引くと、無防備な響子の体にそのステッキを突き出す。


「くっ……」


「おや」


 響子の苦悶の声とやけに楽しそうな背信者の声が漏れる。

 背信者のステッキは響子の体を僅かにそれている。

 響子はそのまま後方へと跳躍、背信者へと間合いとった。

 背信者はそれを追うことなく、ゆっくりとステッキを引き、地面につく。


「流石、と褒めるべきでしょうね」


「どこがよ……」


 響子は顔を歪めながら小さく呟く。

 響子の右手には既に剣はなく、代わりにその手は左脇腹を押さえていた。

 左手に至っては出血していてだらりと下げられており、使い物にならないことが目に見えて分かる。

 体を逸らすだけではステッキを避けきれなかったため、左手に魔力を纏いステッキを逸らしたが、強化が間に合わず左手がやられ、それと同時にステッキが脇腹を僅かにだが抉っていた。



「これはこれは……。絶体絶命と言うところでしょうか。ですが、あなた様のような高位の魔術師達はこう言った状況すら覆す術を持っている」


 背信者はその足を進めながら語る。


「まさに今あなた様が左手を治療している様に、油断ならないのは存じています」


 響子は痛みに顔を歪めながら、そんな背信者の言葉に不敵の笑で返す。

 治療というのも烏滸がましいが、左手に「痛み」という感覚が戻ってきていた。


 そんな響子に背信者は口角を上げた。


「折角ですから見せてもらいましょう。その限界を」


 背信者の姿が掻き消えた。

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