遭遇2
「『碧雷』」
響子の体中から青白いスパークが走る。
この魔術こそ、響子に「疾風迅雷」という二つ名付けられ、その名が広く知られることとなった要因だ。
この魔術を使用した響子は、雷を纏ったまま、稲妻が走るかのように縦横無尽に動き回り、彼女が通った跡には敵の骸と焼けた跡だけが残る。
見た目は可憐な女性であるのに、高い実力を持ち、見た目にも派手な唯一の魔術を使いこなすのだから、二つ名がついても不思議な話ではない。
そして、今回も響子はその二つ名の通り、稲妻のように背信者へと襲いかかる。
「ハハハハ!!」
背信者から楽しそうな笑い声が上がるとほぼ同時に鉄と鉄がぶつかり合う様な音が響く。
瞬きをする間も無く一瞬で背信者へと振りぬかれた響子の剣は背信者のステッキによって受け止められいた。
ギリギリという鉄が擦れる音と共に鍔迫り合うなか、響子の体に纏っている雷から出たスパークが背信者を襲う。
しかし、そのスパークも、背信者のなんらかの魔術によって防がれ、虹色の燐光が二人の間に舞う。
「なるほど、これはこれは。随分と厄介な魔術だ」
「お互い様よ!」
その声と共に響子は背信者を押し切るが、それと同時に背信者は後方へと軽やかに跳び、また距離を取ろうとする。
「逃すか!」
当然響子がそれに食らいつかない筈がない。
響子は地面に黒い軌跡を残しながら、距離を詰める。
「いいですね、いいですね!」
そんな響子の姿に背信者は楽しそうな声を上げると、一瞬で距離を詰めた響子が振るった剣にステッキを合わせると、そのまま力強く押し返す。
「ちっ」
響子は舌打ちを一つしてそのまま一度距離を取ると、一つ息をついて、再度その足を前へと進める。
今度はフェイントを交えた前後左右の動きに加え、圧倒的な機動力を活かした上下からの立体的な攻撃を背信者に加える。
しかし、背信者はそんな猛烈な響子の攻撃すらも傷ひとつなく捌いてみせた。
そして、今度は背信者が攻勢に出る。
響子の攻撃に合わせ自身のステッキを強く振るうと、響子の剣を弾き返す。
そして、大きく弾かれ、体勢の崩れた響子に凄まじい膂力を持ってステッキを振るう。
響子は慌てて剣をかざすも、その力に押し負け大きく後方へと弾き飛ばされてしまった。
響子は空中で何とか体勢を整え、地面へと着地するもの、背信者との距離は大きく離されてしまった。
そして何より問題は剣の具合だ。
先程の一撃で剣の刃の一部が欠けてしまっていた。
一応これもそれなりの品ではあり、魔力で強化していたのだが、木製にしか見えないあのステッキはかなりの業物であったようだ。
「気に入ってたのに……。化け物が……」
刃毀れした剣をチラリと見て響子はそうこぼす。
「お褒めに預かり光栄です」
化け物と呼ばれたことを気にもせず、仰々しいお辞儀をして背信者はそう返す。
響子同様、背信者にもまだまだ余裕はあり、お互いに消耗は見られない。
しかし、剣が破損した分だけ響子が不利と言える。
そして、物理的に距離が離れたことで、戦いに少しの間が空く。
本来であれば、その表情や仕草から相手の状態を見極めたり、軽口を叩き合ったりと駆け引きを行うのだが、今回の響子の相手は狂人だ。
相手の言葉など全く参考にはならない。
表情についてもそうで、目深に被ったハットのせいか、何らかの魔術のせいか、背信者の顔のほとんどを見ることが出来ず、唯一見えるのは口元だけだ。
その口元も、常に笑みが浮かんでいる為、こちらも何の参考にならなかった。
そして、戦いを好んでいるこの相手が、これ以上間を開けることもなかった。
「あなた様のような強者との会話も悪くありませんが、そろそろ魔術師らしく語り合いましょう。今度は私の番ですが、その前に……」
背信者が突如その顔をくるりと回す。
その視線の先には、響子の指示に従いその場を離脱しようとしていた見習い達がいた。
背信者に見られたことで、彼らはまるで蛇に睨まれた蛙のようにぴたりと足を止めてしまう。
格上の魔術師からの圧というのか、それとも魔術的な何かか、見習い達の足はその場に張り付いたかのように動かなかった。
相も変わらず、口元に微笑を浮かべた背信者は、足の止まった魔術師見習い達を見ながら、手に持ったステッキでトンッと地面に突く。
すると魔術師見習い達の行手を遮るかのように、先程の地面に浮かんでいた超巨大な魔法陣には及ばないが、大型の魔法陣が地面に浮かび上がる。
「折角だから使わせてもらいましょう」
背信者がそう言うとその魔法陣は虹色の燐光を散らしながら光り輝く。
そして、ひときわその光が強まったところで、何者かの影がその魔法陣の上に現れた。
「鬼……?」
雪が魔法陣から現れたソレをみてそう溢した。
見習い達の視線の先に現れたのは、鬼の能面に赤と黒を基調に所々金の差し色が入った甲冑を着た二メートルを超える巨体だ。
その鬼の能面とどこか禍々しい鎧の色合いに加えて、その巨体であるため随分と凶悪な見た目になっている。
その手には幾つもの突起がついた身の丈に迫るほどの黒い金棒を持っており、眼前にいる四人の魔術師見習い達を睨みつけている。
「これはこれは、中々。それなら皆さんを退屈させないでしょう」
背信者は感心したような声を上げるが、一方でその姿を見た魔術師見習い達に強い緊張感が走る。
何より、今回の演習で初めて、戦う前から「死」という文字がチラつき始めた。
「何だよこいつ……」
「これはまずそうだね……」
そんな鬼と魔術師見習い達の様子を見て、響子にも焦りが生まれる。
響子の見立てでは、魔術師見習いと鬼とではその人数差がありながらも、見習い達の方が随分と不利だ。
「いいのですか?」
「ッ……」
しかし、咄嗟に動こうとした響子の足は背信者のその一言で止まることとなった。
「賢明な判断です。あなたの相手は私ですからね。それでもと言うならまぁ……。あの子達を始末してから、お相手して頂くだけですから、かまいませんが」
背信者は何ともないようにそう言うが、背信者が見習い達を始末しようと動いた場合、恐らく響子は全員を守りきれないだろう。
それであれば、魔術師見習い達には随分と荷が重い相手であるが、鬼と戦ってもらった方が勝算はある。
「すぐ助けに行くから、絶対死ぬんじゃないわよ……」
響子の言葉に学生達は神妙な顔で頷いた。
響子がやる事は一つ。
可能な限り背信者を始末して、見習い達の助けに入ることだけだ。
「私としてはもっと楽しみたいのですが」
「うるさい」
そんな背信者の軽口にそうぶっきらぼうに返すと響子は先程とは比較にならない程のスピードで背信者へと詰め寄る。
それを見るなり、背信者は一瞬で魔法陣を構築し、魔術を行使する。
「『朧火』」
響子に向かって、人を丸ごと飲み込める程の大きさの火球が放たれる。
しかし、響子はそれを見てなおそのスピードを緩めなかった。
『朧火』とは幻影を生み出す魔術だ、高い等級の魔術だけあって、幻影の精度は高く、幅も広い。
しかし、所詮生み出されるのは所詮幻影で、そうと分かれば何も恐れることはない。
しかし、響子は突如もう目の前まで迫っていた火球を体に無理を言わせて捻ることで躱した。
あれほどの魔術師が幻影魔法を、わざわざ詠唱で使うのには訳があると思ったからだ。
そして、その響子の読みは当たった。
その火球が響子を掠めて通り過ぎ、その先にあった一本の木にぶつかると、大きな爆発を伴ってその木を消しとばした。
「マルチキャスト……。しかも片方は無詠唱……」
「流石ですね。これでも結構な数の魔術師を仕留めてきた組み合わせですが、やはり普通の魔術師とは格が違う」
背信者は拍手をしながらそう言う。
幻影の火球を生み出したかのように思わせて、無詠唱で火球を生み出し、幻影で覆い隠す。
そんな手間のかかることをする魔術師などほぼいない。
だからこそ響子でさえ引っ掛かりかけのだ。
「……随分と余裕があるようね」
「これはこれは。そちらこそ、まだまだ余裕がある様ですね。もっとその力を私に見せてくださいよ」
「チッ。これだから狂人相手は!」
響子はその煽り文句通り、自分の中でギアをもう一段階上げる。
体に纏っている雷もその勢いを増し、激しいスパーク音が鳴り響く。
「いいですねぇ。いいですねぇ!!」
響子の視界の端では見習い達と鬼との戦いが始まろうとしていた。
彼らは魔術師見習いとは言えども、その中のエリート達だ。四人ということもあって、それなりの時間は耐えてくれるだろうが、それでもそう悠長にはしていられないのも事実だ。
むしろ響子の方が厳しく激しい戦いになることは間違いなかった。
「私ならやれる……」
響子はそう小さく呟いて、焦る気持ちを落ち着かせる。
課題は多く、難題だが、魔術師見習い達と共にここにいる以上、彼らを守ることは響子の義務であり、存在価値だ。
響子は余裕のある様子でステッキを地面に突いて突っ立っている背信者を睨みつける。
頭の中でいくつものプランが浮かんでは消えていく、そして感覚派かつシンプルな戦い方をする響子にしては珍しく、一つの搦手が思い浮かんだ。
技術的にもタイミング的にも難しいが、さされば効果は絶対。
「ほぉ……」
背信者が興味深そうに声を上げる。
今までになかったリアクションだ。
それもそのはず、ギャンブルのような搦手を頭に巡らせ、響子は知らず知らずのうちに挑戦的な笑みを浮かべていたからだ。
先程まで、戦いを避けたがっていた者とは思えない表情だった。
「よし」
響子は自分にスイッチを入れるかのようにそう呟いて、その一歩を踏み出した。




