遭遇1
誤字報告助かっています。
ありがとうございます。
「無理に誉めなくても結構」
響子はツンケンとした態度でそう返す。
無視は悪手で、謙った態度もこの相手には良くないと自信の経験から考えた結果だ。
「ふむ。なんともつれない反応ですね」
「はぁ……」
響子のため息は相手には当然届くはずなく、その人物は大袈裟に肩をすくめてそう言う。
とは言っても、声色は随分と明るく、残念そうにはとても聞こえない。
「……本当に今日は読みが外れる日ね」
響子は頭痛がしそうな頭に手を当ててそう呟いた。
基本的に迷宮結界なんてものを使う者は戦闘を得意としない魔術師が殆どだ。
敵を長い時間足止めし、戦闘を回避するための魔術なのだからそれも当然だ。
それに加えて設置型の魔術でその効果や内容を変えるのには魔法陣の構成や仕組みに深く精通している必要があるため、研究者か後方支援を得意とする魔術師が使うのが普通だ。
となれば迷宮結界を仕掛けた者は非戦闘員の可能性が高く、仮に護衛付きだとしても、護衛を響子が相手して、非戦闘員を見習い達に任せれば良いと響子は考えていたのだ。
しかしながら、その結果はこれだ。
どう見てもマトモじゃなく、高い実力を持っているだろう、危険な魔術師と出会ってしまった訳だ。
「ふむ」
その魔術師が突如響子の後方に視線を向ける。
見習い達が響子に追いついてきたのだ。
これで、更に響子達が不利になった。
それにしても高い実力を持つであろう魔術師を相手にしているのに、魔術師見習いを庇いながら戦うのは相当厳しい。
そんな響子の内心や状況を見習いの段階ですぐに把握できるわけもなく、見習い達は響子のすぐそばまでやってくる。
そして、見習い達は響子の他にもう一人、見知らぬ人物がいることに気が付き、一応武器を構えた。
「風音さんコレは……」
四班を代表して、上條が響子にそう声をかけるも、響子が後ろ手に出した「ストップ」の合図でその口を慌てて閉じた。
響子はそのままスーツの人物からは視線を逸らさずに見習い達へと話しかける。
「いい、絶対にあなた達はアレと話したらダメよ」
その響子の言葉に見習い達は黙って頷く。
何がスイッチか分からない以上、魔術師見習い達が標的になるようなことは絶対に避けなければならなかった。
「これはこれは、皆さんお揃いですね」
そんな響子の警告が伝わるや否や、まるで響子の指示が済むのを待っていたかのように、嬉しそうな声を上げた。
「この距離で、なんでこんなに声がしっかり聞こえる?」
そんな大樹の呟きを背に、響子は見習い達に話させない指示が正解だったと悟る。
遠方と会話する魔術は幾つかあるが、この様子だと見習い達にもその効果は及んでおり、つまりこちらの会話も向こうに届いていると考えた方が自然だった。
「まるで私達を待ってたみたいな口振りね。どこのどちら様?」
響子は自分へ意識を向けさせるために前に少し足を進めながらそう言う。
どのみち既に響子も見習い達もその人物の魔術の射程範囲に入っているのだから細かい距離は関係ない。
ソレならば少しでも自分に意識が向くように仕向けるしか方法はない。
「これはこれは。私としたことが名乗り遅れました。……私は背信者と呼ばれる者です」
背信者と名乗った者はそう言うと、左手を腹部に、そして右手を後ろへ回して仰々しくお辞儀をした。
「背信者……。それは随分と縁起の悪い名前ね」
少なくとも自分から嬉しそうに名乗る名前では無いことは確かだった。
「アハハ。そうですね。的を得ていて、意外と気に入ってはおりますが。そういえば、あなた様は風音響子様だとお見受けしますが……」
立場と知名度上、響子の顔が割れているのは全く不思議ではない。
響子が知らずに向こうが一方的にこちらを知っている事などよくあることだった。
「その通り。私が風音響子よ。確認が必要かしら?顔は売れているつもりだったけど」
その響子の言葉に背信者は大袈裟に手を広げる。
「これはこれは。申し訳ありません。何せ、世間に疎いもので。念のための確認でした」
そういうと、その人物はふむふむと言いながら、顎に手を当て響子達を品定めするかの様に眺める。
「それと、後ろの皆様は……。見たところ魔術師の卵ですか。あなた様が連れていると言うことは、中々に見込みがあるとみえる。外界の経験を積ませるといったところでしょうか」
その言葉に響子は疑問を覚えた。
スパイクが原因でこの事態が起こったはずで、それを仕組んでいる人物が外界演習のことを知らないわけが無いからだ。
背信者と名乗っている者が話している以上、それ自体も欺瞞かも知れないが、仮に事実だった場合、背信者以外にこんな大それたことをやらかした人物がいると言うことになる。
となれば、響子のやることは決まっている。この人物の目的や正体を少しでも探ることだ。
どのみち、時間を可能な限り稼ぐつもりなのだから、そのついでと考えれば悪くは無い。
「それで何が目的なの?私達が邪魔なわけでしょ?」
その言葉にその人物は首を傾げる。
「これはこれは。とんでもない。皆様方が邪魔など思っておりません。むしろ出会に感謝しているほどです」
「いきなり殺す気で魔術をぶっ放しておいて何を言ってるのよ」
「殺す気……?」
その人物は首をかしげ、考え込むかの様に顎元に手を当てる。
「あぁ」
そして、思いついたかのようにぽん手を叩く動作をすると嬉しそうに話し始めた。
「これはこれは。迷宮結界をこんなにも簡単に打ち破る魔術師をあの程度の魔術で殺せるだなんて、そんな失礼なこと思いませんよ」
これだから狂った奴は、と響子は舌打ちをする。
確かに何回やられたとしても響子があの状況で殺されることはほぼないだろう。
「まぁいいわ。少なくとも先に攻撃してきたんだから、その対価くらいあっていいんじゃない?」
「ふむ。それはそうですね。ではあなたの質問に一つだけ答えましょう」
「それじゃあ……」
「ただし、私は『はい』か『いいえ』でしか答えません。謎が多い方が楽しいでしょう?」
「……嘘はつかないんでしょうね」
「勿論です。なんなら呪術を使いましょう。これを使って嘘をつけば私は荊棘によって八つ裂きにされます。『誓約私は嘘をつかない』」
背信者の周りに非常に大きな荊が取り巻くように現れる。
あれで貫かれてはどんな魔術師であろうと、一瞬で絶命することは間違い無いだろう。
しかしながら、こんなことで使うような呪術では無いことは確かで、いかに目の前の背信者とやらが命を軽く見ているのかを響子は理解した。
分かってはいたことだが、殺しへの抵抗は無いと言っても過言ではなさそうだった。
「では、どうぞ」
「今回のこの異変を引き起こしたのはあなた?」
軽く言う背信者に響子はノータイムで質問した。
どの異変か、というように、質問内容を細かく指定しなかったのはあえてだ。
『誓約』という魔術の仕様上、自身が嘘だと思うことがその判断基準になる。
その為、質問者の質問内容はどうでもよく、受け取った側の解釈した内容に対しての「嘘」のみを対象とした魔術なのだ。
響子の一番の目的はこの一連の異変を企み、外界演習という場をターゲットに選んだ者を見つけることだ。
何となく、経験と感覚的な所からだが、響子は背信者とやらがそれに関わっていないと考えていた。
となれば背信者から得られる情報は無いはずで、唯一必要だと言えるのは、彼がこの一連の異変に関わっていないかどうかを確定させることだった。
そこに関わらないのであれば、背信者とやらの正体は二の次だ。
「……いいえ」
ゆっくり放たれたその言葉に荊はピクリとも動かず、宙に溶けて消えていった。
「そう……」
響子の読み通りだった。
得られた情報は無いが、人物が絡んでいなかったことは幸いだった。
そして、背信者とやらに用がなくなったのも事実だ
「悪いわね。疑ったりして」
「いえいえ、この場に居合わせたのですから、そう思われてもおかしくありません」
そんな響子の謝罪に一切怒った様子を見せず、背信者は楽しそうにそう言う。
「それにしてもこんな所であなた様ほどの魔術師にも出会えるとは。私は本当についてる」
「にも……?」
響子の言葉に背信者は肩をすくめる。
「えぇ。先程の戦いには随分と退屈させられました。あぁ、そうだ、一応お見せしましょう」
そう言うと、背信者は魔法陣を構築し、その中に手を突っ込んだ。
そしてそのまま手を引き抜いた。
「ひっ……」
後方から声が漏れるのが聞こえ、響子はその手にぶら下げられたものを見てただため息をついた。
その手が掴んでいた物は黒い毛髪で、その下にぶら下がっているのは当然生首であった。
遠目である為、表情まではしっかり視認できない、というよりしようとも響子思わないが、かなり強引な方法で引き抜かれたのだとわかった。
「まさか魔術師たる私が、相手が弱過ぎてまともな魔術すら使わせてもらえないとは。魔術師の質も落ちたものだと嘆いていた所です」
背信者はそう言うと、その生首をまた魔法陣によってどこかへ収納する。
言うまでもなく、随分と話がまずい流れになっていることを響子は理解しているが、それを回避する有効な手段が今のところなかった。
とりあえず背信者から見えないように、響子は後ろ手に下がるように見習い達に手で指示を出す。
「この辺りは強力な魔獣もいるから、その辺りを相手にすれば魔術も使えるんじゃない?」
響子の指示に従い、ゆっくり後退していく魔術師見習い達を背中に、響子は逆に前に足をすすめる。
見習い達を逃すことが出来れば、背信者とやらと十分戦えると響子は自負している。
「魔獣……。悪くないですが、私の本来の相手とは言えませんが……」
背信者がステッキをトンと地面に一度打ち付ける。
「所で、その後ろの皆様はどこにいくつもりですか?」
急にトーンが低くなった背信者の声に響子はすぐさま魔法陣を構築し、待機状態にさせる。
既定路線。
出会って初めから恐らくこうなるのは決まっていたのだ。相手の目的ははなから響子達と戦うことだ。
「私たちはあなたと戦うつもりは無いんだけど」
「これこれは。そう言えば私としたことが、職業を名乗り忘れておりました」
ハットに手を当て空を仰ぐように、背信者が言う。
「私の職業は……魔術師狩りです」
そう言い終わるなり、背信者がステッキを大きく振るう。
そこから風の刃が飛び出し、後退していた見習い達へと飛来するも響子が剣を一振りするとその魔術を打ち消した。
「これは楽しくなってきました。すぐに死なないでくださいね……」
楽しそうな様子は変わらず、しかし先ほどよりトーンが低く凄味の増した声で背信者はそう言った。




