電光石火 2
雪は自身に掴みかかろうとしていたヒトガタを躱すと、それを剣で斬り捨てた。
ヒトガタ程度が相手なら、どんな魔術師見習いでも出来る事だが以前の雪では到底出来なかった動きだ。
雪はそのまますぐさま体勢を整えると、辺りを見回す。
響子の活躍もあり、今のところは周囲に魔獣も外獣も見えない。
雪は少し乱れていた呼吸のリズムを整えて、フル回転している思考を落ちつかせた。
その足を止める事はないため、体を休める事は出来ず、気も抜けないが、どこかで頭のリセットは必要だった。
「師匠のお陰だ……」
雪は小さく、しかし感情の篭った声色でつぶやいた。
たった一、二カ月程度。されど雪という魔術師にとっては、魔術師としての全てを培った期間と言っても過言ではなかった。
とは言え、師弟制度はまだ始まったばかりだ。そんな短い期間で深い所まで指導するのは到底不可能だ。
そのため修が雪に施したのは、演習で足を引っ張らない最低限かつ応急処置的な内容だった。
もっと言えば、自身の生存を最優先としたサポートとしての立ち回り方と意識だった。
最低限とは言えども、実戦に勝るものは無いという修の考えから、ひたすら外界で特訓する日々となった。
それは魔術師からしても、常識破りでハードな訓練であり、雪も随分と大変な思いをしたし、死に物狂いでそれに取り組んだ。
そんな経緯もあり、修の見通しでは何とか足を引っ張らないレベルまで雪を持ってこれたつもりだったのだが、蓋を開けてみればそれを遥かに上回る成長を雪は遂げていた。
正確には修が求めるレベルが高過ぎただけで、雪はその修の期待に沿った通りの成長を遂げたわけだった。
「あぁもうめんどくせぇな!」
突如聞こえたそんな大樹の声が雪の意識を現実へと引き戻す。
慌ててそちらに目をやると、大樹がサッカーボール大の粘液状の生物を面倒くさそうに蹴散らしていた。
名前をその見た目通り「スライム」というそれは、核を潰さないと死なないという特性を持つが、今は丁寧に核を潰している暇はない。
幸い、この程度の大きさのスライムであれば、倒さなくとも進路上から除けるだけで十分だ。
そのため、四人はそこまでしっかりとスライムを相手にしておらず、響子に至っては無視だった。
「気を引き締めないと……」
雪は呟く。
こんな状況だというのに、少し気を抜いてしまっていた。
勿論、辺りを警戒することにはしていたが、意識の半分を他のことに思考に割いてしまっていた。言い換えれば、余裕も持てていたとも言える。
とは言え、いつ何が起こるか分からない場所が外界である。
そのことを修にも口酸っぱく言われてきたがそのままでいるわけもなく、改めて気を引き締めると周囲の状況を確認する。
「はぁ……はぁ……」
雪の隣には先ほどの怪我もあってか、少し顔色の悪い茜が走っていて、息も少し切れ始めていた。
そして目の前にはハルバートを片手に悠々と走る大樹と槍を持って走る上條の背中がみえる。
その随分前では相変わらずのスピードで飛び回るかのように移動している響子がいた。
今の雪の中での優先順位は茜のフォローだ。
それにしても徒手格闘を行わなければならない茜の接敵回数を極力下げた方が良いのは明白だ。
となると男性陣のサポートまでしている余裕は雪には無い。
となれば雪が取る手段は一つだった。
「上條さん!森本さん!私茜さんのサポートに集中するね」
雪は前方を走る二人へと声を掛ける。
そもそも男性陣の魔術師見習いとしての実力も雪よりは随分と上であるため、迷う必要など全くなかった。
「おうよ。任せた」
「了解!よろしくね」
その雪の期待通り、何の問題もなさそうに、男性陣二人は手を挙げるとそう返す。
二人とも茜の具合が良くなさそうに事には気がついていた。
もとより、その為に前線に出て来た敵を蹴散らしていたのだから、雪の判断に異論はない。
「私は……」
茜がどこか悔しそうな表情を浮かべて口を開くも雪が首を横に振った。
「大丈夫だよ。ここは私たちに任せて。この先で平さんの力を借りることもあるとおもうから」
「すみません。お願いします」
「うん!」
自分の体調が悪い事は自分が一番わかっている。
それにこの場で茜ができる事は多くない。
茜はその言葉に甘える事にした。
「どこから湧いてきやがるんだこいつらは」
そんな二人のやりとりの直後、男性陣のうちの一人である大樹の声が響く。
先程まではそこまで脅威ではなかったスライムがその数を徐々に増やして、今では四人の行先を遮るほどになって来た。
基本的には動きも遅く、攻撃手段もその体に取り込むと言ったもので、そう言った面からは脅威にはなりづらい。
しかし、その体は個体によって特性が違うため、触れることは得策では無く、まるっきり無視することもできなかった。
中には強酸性の体を持つものも居たりするのだから油断はできない。
そのため、長物を持っている二人はまるで掃き掃除をするかのようにスライムを弾き飛ばし、道を開いていた。
「スライムは掃除屋としての役割があるから、多分そういうことだよ……」
上條も風を纏った槍で押し退けるような仕草でスライムを排除しながらそう言う。
つまり、それだけこの先かこの辺りで外獣か魔獣が死んでいると言う事だ。
「平さん足元!」
そんなスライムの山に気を取られていた茜にすり寄って来ていた蔓に雪は気がつき声を上げる。
「危なっ……」
茜は足を捉えようとしていた蔓をなんとか跳んで躱すと、すぐさま雪がその蔓を剣で斬り捨てた。
「葛西さんありがとうございます……」
「うん。早くここを抜けよう」
安堵の表情こそ茜は浮かべているが、やはりその顔色は優れない。
修が治療した事で傷自体はほぼ塞がったようだったが、失った血が戻るわけではないし、体へのダメージもあるはずだ。
それに、精神的なダメージを癒せるわけでもない。
「本当に難しいな……」
茜をサポートするとは言ったが、それでも全ての脅威を排除出来るほどの実力は雪にはない。
だから見るからに体調の悪い茜にも最低限の所はやってもらうしか無い。
もし雪がこの班を率いている立場なら一度休憩を取るという選択をしそうだが、響子がその足を止める様子はない。
響子が茜の様子に気付いていない事は考えづらいため、その必要はないという判断ということだ。
それに本当に茜がまずい状況なら間違いなく修と響子が何らかの対策をとっているはずで、それが無いと言う事は、この程度の負傷や不調は外界では割と良くある事だという証明に違いなかった。
雪は改めて外界探索の厳しさと自分の力不足を痛感し、小さくため息をついた。
「おらぁ!」
そんな雪のため息を吹き飛ばすかのような大きな掛け声共に大樹がまた一体のヒトガタを蹴散らす。
現在のサポート役として四班の要となっているのは雪だが、先陣を切って道を開いているのは上條ではなく大樹だった。
上條も遅れをとっているわけではないが、大樹の方が現状に対する適性があった。
響子に置いていかれないようにするには、敵との交戦を可能な限り避け、交戦するとしても、少ない手数で逸らすか、蹴散らすかしかない。
そう言った手段をとる上では、魔術を主体に武器を操る上條より、強化魔術を使い己の肉体と武器で戦うスタイルの大樹の方が適していたのだ。
「平さん来てるよ!」
「は……いっ!」
雪は茜に声をかけると、そのまま茜の方へ近づく。
そして茜を捉えんと頭上から勢いよく伸びて来ていた緑色のツルを雪が剣で両断する。
とても植物だとは思えない血の様な赤い樹液をぶちまけながらそのツルはスルスルと木々が生い茂っている中へと引っ込んだ。
魔素が濃いためか外界では植物すらも地球のものとは大きく違い、中には意思のある種類さえ存在する。
「スライムの次は植物……か。いったいどうなってるんだか」
足元に伸びて来ていた蔓を槍で斬り払うと上條はボヤいた。
雪達の前方を走っていた上條達も同じようにその蔓の対処をしながらの移動になっている。
それに加えてスライムやらヒトガタや他の生物の襲撃もあり、徐々に増え始めた敵の数のせいでその移動速度は随分と落ちていた。
「長い戦いになりそうだな」
大樹の呟き通りにならないことを祈りながら、上條はまたその槍を振るった。




