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欠陥魔術師見習いの育て方  作者: すいぃ
7/98

雪の問題

追加部分です。

まだ、未読の方は是非お読みください。

 外界から修の家に戻る時は、外界にある修の工房に設置された魔法陣を使って戻ることになった。

 家に着くと、何か用があったのか、修は雪にリビングのチェアに掛けて待つように言って家の奥に消えていった。


「本当にオシャレだなぁ……」


 雪は不躾とは思いながらも、リビングを見回して呟く。

 ベージュやブラウンを基調とした柔らかい色使いの内装は暖かい雰囲気であり、所々にある小物や植物などアクセントを付けた可愛らしい色だ。

 もしこれを修がコーディネートしたのであれば、相当良いセンスの持ち主だと雪は思った。


 修の家は都心部に程近い住宅街にある、レンガ造りの洋風の二階建て戸建てだ。

 豪邸と言うわけではないが、四人家族なら住めそうなほどの広さがあり、交通の便も優れていることから、買った時はそれなりに値が張ったはずだ。

 雪としては自分の家からも近いため、随分とありがたいことでもあった。


「ごめん。待たせちゃったな」


 修は両手にグラスを持って、器用に足と腕で扉を開けながらリビングに入ってきた。


「いえ、全然大丈夫です」


「それは良かった。アイスティーは飲めるよな?シロップはいる?」


「はい、ありがとうございます。ストレートで大丈夫です」


 修はテーブルの上にあるコースターに、それぞれのグラスを置くと椅子に腰掛ける。


「どうぞ頂いて。飲みながら話そう」


「ありがとうございます。頂きます」


 雪がアイスティーに口をつけたのを見て、修はゆっくりと話し始める。


「戦い方を見させてもらってよく分かった。喜んでほしい。予想通り、葛西さんの抱える問題は魔力の制御にあると思う」


「えっと、喜んでいいものなんでしょうか」


 雪は何とも言えない表情のまま修に尋ねる。


「当然だ。特殊な体質とか、病気とか、何百万人に一人の症状とか、不治の病とかでは無いんだぞ。シンプルに魔力の制御が苦手なだけ。ONとOFFの切り替えしか出来ない様なものだな」


「そう聞くと随分酷い状況ですね……」


 雪はその説明に自分の事ながら苦笑いを浮かべる。

 昔のビデオゲームの様に、全力ダッシュと静止しか移動方法がないと言われている様なものだ。


「でも、なぜそうなったんでしょう。昔は魔術を使えていたわけですし」


「これは憶測だが、後からそうなった訳じゃなくて、初めからそうやって魔術を使っていたんだと思う。そのまま魔力の制御を覚えずに今に至った、という感じか」


「魔力の制御なしに、魔術を使いこなせるなんて事があるんですか?」


「あくまでこれは俺の推測だが……。そうだな、一つテストをしよう。葛西さん一等級魔術の『灯火≪ともしび≫』は使えるよな?」


『灯火』は魔術師なら誰でも使える基礎的な魔術で、キャンドルの火程度の灯りを生み出す魔術だ。


「は、はい。それなら何とか」


 雪はおずおずと頷く。


「あれなら危険は無いだろうし、少し使ってみてもらえるか?」


「は、はい」


 そう言うと雪は緊張した面持ちで深く息をすると、右手のひらを上に向けて、魔法陣の構築を始める。

 雪の手のひらの上に橙色の線がゆっくりと描かれてゆき、数秒かけてそれは一つの魔法陣になった。


「ちょ、ちょっと待……」


 そして、雪が魔術を行使しようとしたタイミングで修が異変に気がつき雪に待ったを掛けようとしたが、すでに手遅れだった。


「『灯火』!……きゃっ!?」


「うおっ!?」


 雪が魔術名を詠唱し魔術を行使すると、眩い閃光が部屋の中を走った。

 あまりの強い光に修と雪は目が眩む。


 そして、目の眩みが落ち着いた所で雪は申し訳なさそうに修に謝罪した。


「す、すみませんでした……」


「ま、まぁ、そんなに気にしなくていいよ。ここまで高威力な灯火は初めてみたけど」


 雪は恥ずかしいやら情け無いやらで、極限まで体を縮こまらせていた。


「それにしても、驚いた。まさかここまでドンピシャとはな……。とりあえず予想通りだ。葛西さんの構築した魔法陣は()()だ」


「完……璧?でも、現に魔術は……」


「葛西さん、逆だよ。魔法陣が完璧だからこそ、魔術がある程度行使出来てるんだ。何にせよ、これでハッキリしたな。葛西さんが魔術を使えていたのは、魔法陣が完璧で、たまたまその頃の葛西さんの魔力量が適正だったからだ。その頃なら新しい魔術も習ってすぐに使えたんじゃ無いか?」


「は、はい。その日の内には使える様になっていました」


 その修の質問が当たっていたことに驚きながら雪はそう答えた。


「なるほどな。流石にこれは特殊例すぎる。天才少女が魔術を使えなくなった理由が、魔力の制御が致命的に下手くそなだけなんて誰が思うもんか」


 どんなことをするにしても、何事も初めが肝心だ。

 一般的にはどんな優秀な魔術師であっても、魔力を扱うことに関しては一番最初に学ぶ。と言うよりは、学ばざるを得ない。

 何故なら、その時期に持っている魔力なんてものはたかが知れていて、未熟な魔法陣の構築と速度を補える程の量はないからだ。それに、魔力は自分で持っているものだから感覚も掴みやすいという理由もある。

 何にせよ、雪は条件とタイミングが極めて悪いタイミングでマッチした結果、今の問題を抱えることとなったということだ。


「この流れだと、葛西さんの魔力量も本来はもっと多い筈だ。学生の魔力量を測る安い計測器なんかじゃ、正確な数値は出ない筈だ。しかも、低等級の魔術は魔法に近いから無理が効く……。酷い噛み合いだな」


「あ、あの……結局どう言うことですか?」


「あぁ、すまん。少し説明すると、例え自身の保有魔力であっても、量が多ければ多いほど、その扱いが難しく、感覚も掴みづらい。葛西さんは膨大な魔力による弊害を魔法陣の構築という天賦の才能でカバー出来ていたんだ。ただ、成長につれて魔力量が増えることで、それをカバーしきれなくなった。そして、その頃には既に全力でしか魔力を使えないという悪い癖が染み付いてしまっていた。それが問題の一連の流れと原因だよ」


「そんな話……」


 あり得るんですか、と雪は口に出そうとして、しかし首を横に振った。


 雪の症状は、誰に聞いてもどんな名医や学者であっても改善する事ができなかった。

 体質、精神面、様々な面から問題を探ったが、結局のところ原因不明という結果しか出なかった。


 修の説明は理屈が通っていて、天才少女であった雪が落ちこぼれになるまでの話とも合致する。

 しかし、誰も見たことも聞いたこともない症状である以上、修の説が本当に正しいかどうかを証明する術はない。


 だが、雪は信じてみることにした。

 もとより、徒弟制度、言わば修が最後の希望だ。ここに賭けなくてどこに賭けるんだという話だ。

 雪は覚悟を決めた表情で修にそう尋ねる。


「では、師匠。私の問題はどうやって改善すればいいんでしょう」


「んー。特効薬ってのは無いからなぁ。努力としか……」


 一気にトーンダウンした修に雪は呆気に取られる。


「普通の魔術師見習いが最初に学ぶのは魔力の扱い方なのは、最初に悪い癖を付けてしまうと、矯正するのがかなり大変だからって理由もあるんだ。葛西さんの場合は下手すると全部をリセットしないといけないかも知れないし」


 雪は少し引き攣った表情で修にそう尋ねる。


「ということは……全部やり直しってことですか?」


 恐る恐る聞いた雪に修はうなずく。


「葛西さんはその魔力量の多さと今までの感覚をもっているから、まるでシャボン玉を割らずに掴むような力加減を今から身に付けないといけない」


「途方もない話ですね……」


 雪は不安そうな表情を浮かべる。

 果たして徒弟制度の二年間という期間の間にそれを身に付けられるのかも怪しいところだ。

 どう考えても雪には時間が足りない。


「まぁ、そんなに悲観する事はない。そのためのこの指輪だ。ついでに言えば、強化魔術も同様だからその部分も改善できるはずだ」


 身体能力を強化することは魔術師には必須の技術の一つだが、こちらに関しても魔力の制御が甘いとうまく活用できない。

 制御が悪ければ悪いほど、強化のムラが出るし、自身の感覚と合わない強化の仕方をしてしまうと体がうまく動かせなくなる。


「とりあえず、全力じゃなくて小さく魔力を使う感覚を身に付けるということですね」


「そういうことだ。まぁ、とりあえず、指輪を付けてみてくれ。指に通して魔力を込めればサイズも調節してくれる。……一応、なるべく魔力は入れすぎないように一瞬だけな」


 雪は頷くと、右手の中指にそっと指輪を嵌める。

 そして、雪が魔力を一瞬通わせると指輪の赤いラインが光りだす。そして、ぶかぶかだった指輪が徐々に小さくなり、やがてその細い指にぴったりのサイズになった。


「よし、少し調整するぞ」


 そういうと修は雪の指にはまった指輪の表面をなぞる。

 そうすると、指輪の表面上にいくつかの魔法陣が現れ、修はそれをてきぱきと弄る。

 そして、修がまた同じように指輪をなぞると魔法陣は消えていった。


「これで、設定完了だ。今この瞬間からその指輪は効力を発揮している」


 雪は自分の指にはまった指輪をまじまじと見つめる。

 見た目だけではとても高価な指輪には見えない。


「今の所でなにかおかしいところはないか?少しの違和感でもあったら調整する必要があるから、遠慮無く言ってくれ」


 その質問に雪は手の感覚を確かめるように開いたり閉じたりする。


「いえ。サイズもちょうどですし、違和感もありません」


 修のこの質問の意図は雪がしっかりと自分の魔力を感じているかという意図でしたものだった。

 この指輪は魔法陣を維持する為に装着者から少量ではあるが魔力を吸っている。

 一般的な魔術師見習いなら吸われていることは気が付かないにせよ、多少なりとも違和感は感じるはずだった。

 しかし、雪は少しもそれを感じていない様子だ。つまり、それほどに雪は魔力に対する感覚というのが薄いということを修は再確認した。


「ならよかった。それじゃあ、テストだ。『灯火』を使ってくれ。全力でやっていいぞ」


「はい。では…………あれ?」


 雪は首をひねる。

 魔術の行使どころか、魔法陣すら構築できないのだ。

 今までは魔法陣の構築までは間違いなくできていた。


「うん。うまく動いてるな。実は今日葛西さんに出す宿題は魔法陣を一部分でも構築できる様になることだ」


 その言葉に雪は深く頷く。


 宿題とは言えども、たかだか一週間でできる様になるとは修はかけらも思っていない。

 だが、目標は高い方がいい。

 がんばるぞ、と意気込む雪を見ながら修は、今後の育成プランを考えるのであった。

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