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欠陥魔術師見習いの育て方  作者: すいぃ
旧版
69/112

修と雫1

「それじゃあ、天野さん。簡単な作戦会議といこう」


 修は視線を下げてそう言うと、雫が小さく頷いた。

 響子や修の弟子である雪と比べると随分と小柄で幼く見えるが、その見た目に反して、彼女の実力が魔術師見習いの枠に収まらない事はすでに修も知っている。

 それに、魔術師界隈では見た目ほど当てにならないものはない。


「俺もじっくりと姿を見たわけじゃないが、これから相手にするのはかなりの巨体と力のある相手だ。だから向こうの攻撃は掠っただけでも大怪我をする可能性がある」


「距離をとって戦う?」


「天野さんはそうだな。それと、基本的には自分の面倒だけを見てくれれば大丈夫だ。ヘイトだけ買わない様にしてくれ」


「了解しました」


 雫は一つ頷いてそう答える。

 いくら天才だと呼ばれているとしても、あくまでそれは魔術師見習いとしてである。

 ルーキーを除けば、基本的には見習いとプロの間には大きな差があるのだ。

 将来性は大いにあると言えるが、相手の実力を正確に判断できていない現時点で、彼女をこの戦いの主戦力として用いるのはリスクが高すぎた。


「砂塵が晴れるぞ……」


 その修の言葉通り砂塵がうっすらと消えていく。

 そこについにその姿を現したのは、修の言った通りの巨体を持った相手だった。

 実際に見てみると、遠目で砂塵の影から見えていた姿よりも一回り程大きく見える。

 ソレは一見すると、流線的なフォルムの黒い鎧を装着した騎士のような姿で、右手には無骨な大剣を握っている。

 騎士の様な姿とは言っても、そのサイズが普通の人間を遥かに超える大きさであるため、そこから繰り出される攻撃は生優しいものではないことは明確だ。


 ただ、唯一修達に有利に働きそうだったのは、ソレの体の所々に浅くないであろう傷が窺えたことだ。

 その傷口は痛々しくも生々しく、その部分は青緑色の血が流れていた跡があった。そんな傷がありながらも、ソレを生物と呼べるかどうかと聞かれると、修は断言できなかっただろう。

 何故なら、その傷口から剥き出しになっていたのは、生物ではあり得ない配線や配管など、金属質なパーツだったからだ。

 だからこそ修には一つの疑問が浮かんでいた。


「本当にアレは調停者なのか?」


「調停者?」


 少し首を傾げる雫に何でもないと首を横に振ると、修は少しの間思案する。

 一度だけとは言え修が戦ったものは、もっと理性的で、圧倒的で、神秘的であった。少なくとも機械的な部分は全く見られず、そして修と会話する程の知能があったのだ。

 一方で目の前の調停者もどきにはその様な知能は窺えず、そして体も機械的な部分が見え隠れしている。

 確かにそれなりの力はあるのだろうが、結局「()()()()」でしかない。


 そして、調停者もどきが砂塵の中に長く囚われていた要因の一つに黒いヒトガタの攻撃があることは目の前の光景からも明らかだ。

 巨大であるためか、その傷が影響しているのか、その動きさに機敏さは見えない。現在も多数のヒトガタにまとわり付かれていて、それを処理するのに手間取っていた。


 アレが本当に調停者と同じ存在なら、少なくともあの程度の魔術に長い間捕まり、ましてや数が多いとは言えヒトガタ程度に手間取るはずが無い。


「まぁ、どちらにせよやる事は変わらないか」


 油断はできないが過度な警戒は必要ないと修は結論付けた。

 そして修は修を横目で見上げていた雫へと話しかける。


「俺たちがやることは二つ。響子達がこれが起こっている原因だと見られる魔法陣をどうにかするまであれを釘付けにしておくこと。もう一つは……」


「死なないこと。響子さんが口癖の様に言ってました」


 雫の言葉に修は苦笑を浮かべる。

 結局の所、どれだけ修と響子が仲違いしていようとも魔術師としてのルーツが同じで、今も同じ仕事をしているのだから、どうやっても切っても切れない繋がりというモノが顔を見せるのだ。

 それが良い方向に転ぶのか転ばないのか今の段階では分からないから、喜んでいいのやら良くないのやら微妙な心境だった。


 そんな修と響子の微妙な関係性は別として、死ななければどうとでもなるという事の重要性を実感してくれているなら、修としても一安心だった。

 これから修が出す指示通りにしっかり動いてくれるはずだからだ。


「そこまで分かっているなら簡単だな。作戦はシンプルだ。俺が可能な限りアイツの目を惹きつける。さっき言った通り、天野さんは遠距離からの俺のカバー、アイツへの牽制だ。前に出過ぎるなよ」


「了解です」


 雫は淡々と答える。その声にはそれほど感情は乗っていないように修には聞こえた。

 あんな化け物を前にして平常心でいられるとは、流石天才だなと修は関心しながら雫へと目をやる。


「ま、そうだよな」


 隣で立っている雫の姿を手に入れた瞬間、修は雫にも聞こえないくらいの小さな声でそう呟いた。


 修から見ても雫の顔には感情の起伏は見えない。殆ど真顔に近い表情だ。

 だが、その身の丈に迫るほど長い杖を握る手がわずかに震えていたのを修は見逃さなかった。無論、武者震いなどではないことは明白だ。


 普通の魔術師見習いであれば、恐怖を押し殺して敵と相対することすら難儀するだろう。当然そんな状態でマトモに戦えるかと言うと、否だ。戦えないどころか、恐怖に負けて恐慌状態に陥って暴走する可能性すらある。


 ところが、雫はその怯えを感じていても、それを気力で押しとどめている。その精神力の強さはプロの魔術師に引けを取らないと言えた。


 修は雫を安心させるように、その頭の上に優しく手を乗せる。

 雫はその表情に感情は出さないまま修を見上げた。


「大丈夫だ。こう見えても俺は響子の兄弟子だったからな。天野さんのことを守るくらいなら出来るさ」


「ん。お願いします」


 一瞬だけ雫がその表情に笑みを浮かべた。

 修はそのまま片手を軽く上げると、前に歩き出す。

 その目線の先では例の調停者もどきがヒトガタの処理を終わらせつつあった。


「それじゃあ、そちらは頼むぞ」


「任されました」


 そのやりとりから間も無くヒトガタの処理を終えたソレの赤い目が修を捉える。

 そしてその赤い目が間髪入れず点滅するかの様に輝きを強めた。


「来るぞ!」


 修は自身の後方にいる雫に向けて叫ぶと、すぐさま自身も回避行動を取った。

 そして、赤い目の輝きが最高潮に達した瞬間、高周波音のような甲高い音と共にぶ厚い光線が発射された。

 それは高速で修に向かって伸び、修がその場から退避するとほぼ同時に、その地面に大きな穴を開ける。


「あっぶな……。調停者かどうかは置いといて、油断はしてられないな……」


 不意打ちであったにせよ、響子が全力で防御魔術を使っていながらもかなりの距離を吹き飛ばされたほどだ。何故質量があるかは不明だが、その威力の程はよく理解している。


「詰めるか」


 修はまだ次の動作に移れていない調停者もどきに向かって、無手で駆け出す。少なくとも近寄ればあの光線を出させないようには出来るはずだからだ。

 それに、足止めが現在の目的ではあるが、倒してしまうのがベストな結果には間違いない。となれば、このチャンスを逃す手はない。


 修は圧倒的な速さで調停者もどきの目の前まで詰め寄ると、一瞬でその手に漆黒の片刃の大斧を召喚する。

 そして、そのまま大斧を両手で大きく横に引くと、回転切りの要領で調停者もどきの膝辺りへと大斧を振るう。

 しかし、それはミシッという音と共に調停者もどきに当たる前に半透明な何かによって防がれた。


「やっぱり、魔術障壁があるのかよッ」


 そしてその間にも調停者もどきは大剣を持っていない左手の拳を修に向けて振り下ろす。


「当たるかよ!」


 修はそれを完璧読んでおり、その拳が振り下ろされる前に後方へと飛び退くと、その攻撃を躱す。

 地面に突き刺さった拳は地響きを伴って地面にクレーターを作るが、修は意も介さずにそのままその振り下ろされた右手を踏み台にして調停者もどきの体を駆け上ると顔付近まで一気に飛び上がった。


 調停者もどきの兜はフルフェイスではあるが、その中央部分のみ丸い穴が空いており、そこからは先程から光線を発射している赤い光が漏れている。

 修の狙いは当然そこで、修は飛び上がった勢いのまま、空中でその赤い光へと掌を向ける。


「『豪雷(ごうらい)』」


 その詠唱の直後、一本の太い(いかずち)が修から放たれ、腹の底まで響く様な轟音共に辺りがその強い光で白く染まる。

 普通の生き物であれば間違いなく消し炭になっているであろう一撃だ。


「眩しい……」


 あまりの眩しさに後方の離れた位置にいた雫までもが、腕を目元まで持っていき、目を光から覆い隠す。

 そして、視界の隅の光も収まり雫が腕を下ろすと、そこにはそのまま戦いを続けている一人と一体の姿が映った。


「すごい……」


 あれだけの魔術が放たれたと言うのに、まるでダメージが入った様に見えない調停者もどきは右手の大剣を振り上げようとしている。

 その大剣が振り下ろされるであろう先には地面に着地していた修も自身の前方に魔法陣を展開していた。


「『雷刃(らいじん)』」


 そして調停者もどきが剣を振り下ろすと同時に修の魔術が行使される。

 後方にいる雫にで届きそうな風圧を纏いながら振り下ろされる大剣に対して、修が放ったのは雷の刃だ。

 大剣と雷の刃は寸分のズレなくぶつかり合うと、光を散らし、ばちばちという音を響かせながら鍔迫り合う。そして、数秒程鍔迫り合うと、雷の刃は散らすように光の粒となって散り、大剣はその反動なのか、調停者もどき共々後方へと押しやられた。


「無傷……」


 雫が驚いた様に目を見開きポツリとそう溢した。

 それは果たしてどちらに向けた言葉なのか、修もその黒い鎧も先程のやり取りで負った傷はなかった。

 どちらの攻撃にせよ、魔術見習いであれば一瞬で消し飛ばされていてもおかしくないほどの威力だ。

 魔術師見習いの雫からすると別次元と言わざるを得ない戦いであった。


 そんな雫の少し前方に修が着地すると、ため息をついて体制を立て直しつつある調停者もどきを睨む。


「どんな分厚い魔術障壁背負ってんだこいつは……」


 修が放った二つの魔術はどちらも五等級の魔術だ。

 一から七まである魔術の等級を考えると五等級の魔術は高位の魔術に分類される。

 それを食らって尚まるでダメージが入っていないと言うことは、あの大剣や鎧のどちらも、外界産の希少な素材か六等級の中でも高位な魔術が使われていると言うことになる。


「『穿刃(せんじん)』」


 修がまたしても剣を振り上げようとしていた調停者もどきに向かって魔術を行使する。

 微かに緑を纏った豪風がその黒い体へと打ち出される。

 豪風は一瞬で調停者もどきへと到達し、その体を僅かに突き飛ばし、体勢を崩す。

 しかし、本来であればその胴体に大穴を開ける威力がある修の魔術は魔術障壁によって体にあたる前に打ち消されていた。


「物理的な障壁もあって、五等級でも二回は防げると……」


 敵の実力を把握するために先程の魔術を使ったが、悪い意味で予想通りの答えに修は乾いた笑いを浮かべながらそう溢す。

 眼前にいる調停者もどきはその態勢を大きく崩している。

 その巨体は見た目通り、それほど機敏な動きはできないようで、すぐには攻撃に転じてこなさそうだった。


 調停者もどきの様子とソレに攻撃をする気配の見えない修の姿を見てか、後方にいた雫が修の隣まで歩み寄る。


「どうします?」


「とりあえずじわじわ削るか。もとより時間稼ぎが目的なんだし」


 眼前には後方にかなり押し戻されたため、膝をついている調停者もどきがいるが、修はその様子を見ながらそう雫に返す。


「私も戦え……ます」


 その雫の提案に修は思案する。

 恐らく雫が使うのであろう魔術は五等級以上のはずだ。と言うよりも、そうでなければ意味がない。

 当然ながら等級の高い魔術は負担が大きい。慣れていなければ使用魔力のみならず、精神的にも負担が大きく、頭痛などの症状が出ることもある。

 既に修の五等級魔術は二回防がれている。となるとその行動は雫に負担だけをかけて効果がない可能性も十分ある。


 しかし、修は今までの経験からよく知っていた。どんなことにも絶対はなく、そもそもが神秘を扱う魔術師であれば尚更だと。

 だから修は一つの質問を雫に投げかけた。


「自信はあるか?」


「あります」


 即答であった。

 となれば修の選択肢は一つだった。

 何より、修自身もその選択肢を割と好んでいる節もあったためか、口元に笑みが浮かんでいる。


「ソレじゃあ。任せた」


「ん。任されました」


 雫は小さく頷くと、一歩前に出て魔法陣を構築し始めた。

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