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欠陥魔術師見習いの育て方  作者: すいぃ
旧版
67/112

外界演習10

「はやっ……」


 思わず大樹がそう溢してしまうほどに修の動きは速かった。それこそ、先程の響子に匹敵する程の速さだった。


 修はいつの間にか盾ではなく翡翠色の片手剣を握っており、瞬きする間に熊のような体を持った大型のキメラに詰め寄っていた。

 そして、キメラが修に気がつくよりも前に、修はグッと一歩踏み込むと、すれ違うようにしてキメラの後方まで進んでいた。

 そして、一拍おいてキメラのその胴体と不釣り合いな小さな頭がずり落ちた。


「そんな馬鹿な……」


 大樹があんぐりと口を開ける。

 茜に至っては口をパクパクとしていた。


「まだ生きてる!?」


 雪の驚きの声で四班の全員がそのキメラへと視線を戻した。


 どうやら首を落としただけではキメラは死なないようだった。

 キメラは首を落とされたことで、少し体勢を崩していたものの、すぐに体勢を立て直すと背中を向けている修へと鋭く尖った爪が生えた腕を振るった。


「あ、危な……」


 思わず茜から漏れるが、その心配は杞憂に終わった。

 振り下ろされた手が修に届く寸前、修は背中を向けたままその手の下をくぐり抜けるよう体を屈めると、流れるようにキメラの後方に回った。


「へ?」


 思わず茜から声が漏れるも、まだ修の動きは止まらない。

 キメラの後方に回った修から何らかの魔法陣が浮かび上がったかと思うと、キメラの体の中心に赤い線が浮かび上がり、ズレ落ちるようにその体が縦から真っ二つになった。


「すごい……」


「これがプロの魔術師……」


 思わず雫と上條から言葉が漏れる。

 修はキメラの攻撃を躱して、魔術を使って攻撃という至ってシンプルなことしかしていない。しかし、その一つ一つのレベルが高すぎた。


 同じ事を彼ら四班のメンバーがやれと言われれば間違いなく出来る。しかし、あれと同じスピード、精度でやれるかと言われれば現状の実力では不可能だった。それ程までに師匠達と学生達の間には実力差があった。


 そんな驚く学生達の様子を見て響子が軽くため息を吐く。

 修は国の中でも実力者に入る魔術師だ。その動きを学生達が真似出来るわけがなく、ある意味過剰な演出と言えるものだったからだ。


「あれはパフォーマンスみたいなものだから、真似しようとしなくていいわよ」


 プロの魔術師が傍目に見れば、無駄にリスクを負ってまで学生達に良いところを見せようとしただけの過剰なパーフォマンスにしか思えない行動だ。

 もちろん、修との付き合いが一応長い響子は、先ほどの一連の動作にそんな意図がないことを理解している。間違いなくキメラの性質を学生達にも目に見て理解してもらおうという狙いだ。

 修は昔から物事を教えるときに限っては、何事も大袈裟にやる傾向があり、しかもそれが下の子たちから見ると嫌らしさがなく、難なくやっているように思わせる技術を持っていた。

 それが()()()()()もっぱら下の子には慕われていたが、響子にとっては苦い思い出である。

 少なくとも弟子達には何をしてでも自分がそうだったとは知られたくなかった。


 とは言え、今はそんな事に意識を割いている場合ではない。響子は簡潔に先ほどの補足説明を学生達にして、学生達を連れてサッサとこの場を切り抜けなければならなかった。


「あんな感じでキメラは体内の本体を潰さない限り死なないわ。修は探知系の魔術を常時使っているからあの攻撃も反応できたし、周りの様子も把握できているわ。それをするのはまだ難しいでしょうから、あなた達は必ずチームで戦いなさい」


「「はい!!」」


 学生達からしっかりとした返事が返ってき、響子はそれに満足したように一つ頷いた。

 そして響子は、一番乗りで戦っている修の方へ向き直る。


「キメラは結構しつこいから、ある程度は頭数を減らさないと行けないから覚悟しておいてね。それじゃあ……行くわよ」


 そういうと、響子は前線を張っている修の元へと駆け出した。

 それを見送ると、四班のメンバーもそれぞれの武器の感触を確かめるように握り直し、戦う覚悟を決める。


「皆んな、僕たちもいくよ」


「了解!」

「うん」

「おう!」

「了解です!」


 上條の声に全員が声を返すと、五人も戦場へと身を投じた。




「『鎌鼬(かまいたち)』」


 学生達の攻撃は上條の魔術から始まった。

 不可視の風の刃が師匠陣に気を取られているキメラの一匹に放たれる。大型犬より一回り大きい灰色の毛並みの四足歩行の体に大蛇の頭が生えたキメラだ。

 その刃狙い通りにキメラの肌に無数の裂傷を与えるも、キメラは特に痛がるそぶりも見せず、上條の方へと振り向く。

 キメラは上條を視界に収めると、威嚇するようにその大口を開きシャーというような蛇の鳴き声をあげると上條に向かって突進を始めた。


「『土喰(つちばみ)』」


 当然そんな予想通りの行動に今更彼らが慌てることはなかった。

 予め魔法陣を構築していた大樹が魔樹を行使すると、キメラの足が突如地面にできたぬかるみにハマり、その勢いは完全に殺された。


「『氷柱』」



 そして、その隙を狙って雫の魔術が放たれた。

 足を取られているキメラの足元から一本の氷柱が突き出し、キメラの体を貫かんとする。

 それだけでは、キメラの特性上殺せない可能性は高いものの、動きを止めるには十分な攻撃だった。


「止まった……?」



 しかし、雫の魔術は狙い通りにはいかなかった。

 本来なら体を貫く長さまで伸び切るはずのその氷柱は、キメラの腹に少し刺さる程度で止まり、やがて消えてしまった。

 その現象に、雫は一つ心当たりがあった。


「アンチマジック……」


 外界には反魔術、反魔力の能力を持つ生物がいたり、その術を使う生物がいたりする。

 魔術で生み出したものは結局のところ魔力や魔素の要素が多い物質になる為、アンチマジックの影響を多大に受けるのだ。


「魔獣がアンチマジック……?森本さんの魔術は効いてたのに」


「魔術がダメなら、普通に切ればいい話だよな?」


 茜の困惑の言葉に大樹がいかにもシンプルな答えを出し、沼から抜け出したキメラへと詰め寄る。


「オラァァ!」


 大樹なハルバートを横手に持ち、一度引いた後、回転切りの要領でキメラへと切り掛かる。

 キメラはそれを後ろにステップすると避けて、逆に無防備な大樹に噛み付かんとその首を伸ばす。


「『結界』!!」


 その攻撃は、雪の魔術によって阻まれる。

 キメラは突如現れた透明な壁に顔を強く打ち付けて、よろける様に後退する。


「上條さん!」


「分かってるよ!」


 雪は結界を解除すると、上條に呼びかける。

 上條はその声に応えると、手に持ったその槍を無防備なキメラの大口へと突き出した。

 槍は何の抵抗もなくその口元から胴体を貫き、その柄の半分くらいを飲み込んで止まった。


「上條さん後ろ!」


 雫のその警告の声に、上條は慌てて後ろを振り向く。

 そのすぐ後ろには、その巨躯に反して耳を澄ませても聞こえないほどの小さな足音で近付いてきていたゴリラの様な黒い肌のキメラがいた。


「やばっ……」


 そのキメラは素早い動きで上條までの距離を詰めると、その大きな腕を上條へと伸ばしたが、上條はまだ反応しきれてなかった。


「『射突(しゃとつ)』」


 そんな小さな声と共に突然そのキメラの胸部が弾け飛び、大きな穴が開く。

 そして、そのままキメラは上條を掴むことなく地面に倒れ伏した。


「助かった!平さん」


「間に合って……よかった」



 茜は大きな息を吐いて安堵の表情を浮かべるが、キメラ達は五人に休む隙を与えなかった。


「次来るぞ!」


 大樹の声で、五人は再度同じ場所に集まって体制を整えた。

 小動物くらいの白いうさぎのような小型のキメラが数匹纏まって、五人へと向かってきていた。


「アレは私がやる。皆は他のを」


 雫はそういうと杖を構え一歩前に出る。


 四人は顔を見合わせるが、雫の実力のほどを一番知っている雪が、声を上げた。


「雫に任せよう。あの子なら大丈夫だから」


「そうだね。天野さん任せたよ」


「ん。大丈夫」


 小型のキメラ五匹程度であれば雫ならば問題ないだろうと信じて、四人は雫に背を向ける。

 辺りはヒトガタの数もいつの間にか増えて、気が付けばかなりの混戦模様になっていた。

 師匠二人組がキメラの半分は潰しているが、それ以上にヒトガタが集まってきていた。


「こっちも……新しいのがくるぞ!」


 大樹がこちらへと詰め寄ってきていたヒトガタを薙ぎ払いながら声を上げる。

 師匠達が随分とヘイトを買っているとはいえ、雪達の周りにも随分とヒトガタが集まり始めていた。


「コレは嫌な予感がする……ね!」


 上條はヒトガタの一体を薙ぎ払いで消滅させると、額を流れる汗を拭った。


 そんな上條の一撃を横目に、雪も別のヒトガタと接敵していた。

 雪は大きく振るわれた別のヒトガタの手を切り飛ばすと、そのまま流れるように剣を動かし、隣から雪に攻撃しようとしていたヒトガタの首を刎ねる。

 そのまま霞となって消え去るヒトガタに目もくれず、まだ次の動作に移れていなかった片手のないヒトガタを斬り捨てた。

 修との訓練の成果がしっかりと出ていたが、今はそんなことに気を配る余裕はなかった。まだ、何らかの気配がしていたのだ。


 雪はそんな自分の感覚だけを頼りに体を一歩引く。

 その瞬間先程まで自分がいた場所を黒紫色をした触手が勢いよく通り過ぎた。

 触手が飛んできた方から離れるように飛び退くと、そこには大樹と上條がいて、雪を攻撃してきたキメラを見ていた。


「流石にそれは趣味が悪いぜ……」


「あれは、無いね」


 その大樹と上條のテンションの低い声に、雪もキメラへと視線を向けるも、それを見た途端に顔を顰めた。


 そこにいたのはどう組み込んだのか、オオクチの胴体の上側にボロ衣を着た男性の上半身が生えているキメラだった。

 流石に人間が生きているわけでは無いようではあったが、服を除けば、まるで先程まで生きていたかのような姿に、三人は強い嫌悪感を感じていた。


「雪大丈夫?」


「雫……。よかった無事で。私は大丈夫だよ」


 宣言通り、先ほどのキメラを片付けてきた雫が合流し、目立った怪我もなく五人は再度集結することができた。

 師匠達はかなり増えてきたヒトガタを蹴散らしながらも、キメラの数を順調に減らしていて、決着はそろそろ近いだろうことが窺えた。

 となると、雪達がすべきは目の前の敵を可能な限り倒すことだ。


 先程雪を襲ったキメラは雪を再度襲うことなく、しかし、逃げる訳でもなく上体をユラユラと揺らし、触手をうねらせながら四班の様子を伺っている。


「あれほっといていいと思うか……」


 時折寄ってくるヒトガタを蹴散らしながら大樹は問いかける。


「来ないなら別にほっといてもいい気はしますけど……」


 茜はおずおずとそう言うも、何となく嫌な気配があるのは確かだった。


「私は倒した方がいいとおもう。嫌な気がする」


 そんな茜と対象的に雫はハッキリとそういった。


「私も雫に賛成かな。師匠ばかりに任せるのもアレだし」


「僕も倒した方がいいと思う……って魔術!?」


 そのキメラは突如手を突き出したかと思うと、その先から魔法陣が現れた。


「皆んな散らばって!!」


 その上條の声で全員が一斉にその場所を退避する。

 そして、その場所で数回の爆発が唐突に起こった。


「『火花』……?キメラが魔術?」


 雪は唖然とした様子でそう呟いた。

 そんな雪の手がチョンチョンと引かれ、そちらを見ると雫が少し険しい表情で立っていた。


「雪、私達も準備。次を使われる前に倒したい」


 そんな視線の先には上半身を揺らし、触手をうねらせているキメラがいる。今の所魔術を放つ気配は見えない。


「優馬行くぞ!」


「うん」


 また魔術を使われては厄介だ。隙を見逃す訳がない。それに、モタモタしててはまた混戦になってしまう。

 上條と大樹はサッと体勢を整えると、武器を片手にキメラへと詰め寄った。


 そんな二人に無数の触手が突き出される。しかし、それに当たるような二人ではない。

 触手の隙間をくぐるように走り、時には切り落とし、キメラへと詰め寄っていく。


「大樹触手は任せた!」


「おうよ!」


 大樹が上條より数歩前を走り自分に向かってきた触手を引きつける。

 そして、その間に上條が大樹の影から飛び出した。


「くらえ!!」


 上條が突き出した槍は寸分違いなくオオクチの体の目に向かって突き出された。

 しかし、その瞬間、キメラの上体が突如として両手を突き出した。

 そして、そこから魔法陣が現れたかと思うと土でできた槍が無防備な上條に向かって飛んできていた。


「危ない!」


 しかし、間一髪で二人をフォローしようと詰め寄っていた茜が上條を押し倒す。


「オラァァ!!」


 倒れ込んだ二人を横目に大樹は二人をカバーするかのように、ハルバートをキメラへと振りかぶった。


「んな!?」


 しかし、そのハルバートはキメラの前で半透明な何かによって止まってしまう。

 間違いなく防御魔術であった。


 大樹はこのまま押し合ってもキリがないと体を翻すとキメラから少し距離をとって左手を突き出し拳を握る。

 そして、その拳の先には魔法陣が徐々に描かれていく。そして、数秒かかって魔法陣が出来上がると、大樹は魔術を行使した。


「『土流袞(どりゅうこん)』!!!」


 少し粘土質な縦横二メートル程はある土石流が魔法陣から現れて、そのままキメラを飲み込んだ。


「平さん、優馬大丈夫か!?」


 不慣れな魔術に多くの魔力を持っていかれ、大樹は軽い頭痛を覚えながらも、倒れ込んでいるはずの二人に視線を向ける。


「嘘だろ……」


 その視線の先に映ったのは、血が溢れている腹部を押さえている茜とその側で膝をついて治癒魔術を使っている上條の姿だった。

 その地で濡れた服を見るに結構な傷であることがわかった。


「平さんごめん……。僕が使えるのはこの程度だ」


「大丈夫です。血が止まればなんとか……ッ」


 立ちあがろうとした、茜は痛みに顔を顰めて膝をつく。


「おい、大丈……」


「『結界』」


 大樹が慌てて二人の元へ行こうとした瞬間、雪の声が響き、それとほぼ同時に鈍い音がした。

 それは、オオクチのキメラが出した触手が結界の一枚を突き破ってギリギリ止まった音だった。

 慌てて大樹が顔を上げると、知らぬ間にキメラは土石流から抜け出していた。

 土石流に押し流されてはいたものの、僅かな傷を負うのみで健在な姿を見せていた。


「森本さん!私たちでこのキメラは倒すから、平さんを退避させて!」


「……すまん、任せた」


 そう言って、大樹は二人をチラリと見ると、そのまま茜と上條の元へと駆け寄っていった。

 雪と雫は大樹を見送るとキメラへと向き合う。


「雪、私のことを信じられる?」


 雫はキメラに顔を向けたままそう雪に問う。


「うん。当然」


 雪もまた雫の方を一度も見ずに即答した。

 雪からすればその質問は愚問だった。


「じゃあ、私が雪をキメラの攻撃から守るから、雪はキメラを倒すことだけ集中して」


「うん。任せるよ」


「ん。任された」


「準備はいい?」


「いつでも」


「それじゃあ……いくよ」


 雪はそう言い終わると同時にキメラへと向かって一直線に駆け出し、その斜め後ろに雫が追随した。

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