外界演習9
一筋の光が左右前後とまるで雷のように駆ける。
その光が通り過ぎる度に、その進路上にいた黒いヒトガタは靄となって中に消えていった。
響子は疾風迅雷の異名は伊達では無いどころか、話に聞くよりも凶悪だと言う事実を学生達にまざまざと見せつけていた。
「こんなのがありえるのか……」
上條はあまりの凄まじい実力差に頬を引き攣らせながらそうこぼした。
風音響子の名前は魔術師や探索家でなくとも、国民の多くに知られている。
それに反して、魔術師としての響子の本気を見たものは少ない。彼女の本気をハッキリと見てその実力を把握している者は少ないだろう。
響子はメディアにも多数出演しており、世間にも顔は売れているが、そこで魔術を使ったとしてもあくまでメディア向けの簡単な物しか使わない。それに加えて、今や既存の競技に匹敵するほどの人気と経済効果を持つ魔術競技には一切出場していないため、公の場で本気を見せる機会が無いのだ。
「こりゃ敵に回したくなくなる訳だ……」
大樹が間抜けな面を晒しながらそう言う。
それは大樹だけでなく、弟子である雫を含めた全員が感じていることだった。
響子は「疾風迅雷」や「猪突猛進」と言った異名で有名である。
その異名からは「派手さ」を連想させるため、その見た目も相まって、大胆で華麗な戦闘スタイルだと思われがちだ。
しかし実際の所は技巧派で、非常に繊細な魔術を駆使して敵を索敵し制圧する事を得意とする。
今現在も、傍目では雷のような一筋の光が飛び回っている様にしか見えず、一瞬でも目を離せば、もう一度その姿を捉えらることは簡単では無かった。
「凄いですね……きゃあ!」
そんな響子をボケッと見ていた茜のすぐ真横で鈍い衝撃音が響き、茜は思わず悲鳴を上げる。
茜が驚いて目を向けると、そこには宙に浮いた銀色の盾があり、ちょうど消えていく黒い霞が浮かんでいた。
「平さん、気を抜きすぎないようにな」
「す、すみません」
「まぁ、これも俺たちの仕事だから。平さんは力を蓄えてここぞって時によろしく頼むよ」
修は盾を回収すると左手に持ち、なるべく優しい口調でそう言った。
ここで茜を落ち込ませることがあっては、彼女が実力を出しきれないどころか、余計な危険を招く可能性も高いからだ。
「はい!」
幸いな事に茜は落ち込む事なく、拳を握るとしっかりと返事をした。
その茜の様子を確認すると修は視線を外し、辺りを見回す。
ちょうど修達は野原を抜ける頃だった。
「そのまま直進するぞ。予定通りメインストリートを抜ける」
修は自分達が予定通りに進んでいる事を確認すると無線を使って響子に指示を飛ばす。
「了解」
無線から余裕のありそうな響子の声が聞こえ、その返事通りに響子はこの公園で一番大きな道への進路を切り開く。
その道はこの公園におけるメインストリートとも言える場所で、公園の正面入り口へと続いている。メインストリートだけあって、よく開けていて視界もよく通り不意打ちは受けなさそうだった。
修達の撤退もここまでは響子の活躍で順調に進んでいた。
しかし、懸念点は二つあった。
一つは、もう草原を抜けて足元に魔法陣も無いと言うのに、どこから現れたのか黒いヒトガタの姿が減らない点だ。
修の見立てでは、魔法陣が黒いヒトガタが現れた要因であり、そのエリアを抜ければヒトガタは現れないと予想していたのだが、どうやら違った様であった。
つまり今の所、この撤退戦の終りの見当もつかない状況であった。
そしてもう一点は、今回の一連の現象を外界で見たのは修も響子も初めと言う事だ。
それどころか、世界で初めて観測された現象である可能性も高かった。
となれば、この先どんなことが起こるのか想像もつかないのだ。
この先、今まで全く姿を見せていない魔獣達がこの騒動で公園に集まる可能性もありえるし、何らかの未知の現象がさらに起こるかもしれない。最悪を想定しようにも、なにが起こっているのかが分からないのだからどうしようもない。
どちらにせよ、そんな中でも修が想像し得る最悪の事態が起こってしまえば、いよいよ全員の命の保障をできない状況になってくる。
現在の状況であれば、修と響子にもまだまだ余裕があり、学生達を気にしながら戦えるし、学生達も一人でも十分対処できる範囲だ。
しかし、状況が悪化してしまえば、修と響子も余裕がなくなってくるだろうし、学生達は自分で対処できなくなる可能性が高い。
これだから外界ってのは、と修は心の中で毒づいた。
そうやって先の見えない不安を抱えながらメインストリートを駆け抜ける事数分。
響子は幾多のヒトガタを葬り、修のみならず学生達も何体かのヒトガタを打ち倒したが、幸いにも誰も怪我を負わず、公園の出口が見え始めてきていた。
「出口はもうそこだ。このまま気を抜かず行こう!」
修は必死に奮闘している学生達を鼓舞するかの様に声をかけた。学生達も随分と神経をすり減らしているだろうに、気丈にも全員が元気な声で返事を返した。
学生達のそんな様子に修の表情も和らぐが、そのすぐ後に響子から告げられた言葉でそれも一変することとなった。
「修……不味いわ」
修の無線には低いトーンの声が届き、彼女の足が止まった。響子が止まったのを見た学生達と修も響子に合わせる様にその足を止める。
「あぁ、あれか。ちょうど見えたよ……」
足をそのまま進め響子の隣に並んだ修は、一つため息をつくと響子にそう言った。
修と響子の視線の先、ちょうど公園の外側には厄介な魔獣の群れが徘徊していた。
幸いにも群れの注意はこちら側には向いておらず、向こう側にもいるヒトガタと戦っている。
こちらの周囲のヒトガタは響子によってあらかた片付けられていたので簡単な作戦会議くらいは出来そうであった。
そんな修達の行手を阻む魔獣の群れだが、いくら奇想天外な生物まみれの外界とは言えども、「群れ」と呼ぶには随分と奇妙だった。
その奇妙な点とは、一言で言うと全く統一感がないところであった。
例えば、蛇の体にワニの様な顔がついている生き物がいるかと思えば、二足歩行の猿の様な体にウサギの様な小さな頭がついているものもいる。
体の大きさもまちまちで小さいものは小動物くらいだし、大きいものはそれこそ2メートルを超えるサイズだったりする。
そんな奇妙な群れであるが、修と響子のみならず、学生達もその魔獣達のことをよく知っていた。
「よりにもよって合成獣かよ……」
「やっぱりそうですよね、あれ」
修が心底嫌そうな顔で呟くと、一方で、修の後方まで来ていた学生達のうち、茜が随分と興味深そうにそれらを眺めてそう溢した。
「あれを見てそんな表情をする子を初めて見たよ……」
「へ?え?あははは……」
修の呆れたような声に、茜が誤魔化すような笑い声を出した。
そんな茜をよそに、他の四人はいたって普通の反応をしていた。
「あれがキメラなんだよね。ちょっと……気持ち悪いね」
「キモい」
「うん。キモいなありゃ」
「しかも本体はもっと気持ち悪いからね」
興味津々の外界原生生物マニアの茜をよそに、四人とも嫌悪感を隠せない表情を浮かべている。あの雫でさえも嫌な顔を隠さずそう言い切った。
キメラが探索者によく知られ、そして嫌われているのはそのグロテスクな見た目だけが理由では無い。その生態も恐ろしいものであるため、なるべく関わり合いになりたくない魔獣の一つに上がるものだ。
キメラは寄生型の魔獣だ。本体はマダラ模様が入った紫色をした、手のひらほどの大きさのタコの様な生物だ。丸い胴体にそのまま一つの目玉と大きな口がついている。体からは六本の触手が伸びており、四本は先端に鉤爪が付いていて、残りの二本には蠍のような毒針がついている。
キメラの攻撃手段は単純だ。その鉤爪で引っ掻くか、こっそりと寄生対象に近づき、毒針で麻痺毒を注入するかだ。
この毒を一度注くらうと人間であっても、五分も経たずに全身が痙攣し動けなくなり、三十分もすればすっかり体を乗っ取られてキメラの仲間となる。
キメラは一度ベースとなる宿主を決めると、最初の宿主をベースに死体やら新たななんらかのパーツを使って、どんどん切った貼ったの改造をしていく。それを繰り返した結果が今修達の目の前にいる群れのようなものになる。
このキメラの恐ろしいところは寄生対象の力を不完全ながら使えてしまう点だ。
そのためキメラと一言に纏めてしまうのは簡単だが、その脅威度を簡単に測ることができず、探索者にとっては非常に厄介な魔獣であった。
これだけでも十分相手にしたくない魔獣と言えるのに、本当の意味でキメラの知名度が高いのは別の理由にある。
それはキメラの使う麻痺毒の仕組みだ。
キメラの麻痺毒をくらうと、全身が麻痺してしまうわけだが、その間でも意識は無くならず、呼吸も行える。
そのため、意識がある状態でどんどんキメラに侵食されていくという想像もしたくないほど恐ろしいやり方で寄生されるのだ。
とは言え、その麻痺毒の特性を逆手にとって実力のある魔術師などは魔力で無理やり体を動かしたり、心得があるものは解毒の魔術を行使したりして難を逃れることが多い。
とは言え学生達が出来る技術では到底なく、掴まれたら最後、恐ろしい過程を経てキメラの仲間入りとなる。
「皆、よく聞いて」
響子がまだ少し距離があるキメラ達の様子を伺うと、まだヒトガタを相手にしていてこちらには近づいてくる様子はなかった。
そのため、警戒を修に任せ、学生達の方に振り返り、低いトーンで話し始める。
学生達も辺りを警戒しながらも響子の言葉に耳を傾けていた。
「見ての通りここを通り抜けるにはあのキメラ達を相手にしないといけない。だからあなた達にも戦ってもらう必要があるの」
キメラの数は異様に多かった。パッと見るだけでも三十体は見えていたため、かなり大きな群れであることは確かであった。
とは言え、のんびりしているわけにもいかなかった。
修達の後方には先程殲滅したばかりというのに、ヒトガタの姿が見えている。
ここでモタモタしていると、ヒトガタの数も増えて更なる乱戦になるのは間違いない。そうなれば、学生達を守ることも難しくなる。
それに、もしこれが異界化に近い現象だった場合、もっとややこしいのがくる可能性がある。それは避けたかった。
「時間はないから簡潔に説明するわね。キメラと戦う時は必要以上に接近しないで、したとしても一瞬にして。もし近づかれたら距離を離すことを一番に考えて行動して」
必要最低限以上に説明する余裕は今はない。
響子は可能な限り最低限の説明だけを行い、学生達も少し緊張を含ませた顔ながら頷いた。
「体の力は抜いて戦えよ。俺たちが可能な限りフォローするから」
緊張感を隠せていない学生達を見て、修がそれを和らげようと余裕の笑みを見せてそう言って見せた。
そして不幸中の幸いか、キメラの群れもほぼヒトガタを殲滅しつつあった。
「いくなら今だな。俺が先に出るぞ」
修はそういうと、まだヒトガタに意識の向いている様子のキメラの群れへと切り込んでいった。
「私達もいくわよ」
「「「「はい!」」」」
それを追うように響子と学生達もキメラの群れへと突っ込んだ。




