外界演習7
「俺が先手を打つ」
大樹はそう声を潜めて言うと、ハルバートを一度持ち直した。そのままその体が前のめりになったかと思うと、一瞬でその場から姿がかき消える。そして、次の瞬間には手引猿との距離をあっという間に詰めていた。
魔力による肉体の強化によって常人では出しえない速度で、五メートルは離れた位置で牙を剥き出しにして威嚇していた手引猿三匹までたった一足で詰め寄ったのだ。
威嚇に夢中になっていた手引猿達は大樹への咄嗟の反応が遅れる。そして、それが命取りになった。
「オラァ!!」
大樹は勢いそのままに恐ろしい速度でハルバートを横なぎに振るうと、回避しようとしていた三匹のうち二匹を簡単に両断した。
「『結界』」
「ナイスフォロー」
何とか大樹のハルバートを回避した一匹も雪の作り出した結界にぶつかり、そのまま大樹のフォローに回っていた上條の槍に貫かれた。
「次きます!!」
一度場が動き出せば、次は早い。
茜の警告とほぼ同時に残りの五匹の手引猿も動き出した。
杖を持って棒立ちの雫目掛けて、頭上の枝から手引猿が飛び降りてくる。
「『氷柱』」
当然それに気がつかない雫では無い。
手引猿が飛び降りるとほぼ同時に魔術を行使していた。
雫はいとも簡単に二等級魔術を行使すると、雫とほぼ同じ太さの氷柱が地面から飛び降りてきていた手引猿に向かって伸びる。
「ギィッ」
当然空中で身動きを取れるわけもなく、叫び声さえもしっかりあげられないまま、手引猿は串刺しになった。
そして小柄なものを狙う傾向にある手引猿達は尚も雫を狙う。
茂みからもう一匹が飛び出して、雫の小さな顔をもぎ取らんと、その強靭な腕が伸びる。
が逆にその手引き猿の顔に小振りな拳が突き刺さった。
その攻撃を繰り出した茜はそのままその拳を振り抜くと、手引猿は吹き飛ばされ近くの木の幹に強く体を打ちつけた。
その手引猿はなんとか倒れずに地面に手をつき体を支えたが、すでに手遅れだった。手引き猿が顔を上げた時、その視界に移ったのは拳を握りしめて、その腕を振りかぶっている茜の姿だった。
「はぁっっ!」
可愛い掛け声とは打って変わって、ただのパンチにしてはあまりにも威力が強くすぎるそれは、手引猿の頬に当たるとそのままその首を撥ね飛ばした。
「その汚い手で天野さんに触ろうなんて思わないことですね」
茜は腰に手を当てると、ふんっと鼻息荒くその死体を睨みながら言う。
「平さん!」
そんな茜に鋭い雪の声が飛んだ。
その瞬間、茜の腕がガッと掴まれる。
「え?」
間抜けな声を出して、茜がその腕の方へ視線を向けると。
牙を剥き出しにした、手引猿が茜の首元に噛みつこうとしていた。
「い、いや……」
その強靭な腕に掴まれた茜は逃げる事ができず、ただただ、迫り来る牙を待つことしか出来なかった。
そして、茜がその牙の餌食になろうとした、まさにその瞬間、突如血飛沫を上げてその首が跳ね飛ばされた。
「へ……?う……うぁ!」
茜は訳がわからないまま、首の無い手引猿の死体に覆い被されて転ぶ。
「天野さん、茜さんのフォローを!」
その首を魔術で撥ね飛ばした張本人の上條は油断することなく、辺りを確認する。
ちょうどそのタイミングで大樹が残り二匹のうちの一匹にとどめを刺しており、最後の一匹は雪が結界で閉じ込めていた。
「葛西さん、合図で結界を消してくれ」
「うん!」
大樹は雪にそう声をかけると、結界に向けて駆け出し、助走をつけたままハルバートを大きく後ろに引く。
「今だ!」
大樹の声と共に雪は結界の魔術を意図的に消すと、そのまま中で暴れていた手引猿をハルバートが両断した。
「平さん、探知を」
上條は雫にフォローされて立ち上がった血塗れの雫に指示を出す。
「は、はい。……『反響』」
茜は少し動揺した様子で返事を返すと、すぐに魔術を行使した。
「……反応なしです」
「「……はぁ〜」」
その茜の報告で、大樹と雪は安堵の息をついた。
「全員怪我はないね?」
上條は全員を見回してそう声をかけた。
「俺と葛西さんは大丈夫だ」
「私と……一応、茜さんも」
雫は血まみれの茜の姿を見て、少し気の毒そうにそう言った。
「よし。上出来だね」
それぞれからしっかり返事があり、上條は満足げに頷いた。
「とりあえず、ここは抜けておこう。血の匂いで何が寄ってくるか分からないからね」
手引猿は外獣だ。そのため、当然その体は残ったままになる。結局九匹もいたのだから、この辺りはずいぶん血の匂いがしていることは間違いなかった。言うまでもなく、この場に残ってもいいことなどは一つとないため、上條の言葉通り四班はすぐさま移動して草原の方へと抜けることにした。
「相変わらず、綺麗な場所だね」
幸運なことに薄暗い道を抜けた先には何もおらず、ひとまずの安全は確保できたと言えた。
とは言え、相変わらず池の表面には例の触手が出ているため、あの主とも言えるサイズのオオクチはいるはずであった。
「まず平さんの服の血は落とした方が良さそうだね」
上條は苦笑いで、そう言う。
ズボンこそ平気だったものの、カーキー色をしていた茜のシャツは真っ赤に染まっていた。
血を噴き出していた手引猿にのし掛かられていたのだから仕方ない。
「私がやる。男子は向こう向いてて」
「了解」
「任せたよ」
大樹と上條はそういうと、その場から動きはしないものの、茜と雫に背を向けた。
「安全の為に、念のため結界を貼っておくね」
雪はそういうと茜と雫がすっぽりと収まって、なおかつ動く余裕がある大きさの結界を二人の周りに貼った。
魔力はそれなりに使ったが、リスク回避としては安い出費だった。
「終わった」
「お手数おかけしました……」
それから十分程で茜の着替えは終わった。
大樹と上條に限って覗きをする訳もなく、特段ハプニングも無かった。
茜は先ほどの血塗れの姿から、体を軽く洗い、黒字のシャツに着替えてサッパリした装いになっていたが、その表情には申し訳なさが浮かんでいた。
「ご迷惑をお掛けしました。油断大敵ですね」
「おう。気にすんな。怪我も無かったんだから終わり良ければってやつだろ?」
「大樹の言う通りだよ。気にしなくて大丈夫だから」
大樹と上條は笑って手をヒラヒラと振る。
「ん。引き摺りすぎもよくない」
「そもそも私も油断してたから何も言えないけど、切り替えよう平さん」
「ありがとうございます!」
茜がぺこっと頭を下げ、話が終わったところで、上條は周囲に目をやる。
「辺りにオオクチも今のところ見えないから、すぐに良い場所を探して設置に移ろう」
数が多いわけではないが水辺にはポツポツとオオクチの姿が見えたため、なるべくそこから離れた所を探す必要があった。
とは言え、そもそも水辺には巨大オオクチがいることと、四班が行おうとしている設置方法として水辺は相応しくないため、特段やることに変わりはなかった。
なるべく開けていて、見通しの良い所を探すだけだ。
「あの辺りとかはどうですか?」
設置場所を探し始めてすぐ、早速茜が良さそうな場所を見つけて指を刺した。
「確かに良さそうだね。ちょっと見に行ってみようか」
上條がそう返すと、他のメンバーも同意したように首を縦に振った。
その場所は確かに良い場所だった。
周囲には何も無く、魔獣や外獣から不意打ちを喰らう可能性もほぼ無いと断言できた。
それに、周囲のどの方向に退避することも出来るため万が一の時もうってつけと言える場所だった。
「皆、手順は大丈夫?」
「おう!……っても俺たちは大してやること無いけどな」
「森本さんはまだ穴を掘る仕事がありますけど、私なんて本当にやること無いですからね」
茜は少し申し訳なさそうにそう言った。
「平さんしかまともに治療の魔術使えないんだから、居てくれるだけで私達は助かってるんだよ」
「ん。もしもの時に備えて魔力は温存する」
「そう……ですかね……」
先程のこともあり、目に見える形で貢献したい茜ではあったが、つまりそれは誰かが怪我をすることにも繋がるため、何とも複雑な気分ではあった。
とは言え、今それをうだうだと考えても仕方ないため、茜は息を一つ吐くと気持ちを切り替えることにした。
「じゃあ、手筈通り大樹が穴を掘って、葛西さんは中に。蓋は天野さんが氷でして、皆でその上に土を被せる」
改めて手順を口にした上條に全員が大丈夫だと首を縦に振る。
「じゃあ、行くぞ……」
その様子をみた大樹は魔術を使うため地面へと手を押し当てる。
「『落穴』」
その詠唱の直ぐ後に、大樹が手をついているところを中心に徐々に地面が窪み始めた。そして、三十秒ほどかけて縦横2メートル近くある大穴が生まれていた。
「まさか、この魔術がこんなところで活きるなんてなぁ」
「そんな魔術があること自体に驚きですけどね」
自分が掘った穴をマジマジと眺めて感慨深そうに、そう言う大樹の一方で茜は少し呆れた表情を浮かべていた。
「じゃあ葛西さん、少し狭いが降りてきてくれ。スパイクの高さを調整するから」
「うん」
大樹は腰に手を当てて自分が作った穴の中から上を見上げて、下を覗き込んでいた雪に声をかけると、雪は頷いて穴へと飛び降りる。
「上部を少し出すんだよな?」
「うん」
雪は背中のバッグからスパイクを取り出し、保護カバーを外す。
それは黒い塗装がされた円柱で、下部は杭のように尖っており、上部は透明のパネルで内部が見えるようになっていた。そのパネルの向こう、円柱の中には拳大のクリスタルが嵌められており、見る角度を変えるたびに七色に光って見え、普通のクリスタルでは無いことは一目で分かった。
そしてスパイクの中央よりすこし上の部分には二つのボタンとケーブルの差し込み口があった。
「だいたいこの辺りが出てれば大丈夫かな」
雪は上部のクリスタルが見えている部分を指差す。
「了解……『隆起』」
大樹の魔術によってちょうど土の台座のようなものが地面から伸びてきて出来上がった。
「よし。じゃあ、俺は出るぞ。あとは任せたからな」
そういうと大樹は軽々と穴の外へと飛んで出ていった。
「それじゃあ、葛西さんこれがタブレットとコード」
「ありがとう」
大樹と入れ替わるように穴の上から上條がタブレットとコードを雪へと手渡す。
「アプリはもう起動してあるから。手順は大丈夫だよね?」
「うん。昨日も教えてもらったし、復習も何度もしたから」
「よし。じゃあ、上は天野さんの魔術で塞いで、軽く土を被せるからね。なにかあったら無線機で」
「うん。じゃあ外はお願い」
上條は頷くと穴の外へと消えた。
「雪、行くよ。『氷壁』」
雫の声と共にすこしひんやりとした空気が穴の中に漂う。そして、徐々に外からの光が弱くなった。
雪が上を見上げると、そこには既に穴を塞ぐように氷が張られていて、そこに徐々に土がかけられていくのが分かった。
そして、そのまますぐに穴の中はタブレットの光とそれに反射して光るクリスタルの輝きしか見えなくなった。
「思ったより静かになるんだね……」
雪はこの程度ではあまり遮音効果は無いのではと思っていたが、想像以上にその効果は出ていたようだ。外の音は全く聞こえ無くなっていた。
暗さも相まって外界に一人取り残されたような気分にも一瞬なったが、そんな子供っぽい気持ちは置いておいて、今の雪にはやるべきことをやる必要があった。
「まずはケーブルを繋いで……」
タブレットの背面についているライトも付けての作業だ。スパイクについているケーブル差し込み口を照らす程度の明るさはある。ケーブル差し込み口の硬い蓋を取り外し、雪は難なくケーブルを差し込んだ。
するとすぐにタブレット上のアプリはスパイクを検知し、雪には理解できない何らかの英数字がいくつか表示され、起動作業開始のボタンが現れる。
「あとは、指示通りにやればいい筈」
雪は手順を思い返しながら、作業開始ボタンを押した。
すると、タブレット上で周囲のスパイクを検索している画面が表示され、検索中の文字が浮かぶ。
「お願い……。やった!」
下見通り、接続完了の文字がタブレットに表示される。
どうやら接続できたスパイクはたった一つだったようで、下見の時ともまた状況が変わっているようだった。
「あとは起動するだけ……。あ、耳栓。先につけておかなきゃ」
雪は思い出したかのように。耳栓をポケットから取り出して耳につけた。
スパイクの騒音をこんな目の前で聞いては、鼓膜が破れる可能性もある。それを防ぐ為に大学側から支給されていたものの一つだった。
そして、タブレットには起動という文字が表示されていた。その上には「起動ボタンを押してから、五秒以内にスパイクについている二つのボタンを押し込む」との指示が書いてあった。
随分と手の込んだ起動方法ではあった。誤った場面での起動を防ぐ為らしいと雪は説明を受けていたが、実際に操作していると煩わしさを強く感じた。
だが、今それに文句を言っても仕方ない。
雪はゆっくりと起動ボタンへと指を伸ばしタッチする。
そうすると、画面にはスパイクにある二つのボタンを押すように指示が出た。
「お願いちゃんと起動して」
雪はタブレットを置いて、両手でスイッチを押し込んだ。




