外界演習の夜
あれから探索を兼ねて少し遠回りしつつ帰路に着いた四班だが、結局の所、スパイク設置ができそうな場所は公園だけであった。
もう少し探索しようと思えば出来そうな時間帯ではあったのだが、外界では何が起こるかわからない。トラブルに巻き込まれて、日が落ちてしまってはいよいよ生命の危機に陥る可能性も高い。
既に設置場所の候補を見つけてはいるため、四班はリスクを回避することにし、大人しく帰ることにしたのだった。
「しっかし軍用品ってのは便利だなぁ」
大樹が部屋の中のソファーに寝転んだまま、首だけを回して、部屋の中を見回した。
普段彼が過ごしている部屋と比べれば、この部屋の中は薄暗い。とは言っても落ち着いた雰囲気のBARや小洒落たレストラン位の明るさはあった。
この明るさを軍用の懐中電灯たった一本で生み出しているのだから、大樹の反応も当然である。
「明かりが漏れると要らないものを呼ぶ可能性があるから、これが限界だけどね」
上條は端末をいじりながら大樹にそう返す。
この廃墟に戻ってから五人が最初に行ったことは窓ガラスやこの建物への出入り口を塞ぐことだった。
出入り口は一つを除き完全に塞いでしまい、その一つは、出入り口用として、一人が通れるくらいの隙間を空けている。
所々にある窓も大きな窓は出入り口同様に塞ぎ、小窓は魔術や店にあったテーブルクロスなどを使って簡易的なカーテンを作成して覆った。
これで、誰も夜番をすることなく眠ることが出来る。この建物へ入るには小さな窓を割って入るか、石の壁ごと扉を破るかしか方法はなく、どちらにせよ寝ている間に殺されているなんて事は余程のことがない限り防げる。
地球とは違い、外界の支配者は人類ではない。その多くの場所が人類以外の生物の生息圏だ。
その為、外界に人工的な明かりなんてものはほぼ存在せず、少しの光でも結構目立ってしまうのだ。
そして、それに怯えて去っていくのは基本的には温厚な生物ばかりで、危険であったり、凶暴な生物の殆どは様子を見に来るのだ。
しかも、夜は一部の昼行性の生物に加えて、星と月の光しか無い外界の夜の闇に適応した夜行性の生物達が加わる。
そのため、それにしても危険な外界が数倍も危険になるのが夜の時間だった。
殆どの探索者達にとって、外界の夜は余程のことがない限り、身を潜める選択肢以外を持たないのだ。
「外界の夜は美しい、て聞くんですけどね」
茜が自作のカーテンで覆われた窓を眺めながら言う。
「私も写真とかで見たことあるけど、実際に見るともっと綺麗なんだろうね」
戦場にカメラマンがいるように、外界にもカメラマンが存在する。
外界で彼らが活動する理由は様々だが、少なくとも毎回写真を撮り、生きて帰れている内はお金に困ることなんてまず無い。
何故なら、外界の映像や写真の需要は結構高いからだ。つまり金になるのだ。特に外界の原生生物である、魔獣や外獣のそれには莫大な金額がつけられることもある。
その理由は外界の在り方と危険性にある。
まず外界は殆どの人にとって文字通り異世界で、外界に生涯足を踏み入れることのない者が殆どだ。
ゲートの利用は防犯上の理由から利用許可証を持ってない者の入場を厳しく制限している。また、言うまでもなく、許可証の審査も厳しいものだ。
許可証を持たない魔術師やその他探索者、外街関係の企業の人間などは入場申請を行い、審査をパスすれば簡単に入ることができるが、外界探索を含めた、ビジネス利用以外の者の入場には多額の費用とさらに厳しい審査が加わる。
外街は一種の高級リゾート地でもあり、この場所に観光にこれる者は、ほぼ裕福な者だけだった。
また言うまでもなく、外界では一歩ゲートの外に出れば、地球のどこよりも危険なエリアばかりだ。そんな場所に一般的なカメラマンが簡単に行って、写真や映像を撮って帰れる訳もない。
金を積めば探索者達などが護衛をしてくれるが、当然その金額は安くなく、そしてそれで全く危険が無くなるわけではないため、その手段を取る者はテレビ局などの一部に限られていた。
そんな訳で現状、需要に対して供給が追いついていない状態だ。
外界という異世界に興味を持つ者は非常に多く、そんな外界のアレコレを簡単に見聞きできる写真や動画などのメディアの需要は高いものの、それを入手するためのハードルが高いため、その金額も上がっているのだった。
「夜になると発光する植物とかもあるらしいです。絶対綺麗なんですけどね……」
「多分外に出たらそれどころじゃなくなる」
物惜しそうに呟いた茜を雫はバッサリと切り捨てた。
「まぁ、夜の外界はね……。幻想的な写真とか動画の数と同じくらい、悲惨な話も聞くからね」
「そうなんですよね……。もうちょっと私も強くなってからですね」
「強くなったら夜の外界に出るつもりなのかよ……」
大樹はそんな茜の発言に少し引いた様にツッコむ。
「平さんって何でそんな外界の生物に興味を持つ様になったの?」
雪はカーテンで覆われた窓を名残惜しそうに眺めている茜にそう問いかける。
「わ、私ですか?」
「あ、ごめん。聞いちゃいけないことだったかな」
いきなりの質問に少し驚いた様な反応を見せた茜に雪も慌てた様にそう言う。
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。そういえば、私達ってお互いのこと全然知らないんですよね」
「そう言えそうだね……。魔術とか戦いのことばっかりだったけ」
茜の言葉に上條は顎に手を当ててそう言う。
「じゃあ、もし良ければここで改めて自己紹介しませんか?」
「俺は問題ないぜ」
「私も大丈夫だよ。雫は?」
雪は椅子に座って足をぶらぶらさせている雫に顔を向ける。
「私も問題ない」
「勿論、僕も問題ないよ」
「やった!じゃあさっきの質問も合わせて私から話しますね」
茜は控えめな音量だが、嬉しそうに声を上げると、椅子に座り直して話し出した。
「まず、さっきの答えからですけど、私のおじいちゃんの影響です」
その言葉に雪が何かを思い出したようにハッとした表情を浮かべる。
「もしかして、平博士のこと?」
「もしかしてご存知なんですか!嬉しい」
茜は心底嬉しそうな表情を浮かべる。
「博士って言うくらいだから、結構偉い人なのか?」
「外界の生物の第一人者だった人だよ。外界の生物を調べてると結構名前が出て出てくるから私も知ったんだけど」
「なるほどなぁ。と言うことは、その博士の英才教育の結果というわけか」
「英才教育より詐欺という感じでしたね」
茜は少し懐かしそうに笑いながらそう言った。
「外界にはこんな可愛い動物が一杯いるぞ、って小さい時は選りすぐりの可愛いのばかり見せてきて、茜が頑張ればこういう動物と触れ合える様になるって言われて魔術師を目指し始めましたからね」
「見た目が可愛くても凶暴なの多いもんね」
外界の生物の見た目はその危険性を測る上ではまるであてにならない。
ケロベロスの様に一見普通の動物でも、蓋を開けてみれば、異様な特徴を持ち、獰猛な生物であるなんてことは何ら珍しい事ではない。
「そうなんですよ!いずれおじいちゃんみたいに外界生物の第一人者になれればって感じですね。森本さんはどうなんですか。何か目標とかあるんですか?」
「お、俺か?」
私の番は終わりとばかりに茜は完璧に油断してた大樹に話を振る。
「つっても俺は大して話すことないぞ。夢ってのもふんわりしたもんで、探索家になろうかなって思ってる位だしな。魔術師を目指したのも魔術を使いたかったからだし」
「あとは……優馬、他なんかあるか?」
困り果てた大樹は上條にヘルプを求めると、上條は仕方ないなと、少し笑って助け舟を出す。
「特徴と言えば、大樹はここにいる中で唯一、魔術師がいたことの無い家系ってのはあるね。両親は違っても祖父母だったり、家系の何処かしらには魔術師が居たりするんだけどね」
「あぁ、そういやそうだったな。うちの両親は普通の会社員だし、じいちゃんとばあちゃんもそうだったらしいしな。まぁ、もっと遡ったら居るかもしれんがな」
雪と雫は言わずもがな、国を代表する魔術師の名家出身であるし、上條も名の知られている魔術師の息子だ。茜もどちらかというと研究者側ではあるが、魔術に携わる家の出身である。
魔力は誰しもが持っており、それを操る力を持つとされているが、魔法陣を構築し行使するということに関しては特殊技能であり、才能が必要となる。
そこには遺伝というものが関わっているとの見解が強く、事実、大樹の様に家族が誰も魔術を使えないケースは数少ない。
「そんな訳で、大樹は自分の努力でここまできた努力家って訳だよ。意外だよね」
「意外は余計だ。俺はそんな感じだから、次は優馬の番だ」
自分のことを話すことと上條から褒められたことが照れ臭いからか大樹は顔を背けながらぶっきらぼうにそう言った。
「了解。僕から話すってより、皆は僕に何か聞きたいことはある?」
上條はみんなの顔を見回してそう聞く。
「上條くんは、あの上條さんの息子?」
意外にも最初に口を開いたのは雫で、質問というよりは確認と言った感じの聞き方であった。
「あの上條、というのが政治家の上條を指しているならそうだよ」
「え、もしかして、魔術省の副大臣の上條さんですか?」
「そ。あまり似てないんだけどね」
五十歳ちょっとで副大臣の地位まで上り詰めたエリートとしてだけでなく、その整った容姿や魔術の腕前も良いため、世間的にもよく知られている政治家であり、魔術師だ。
「確かにあまり似ていない気がする。見た目というより、雰囲気が似てないのかな」
雪は少し控えめに上條を見るとそう言った。
雪は上條の父とパーティーでも会った事があるし、テレビでもその姿を見ている。
よく見れば顔立ちは似ているかも知れないが、その雰囲気が真逆であるため、似ているようにはまるで感じられなかった。
「確かに優馬の親父はもっと鋭いキレ者みたいな雰囲気と目つきだもんな。優馬は真逆だしな」
大樹は優馬のこと上から下まで舐めるように見ると、頷きながらそう言った。
「じゃあ、卒業後は上條さんも政治家になるんですか?」
「いや、今の所はなるつもりはないよ。魔術師は現場に出てこそだと僕は思ってるから。それにうちには優秀な兄貴もいるからね」
「確かに、上條くんは魔術師としての実力があるからね」
「リーダーとして指示とかも出せますしねぇ」
「ん。現場に出ないと少し勿体無い」
雫ほど、とは言えないものの、確かに上條の魔術師見習いとしての実力は高い。自分の得意な魔術だけでなく、さまざまな種類の魔術を使える実力を持つ上條は、魔術師見習いの中では上位に位置すると言える。
また、魔術の実力だけでなく、リーダーとしての立ち回りや判断もしっかりとしているため、外界探索においてもその実力が発揮される可能性は高い。
「そう面と向かって褒めてもらえると流石に照れるね」
女性陣三人から立て続けに褒められて、上條は少し気恥ずかしそうに頭をかいていた。
「政治家と言うと、葛西さんの所はどうなの?魔術師団に入るとか?」
雪の父親は元魔術師団の師団長であり、現在は魔術省に努めている事務次官であるため、立場は違えど両親の職業的には上條とほぼ変わらない。
「私は……」
雪はふと、自分が将来のことについて全く考えていなかったことに気がついた。
それこそ、子供の夢と言えるような願望はたまに抱くが、真剣に自身の将来について真剣に考え答えかと言われると違う。
何せ、魔術を普通に使えるようになる、と言うことしか数年以上考えていなかったのだから仕方ないし、それが夢だったのだ。
その夢への第一歩をようやく踏み出した雪だが、次に思ったことは、魔術をもっと使えるように、と言うことだけだ。
その魔術を持ってして何をするかなんて何も考えていなかった。
「ごめんごめん。踏み込みすぎたね」
暫く考え込んだ雪を見て、上條が慌ててそう言った。
他人から見ればそう思われても仕方ない対応だったことに雪も気がつき、こちらも慌てて弁解する。
「あ、ごめん、そうじゃないの。私ははっきりと将来何するかって考えたことなかったなって思ってただけだよ」
「へー。意外だな。葛西さんはしっかりしているからそこら辺はもう全て考えていると思ってたんだが」
大樹の言葉に茜も頷く。
「確かにそうですね。上條さんもそうですけど、葛西さんも一歩引いて皆んなを見れている大人な感じがありますもんね」
「ん。大人かは分からないけど、確かにそう」
「ははは、そうかな」
笑ってそう答える雪だが、心の中ではそれは違うと分かっていた。魔術が使えず、かつ天才達と共に過ごしてきた雪の立ち位置がそこだっただけだ。
今でこそ、魔術をほんの少し使えるようになりつつあったため、前に出ることも出来るようになったが、そう簡単に習慣は変わらない。
「まぁ、でも私の夢、というか目標を言うとしたら、師匠のような魔術師になることかな」
「師匠……か。確かに目標にするととしたらこれ以上ない存在だよね」
上條は納得したように頷きながらそう言う。
話題を少し変えるために発した言葉だったが、それは雪の本心でもあった。
「とにかく、師匠に指導してもらっている間は、魔術のことだけ考えるかな。私は」
「私もそう。早く師匠に追い付きたい」
その雪の言葉に雫も乗っかった。
「それだけ実力があるのに、と思ったが、天野さんのとこの師匠は風音さんだもんな」
大樹からすれば、響子は目標にするにも遠すぎる雲の上の存在と言った感じだ。
「ん。私なんて響子さんと比べれば全然未熟。まだまだ修行が足らない」
「風音さんを引き合いに出されたら、国中の殆どの魔術師が未熟になっちゃうよ、雫」
雪は相変わらずだな、と笑いながらそう言う。
響子は若手の中では国内で三本の指に入る実力を持つ魔術師だ。全体として見ても上位にいるのは間違いない。
流石にそんな実力者を引き合いに出されては、いくら天才と言われていようと魔術師見習いは未熟になるのは間違いない。
「目標は高い方がいい」
雫は至って真面目な顔でそう言った。
雫が魔術大好きっ娘なのは昔からだ。当然このことも本気で言っているのだろうことは雪も分かっていた。
「師匠を目標に魔術を頑張りたいってことは、天野さんもいずれは魔術師団に入るって感じなんですかね?」
その茜の疑問に雫は首を傾げて、そうなのか、と問いかけるような表情で雪の顔を見る。
「私に聞かれても分からないよ」
雪は笑ってそう答える。
普段は冷静だし、感情も表に出さない雫だが、時折こう言った子供っぽい一面を見せる所が雪は好きだった。
一方で、雫のその反応に茜は「あれ?」と首を傾げた。
「風音さんは魔術師団所属ですし、最終的には目標にするのかと」
「そうだった。だったらそれを目標にする」
「随分雑な決め方だな」
「まぁ、目標にしてる人は風音さんなわけなんだけどね」
そう笑って言った大樹に、上條も流石だな、と笑ってそう言った。
見習い達の夜はもう少し続きそうだった。




