ようこそ外界へ
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この国では約百五十年前に魔術師が公の存在になり、魔術師という国家公務員が現れてから五十年程になった。
今では吸血鬼やドラゴンなどといった、所謂ファンタジー生物が存在していることや、それらと魔術師が戦う事は世間の常識である。
とは言え、ドラゴンなどの危険な生物を直接見たことのある一般人は僅かだろう。
その理由に、吸血鬼などの一部人型を除いた生物達がこの世界には存在しないということがある。
これは「ファンタジー生物が存在していることが知られている」という話と矛盾している訳ではなく、そういった生物が別の世界、いわゆる異世界に存在している為だ。
彼らが住む世界は未知と危険、そしてロマンで満ちている。
生態系もその環境も大きく異なり、普通では考えられない様な現象が起こり、ありえない様な生態や外見を持つ生物が当たり前のように闊歩している。
それと同時に、未知の物質や素材も溢れかえっており、見る人が見れば宝の山でもある。
そのため、国、企業に留まらず、様々な者たちがそれを手にしようと探索を進めているも、未だにその異世界の調査はまるで進んでいない。
ただ一つ確かなことは、それは間違いなく、この世界ではないどこかであることだ。
そして、その世界のことを人々は「外界」と呼ぶ。
「よし、ここらはそんなに強いのは出ないから軽くやるか」
その外界に指パッチン一つで雪を連れて入った修が気楽そうに言った。
「ここってそんな簡単に人を連れ込める場所でしたっけ……」
さっきまで修の家に居たはずが、気が付けば外界に連れ出されていた雪が呆れたような、驚いたような、なんとも言えない表情で呟いた。
せっかく来てもらったのだから、という修のとっさの思いつきで雪は外界に連れ込まれてしまったが、雪が言うように、本来はキチンとした手続きと出入口を使って入らなければならない。
修のように気軽に入っていいような安全な場所ではない。
外界に来たとは言えども、二人が今いる場所は普通の家の室内であり、安全といえば安全ではあった。
とは言え、窓から見えるその風景は、外界の危険さを表しているかのように荒んだものだ。
周りの住居はボロボロで、遠くに見えるビルの壁は草木が覆っている。ただ、荒んでいるとはいえ、その点を除けば現代の住宅街の様な風景である。
分かりやすく例えるなら、人類滅亡後の未来といった具合だ。
「外界に家ってどうなんですか?部屋もすごく綺麗ですけど……」
「外界って安全さえ確保すれば、魔術師に打ってつけな研究場所なんだよ。土地を広げても税金も掛からなし、法律も関係ないしな。だから、結界張って、隠蔽魔術使って、魔術で色々リフォームして作ったのがここだ」
「個人でこんな場所を持ってる人って殆どいないんじゃ無いですか?」
「いや、意外と外界に個人的な拠点、工房を持っている魔術師はそこそこいるぞ。人数は限られるだろうけど」
窓の外さえ見なければ、普通の屋内となんら変わりのないのだから、雪は外界にいるという事を忘れそうだった。
政府が整備、運営しているゲート前の街ならまだしも、個人でここまで綺麗な拠点を持っているという事には、名家出身のお嬢様である雪にしても驚きだった。
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拠点での軽い会話の後、とりあえずと、家の外に二人は出る。
その後はしばらく近所を歩いたものの中々どうしてこういう時に限って魔獣などの姿は全く見えなかった。
荒廃した世界の中を随分と平穏に二人はのんびり歩く。
「そういや葛西さんはなんの武器使ってるんだ?」
「一応、今はロングソードを使っています。まだ一年程しか経っていませんが……」
「ロングソードってのは予想外だな。重くないかそれ?」
「正直ちょっと重いです」
修は細身な雪がロングソードという取り回しの悪い武器を使っているとは思いもしなかった。
魔術師は魔力によって身体能力を高められるため、女性であっても大きな武器を持っている者はいるが、それでも武器の大きさと取り回しだけはどうにもならない。
雪は女性にしては小柄では無いとはいえ、ロングソードが彼女の体格にあっているかと言われると修には疑問が残る。
しかも、身体能力を上げることはメリットだけでなく、武器の重量感とのバランスが取れなくなることもある。重みも感じないというのも一つのデメリットなのだ。
そもそも、魔術師は武器の性能を魔力の付与によって向上させられる。例えば、剣の切れ味だって上げられる。つまり、重さで威力を賄うというのは効率が悪い。
正確には刃で切るというよりは魔力で切っているらしいが、魔力で武器の性能を上げられるという事実がある以上、その技術を磨いた方がよっぽど有用なのだ。
「私も正直使いこなせてはいるとは思いませんが、今のところこれが一番マシなんです」
「マシ」という言葉にどんな意味が込められているのか、修には予想がつかなかったが、何となくロクなことではないことは容易に想像がついた。
とは言え実際に見てみないことには何も分からないのも事実だ。
「ま、武器ってのは好みもあるからな。後で見せてもらうよ」
「みせられるようなものでは無いですが、頑張ります。……師匠は何を使われているんですか?」
「俺は色々使ってるから、特にこれといったものはないな。しいて言えば、取り回しがいい武器の方が好みではあるな」
「色々ですか……。魔術師は基本的に一つの武器しか使わないと学んだんですが……」
「その通りだが、二種類程度ならざらにいるよ」
困惑する雪に修は笑ってそう返す。
本来、魔術師には魔術という攻撃手段があるため、武器を持つ必要はない。
しかし、魔術だけでは魔力を消費する都合上、継続戦闘能力が低くなりがちであるため、魔術師の中でも武器を持つ者は過半数を超えている。
例外はあるとはいえ、魔術師の主な武器は、銃や弓などと言った飛び道具ではなく、剣などの近接武器であり、その理由はやはり魔力の付与による性能向上だ。
勿論、飛び道具にも同様のことは行えるが、そこには大きなハードルがあった。
一つは、弾丸や矢の一つ一つに魔力の付与を行わなければならず、消費が激しい点だ。
そしてもう一つは、付与する対象に個体差があることだ。
魔力を付与する対象によって魔力の通り方や通し方の癖が変わり、それは量産品であっても、弾丸や矢の一つ一つであっても同様だ。
つまり、魔術師はその癖を理解して魔力を付与してやらなければならず。そうでなければ、魔力付与の効果を十全に発揮できず、安定性が低い。
そのため、魔術師の使う武器は基本的には一つであり、飛び道具を使わないのだ。
そもそも魔術師は魔術という飛び道具を持っているから、わざわざ遠距離を攻撃できる武器を持つ必要が無いということもある。
「私はそもそもロングソードも使いこなせているか怪しいので、二つ以上なんて想像もつかないです」
「まぁ、無理に真似をするものでもないからな……とようやくだな。ちょうどいい、はぐれだな」
二人の進行方向、道の先に犬のような生物が道端で何かに食らいついていた。
二人は外界にいるわけであるから、当然、普通の犬などではなく、顔が三つに割れていて、顔そのものが口になっている異形の生物だ。
「何度見ても気持ち悪いですね、ケロベロスって」
「三つ首というより三つ口だけどな。それじゃあ、お手並み拝見といこうか」
「はい」
そう言って雪は首元のネックレスを握る。
そうすると、雪の手の中に小さな魔法陣が浮かび上がり、虹色の燐光が浮かんだかと思うと、雪の手の中には雪の体格と不釣り合いなロングソードが握られていた。
「ロングソードってのはそれのことか……。召喚には魔具か。いい品だな」
それは緋色のグリップに暗い紺色の鍔が付いた王道な見た目のシンプルロングソードだが、所々に施された意匠と刻まれた魔法文字からして、高価な物には違いなかった。
魔術が不得手な雪が最も簡単に剣を召喚できたのは魔具による力だ。先ほど握った首にかけた高価な赤い宝石のついたネックレスがそれに当たる。
「はい。すごく高価だったらしいんですが、大学の合格祝いに買ってもらいました」
雪は自分の武器を褒められて僅かにうれしそうな様子を見せる。
「魔具ってのはどれも高価なモノだから大切に使うんだぞ。今回はまだ指輪はつけなくていいからな 」
その言葉に雪は頷いて剣を構え、修は目を凝らしててその姿を見つめる。
「それじゃあ行きます」
雪は一つ小さく息を吐くとそう言って、魔獣へと駆け出した。
「なるほどね」
その姿、特に剣を見て、修はぼそりと呟いた。
剣に尋常じゃない量の魔力が付与されてるのが目に見えていた。収まりきらない魔力が剣から溢れ、虹色の燐光になって宙に消えている。あの無茶苦茶な魔力付与で形としてなりたっているのは、恐らく修の予想以上にあの剣が優れたものだからだろう。
おそらく数百万は下らないだろうし、葛西家の過保護具合が見て取れ。
そんな武器の目利きを修がしている内にも、雪とケロべロスとの距離も気が付けば十数メートル程だ。魔獣の中でも最底辺に位置するケロベロスでもとっくに雪に気がつき、姿勢を低くしていた。
先手は雪だった。
雪がまだ動こうとしないケロベロスへと上から斬りおろすように剣を振る。
修が予想してるよりは鋭い斬撃だったが、剣に振り回されている感じは否めない。
当然、俊敏性だけはそれなりのケロベロスにはその剣は届かなかった。ケロベロスは軽く後ろへとステップしてその剣を躱す。
雪は空ぶった剣を止めることは出来ず、そのまま地面に向って振り下ろされる。
雪の剣はコンクリートに叩きつけられ、甲高い金属音が響くと同時に鈍い爆発音も鳴り響いた。
そして、何故か雪の剣を躱したはずのケロベロスが吹き飛ばされていた。
「そんな馬鹿な話……」
ケロベロスは確かに剣を躱してはいた。
本来であればケロべロスが雪に攻撃する為の絶好の隙が生まれるはずだった。
しかし、今修の目の前で起こっているのはその逆の結果だ。
地面に叩きつけられた剣から魔力の暴発が起こり、その衝撃がケロベロスを吹き飛ばした。
「ロングソードを使ってる理由それかよ……」
思わず修が口に出してぼやいてしまうほどには、メチャクチャな光景だった。
狙ってやってるならまだしも、恐らく狙っていないはずだ。
何をどうしたらこのような戦法に辿り着くのか修には理解不能だった。
呆れ顔の修をよそに、魔力の余波を食らって立てずにいるケロベロスは雪によってトドメを差された。
ケロベロスから全身の力が抜けると、その四肢から体が宙に溶けるように燐光が舞いちって消え、その中心には小さな透明な石が落ちていた。
雪はその魔石を拾い、期待半分、不安半分と言ったような表情で修に向かって問いかけた。
「どうでしたか?」
「失格」
「ですよね……」
修の即答に、雪はガックリと肩を落とした。
確かにあれを意図してやってるのであれば合格だ。一種の衝撃波を出せている訳なのだから。
しかし、残念ながら雪は意図していないのは明白だ。というかそれが出来るなら彼女は修の弟子にはなっていないだろう。
そもそもにして、ケロべロス程度が相手にもかかわらず、空振りして隙が出来ている時点で合格から程遠かった。
「あぁ、そういうことか」
そこでふと修は雪の問題の原因に思い当たった。点と点が繋がったのだ。
「葛西さん、いくつか質問してもいい?」
「はい。なんでしょうか」
情けない表情をしている雪に修は問いかける。
「葛西さんって昔から魔力有り余ってたんだっけ?」
その質問に雪は目線を宙にやり、思い出す様子を見せながら答える。
「そうですね。私が魔術を学び出したのは五歳位らしいですが、その頃から魔力は凄かったらしいです。私がまだ天才と言われていた頃ですね」
「その頃は魔術は使えていた?」
「そうですね……。六歳くらいまでは、ものによっては二等級も使えていました」
今は怪しいですけど、と情けない表情をしながら雪は答える。
「後は、強化魔術……身体能力の向上は行ってるか?」
「はい。あまり上手くはありませんけど」
「昔はどうだった?」
「これも昔の方がうまく扱えていたと思います」
「なるほどな」
納得した様子の修に雪は首をかしげる。
昔から何度もされているような質問だからだ。この質問だけで雪の問題を解消できるとは到底思えなかった。
一歩で修は問題解決に向けて、一歩前進というところであった。
「それじゃあ、いろいろ説明するから一度部屋に戻ろう」
「あ、はい」