外界演習4
「ここらもダメそうだな……」
大樹はひびが入ったアスファルトで覆われた足元を見てそう溢した。
市街地というだけあって、ここに来るまでの道は全てアスファルトやタイルなどで舗装されていた。所々ひび割れていたりはするものの、スパイクを設置出来るほどのサイズではなかった。
「本命は公園だからまだ焦らなくて大丈夫だと思うよ」
上條がタブレット上のマップを見ながらそう大樹に言う。未だに現在位置の取得は出来ていないため、上條は紙の地図と同様の使い方をしていた。
「そうは言われてもなぁ。もう、着くんだろ?」
「その先の交差点を曲がったすぐにあるよ」
上條が指差す先にある交差点までは残り500メートルと言ったところだ。
「それにしてもここって本当になんなのかな」
雪は自分達が歩いている大通りと道路上に設置されている看板を見てつぶやく。
「俺たちの世界のなれの果て、と言われても違和感はないよな。このどう見ても車にしか見えない残骸とかな」
五人が歩いている場所は、四車線程はありそうな広さの道路であった。
そして、この道路上には車らしき残骸が幾つも転がっていた。本当にそれが車であったのかは定かではないが、少なくとも形だけは雪達が知るものとそっくりであった。
「あの看板の文字も、ほとんど掠れて読めないですけど、漢字っぽいですよね」
茜が看板を見上げてそういう。
その看板には漢字に似たような文字の他にもアラビア数字のような文字や矢印のような記号も記されていた。
「まぁ、ここがどこであれ、俺たちの世界がここみたいに化物がうじゃうじゃいる場所じゃなくて良かったよ」
「確かにね。それに、外界みたいに危険な生物がそこら中に居たなら文明が滅んでもおかしく無いね」
地球にもそれなりに危険な生物が生息しているが、災害規模のものは人里離れた場所に生息しており、かつ、政府によってその周辺の立ち入りが禁止されていることもあり、人がそれらと遭遇する事は多くない。
また、人に害をなす可能性のある生物もそれなりに生息していたりするが、やはり山奥に生息していることと、魔具の発達により、一般人がそういった存在と出会してもなんとか逃げる位は可能になっていた。
ちなみに野生生物の中で魔力を持つ生物を、人々は「魔物」と呼び、その他の生物と区別して呼んでいる。
「こっちでもこのまま危険な生物に会わないといいね。行き道に設置場所の候補が一つでも有ればその点も安心だったんだけどね……」
「でも葛西さん、私達が向かっている公園はかなり広いみたいですから、そこでちゃんと見つかりますよ」
「ん。私も多分そこで見つかると思う」
そんなことを話しながらも四班は交差点に辿り着き、その交差点を曲がったところで目に入った公園の姿に圧倒される事になった。
「おいおい、ありゃ公園ってより……」
「公園というか、森って感じかな。上條くんの予想があたっちゃったね」
「ハハ……。当たってほしくは無かったけどね」
五人の前に姿を表したのは、公園などではなく、森と言った方が近しい場所だった。
一応、遠目で見るだけでは分からないからと五人が公園の入り口と思わしき場所まで移動してみるも、その公園に抱く印象は変わることはなかった。
しかも、入り口と言っても、辛うじてそこがかつての入り口だと分かる程度でしかない。
入り口の地面はアスファルトで固められ、そこだけは綺麗にひらけていた。その左右脇には石でできた門柱のようなものが立っており、一応入口ということは見て取れた。
そんな入り口の奥に目をやると、一応ある程度道と呼べる位のものは続いていたが、一歩でもそこを外れてしまえば、たちまち姿が見えなくなるほど草木が生い茂っている。
「これ……この中を進むのはかなり危険な気がするんですけど」
茜が少し引き気味に呟くと同時に公園の奥からケケケッという気味の悪い鳥の鳴き声が響き、その声に茜は体を震わせる。
「ってもなぁ……。設置できそうな場所を探すとなると、ここは見ておきたい場所ではあるぞ」
公園の奥地は薄暗く、現在の天候も相まって随分と気味の悪い雰囲気を漂わせている。
先ほど聞こえた気味の悪い鳴き声もあって、この中を探索するのには勇気が必要になりそうだった。
「私はあまりおすすめ出来ないけどどうする?」
「うーん……」
雫が上條に問いかける。
いくら本命の場所とは言え、この状況だと簡単に決められる訳もなく、上條は悩ましげな表情を浮かべている。
少なくともこの公園が安全でないことは間違いなく、ここを逃せば、今までの様子からこの先もスパイクが設置できる場所が見つかる可能性は低く思えた。
「どちらを選んで、どんな結果が出ても上條君を責めることはしないよ。なんかリーダーみたいな役割を押し付けちゃってるのは私達だし」
少し俯き加減で顎に手をやり悩む上條の様子を見て、雪は柔らかい笑みを浮かべてそういう。
「そうですよ!最悪逃げ出せばなんとでもなります」
「まぁ、どこ行っても危険は付き纏う訳だしな」
その三人の言葉で上條は決心したように顔を上げる。
「よし。中を調べよう。天野さんもそれでいい?」
唯一反対意見を出していた雫に優馬は確認する。
「ん、問題ない。リスクを取らないと行けない時もあるから」
雫は上條の問いかけに小さく頷いた。
「一応、武器は出しておくのと、明日と同じように、なるべく葛西さんを囲むように進もう」
「「「了解」」」
上條の指示通り、五人は武器を各々召喚すると、雪を取り囲むように菱形の陣形をとった。
大樹が先頭で上條と雫が左右を守り、茜が後方の位置に付く形だ。
「それじゃあ、行こうか」
その上條の号令で五人は公園へと足を踏み入れた。
公園の中は随分と薄暗かった。
四班が歩いているタイルが敷き詰められた道はそれなりの広さではあったが、その両端に随分と高い木々が立ち並んでおり、その木から伸びる枝葉が道の上にまで伸びて、空からの光を遮っていた。
「それにしても随分と広い公園だなぁ」
上條は周囲を警戒しながらそう言う。
五人が公園に入って十分程は既に歩いている。警戒しながら歩いているためその進行速度は随分と遅いとは言えども、本当に森なのでは無いかと錯覚するほどの広さだ。
「それにしてもこの鳴き声はなんなんでしょう」
「気味が悪いね。流石に……」
茜の言葉に雪も同意する。
先程、五人が聞いた奇妙な鳴き声はこの公園に入ってからも定期的に聞こえていた。その正体も分からず、ましてやこんな気味の悪い場所で聞こえているのだから、気味悪さを一段と強く感じた。
そんな中での行軍はたった十分とはいえど、随分と精神的な疲れを感じるものであった。
「おい。先が少し開けてるみたいだぞ」
色んな意味で先の見えない状況に五人が辟易とし始めてきた所で、大樹が進行方向に指を差した。
「本当だ!!早く抜けちゃいましょう」
「ようやくだね」
茜と少し声を弾ませて、雪は安堵の声でそう言う。
「一応、警戒は解かないようにね」
「二人とも油断しないように」
そんな二人を雫と上條が嗜めるも、五人の足は早まる。
そして、長く薄暗い道から視界が開け始めた所で、五人はその光景に息を呑んだ。
「すごい……」
雪はゆっくりと足をすすめながらポツリとこぼす。
目の前に現れたのは池の中心に佇む黒い幹と美しい緑色の葉を持つ大木だった。
高さ自体は驚くほどの高さではないが、その幹の太さは目を見張るものがある。中をくりぬけばちょっとした部屋でも作れそうな程その幹は太く、その根元をぷかぷかと浮かんでいるカモメのような生物が随分と小さく見えていた。
「これはすごいね……」
「直径何メートルあるんだあの木は」
「見て下さい!何かが木の周りに浮いてないですか?」
茜が指差すその先、大木の周りには虹色の靄のようなものがチラついている。
「多分あれは魔素。それに上の方は多分魔力」
その虹色に光る靄、まるでオーロラのようなそれは大木の根元から枝葉が伸びる下辺りまでに多く漂っており、そこから上部、美しい緑の葉をつけている頂点にかけてまでは虹色の燐光が所々輝いていた。
「通りで明るい訳だよ」
この悪天候の中、やけにここだけ明るいのはこの大木の周りの魔素や魔力のお陰であった。
「それに……日が差してきたね」
いつの間にか雨は止んでおり、その雲の隙間から、まるで大木を照らすかのように夕陽が差し込んでいた。
「キレイ……」
「すげぇな……」
そんな絶景に心を奪われて、五人はここが外界である事も忘れてその場に立ちすくむしかなかった。
「みんな……」
と、そんな中警告するような声が雫から放たれる。
「せっかくの絶景だってのによ!」
大樹はその雫の発言の原因を視界におさめると、そう溢して剣を構えた。
その視線の先には随分と気持ちの悪い生物が四匹ほど四班の方へと地面を這いずるようにゆっくりと近づいてきていた。
黒紫のヌメヌメとした肌を持つそれは、無数の触手がナメクジのような胴体の下から生えており、その顔と呼べる部分の下側には口と思われる横向きの切れ目があり、中心には一つの大きな目が備わっていた。
サイズは一メートル程もあり、できれば近寄りたくない見た目をしていた。
「流石に気持ち悪くて私は触りたく無いんですけど」
茜がそう溢すと、上條は大樹と並ぶように一歩前に出る。
「ちなみに平さんはあれが何かわかる?」
「オオクチって呼ばれている外獣です。毒はないですし、触っても問題なないですが、肉食ですので気を付けてください」
「大きな口ってか?どう見ても小さい口しかなさそうだけどな」
それこそ口の大きさで言えば、その体のサイズ感ちあった大きさだ。
「じゃあ、見てて下さいね」
そう言うと、茜は適当に足元に落ちていた枝を拾うと、オオクチの方へと投げた。
そして、それがオオクチの少し手前まできた所で、オオクチはその口を一瞬で数倍もの大きさに開き、その中から伸びた触手が木の枝を鷲掴みにする。
そして、それが食べ物ではないと分かると、枝をへし折って投げ捨てた。
「納得した」
大樹はひどく嫌な顔をしてそう言った。
オオクチが口を開くと、それは大人一人を飲み込めるほどのサイズまで広がり、その口内には見るだけでも嫌な気分になる程のおびただしい数の触手があり、そして、口内をぐるっと一回りするように生え揃った、人間のものによく似た形の歯が生えそろっていた。
「とりあえず……可能な限り魔術で倒そう」
上條も嫌な顔を隠さずそういい、魔法陣を構築した。




