外界演習2
上條君の髪色をこっそり変更しました。
「いやな天気だね」
シトシトと降り続く雨に、暗い空を見上げて雪はそう溢した。
とは言え、今のところその雨は五人の大した障害にはなってはいなかった。
備えあれば憂いなし。
そんな言葉がしっくり来るほど今回の四班は忠実に外界探索のマニュアル通りの準備をしてきていた。
五人が身につけているフード付きの雨具もそのうちの一つだ。
外界に公共の天気予報なんてものは存在しない。雪達が天気をあらかじめ知るにはそれなりに高い金を払って天気の情報を買うしかなかった。
そこにお金を使うくらいならと、たいした荷物にもならず、最悪捨てても大丈夫な雨具を持って行こうという話になったのだった。
「上條さんの言う通り、雨具を買っておいて正解でしたね。持ってきてなかったらと思うとゾッとします」
こんな、気分も下がる雨の中でも茜は明るくそう言った。
今や茜は四班のムードメーカーの一人となっていた。初対面でこそ、全員が人見知りでコミュニケーションが苦手そう、という印象を茜に持っていたが、過ごす時間が増えるにつれて、その印象は真逆へと変わっていった。
どんな状況でも明るく、上條とは違う視点で皆のことをよく見ている茜は四班のモチベーションを保ってくれている無くてはならない存在になっていた。
「片道二十キロの長旅だからな。これが無かったら随分と体力を削られていただろうしな。優馬さまさまだな」
「どういたしまして。とは言っても、あくまでマニュアル通りのことを言っただけだよ」
警戒しつつ、けども軽い雑談挟みつつ、五人はひたすら朽ち果てた街の中を歩く。
九時に出発して、まもなく十二時と言うところだ。幸運なことに今のところ、攻撃的な魔獣にも外獣にも遭遇していなかっため、四班は随分と順調な行軍をしていた。
距離にして約十キロ。総距離のちょうど半分をこの短時間で歩き抜くことが出来ていた。
「もしかしたら、今日にスパイク設置も出来ちゃうかもね」
「ん。余裕があるのはいいこと」
雪の言葉に雫が頷く。
本来の予定では、今日は目標地点の下見をおこない、明日の朝に設置作業を行う事になっていたが、このまま進めば三時頃には目標地点に到達できる。
適切な設置箇所を早い段階で見つけられれば、今日中に作業を終わらせるとこまで視野に入っていた。
「今日中に設置まで終われば、多分私たちが一番ですよね?」
「平さん気を抜くのが早いよ。と、言いたい所だけど本当に順調だね。ただまぁ、異常現象にだけは改めて注意しておこう」
「あ、そうですよね。すみません」
そんな茜の言葉に上條が笑みを浮かべながらも、たしなめるように言う。
外界探索は地球に戻るまでが外界探索です、探索者の中でも冗談めかして言われる常套句の一つだ。
「異常現象が起きてはぐれたときは、その付近の安全な場所に待機だよな。どれくらい待機すればいいんだ?」
「基本的にはこれがあるから、助けが来るまで待機だね」
上條は首にかけられているドックタグを持ち上げていった。
それは当然ただのドックタグではなく、スパイクを活用した位置特定機能がついたもので、大学から全員に配布されていた。
その他にもよく分からないいわゆるウェアラブル端末も配布されており、全員が装着していた。
「今回頻発している異常現象は、スパイクの通信障害だから、それが起こった場合はドックタグの位置情報も共有されない事は覚えておいて」
「となると、下手すりゃあ丸一日以上動けないってこともあるのか」
そりゃしんどいなぁ、と大樹はうんざりした顔で言う。
「っと、雑談はとりあえずここまでかな」
「ゴブリンが……五匹か。避けてもいいが、どうする?」
五人の前方には五匹のゴブリンが道の真ん中でたむろしていた。
よく見ると、その足元には何やら動物が倒れており、どうやら食事中であることが見てとれた。
「私は戦ってもいいけど……」
「少し様子見した方がいい」
濁す雪の言葉に雫はキッパリとそう言った。
「そうだね。少し様子見しようか。基本的に無駄な戦いはリスクが高いから避けたいしね」
「まぁ、前回痛い目見てるしな」
「あれは仕方ないと思いますけどね」
五人は歩いていた道路の端の物陰に移動し様子を伺うことにした。
そして、様子を見てわずか三十秒ほどで五人はその選択肢が正しかったことを理解した。
「なんかゴブリンが騒いでやがるぞ」
そういう大樹の視線の先ではゴブリンがギーギーと耳障りの声を上げながら、ちょうど五人からは死角の道の先に向かって何かを威嚇していた。
威嚇する、とは言っても五匹ともずるずると後ろに後退しているあたり、ゴブリンよりは上位の生物であることが予想できた。
「嘘でしょ……」
そしてその存在が目に入ったところで、一番最初にその声を漏らしたのは茜だった。
全長は五メートルをゆうに超えるだろうか、その白銀の体毛と肩から背にかけての数本の黒いラインが特徴の狼を大きくした様な生物がゴブリンの前を悠々と歩いていた。
そしてもう一つ。ユラユラと揺れている体と同じ位の長さがある尾の存在も相まって、どこか神々しさすら感じられた姿だ。
「あ、あれって刃狼ですよ」
「本物は初めて見たが……あれが噂の刃狼……か。文字通りバケモンじゃねぇか……」
刃狼は足元でギーギーと騒ぎ立てているゴブリンに目もくれることなく、のしのしと進んでいる。
外獣にとって魔獣とは血肉という面では捕食の対象にはならず、魔力の補充という面でも、刃狼にとってはゴブリン程度の魔石では雀の涙程であるため、無視されるのが常であった。
もっとも、ゴブリンがいらないことをしなければ、ではある。
現にこの場にいるゴブリンも刃狼が彼らのことを意にも介していないのに関わらず、餌を守るかの様に立ち塞がり、ギーギーといまだに騒ぎ立てていた。
そして、刃狼がその動物の死体の側に足を進めた瞬間、ついに痺れを切らしたゴブリンの内の一匹が刃狼の足に噛み付いた。
当然、魔力を纏っているのと、強靭な皮膚を持っている刃狼を傷つけることは叶わないため、刃狼は軽く噛み付かれている足を振るう様にしてゴブリンを弾き飛ばす。
そこで諦めれば良いものの、今度は弾き飛ばされたものも含めて、五匹全員で刃狼によじのぼり噛み付いたり、引っ掻こうとしていた。
流石にそこまでされると刃狼も苛立ち位はするようで、腹の奥底まで響きそうな唸り声を出すと、身体を一振りし、ゴブリン達を軒並み地面に落とすと、その前足を一振りした。
その瞬間、足元にいたゴブリン全てが文字通り小間切れになり、魔石のみを残すこととなった。
そして、まだ数十メートルちょっとは離れていて、かつ隠れているはずの四班の方をその二つの金色の瞳でジロリと睨む。そして、お前達は要らないことをするなよとばかり、小さく吠えるとそのままその場を立ち去った。
刃狼の姿が消えて、十数秒後、五人はほぼ同時に大きく息を吐いた。
「「「「「はぁ〜」」」」」
「死ぬかと思ったぜ……」
「流石にあれは肝が冷えたね……」
大樹と上條は心底疲れたようにそう呟いた。
蛇に見込まれた蛙とはまさにこのことだった。刃狼に睨まれてから立ち去るまで、四班の班員は息を出来ないほどの緊張感に襲われて続けていた。
そして、その緊張感からようやく解放された茜が、ズルズルとその場にへたり込んだ。
「た、平さん……大丈夫!?」
「大丈夫です。色んな感情がごちゃ混ぜになっちゃって気が抜けただけです」
雪が慌てて茜に声をかけるも、茜は大丈夫だというように手を振ってゆっくりと立ち上がる。
「それならよかった……。それにしても、賢狼と呼ばれるのもある意味納得だったね。何にせよ危険な個体じゃ無くてよかった」
賢狼とは刃狼の別名だ。
その別名の通り、刃狼は高い知性を持っており、個体によっては人間の言葉すら解すると言われている。
そしてなによりも特徴的なのは、刃狼が魔力を使った何らかの術を使用出来るという点だ。
あのサイズで強力な力を持つ外獣の中では、刃狼は至って平凡な体の強度しか持たない。
しかし、実際のところ、刃狼は外界の生態系ピラミッドの中でも頂点に近しい位置にいる。それは、刃狼が魔力の扱いに長けているからだ。
万が一、刃狼が敵に回ってしまった場合、一般的な魔術師であれば、十人単位で集めなければ戦いにならない。
「まぁ、あれだな。出会ったのが賢狼様でよかったとしかいえないな。他のだと、どうなっていたか分からんからな」
刃狼と近しい力を持ち、市街地で出会う可能性がある外獣となると、殆どが凶暴なものばかりだ。
幸い、そう言った強力な外獣は個体数が少なく、遭遇率は高くない。
とは言っても、刃狼以外の外獣の目撃情報は刃狼のそれと比較しても随分と少ない点から、遭遇した探索者が軒並み帰らぬ人となっているという事実もあるのだが。
「とりあえず、気を取り直して進もうか」
その上條の言葉に、物陰に隠れていた五人は立ち上がる。
「あの刃狼が待ち構えてたりしてねーか?」
「それはほぼ無いね。力量が近いならまだしも、ゴブリン相手に隠れていた僕達だよ?襲うつもりならとっくに襲われてるさ」
「それに強力な外獣は私達の持つ魔力の質や量で強さを見極められるらしいです」
「そりゃまぁ、随分と便利だな。まぁ、俺達も強力な魔術師の事は何となく分かったりするからな。それと同じか」
大樹は納得した様子で頷きながらそういった。
そんな大樹を横目に見ながら、上條は全員の顔を見渡す。
「改めて先に進もうか」
全員進む事に問題がなさそうであると判断した上條がそういうと、五人は改めて目的地への移動を再開した。
「安全なトラブルで良かったね。私たちついてるかも」
「雪それフラグ」
「え、うそ!?」
目的地までの距離は残り半分。
四班の演習は順調に進んでいた。




