雪&茜 VS 雫
先ほどとは違って土俵に上がったのは三人だ。
その内の一人は涼しげ、というかほぼ無表情で、残りの二人は不安そうな表情と緊張したような表情を浮かべていた。
その余裕が無さそうな二人である雪と茜は簡単ではあるが、作戦を練っていた。
男性陣二人と当の本人である雫も、雪と茜が人数有利だからと言ってそれを卑怯とは言わない。
少人数の対人戦闘という観点から見れば雫の実力は未知数ではあったが、魔術師見習いとしての実力の高さに関しては、全員が実際に見て、話も聞いている。
当の本人である雫も雪の実力はよく知っているし、何より自分の実力というのを正しく理解していた。
「ど……どうしますか」
どうやら茜は緊張すると少しどもりガチになってしまうようで、落ち着かない様子で雪にそう尋ねた。
「そうだね……。私はとりあえずまだ一等級の魔術しか使えないから。平さんは武器を使わないんだったよね?」
正直言うと雪も雫の実力を誰よりも知っているため、その不安はより一層強かったが、パートナーである茜がこの調子だ。雪が引っ張っていくしかなかった。
「そ、そうです。あの……魔術もほとんど治癒系ですので、近接戦闘しか出来ないです」
申し訳なさそうに茜はそう言うが、それは雪も大して変わらない。それどころか、出来る事の幅はさらに狭いため、申し訳なさはむしろ雪の方が感じているが、今はそれを言っても仕方ない。
「一応、雫の特徴を教えるね。雫は私達とは真逆で、遠距離や中距離を魔術を使って圧倒するタイプなんだ。だから、近接戦闘は余り得意じゃない……はず」
ない、と言い切れないのは、そもそも雫は何をやらせてもだいたいのことはできてしまう天才であるからだ。
もう一つは、雫が近接戦闘をしているところを雪も見たことが無かったからだ。
雪は何度か彼女の本気も見ていたが、常に他の三人も一緒だったため、近距離の戦闘は彼らが担当していた。
「じゃあ、な……なんとかして近付かないとですか?」
「そうだね……」
雪はちょうど対角線上で無表情で棒立ちをしている雫にチラッと視線をやる。
小柄で線も細く、今もボーッとしていて全く強そうには見えないが、ここにいる誰よりも彼女の放つ魔術の恐ろしさと、味方である時の心強さを雪は知っている。
しかし今回、雫は雪達の敵だ。
残念ながら、雪達はその魔術を掻い潜って雫に近づかなければならない。
真っ当な方法でそれを掻い潜るとなると、単純に全ての魔術を避け切るか、そもそも魔術を使わせないようにするか、全て受け切るか、と言う三択だ。
「ちなみに、平さんは魔術を封じたり、魔術を防ぐ魔術が得意だったりしないよね?」
「本当に申し訳ないんですが……全然得意じゃないです」
本当に申し訳なさそうに彼女はそう言う。
「簡単な魔術の中に雫の攻撃を全て止められる魔術なさそうだしね……。となると……全部避けられる自信ある?」
「少しなら避けられると思いますけど……。ち、ちなみにどの位の数とかスピードで来るのでしょうか……」
「えーっと……。最後に見た時は、数秒に一回位のペースで二、三等級魔術を使っていたね」
「ごめんなさい。普通に避けられないです」
「だよね……」
雪が最後に見た時は小型の魔獣を掃討するときに使っていたが、弾幕と言えるくらいの勢いで魔術が行使されていた。
流石にそれが終わった後はぐったりしていたが、それでも二人相手なら十分すぎるほどの攻撃だ。
「もう地面の中からとか、空から行くしか無いんじゃないですか?」
あまりにも勝ちが見えない戦いに思えて、さっきまでの緊張はどこやら、茜は半ば投げやりにそう言った。
しかし、その茜の言葉のおかげで雪に一つの妙案が浮かんだ。
「平さん……。もしかしたら、上手くやれるかも……」
そう言うと雪は茜へと二、三質問をする。
茜は自信なさげではあるが、それに数回頷き、二人して今度はしっかりと正面から雫と対面する。
「葛西さんと平さんは準備は良さそうだね?」
その様子を外から見ていた上條はそう声をかけた。
「はい」
「いけます!」
「天野さんは……大丈夫そうだね」
上條がしっかり聞き切る前から、雫は棒立ちから、少し動きやすい体勢へと体を動かしていた。
「いける」
「それじゃあ、結界を起動するよ。あ、ちなみに、同士討ちは普通に起こるから気をつけてね」
その言葉に雪と茜が頷くと、上條は小さく「頑張って」といい、結界を起動させた。
雪と茜は目の前の小柄な強敵を見つめる。
雫も二人のことを見つめていたが、動く気配は見せず、どうやら先手は譲るつもりらしいことが二人にもわかった。
「じゃあ、平さん、いくよ」
「はい」
雪は剣を召喚し、魔術の準備を行いそう言うと、茜は小さく頷いた。
そして、その言葉を皮切りに、二人が一斉に駆け出す。
しかし、横並びではなく、縦にならんでいた。
そして、予想外にも前に出ていたのは、雪だった。
「『閃光』」
雪のその言葉共に強い光があたりを照らす。
まともに見ればしばらくは視界が奪われる程の強さだ。
雪は魔術を行使した後も、目を手で覆いながら進んでいたが、その目を開いた時に映った光景にそう簡単には雫を倒せないことを悟った。
雪の目の前には、雪の身長と同じくらいの高さがある氷の壁がそびえ立っていた。
その魔術の名を「氷壁」と言う。
こちらもその名の通り氷でできた壁を作り出す魔術であり、二等級魔術に位置する。
雫はその魔術を雪とほぼ同時に使っていた。
勿論、雪の実力と手札を知ってこそ出来ることではあるが、咄嗟の判断でその読みができ、実行するスキルの高さは流石であった。
とは言え、最初の魔術を防がれる可能性が高いことは雪と茜も重々承知の上だ。
だからその足を止めずに雪は氷の壁へと近づき、その壁をごと裏にいるはずの雫を斬らんとする。
「斬れろ!」
雪はその言葉と共に剣を振るう。
魔力を纏った剣と身体能力の強化のお陰で、簡単にとは言わないがその剣は確かに氷の壁を両断した。
しかし、断ち切れた氷の向こう側には魔法陣が浮かんでいた。
「ヤバっ」
「『氷弾』」
「危ない!」
人の頭ほどある氷の塊が、薄くなった氷の壁ごと突き破り雪へと打ち出される。
しあし、ぶつかる寸前に茜が雪の体を強く引いたことで、雪は辛うじてその攻撃を受けず済んだ。
しかし、まだ雫の攻撃は続いた。
「『雹来』」
今度は小さい雹が茜と雪に向かって無数に打ち出される。
二人は詰めた距離をそのまま離される形で何とか雹を躱していくが、それでも体勢が崩れかけているため、どんどん余裕が無くなっていく。
そして、いよいよ当たってしまう、と言うところで雪の魔術が間に合った。
「『結界』」
雪は少し崩れた体勢をそのままに、結界で自分達を囲うのでなく、自分達の目の前に大きい板状の結界を張った。
特に意図したものではなかったが、自分達を囲わず、目の前に出したのは正解だった。
幾つかの雹は結界の外側を突き破ったものの、結界の内側にぶつかって止まり、中に転がっていた。
中にいたらおそらく数発貰っていただろう。
「これがそれですね……」
「そうなんだけど……」
しかし、自分達を囲わずに使った弊害か、雫にその魔術の存在に気付かれてしまった。
魔具大好きっ子の雫は魔具が関わると随分と饒舌に積極的になるが、それは魔術においても同じだ。
「雪、その魔術は何?」
つまり、こうなるのだ。
あの雫の表情に感情が乗る。長い付き合いだ、その目を見ればかなりの興味を持っていることが雪には分かった。
この闘技場にあるものをはじめとして、結界系の魔術というものは無数にある。
しかし、その中でも、その形や特徴を自由に変えられるものというのは、雪の知る限りでは、教えてもらった「結界」の魔術しか無かった。
基本的には「結界」自体は何の変哲もない普通の結界系の魔術だ。
オリジナルとは言っても、元々ある結界系の魔術に手を加えて、弄りやすくしただけのものだから当然だ。
しかし、一つの魔術であるのに、様々な大きさや形、特性に変化させることができるという「概念」を含めて作られた魔術は他のどこにも無いものであった。
そして、当然、魔術が好きな雫にとって、そんな系統そのものの名前をつけられて、見たこともない形で使用された魔術に興味を持たないわけがなかった。
「それは教えられないよ」
雪は修からこの魔術を人に教えてはいけないとは言われていない。そして、本当に教えてはいけないものであれば、師匠は必ずそれを伝えてくれることも理解していた。
しかし、それを理解していても、そして例え、人に教えても良い、と言われていたとしても、雪は「結界」を人に教えるつもりはなかった。
理由は自分でも分からなかったが、そう強く思ったのだった。
「どうして?」
雫がこてん、と首を傾げた。
無表情で可愛らしい動作ではあったが、その裏では意地でも教えてもらおうと思っていることは雪にもしっかりと理解できた。
「だって……私たちは魔術師だからね。人に言えない必殺技くらいあるよ」
「分かった」
雫は俯き加減でそう言って、少し間を置いて顔を上げる。
「じゃあ、意地でも教えてもらう」
その目は、表情は他の班員から見ても、非常に好戦的なものであった。
「どどどどど、どうしますか!?なんか雰囲気変わりましたけど」
「ごめん……本気にさせちゃった」
茜はワタワタとしているが、雪はどこか高揚感を覚えていた。
先程までずっと手を抜かれて、それどころか今までも雫が本気で雪を相手することなんて無かったのだ。
それが師匠と出会って、少しレベルアップして自信を取り戻したところで、雫が自分に対して少しでも本気を見せようとしている。
そして、雫が使えない魔術を自分が使っている。
葛西雪という欠陥だらけの魔術師にとって、こんなにも、他の魔術師と同じ魔術師という立場で戦いの場に立てたことは今までに一度もなかった。
この日、この時、ようやく雪は自分の中でも魔術師という存在になれたのだ。
「平さん、絶対勝とうね」
「えぇ、葛西さんもどうしたんですか」
少し雰囲気の変わった雪に茜は動揺するも、その自信げな表情に何かを悟ったのか、目を瞑り一つ頷いた。
「分かりました。絶対勝ちましょう」
その言葉に雪も頷くと、土俵の対角線上で既に魔術の準備を終えていた雫を見定めた。




