準備フェーズ1
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演習まで残り一ヶ月ほどの準備期間というのは、学生達にとっては長いようで短い。
予行演習ではあれやこれやと色々なものが準備されていたが、今回は一部を除き、ほぼ全て自分たちで行わなければいけない。
それこそ、プロであれば何が必要で、何をしなくてはいけないかが脳内に叩き込まれているため、一週間も有れば時間が余るほどだが、学生達はそうはいかない。
手探り状態で、班員や友人達と協力して準備を進めるとなれば、時間がかかるのも仕方がない。
そんな中、雪が一番に行ったのが師匠から話を聞く事だった。
先日の友人達の話で浮かんだ疑問や問題点、準備すべきものを班員と共有した結果、それぞれの師匠にまず聞いてみよう、という事になったのだ。
「音を消す魔術?」
そんな雪の師匠である修は気の抜けたような声を出した。
最近の日課である手合わせを始める前に、雪が突然修に質問したからだ。
「演習に必要なんです。音を消す魔術に関してはうちの班は誰も覚えていないみたいで……」
「学生のうちは使い道なんてあまり無いしなぁ……。スパイクの設置に使うわけだろ?」
修は雪からは演習の簡単な内容を佐伯からは更に細かい部分や注意点、今回の演習の狙いを聞いていたため、その使い道を何となくだが予想することができた。
しかし、三等級魔術を今の雪に使えるわけもなく、かつ、修はそんなものは必要ないと思っていたため、教える気はさらさら無かった。
「そうなんです。私の友人からプロの方々はそうやって設置すると聞いたので、この準備期間中に班員の誰かが習得しないと、という話になって」
確かにプロの中には音を消す魔術を使用する者もいるが、それは半数にも満たない僅かな魔術師達だ。
雪が言っている音を消す魔術とは三等級魔術である「封音」であり、殆どのプロ達が使っているのは五等級魔術の「閉音」だ。
前者は簡単に言えば簡易的な防音室のようなもので、範囲内の音が外に漏れるのをある程度防いでくれる。しかし、それと同時に、外の音も入ってこなくなる。
加えてその範囲というのも術者を含むほんの小さなスペースだけだ。
後者は音の出入りを指定できるもので、例えば範囲内の音は外に出さず、外の音は取り入れたり、その逆も可能であり、当然範囲も簡単に指定できる。
そして、見習い達が覚える、と言っている時点で、三等級魔術の方を指しているのだと修は気が付いていた。
だからまず、そのデメリットを教えることから始めることにした。
「葛西さん。その音を消す魔術のことをどのくらい知っている?」
「班員の方が調べてくれたんですけど「封音」という魔術の名前と、範囲内の音をかなり軽減するような魔術とは聞きました」
「その通りだな。では、外からの音は?」
「外から……?多分、聞こえない気はします」
「ということはだ、近くに魔獣や外獣が近づいてきていて攻撃を仕掛けて来ていたとしても、設置者は音では気が付けないわけだ」
「他の班員は音が聞こえると思うのですが、それだとまずいですか?」
「スパイクの設置は簡単だが、経験が少ない者が目を離してできるような作業では無いんだよ。つまり、設置者が狙われたら、周りの班員が全力で設置者を守らないといけないが、その時点でかなり不利な状況になる」
「確かにそう考えると、そうですよね。それがいつ起こるか分からない、ですよね」
勿論、必ず魔獣や外獣が現れるわけではないし、その襲撃がうまくいくわけでも何でもない。それに音と光を漏らさなければ、襲撃の危険性すら低いだろう。
ただ、その危険がいつ訪れるか分からないのも事実だ。
そのリスクが理解できないようでは外界で活動し続けるのは無理だろう。
外界では極力無防備な状態を作らないのがベストなのは言うまでもない。
「そういうことだ。それに、周囲も何かで囲いを作るんだろう?」
「はい。プロはそうやっているからと」
「となると、視界も塞がれるわけだ」
「いよいよ、何も分からなくなりますね……」
雪は神妙な面持ちでそう言った。
友人達や班員と情報を集めて話し合って決めた方針だが、こうも穴だらけだとは流石に予想していなかった。
それが間違いなく正しい方法であるとは雪も思っていなかったが、それにしても随分と穴が目立つ。
そんな雪を見て修はフォローを入れるように話を続ける。
「ただし、そのやり方が間違っている訳ではないからな。ただ、実力を持っている魔術師がやるやり方なだけだ」
「私たちには難しいだけ……ですか。ただ、情報を集めるだけじゃダメなんですね」
「外界の情報はしっかり読み込む必要があるからな」
「先に師匠に相談しておいて本当に良かったです……」
雪はそうしみじみと呟いた。
雪達が得た情報が正しい情報であることは間違いない。
しかし、その情報が雪達のような魔術師見習いにとって有用かどうかは分からない。
今回の例を挙げれば、一歩間違えれば雪達にとってマイナスに働く情報になり得る可能性も十分あった。
「それにしてもそのやり方を行う魔術師がスパイクの設置に行くなんて珍しいな。本当に重要な地点か何か特別な理由がある時位じゃないか。そんなやり方をよく調べて来たな」
「友人がそのやり方を見たと……。あぁ、多分友人に経験を積ませるため、かもしれません」
「それであれば納得だな。まぁ、どの魔術も四等級以上を使うだろうから、葛西さん達に合った方法ではないよ」
雪はそれを聞いて、一つ興味が湧いた。
仮にこのまま雪達が低い等級の魔術でその作戦を決行しようとした場合どうなるかだ。
「師匠。ちなみに私たちが二等級や三等級魔術でそれを行おうとした場合どうなりますか?」
「んーそうだな」
やろうと思えばいくらでも方法はあるが、雪達が出来そうな方法は何かと修は考えを巡らせる。
「まず、音の遮断に関しては言うまでもないな。「封音」を使った時点で音の情報は一切遮断される。要は外敵の接近を知る為の手段が一つ消えるわけだ。さっき言ったように、外界の奴らは姿を隠すのが上手いのも多いから、手遅れな距離まで魔獣か外獣が近付いて来ていたと言うのあり得るな。というか、あったな過去に」
それを体験したのは修ではなく、もう既に引退している魔術師だ。
それは単独でのスパイク設置が行われていた頃の話で、その魔術師は辛うじて片腕一本を失うだけで済んだが、単独作業の危険性が周知されるのに一役買った事件でもある。
「あと、囲いに関しては、三等級以下の魔術でも光を隠す点で効果はあるな。ただ、最低でも設置者を含めて全体を覆えるサイズの囲いを作らないといけないし、三等級以下でそれに適した魔術があるかと言われれば……あるかもしれんが俺は知らないな」
「それ専用じゃ無くても、ちょっとした操作とかで作れないものですか?例えば壁を作るような魔術で……とか」
「魔術を本来の形から変えて使うのは可能と言えば可能だけど、当然高い技術が要求されるな。それが出来る人は初めから上の等級の魔術をつかうだろうしな」
「あ、確かにそうですよね。「結界」がまさにその代表例ですよね」
雪は小さな透明な立方体を手のひらに出した。
「結界」などのいくつかの一等級魔術であれば、雪は問題なく使えるようになっていた。
「うん。随分スムーズになったな」
その魔術行使を見て、修は満足そうに頷く。
「ずっと練習してましたからね……。それに私がこの魔術をもっと使いこなせていたら、囲いの代わりになったんですけど……」
「いや、遮光の効果も入れるとなると、魔法陣の加工を前提として作った「結界」ですら四等級以上の難易度になると思うぞ。基本が透明なものだからってのもあるが」
「うーん。うまくいかないものですね……。ってあれ?師匠だったらどうするんですか?」
よくよく思えば、雪は修がどうやってスパイクを設置するのかを聞いていないことに気が付いた。
「そうだな……答えを言う前に、葛西さんのクラスの先生は佐伯さんだろ?魔術師の心得みたいなのは学ばなかったか?」
ここで修が答えを教えるのは簡単だが、それでは雪のためにならない。様々な方向から物事を考えたり、見たりする力というものは魔術師に必須である。それを鍛えるのはこう言った所から行うことが大事だ。
「心得……。固定概念を持つな、アイデアとイメージ、選択肢を無数にもて、と教わりました」
「うん、その通りだな。じゃあ、俺の答えの前に、葛西さんならどうする?」
その修の問いかけに、雪は顎に手をやり考える。
魔術を使って、音を消したり、そのスパイクから出る光を遮る、という手段は時間的にも技術的にも魔術師見習いには難しい。問題点がおおすぎるのだ。
「光に関しては何か布みたいなので覆うとか……」
「難しいな。起動直後は結構な排気と振動があるし、軽い布なら吹き飛ぶな。それに、飛ばないくらいの布や囲いとなると無駄な荷物になるぞ。まぁ、検討の価値は有るとは思うけどな」
「うーん、そうですよね……。実際には見てないですけど、相当な音と光なんですよね……」
眉間に皺を寄せている雪を見て、修は軽く笑った。
「何も光と音を魔術で直接防ぐだけが方法じゃないぞ?」
「例えば……設置者ごと埋めてしまうとか……。流石にそんな」
「正解だ」
「馬鹿げた方法じゃ……えっ?」
雪がなんとなく思いつきで言って撤回しようとしたところで、思わず正解してしまい雪は間抜けな顔をしてしまう。
「馬鹿げた方法かもしれないが、葛西さん達ならそれが最も手っ取り早く効果が高い」
「えっ?えっ?でもそれってさっきのとやってることが地上か地中か位しか変わらないんじゃ」
「地中だとそれだけで設置者が無抵抗で襲撃を受ける可能性をほぼ消せるだろ。それに、光も漏れなければ、音も漏れづらい。穴を作るのは一、二等級の魔術でも簡単に出来るし、穴に蓋をするのも簡単な魔術で良い」
そう修に説明されると確かに理には叶っているし、おそらく自分達にも実行可能だろうことが雪にも分かった。
「いやでも……それかなり、格好悪いですよね……」
分かったが、どこか雪の求めていた解決策とは違っていた。
師匠のことだから自分達の思いもよらないスマートな解決策を提示してくれるかと思いきや、雪が思いつきで言った雑で泥臭い案が答えだとは流石に予想もつかなかった。
「ダサくても、泥臭くてもそれで安全が買えるなら安いもんだぞ?実際、葛西さんたちが思っている程外界探索ってのは華やかなもんじゃないからな」
魔術師達が強力な魔術を使い、魔獣や外獣を打ち倒すようなかっこいい冒険譚なんて所詮は物語の中だ。
実際に探索者達がやっていることとは、いかにそれらと戦わずに、もしくは無駄な戦闘を避けて、目標を達成することだ。
「何だか……少し目が覚めた気分です」
外界についての経験値を積み、知識を得ることが重要なのは雪も重々承知だが、望む事ならもう少し夢を見ていたかったのも事実だった。
「これはあくまで方法のうちの一つだからな。もっと他にいい案もあるかもしれないから、これからも色々調べて考えるといいよ」
何だか少し不満げな雪に修はそう言ったものの、結局の所先ほどの案に落ち着く事になるだろうと修は確信していた。




