佐伯先生の外界講座
少しの間説明回が続く、かもしれません
現場に出る魔術師を志すのであれば、魔術大学を卒業して得られる資格なんてものに意味はほとんどない。
実力主義であるこの業界では、義務教育を終えていようが無かろうが実力さえあればのしあがれるし、職に困ることもほぼない。
雪達が通う国立魔術大学卒であれば、その名に箔がつくのは確かであるし、周りの目も変わるが、それも最初だけだ。
いざ実戦となると、実力のみが評価され、肩書きなんて合ってないようなものとなる。
結局、実力さえあれば尊敬され、重宝されるような業界なのだ。
しかし、それでも魔術師の七、八割がどこかしらの魔術大学を卒業している。
理由は至ってはシンプルで、入ると入らないで、得られる知識量と経験値に大きな差がつくからだ。
ほぼ全ての魔術大学で行われる講義の中には、座学は勿論、様々な実践形式の授業がある。
その中には外界で行うものもあったり、対人戦闘などもあったりする。
そして、そのどれもが徹底した安全管理の下行われている。魔術大学に入学しなければ、実践で一から経験を培うしかなく、リスクが非常に高い。
そんな環境に学生達はいるわけであるから、どこの魔術大学であっても、学習に大して意欲的な学生は多い。
特にこの国の最高学府である国立魔術大学ではそれは顕著だ。
当然、それは徒弟制度参加組も例外ではなく、二年間は授業を取らなくても良い仕組みになっているが、その期間中に授業を全く取らない者は稀だ。
意欲の面を抜きにすると、主な理由は三つだ。
一つは、殆どの師弟がその指導日を週に三回から四回で行っていることだ。要は徒弟制度での指導だけでは時間を持て余すのだ。
例え、基礎クラスがあるとしても週に三回程で一コマのみだ。
二つ目は、単位を保険として取れることだ。
大学を卒業するためには、当然、四年間の間に指定された数の授業を合格し、単位を取得しなければならない。
しかし、国立魔術大学の授業の難易度は高い。要はしっかり勉強する必要がある。そのため、同時に幾つもの授業の勉強をする負担は中々に大きい。
現在の仕組みであれば、徒弟制度で付与される単位とは別に、通常の単位を取得することも可能だ。
今のうちに取れるものは取っておいて、留年の可能性を減らしておこうと言うことだ。
そして三つ目は、単純に魔術師とは知識が全てであるため、どの師匠も弟子に授業を取ることを勧め、それに沿うように指導日設定することだ。
そのため、五人はGW明けからしっかりと学校に通っていた。そして、今日はGW明け以降初めての共通クラスであった。
「ごめん。最近すごく忙しくて、昼寝をしておかないと体力がもたないから……」
「雪、師匠に何言われても無理なら無理って言うのよ」
「凛、違うよ。私が無理言って師匠に毎日見てもらってるの」
ちなみに、最初は修も週に三回程と考えていたが、鬼気迫るような雪の説得に、渋々、週に六回と言うハイペースで指導をする羽目になってしまっていた。
「うっ……」
雪からお願いしている、と言う凛にとって都合の悪い事実に、呆気なく彼女はノックダウンされた。
雫に至っては、ホラ、言わんことない、と言わんばかりの冷めた視線を凛に向けている。
「それにしても師匠もよく許可したねそれ」
「最初はかなり止められたんだけど、どうせ無理するなら目の届くところのほうがマシだからって理由で許可されたよ」
その言葉に、浩也と真はまだ見ぬ師匠に同情の念を禁じ得なかった。
二人とも付き合いが長い分、雪の頑固なところも十分知っていたし、そうなると説得が大変なことも既に体験済みだった。
とそんな雑談をしていると、始業の鐘が鳴り、それとほぼ同時に、佐伯が教室に入ってくる。
そして、彼の姿を見るなり、少しざわついていた教室も見事に静かになった。
若い魔術師見習いであっても佐伯の異名を知っている者は多いし、彼について師匠達から色々聞かされていた。
最初こそ騒ついたが、今となるとしっかり怒らせてはいけない相手という共通認識が皆の中にあった。
「皆さん、こんにちは。さて、GW明け、予行演習明けの初めての授業となりますが、予行演習の反省会はしっかり行えましたかな?」
佐伯はそう言ってクラス中をゆっくりと眺める。
殆どの生徒が頷いていたことに佐伯は満足そうに笑顔を浮かべだ。
「よろしい。それでは、本日の講義はきたる演習本番に向けて、実践的な知識を学んで頂きます」
そういうと、佐伯は室内の照明を落とし、教室のスクリーンにプロジェクターでスライドを映し始めた。
「今回のテーマは外界についてです。そして、この話をするにあたって、前回の復習をまずしましょう」
スクリーンに映し出されたスライドには大きく「何故、あなた達の予行演習はうまくいかなかったのか」と書いてあった。
「一班だけは目的を達成しましたが、それでもメンバーの魔術的な実力を考えれば百点満点とは言えないでしょう。当然他の班に関して言わずもがなです」
一班のメンバーの表情には苦笑が浮かんだ。
それもそのはずだ。他の班とは違い、情報を買い、しっかりと下調べをして、意気揚々と向かった結果、トラブルまみれで時間ギリギリになってしまったのだから。
「この答えがわかる方は……と、まぁ聞くまでもないですね。ですが、一応聞いておきましょう。では森本さん如何ですか」
「お、俺ですか。そう……ですね。準備の段階で下調べとか、目標やその地域についての情報が足りなかったことかと思っています」
少し自信なさげに大樹はそう言った。
とは言っても答えに自信がなかったわけではなく、ダメだった要素が多すぎて絞りきれなかったからそのような答え方になっただけであった。
「しっかり復習は出来ているようですね。森本さんが仰る通り、皆さんに足りなかったのは情報です。ただ、情報とは言っても、何も買えるものだけではありません。経験というのも情報の一つです」
経験だけは買うことができない。だからこその今回のように演習が行われている。
生徒達は知るよしも無いが、優秀な魔術師達が護衛についている非常に安全で豪華な演習だ。
本来であれば、高い護衛料を払わないといけないところだが、徒弟制度を上手く利用して、格安の値段で優秀な魔術師達を雇えていた。
制度上の師弟関係ではあるが、実態は本当の師弟関係とほぼ変わりない。この心理を上手くついた結果だ。
「ですからここだけの話、今回の予行演習は成功を目的としたものではなかったのです。成功から得るものも多いですが、失敗から得るものも同様に多いですし、何より記憶に残りますからね」
失敗を前提とした予行演習であるから、実は浩也や雫の立ち回りはその目的に沿ったものであった。
雫は単純に出しゃばらないことを意識して、浩也はしっかりとその辺りに気がついた上で必要最低限の所のみ口出しをしていた。
とはいえ彼らもまだ魔術師見習いであるため、雫は口を出さなすぎてあのような結果になり、逆に浩也は下手に口を出したため、その知名度も相まって頼られすぎてがんじがらめになってしまった。その点でも二人にも学びは多くあった。
「この様子であれば、恐らく皆さんはもう復習済みかと思いますが、外界探索の際には、必ず可能な限り最新の情報を手に入れる必要があります。これは例えトップクラスの魔術師達でも変わりません」
「あの……すみません。それは普段行き慣れているところや、同じ対象が目的の場合もでしょうか」
と、ここでひとつ学生から声があがった。
その質問に佐伯は満足そうに頷く。
「いい質問ですね。答えは必要です。基本的に外界ではこちら側の常識が通用しません。極端なことを言うと、昨日まで安全だった場所が急に危険地帯になっていたりと、変化が激しい場所です。だいたい予兆というものはあるようですが、それには小さな変化や違和感に気がつく程にその場所に精通しなければなりません。当然そんなことできる者は稀です」
そんな稀な人物を師匠に持ち、もれなく自分もそんな稀な人物になりつつあること、そして何より、やはりそれが普通では無いことを雪は再認識して、なんとも言えない表情をした。
雪はまだしも、師匠に至ってはほぼ毎日、近所を散歩するような感覚で外界にいき、魔術やらなんやらの調査をしているのを雪は知っている。
「振り返りの所はとりあえずここまでにして、ここからは皆さまが今後外界で活動する上で関わることの多い人々について説明したいと思います」
そういうと佐伯はスライドを切り替える。
切り替わったスライドには「探索者」という文字が書いてあった。
「探索者とは、外界で活動する人々のことを指す総称です。例えば案内屋であっても、傭兵局の依頼を受けている者であっても、魔術師であろうが、なかろうが、その全員が探索者と呼ばれます。簡単に言うと外界で仕事をしている人々ですね」
とは言え、探索者達が自分達のことを探索者と名乗ることはほぼなく、「魔術師」、「案内屋」、「傭兵」などと自らのことを名乗ることの方が多い。「探索者」という名称は基本的に外向けの言葉なのだ。
「あと忘れてはいけないのは探索者は資格制ということです。何らかの公的組織に所属する必要があります。短期的なライセンスであれば、審査テストと身分照会のみ資格を得ることが出来ます。とはいえ、少なくともどちらかがなければ観光目的でもゲートを使えません。ここまでで何か質問はありますか?」
そんな佐伯の言葉に、学生の中で一際目立つ白髪の女生徒がおずおずと言った感じで手を上げた。
「環さん。どうぞ」
「あの……情報を提供している人たち、案内屋の方達って、魔術師や傭兵とどう違うのですか」
「いい質問ですね。外界での調査や偵察、開拓、そして案内を中心に活動し、外界の情報の売買を主に行う探索者を案内屋と呼んでいます。ここにいる皆さまは彼らのお客さんになる方が多いと思います。もし有能な案内屋と出会うことがあったら、しっかり顔を繋いでおくことをお勧めします。彼らの情報、そして案内だけで大きく生存率が変わりますので」
佐伯はこの話題に関してはあえてゆっくりとした口調で話した。それだけ重要だからだ。
根っからの実力主義社会である探索者界隈はでは、やはり新人探索者達は戦闘を行わない案内屋のことを軽視しがちだ。
しかし、事実として腕が良い者程、そしてベテランになればなるほど、案内屋の存在を重要視している。
少しでも早くそれを理解すれば、生存率を大幅に上げることができる。
「詳しく教えていただき、ありがとうございます」
そんな佐伯の思いを正しく理解したか否かは不明だが、環は神妙な面持ちでそう言った。
「さて、ここからは大学の講義らしく、少し突っ込んだ所から本格的に外界について説明しましょう。この知識が役に立つかどうかは、皆さま次第ではありますが」
佐伯はそう言うとスライドを次のものへと切り替えた。




