弟子と師匠の反省会3
雪が体の中を巡る激流の様な魔力をどのように制御するかを考えた時、まずそれがどのように流れているかをイメージする所から始めることにした。
少し考えた結果、雪は魔力そのものより、それが流れる水路をイメージすることにした。そのイメージが浮かぶのにも大した時間は要しなかった。
雪が修にそのイメージを伝えると、修は少し考えた後、納得したように頷いた。
「……うん。理にかなっていると思う。良いんじゃないか、そのイメージで。使う魔力の量はどうイメージする?」
「水路の大きさで決めようかと。魔力って形が見えないからイメージが出来なかったんですが、水路の大きさなら簡単にイメージ出来るので」
魔術とはイメージが全てだ。
勿論、魔法陣や魔法陣に書かれている魔法文字やその配置にも意味はあるが、あくまでそれは魔術が生み出す効果の固定を手伝っているに過ぎない。
その証明に、水を出す魔法陣を使い、その魔術を行使しようとした時に、火を出すイメージをしていると、魔術が不発になったり、暴発する結果になることが研究で明らかにされている。
魔術に名前がついているのも、行使のタイミングにその魔術の名前を唱えるのも、雑念を払い、イメージを固めるために行われている。
逆に、そのイメージさえ固められれば、魔術の行使はどんな方法でもいいし、本来は魔術名を唱えることすら不要なのだ。
魔術に魔法陣が必要である事に変わりはないが、「鶏が先か、卵が先か」問題は実は魔術にも当て嵌まるのだ。
一応、現在では魔法陣を構築してから、魔術を使用するが、実はその逆の現象も発生することは分かっているが、それを使いこなせる者はほぼいなかった。
「よし。イメージが固まったのなら、試してみよう」
「はい」
雪はその心の高揚を鎮めるように、大きく息を吐くと、目を瞑る。
そして、魔法陣を構築する前に、しっかりと先ほどのイメージを固め直す。
「いきます」
雪の手のひらに魔法陣が描かれていく。
そして、幾何学模様と文字が描かれたそれに雪は先ほどのイメージで魔力を注ぎ込んでいく。
一等級魔術に膨大な魔力は必要ない。
本流とも言える荒れ狂う魔力が流れる大きな水路へと小さな水路を伸ばす。なるべく狭く細く、でも魔力を逃さず、スピードを落とさないように水路をイメージする。
そのイメージ通り、魔法陣へと魔力が流れだす。そして、ほんの一瞬で魔術が十分に注ぎ込まれた様な感覚と同時に雪は魔術を行使する。
「『灯火』」
雪の詠唱とほぼ同時に虹色の燐光が舞い、魔法陣が収縮する。紛れもない、魔術が成功した合図だ。
そして、雪の手のひらには、雪がイメージした通りの小さな火が揺らめいていた。
雪は修に視線を向け、その反応を伺う。
少し遠慮がちに、しかし、以前とは違いその表情に不安は浮かんでいなかった。
「うん。完璧だな。文句つけようのない合格だ」
「やった……!」
心の底から喜びを噛み締める様に雪はそう言った。
約一ヶ月。それが一等級の魔術、それもその中でも簡単な方である「灯火」を雪が完璧なレベルまで使えるようになるのにかかった時間だ。
普通に考えれば時間がかかりすぎではあるが、彼女にとってみれば、十数年にもなる魔術師人生で出来なかったことが、たったの一月で出来てしまったのだ。
恥ずかしさから、大はしゃぎこそしないもの、その一言には随分といろんな感情が詰まっていたのだろう、と修にも簡単に想像がついた。
「この調子で『閃光』も試してみようか。少し威力を抑えてやって貰えるか?」
「はいっ!」
雪はすぐに魔法陣を構築し、先程よりも早いスピードで魔術を行使する。七色の燐光が浮かぶと共に魔法陣が収縮すると、一瞬だけ辺りが光に包まれる。
「流石にまだ調整は難しいか。でも魔術自体は成功だな」
雪の魔術は魔術の威力を調整するという面では失敗ではあったが、『閃光』という魔術を行使するという面では文句なしの成功であった。
「ん?……どうした葛西さん」
雪からの返事がないことに、修が不思議に思って彼女を見てみると、雪は俯き加減で立ち尽くしていた。
長い髪が垂れ下がっていて、修からはその表情は見えなかったが、鼻を啜る音と少し肩が震えていることには気が付いた。
何となくではあるが、彼女が泣いている理由を修は察することができた。
それは、一等級魔術を当たり前のように使えるようになったこと。たったそれだけの事だが、今までの彼女が苦悩してきた期間を考えれば、そうなっても仕方ないだろう。
この国を代表する魔術師の名家に生まれ、家族をはじめとする優秀な魔術師達に囲まれて、しかし、彼女はつい先日まで一等級の魔術すらまともに扱えなかったのだ。
そんな環境に置かれていても十数年諦めず、もがき続けた結果がようやく報われたのだ。万感胸に迫るものがあったのだろう。
修はなるべく雪の方を見ない様にして、その場を静かに離れ、壁沿いのベンチへと腰掛ける。
雪が泣き出して、五分ほどだろうか、ボーッと天井を眺めていた修の視界に人影が映る。
「すみません。お恥ずかしいところをお見せして」
少し目の周りを赤く腫らした彼女は自信に満ち溢れた良い笑顔を浮かべて修の前に立っていた。
「うん。良い顔してるな」
「顔……?え、あぁ、ごめんなさい。謝ってるのに笑っていて」
自分でもどんな表情をしていたのか気がついていなかった雪は手に頬を当てたり、顔覆ったりして慌てた様子で表情を隠そうとしている。
「いや、全然気にしてないよ。それより、続きはどうする?」
修は雪のその慌てた様子を笑いながら見て、そう尋ねた。
「お願いします!この調子のままもう少し先に進みたいです」
「そう言うと思ったよ。本当はもう少し後かなと思っていたけど、大丈夫そうだな」
「え?何がですか?」
雪は少し首を傾げる。
「新しい魔術教えるって話したろ?」
「え!?もう教えて貰えるんですか!?」
「同じ魔術ばっかりも良くないからな。同じ等級でも違いはある訳だしな。ただ……」
そう言って修はチラリと雪を見る。
もし尻尾でも付いていようものなら左右に大きく振っているのではないだろうかと思える程、雪の目は輝いているし、期待に満ち溢れた表情をしている。
「やり過ぎは厳禁だからな」
「き、気をつけます……」
わかりやすくギクッとした様子を雪は見せた。
心当たりがあるからギクッとしたのか、あの時ほどの練習をするつもりだったからギクッとしたのか修には判断しかねたが、釘を刺す目的はしっかり果たせた様だった。
「約束できるか?」
「……はい」
ある意味魔術馬鹿な雪が渋々と言った様子で頷くと、修は小さくため息を吐いた。
自分もかつてそうだった様に、彼女ものめり込むだろうことは簡単に予測できた。
「気持ちは俺も分かるが、本当にほどほどにな。仕事や学業、指導に支障が出ない様に抑えること」
「はいッ!」
「じゃあ、早速だけど、まずは見ておいてくれ……」
「『結界』」
「え?」
ただ立っているだけの修の目の前には、いつのまにか行使されたらしい魔術の残滓である虹色の燐光が微かに舞っていた。
いつ魔法陣が構築されたのか、そもそも何が起こったのかすら雪には到底理解できなかった。ただ、何らかの魔術が使われたであろうということしか雪には分からなかった。
そして、その魔術の名前すら雪には聞き覚えがないものだった。
「師匠これは一体……」
「これはおそらく、この世で一番簡単で、かつ一番難しく、一番応用が効く魔術だ」
「一番簡単で一番難しい?どう言う魔術なんですか?」
その矛盾している言葉に雪は首を傾げる。
「魔術名は聞こえただろ?その名の通り結界を作る魔術だよ」
「でも結界なんて……」
雪は周りをキョロキョロと見回しながらそう言って、そして、それを見つけた。
それは結界と呼ぶのは随分小さく、そして随分と物質的だった。具体的には限りなく透明の一抱えほどある立方体が雪の目線の少し先の空中に浮いていたのだった。
「これが……」
雪が手を伸ばしてそれに触れてみると、それは見た目通りの感触で、アクリルのような手触り、硬さだった。
「ちなみに今葛西さんの前に浮いてるのは、大体四等級位までの魔術の攻撃なら耐えられる強度になっている」
「そんな凄いんですか!?この大きさで」
「あぁ。ちなみにどこにでも出せるし大きさも変えられる。その他にもかなり応用が効く」
これだけ聞くと、非常に万能で使い勝手の良い魔術だ。それこそ、魔術師全員が習得していてもおかしくない程だ。だからこそ雪は疑問に思った。
「ですが師匠、何でそんな便利な魔術が知られてないんですか?」
「そりゃ、俺が作ったからな」
「師匠って魔術も作れるんですか!?」
「たまたま出来たものだけどな」
「そんなたまたま作れるような物では無いと思うんですが……」
呆れというか、なんとも言えない表情を浮かべ、修の言葉をまるで信じていない様子の雪に、修は本当の事なんだけどな、と苦笑を浮かべる。
「まぁ、いいか。とりあえず魔法陣を見せるから覚えてくれ」
修はそういうと、魔法陣を構築し、近くにあった用紙へ焼き写して、雪へと渡した。
一般人にとっては、訳の分からない記号や文字の集合体であるが、魔術師が見るとそれは一気に情報の集合体に変わる。
雪はその見本を見ながらゆっくりと魔法陣を構築していく。
しかしその途中で雪はその手を止めた。
「あれ?これって師匠が使ったものとかなり違いませんか?」
「だから言ったろ?かなり応用が効くって。俺が使ったのは、色々と効果を付け足したものだ。難易度的には五等級位だな」
「へ?いやそんな無茶な……」
「まぁ、訓練が必要なのは間違いないが、その魔術は仕組みが簡単だから慣れれば出来る。結界を出す場所、大きさ、形、この三つの要素だけで完結するからな」
「そう聞くとシンプルに聞こえますが……。魔力の量とかも瞬時に判断しているんですか?」
「まぁそうなるな。ただ、俺の場合は、一等級から五等級までの基本的な魔法陣と使う魔力の量を覚えているから、まるっきりゼロから判断しているわけじゃ無い」
修はいたって簡単に言っているが、実際に使いこなすとなると、かなりの回数の反復練習と魔法陣への理解が必要になることは雪には簡単に想像できた。
「この魔術は何か特別な効果とかがあるんですか?他にも似たような効果でより簡単な魔術はあると思うんですが……」
確かに、好きなところに結界を出せることの強さは雪にも理解できる。
しかし、同じような防御系の魔術が多数存在する中、高い技術と反復練習を必要とするこの魔術を修が推す理由が、雪にはイマイチ分からなかった。
魔術は多数存在する、これ一つをマスターするより、様々な魔術を満遍なく習得した方が戦いの幅が広がると雪は思ったのだ。
その言葉に、修は少し意味深な笑みを浮かべた。
「そうだな。とりあえず、細かい説明は後にして、実際に戦って見せようか」
「良いんですか?是非みせていただきたいです!」
その言葉に雪は嬉しそうに声を上げる。
雪は勉強になるという点を別にしても、プロの魔術師の戦いを見ることが好きだったからだ。
そんな雪の反応に修は悪そうな笑みを浮かべた。
「葛西さん勘違いしているようだが。俺が戦う相手は葛西さんだぞ」
「へ?」
雪は口をぽかんとあけて、少し間抜けな表情を浮かべた。




