弟子と師匠の反省会2
ようやく師匠らしいことをしっかりやっています。
所変わって、二人はいつも通り外界にある修の工房に来ていた。
いつも通りとは言っても、正確には工房の地下に作られたテスト場に来ており、ここは雪にとって初見の場所だった。
「こんな所まであるんですね……。これも師匠が……」
雪がテスト場の中を見回しながら呟く。
テスト場の広さはテニスコートを一回り大きくしたほどだが、高さはかなり高く、5、6メートルは悠にありそうだった。
壁面は扉も含めて艶のない黒色の素材で統一されている。
個人で作ったにしてはクオリティが高すぎるが、この師匠であれば出来ても不思議ではないと雪は思っていた。
「いや流石にコレは自分では無理だ。とあるツテを頼って作ってもらったよ。というか、上の工房も内装の一部分とか魔術的な部分は俺がやったが、殆どはプロに任せてるぞ」
「あ、そうなんですね。てっきり全部師匠がやったかと思いました」
「魔術ならまだしも、流石に建築とかのスキルは皆無だな」
いったい弟子の中の修はどんなハイスペックな人物になっているのか、修には想像もつかなかったし、したくも無かった。
弟子に信頼され、認められている事は、修も素直に嬉しいがそれと同時に自分への期待値も日に日に増している気がしていた。
「普段はここで何をされているんですか?」
「主に魔術のテストとか、研究の成果物とかがあればここで試してるな。ここの壁の素材は外界産の物質を使ったもので、魔術のテストにはうってつけなんだよ」
「外界産……?もしかして、アンチマジック効果があるとかですか?」
雪は興味深そうに壁に近づいて、軽く壁を撫でる。
壁はひんやりとしているが、特段変わった手触りでもなく、鉄を触っているかのような感触だった。
「その通り。生臭い話をすると、実はあっちの家を含めてもそれに一番金がかかっている」
「そんな高いんですかこの壁!?」
雪はペタペタと壁を触っていた手を急いで離した。
「でも、確かにアンチマジックなんてそれだけでも高いはずですもんね」
「ちなみに、ウチにある一番高い物は恐らく葛西さんがつけてるその指輪だな」
「や、やっぱり、かなり高いですよねこれ……。改めてつけるだけでも怖くなってきました」
雪も頭の中ではとてつもなく高い物と分かっていたが、ここ最近は指輪を常に身に付けていたため、前よりは気にならなくなっていた。
しかし、改めてその価値を知ると、雪はなんだか恐ろしい物をつけている気分になった。
「まぁ、冗談はさておき、早速やろうか」
「どこまでが冗談なのかわからないんですけど……」
笑顔の修に少し愚痴るように、雪は言うも、息を一つ吐いて、気持ちを切り替えた。
「よし、それじゃあ、まず説明からだな。やる事はシンプルで、「灯火」を色々な魔力の制御イメージで使うだけだ。より良いイメージを探すだけじゃなくて、疲れた時や集中力が欠けている時とか、どんな時にでも安定して魔術を使う特訓にもなるから何度も試してもらうからな」
「うぅ……なんだか大変そうですけど、頑張ります」
そういうと雪は目を瞑った。
普段から魔術に集中する時に目を瞑る癖が雪にはある。
魔術師は戦いで魔術を使うことが多い。そのため、いつかは無くさないといけない癖ではあるが、今やることではないため、修は何も言わなかった。
「それじゃあ、いきます」
雪はまず、修から今さっき聞いた話通り、体内を激しく巡る魔力を思い浮かべた。激流の川のイメージだ。
そして、手のひらを上に向けて、その先に「灯火」の魔法陣を丁寧に構築する。
何度も何度も繰り返し練習したおかげか、その魔法陣の質に限ってはプロの修からしても一級品だった。
しかし、本番はここからだ。
雪はその荒れ狂う保有魔力から、魔術へと魔力を送る。魔力を吸い上げるイメージだ。ゆっくり、丁寧に、過分も不足も無いように雪は少しずつ魔力を注ぐ。
そして、雪の直感がここだと告げ、雪は魔力の供給を止め、魔術を行使する。
「「灯火」」
虹色の燐光が舞い上がり、魔法陣が収縮する。そして、瞬く間もなく雪の掌には小さな炎が揺らめいていた。
「やりました!」
雪は嬉々とした表情を浮かべ、修を見る。いかにも褒めて欲しそうな表情をしていて、修の口元も緩む。
「うん、成功だな。もう「灯火」に関しては実戦で使えると言って良いレベルになってるぞ」
「やった」
雪はその修の言葉に小さくガッツポーズをする。
イメージは魔術を使う上での重要な要素であり、プロセスの一つだ。
それを変えてもしっかりと魔術を行使できた雪の技術は以前と比べてかなり向上したと言える。
「じゃあ、ここからが本番だ。同じイメージで、今度は可能な限り早く魔術を行使してくれ」
「……暴発しそうな気がするんですけど」
雪の脳裏には先日の「火花」の光景が過ぎった。
あれは何故だか成功こそしたものの、改めて自分が人を殺しうる力を使っていると雪に深く実感させた出来事でもある。
「そのために指輪があるから安心しろ。それに魔力を注ぎ続けるわけでもないだろ?大丈夫だ」
「そう……ですよね」
雪は左手に嵌っている指輪をチラリと見て、自分を落ち着かせるように一呼吸を入れた。
「行きます」
やる事は先程と変わらない。だが、難易度は桁違いだ。
雪はなるべく早く魔法陣の構築を行い、魔力の注入も、ゆっくり、丁寧に、ではなく、なるべく早く、を意識して行う。
「あっ」
魔力を注ぎ出してすぐ、あっという間に許容量を突破した魔術は指輪のストッパーによって不発に終わり、四散した。
「失敗は前提の上だ。気にしなくていい。あと構築は丁寧にやって良いが、魔力を注ぐことに関してはそのまま速さを意識してやってほしい」
「は、はい」
「あ、そうだ。イメージをより鮮明にするため、どんなイメージかを口に出してくれないか。俺もそれとその結果をメモしておくから」
「分かりました。次は水を汲む様なイメージでやってみます」
「よし、じゃあ始めてくれ」
雪はまた同じように魔術を組み始めた。
「あぁまた……」
雪から悲痛な声が漏れる。
失敗回数は五十回という大台に乗ってしまっていた。
流石の雪も魔力の減りを嫌と言うほど感じていた。そして、何よりも相次ぐ失敗で気力も尽きかけていて、明らかに集中力に欠いていた。
二十回を超えたあたりから、魔法陣の精度と構築速度に陰りが見え始め、三十回を越える頃には魔法陣の構築すら失敗するようになっていた。
(そろそろかな)
修は見るからにしなしなになっている雪を見て、手を貸すことに決めた。
このまま続けても良い結果は生まれないことは目に見えていた。何事もやりすぎは良くないのだ。
「葛西さん、まず一回休憩を挟もう」
「……はい」
「まぁ、そう落ち込むな。ほら、そこのベンチに座ってこれを飲んで。後これも」
修は項垂れている雪に、スポーツドリンクを投げて渡す。そして、ブドウ糖が多く含まれているラムネを手渡した。
「ありがとうございます……」
目に見えて落ち込んでいる雪を見ても、修は特に焦らなかった。
修はこうなることも実は織り込み済みだった。だから、ラムネやスポーツドリンクを用意していたし、その対策も大体は考えてあった。
最初から全てを教えなかったのは、修の教えで彼女の可能性を見逃したくなかったのと、先ほど言ったトレーニングも目的としていたからだ。
そもそも、今まで力押しで何とか魔術を使っていた者が、そうそう簡単にイメージを掴めるはずがないのだ。
本当は雪自身が自分で彼女にとっての正解を見つけるのが一番ではあるが、今回はある意味、雪にとっての最初の一歩だ。
未知のことに挑むのだから、ある程度の道筋を立てて上げてもいいと修は考えていた。
そこから先はそれをどんどん自分らしく進化させていけばいいだけだ。
「葛西さん。休憩したまま耳を貸してもらっていいか?ちょっとしたヒントを出そう」
スポーツドリンクを飲み、ラムネを食べて休憩をしたことで少し気力と体力が回復した様子の雪に修は声をかける。
「まず、さっきので五十回魔術を試したわけだが、そこには一つの特徴がある。それは何か分かるか」
「特徴ですか……」
雪は少し目線を宙に向けて、今までのイメージを思い返す。
「ちょっと曖昧な答えしか出ないんですけど、送るイメージが強い気はします」
「惜しいな。正解は力づくで魔力を動かそうとしている、と言うことだ」
「でも、動かさないと魔力って使えないと思うんですけど」
修のその返しに雪は頭を傾げる。
激流から魔力を取り出すのだから、当然力強いイメージも雪は必要だも思っていた。
「そうか?魔力は体の中でどうなっているのか、もう一度考えてみな」
「体の中を巡って……。もしかして、その流れを利用するとかですか?」
聡い雪は一瞬で修が言いたいことを汲み取った。
そのことに修は満足げに頷く。
「流石だな。その通りだ。葛西さんはその魔力の循環スピードも相まって、体内魔力を動かすことが苦手なんだろう。まぁ、水でも何でも強い力が働いているものを動かすのは大変だからな」
「早速試してみていいですか!?」
さっきまでの落ち込みはどこへやら、雪は立ち上がって今にも魔術を試したそうにウズウズしていた。
「まぁ、待て待て。まだ続きがある」
「あ、すいません」
微笑ましいものを見るような柔らかい笑みを浮かべた修に、雪は顔が赤くなり少し縮こまる。
「その気持ちはわかる。サクッと説明しよう。まず、コツは流れるスピードも具体的にイメージすること。もう一つは、コレはあくまで方法の一つでしかない。失敗しても落ち込まないように。次があるからな」
「はい!」
雪は力強く頷いた。




