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欠陥魔術師見習いの育て方  作者: すいぃ
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顔合わせの日3

一気に色々登場人物が出てきます。

「疲れたけど、来て良かったな……」


 気が付けばもう夕方だ

 顔合わせが行われた会場の外で雪はグッと伸びをし、息を吐いた。

 今日は一日中、緊張に不安、そして期待と、様々な感情が雪の中を代わる代わるグルグル回っていた。

 顔合わせの時の自分の言動や行動を思い出すと今すぐにでも穴に入りたくなるほど恥ずかしいが、それでも、今感じている幸福感や満足感は今までに感じたことが無い程に大きかった。


 今日、師匠と話をするまでの雪はずっと強い不安に押し潰されそうだった。

 特に自分が希望し、選考を勝ち抜いた末に決まった師匠が突然変更になる、という知らせを聞いたときは膝から崩れ落ちたほどだ。


 自分の欠点が、現場に出て戦う魔術師として致命的であることはとうの前に理解している。

 だからこそ、指導に優れて、かつ優秀な魔術師でなければどうしようも無いと、最後の希望を託して徒弟制度に臨んでいたのだ。

 実際、元々雪の師匠の予定であった魔術師は、現場での活動より教育に力を入れている魔術師であり、実力と人柄を含めて非常に評判のいい魔術師であった。

 当然、人気も高く、雪が弟子に選ばれたことなど、それこそ奇跡のようなものだった。


 そして、新しい師匠が決まったのがつい数日前だ。

 名前も見た事ない様な無名の師匠に決まったことに雪はまた落ち込むこととなった。

 もちろん、実力者しか師匠になれないのは知ってはいたが、それでも僅かな希望すら無くなったように感じた。


 そして今日を迎え、諦めが悪いのかどうか、雪はまだ僅かな希望と大きな不安を抱えながら顔合わせを迎え、そしてここでようやく雪の不安の大部分が軽くなったのだ。

 雪は気が付いていなかったが、雪の不安というのは自分の欠点が治るかどうかではなく、それに向き合ってくれる人がいるかどうか、ということが大部分を占めていたのだった。


 幸福感と高揚感に満ちた時間はあっという間だった。

 結局、顔合わせはあくまで顔合わせでしかなく、それ程多くの時間は取られていなかったため、話したいこと全てを話すことは出来なかった。

 実力も含め、雪は自分の師匠の事を全く知らない。だというのに、何故だか師匠の事を全面的に信頼していいと心から思っていた。

 これからの期待できそうな未来に少し笑みが零れた所で不意に雪の肩が叩かれた。


「ゆーきちゃん。何ニヤニヤしてるのかなぁ?」


 その声に雪が振り向くと、親友でもあり幼馴染でもあり、かの有名な魔術師見習い四人組の一人でもある桐原凛(きりはらりん)が人の事を全く言えないニヤケた顔で立っていた。


 そんな彼女、桐原凛の容姿は様々な面で人の目を引くものだった。

 身長は百七十センチを超えていて、足が長く、スレンダーで小顔といったまるでモデルのようなスタイルをしている。

 それに加えて、切長の目が特徴の目鼻立ちのはっきりとした顔立ちをしていて、それは彼女をいわゆるカッコいい女性に見せるのに一役買っている。

 その容姿だけで人の目を十分と言うほど引くのに、魔術師見習いきっての実力者の一人でメディアにひっきりなしに出ているというのだから、今日も今日とて目立ちに目立っていた。


「はぁ……」


 そんな彼女を見て雪はため息をついた。

 そこまで完璧なのになぜこんなに中身はダメダメなんだろうというため息である。


「え、なに?人の顔見ていきなりため息は酷くない?流石にちょっとは傷付くんだけど、私でも」


 少し眉をひそめた、拗ねたような表情を浮かべながら凛は雪にそう言った。

 しかし、その表情も一瞬で消え、少しニヤけが浮かんだ悪い顔が現れる。こういう所が彼女を残念にたらしめていると雪は常々思っている。


「それで?何でにやけてたの?もしかして師匠がイケメンだった?」


 先程の傷付く、という台詞はどこに行ったのか、凛は後ろから雪を抱きしめながら、楽しそうな様子を隠そうともしない。


「そんなんじゃないって!師匠が凄くちゃんとした人だから、良かったなって思ってただけ」


「なーんだ。ダメな師匠にあたって落ち込んでる雪を慰めるつもりでいたんだけどな」


 もう、と雪は凛の腕から逃れると、疲れたようにため息をついた。

 とは言え、本来ならもっと早くにこの制度を受けられていた彼女達が自分の合格に合わせるために、前回の合格を蹴っていたのを雪は知っている。

 中身は残念であるが、雪が最も信頼できる友人の一人であることには違いなかった。


「それより凛はどうだったの。なんか有名な人なんでしょ?」


「んー?長崎兵吾って雪は知らない?若い魔術師の中では一、二を争う位有名な人だけど」


 雪はそれに頷き、知ってるよ、と返事を返した。


「私は何でもよかったから親の勧めだし、あの人の弟子になるのも初めから確定してたからさ。ま、でも顔はかっこいいし、実力はもちろん、話しやすい感じだったから良かったけどね。まだまだ様子見って感じかな」


 あ、確定云々はオフレコで、と凛はお茶目に言った。

 とは言えこれも良くある話、というか暗黙の了解である。

 そもそも、弟子を決めるのは師匠の自由というルールはこれのためにあるのだ。試験さえパスしてしまえばそれは違法でも何でもない。


「へぇー。凛も様子見なんて出来るようになったんだ」


「結構毒吐くよね雪ちゃん」


 感心したような頷く雪に、凛は微妙な顔をしている。


「それより、後の皆は……ちょうど来たね」


 そう言った雪の視線の先にはこれまた目立つ三人組が二人に向かって歩いてきていた。

 言うまでもなく、残りの有名魔術師見習いである。

 凛を含めた全員が、魔術師として非常に優秀であり、そのうちの三人は名門の魔術師の家系である。

  そういった特徴に加えて、五人は小中高と同じ魔術師学校を卒業して来ているのだから、自然とその仲は深まっていった。

 類は友を呼ぶ、という(ことわざ)通りである。


「凛と雪はもう来てたんだ。少し待たせた?」


 一番最初にあまり抑揚のないトーンで二人にそう声を掛けたのは天野雫(あまのしずく)だ。

 軽くウェーブの掛かった背中の真ん中ほどまである明るいブラウンの髪をしている。

 低い背にクリッとした丸い目、小ぶりな鼻、小さな口と、見た目はまるで小動物のようだが、よくみると目鼻立ちはがはっきりした整った顔をしている。

 彼女の母は勿論この国きっての名家である天野家の出身ではあるが、父親もまた海外の名家の生まれだ。

 つまり、雫は海外の名家の血も引いたハーフであり、家柄的にはこの中でもある意味随一だ。


 その後に続くのは男子二人だ。

 目にかかる位の少し長めの黒髪で気怠げそうな表情を浮かべているのが新田真(にったまこと)だ。

 言うまでもなく、顔立ちは整っているが、この面子のなかでは一番派手ではない。この国出身らしい、いわゆる塩顔をしている。

 五人の中で唯一名家の出身ではなく、英才教育を受けてはいないのだが、こと魔術知識においてはこの五人の中でもトップで、その優秀さからずっと学費免除を受けて学校に通っていた。

 今回の徒弟制度の試験の点数は雪に負けてしまってはいたが、それまでは真が雪に試験の点数で負けたことはない。

 今回は単純に彼があまり興味のない歴史や法律的なとこで一、二問落としただけであり、もっと深いところの掘り下げた専門的な魔術知識で言えば雪は到底彼には叶わない。


 最後の一人、茶色がかった黒髪のショートカットの男子が一ノ瀬浩也(いちのせこうや)だ。

 彼と凛がこの四人の中でも特に有名で顔が売れている。

 彼はそのキリッとした整った目鼻立ちと優しさを兼ね合わせた絶妙なバランスで出来た顔立ちから世間では王子や貴公子と呼ばれている。

 実際、性格もまるで物語の王子様のように、誰にでも優しく、勇敢で、正義感のある人物であることから、男女問わず、人気と信頼のある人物であった。

 実家も日本ではトップの名家、一ノ瀬であるため、名実ともに貴公子といっても違いはない。

 交友関係も広く、魔術師としての実力も知識も一流であり、総合的には有名なこの四人の中でも一歩抜きん出た存在であり、中心人物だ。


「それで、皆の師匠はどんな人だったの?」


 いつものメンバー全員が揃い、歩き出した所で、雫はそう話を切り出した。


「私のところは知ってるでしょ?長崎さんっていう若手の魔術師。ま、噂通りの人よ。雫の所は()()風音響子(かざねきょうこ)よね?」


 相変わらず軽い感じで凛は自身の師匠を紹介する。


「人の師匠を呼び捨てにするのはあんまり感心しないけど……。私は憧れの人の弟子になれるだけで光栄だし満足してる」


 その雫は言い終わると横にいた真に目をやる。つまり、順に師匠の事を紹介し合うという流れだ。


「僕も希望の師匠だしな。新庄司(しんじょうつかさ)さんってしってるだろ?」


 新庄司は真と同じようなタイプの魔術師で、どちらかというと研究に重きを置いた魔術師だ。


「俺の所は二宮大志(にのみやたいし)さんだよ。噂通りというか、日本で一番の実力なのに、すごく紳士で謙虚だったよ」


 と浩也の説明を最後に、一斉に全員の視線が雪へと向いた。

 

「初めっから私が目的だったんだね……」


 呆れたような表情を雪は浮かべる。


「それはそうよ。何せ雪が一縷いちるの望みをかけて掴んだ優秀な魔術師がダメになって、その代わりに来たのが無名の魔術師となれば心配もするわよ」


 その雪の言葉に、全員がうなずく。

 今に始まったことでは無いが、この四人も雪に対して結構過保護である。

 雪もありがたいやら情け無いやら、何とも言えない複雑な感情ではあるが、もう慣れたことでもあった。


「日比谷修さんっていう魔術師。魔術省の直属の傭兵として普段は働いているみたいだよ」


 この後の追求が面倒臭いので、簡単に終わらせようと雪は考えていたが、一番過保護な凛がそれで終わらせるはずは無かった。


「それで、実力は?私達より弱かったら……」


「え、何する気!?一気に教えたくなくなったけど……」


 食い気味の凛とゲンナリする雪を見て、あからさまに大きな溜息を雫がついた。


「雪。アレはいつものことだからほっといて。それに仮にも師匠に選ばれて、魔術省の傭兵をやっているる人の実力が無い訳は無いはず。私たちでは絶対敵わない」


 ツッコミ役というか、こう言った凛や皆の暴走を止めるのは、小動物のような見た目に反して冷静で落ち着いている雫の役割だった。


「実力っていうと、師匠は魔術も五等級まではほぼ使えるって」


 雫の言葉に、雪は凛の存在を意識外に飛ばして、今日聞いた師匠の話を皆に伝える。

 勿論、その辺りの情報は誰も彼もに話すのはともかく、友人や親に話しても問題ないと修から告げられていた。


「五等級というと全体では実力者に入るけど、師匠の中だと下の方だな。浩也は何か知ってる?」


「うーん。どっかで聞いた気がするけど、思い出せないなぁ。少なくとも悪い噂がある人では無いと思うけどね」


 浩也は顎に手をやって記憶を探っていたが、残念ながら思い出せなかったようで、お手上げといった感じで手を上げている。

 魔術師関係の事情に詳しい彼が少しも思い出せないレベルとあれば、他の四人が知っている可能性はほぼないに等しかった。


「魔術省直属の傭兵をしていてで、緊急で師匠に選ばれる当たり、信頼と実力の両面で認められている人だと思うけどね」


「お家柄的にも、変な魔術師はつけられないしな」


 浩也の言葉に真が付け加える。


「ふーん。まぁ、いつか私がこっそり見に行くから安心して」


「ほんとめんどくさいなぁ」


 ニヤリと笑った凛をみて、雪はまたげんなりとした。



 ======




 雪が質問責めにされている頃、修は兵吾と居酒屋へと来ていた。

 注文していたビールが来たところで、乾杯、とジョッキを突き出す兵吾に修もジョッキを合わせ、至高の一口目を味わう。


「いや、それより、お前、また嵌めたな?」

 

「嵌めたなんて人聞きの悪い。修には可愛い女の子の弟子が出来たし、給料もいい。俺は信頼できる奴に任すことが出来て安心。winwinだろ?」


「仕事を回してくれたのはありがたい。認めてやるよ。けど、あの子葛西家の子なのに加えて、すごい問題抱えてるだろ。全然、心配いらないこと無いだろうが」


「可愛い弟子が出来たこともありがたいって認めるんだ」


「話を逸らすなっての」


 戯けた兵吾に修はため息をついてそういう。

 そんな修を見て薄く笑った兵吾は、表情を引き締めた。


「ま、でも正直、修を師匠に当てるのしか選択肢は無かったよ。あそこの家は名家にしては変わってるんだよ。子供に選択肢を与えるんだ。他の家なら彼女は学者の道しかなかったはずだ」


 と、そこまで言って兵吾は表情を崩し、大きく息を吐いた。


「しかもあの子には変に過保護でさ、無理に有名な魔術師は付けるな、ただしある程度のは付けろって言う注文が入ってさ。元々修を推すつもりだったけど、その条件にも当てはまってから都合もよかった」


「ある程度ので悪うございました」


「まぁまぁ。実際、名家の人たちは気にもしてないだろうが、魔術省的には非常にぴったりな落とし所だったんだよ。名前は売れてないけど、実力と信頼感ではピカイチだったから 」


「そう思われているとありがたいけどな」


「普通に師匠をやってれば、面倒なことにはならない。嘘は言ってない。ただし、修のことだから絶対なにかやらかしてくれると期待はしてる」


「色々ってなんだよ……」


 楽しそうにそう言った兵吾に修はげんなりした表情でそう返す。


「いや、これが冗談じゃないんだ」


「なんだよ、不穏だな」


 少し真面目な様子で、周りに聞こえないようにするためか、声のトーンを落とした兵吾に修は嫌な顔をする。


「あの子、葛西雪は名実共に箱入り娘なんだ。親御さんも危険な現場に出る魔術師じゃなくて、研究者として活躍することをご所望だ。前の魔術師が変わった理由もそこにあると俺はみてる」


 そんな兵吾の真剣なトーンの話ではあったが、修から言わせると今更そんな爆弾を落とされてもとしか言えない。


「とは言っても、教えるからには本気で教えるつもりだけどな」


 そんな返事に兵吾はニカっと笑って、軽い様子で話し出す。


「ま、修があの子に気に入られてしまえば、あの子に甘いご家族はそうそう何もできないはずだ。それに、結果がともなったなら、それはそれで向こうにとっても万々歳なはずだからな。要はすべては修次第ってことだ」


「言っておくけど、七等級を使えるトップ魔術師と同じようにはいかないぞ?こっちは無名の魔術師なんだから、葛西家からしたらわざわざ気を遣う相手でもない」


 七等級の魔術は大規模かつ高威力になる傾向にある。

 例えば、五十メートルの範囲を攻撃できるとか、範囲内の人の怪我を全て癒すとか、無茶苦茶な性能を持ったものばかりだ。

 当然、そんなものを使える魔術師は日本国内でも十数人しかいない。魔術の先進国である日本でこの程度だ。

 いくら名家であろうと、そんな強力な効果を持つ七等級を使用できる魔術師相手を簡単にどうこうはできない。

 勿論、権力的な部分で言えば圧倒的に名家に分があるが、戦力的な部分で言えば、国家規模の貴重な人材である。 


「だからこそ、俺達のような魔術師が選ばれなかったんだろうよ。ただ、俺は期待してるぞ?


「何がだよ」


「葛西家としては無名な魔術師をつけることが出来て一安心ってところかもしれないが、そうはいかないってことだよ」


 本来、名家の子供となると、魔術省的にもお家の格に見合った、ふさわしい魔術師を当てなければいけない。

 しかし、葛西家としても下手にトップクラスの魔術師を付けてしまうと動きづらく、また下手に技術と知識を持っているため、中途半端に雪の問題を解決できてしまう可能性も十分ある。

 そうなると雪を研究職に就かせたい葛西家の意向が通りづらくなるため、今回は特例として修のような「無名」かつ「信頼できる」魔術師が選ばれたのだ。


「お前ってそんな名家の人間嫌いだっけ?」



「好きでも嫌いでもないさ。ただ、魔術師名家達のこういうやり口は嫌いだから、一泡吹かせられるように、修を仕込んだってところだ」


「人を道具みたいに使いやがって……」


 少し睨みつけるように修は兵吾にそういうも、兵吾はどこ吹く風だ。

 そんな兵吾に修はため息を吐く。


「まぁ、俺も思うところはあるし、全力は尽くすつもりだ」


「それでこそ修だ。一応、俺も巻き込んだ部分があるから、お家関係の何かがあったらフォローはするから連絡してくれ」


「七等級が使える魔術師は随分と頼りになりますね」


「なんか毒があるな」


 そうやって、修と兵吾の夜も更けていった。

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