弟子達の反省会
引き続き、加筆修正作業中のため、少し言い回しや内容が変わっていたりします。
本筋に変化はないです。
そのはず……。
「結局、雪の魔術で何とかなったってこと?大学もそんなんで学生が本当に死んじゃったらどうするのよ」
顔を赤くした凛がビールを片手にジャーキーをつまみながらそう言った。
まるでおっさんのようだが、見慣れた光景であるため誰一人として気にもしていない。
「その為に例の誓約書があるからね」
一方で、意外にもあまり酒に強く無い浩也はジンジャエールを片手にそう答えた。
その隣では真がポテトチップスを食べていて、テーブルを挟んだ向かい側に女性陣三人が座っている構図だ。
雫は一人、焼酎を黙々と飲み、その隣では雪がアルコール度数の低いチューハイの缶に口をつけていた。
予行演習の翌日、五人が集まったのは浩也が一人暮らしをしている部屋だ。
一人暮らしをしている部屋とは言っても、魔術の名家かつ魔道具の製造販売をしている一ノ瀬コーポレーションの御曹司でもある浩也の部屋は普通のサイズでは無い。
彼は親が持っている高級マンションに住んでおり、間取りも3LDKと破格の広さだ。
正直、最初は浩也もかなり持て余してはいたが、結果的にこのように他の四人の溜まり場にもなっていたため、結果オーライだと思っている。
「難易度設定間違えたんじゃ無いの?結局、浩也の班と雪の班しか集合時間に間に合っていないし、目標まで達成したのは浩也の班だけだし…」
あれだけトラブルまみれの予行演習だった割に、再集合地点であるゲート前に最初に着いたのは雪達の四班だった。
その要因は、四班が早々に目標達成を諦めて帰ったことと上條が設定していたスケジューリングがゆとりを持たせたものであったためだ。
その後、集合時間ギリギリで浩也達の一班が集合場所に到着し、凛の二班、真の三班は三十分ほど遅れて到着することとなった。
「そう言えば、凛の所は随分と……大変そうな格好になっていたけど何があったんだ?」
真が言葉を選びながら凛に尋ねる。
凛の班が最後に到着したが、それはもう随分と酷い格好になっていた。
もれなく全員が何か良くわらない粘液にまみれになっていて、凛を含めて二人ほどは血塗れにもなっていた。そして、全員から生臭い匂いがしていた。
「あぁ……。思い出させないで欲しかったわ」
さっきまで意気揚々と酒を飲み、つまみを貪っていた凛がその手を止めて遠い目をする。
「なんか……すまん」
「今後の教訓にするためにも共有すべき。凛、話して」
「雫は私に厳しすぎない!?まぁいいけどさ。私たちの目標って湿地帯にある樹液の採取だったのよ」
「それがどうしてあんな結果になるの?」
「樹液を出す木がいわゆる食虫植物的なやつでツタが触手みたいになっててね」
「それに捕まったわけか。よく平気だったね」
「まぁ、ツタはそれなりに頑丈だし、力もそこそこ強かったけど、そんなに太くないし、なにより肝心の口自体、小型の動物が入る位の大きさしかなかったから。牙があるわけでもないし」
「俺たちなら問題ないってことね。武器も魔術もあるわけだし」
「じゃあ、何が問題だった?」
「そこってさ……デカい蛙の生息地だったんだよね……。人を丸呑み出来るくらいの……」
「何となくオチが分かったかも……」
雪は大体凛達に何が起こったか想像つき、苦笑いを浮かべる。
自分達が一番酷い目にあった、と雪は思っていたが、凛の班もそれと同じくらいには酷い目にあっていたのは予想外だった。
「まさかツタに足を取られてる時に人を丸呑み出来るカエルが近くにいるなんてね……ハハハハ」
凛は乾いた笑を浮かべて、真と浩也は顔を見合わせる。
どちらがより突っ込んで話を聞くか、と言うアイコンタクトを交わす。
何が二人の間で伝わったのか雪と雫には到底分からなかったが、どうやら浩也がその役目を引き受けたようだった。
「その、カエルに飲み込まれて大丈夫なのか?」
「後で調べてみたけど、魔術師なら大丈夫みたいね。実際、私ともう一人は頭から丸呑みにされて胃まで落ちたけど、体が少し胃酸でぬめっとした位だったから」
「どうやって逃げ出せたんだ?他のメンバーが出してくれたのか?」
「自分でやったわよ。身体能力強化して、拳で内側から突き破ったの。もう一人も胃の中から剣で腹を割って出たみたいよ」
その絵面を凛以外の四人は想像するが、どうやってもギャグ漫画のような絵面しか浮かばなかった。
「凛ふざけてた?」
雫がコテンと首を傾げて悪気もなくそう聞く。
言葉は違えど、他の三人に浮かんだ感想も大した違いはない。
「なんでよ!真剣だったし、なんなら死ぬかと思ったわよ!」
雫の言葉と呆れた表情を浮かべた三人に凛は抗議の言葉を上げるが、四人にはかけらも響かなかった。
「話は戻るけど、ゲート付近に湿地帯なんてあったの?この辺りは廃墟だらけだって聞いていたけど」
雪の疑問ももっともで、ゲート周辺は朽ちた建物だらけであり、廃墟しかない。つまり、建物が朽ちている以外はこちら側の風景と大きく変わらない。
「基本的にはな。理由は不明らしいが、環境が違う場所も多々あるからな」
「うん。外界の南の方には雪原が広がっているエリアもあるし、北の方には溶岩地帯がある」
「ちなみに、凛が向かった湿地帯は相当広いらしいからね。奥に行くと俺たちには手の負えない魔獣や外獣とかが多くいるみたいだし」
魔術の名を冠している高等学校であっても、外界の地理などと言う踏み込んだところまで教えることは無い。
その為、大学の授業を取るとか、書物などで自ら学びにいくしか外界の知識を得ることは出来ない。
浩也は優秀な魔術師である長男に連れられて既に何度か外界の依頼を受けていたし、雫も同様で、両親にゆかりのある魔術師に連れられて外界での仕事を経験している。
真も単純に外界にも興味があり、文献などを通じて自ら調べていたが、実戦に勝るものはなく、その点で言えば浩也や雫の方が知識が豊富と言えるだろう。
どちらにせよ、この三人は魔術師見習いにしては外界についてもそれなりに詳しかった。
「それで、真のとこはどうしてダメだったのよ。遅刻したけど、三班は随分と余裕そうだったじゃない」
「そうだな。僕達の班は雪と雫の班や凛の班と比べると、トラブルといったトラブルは無かったな。強いて言えば、目標がギリギリまで見つからなかったことくらいか」
「その目標って月華草だっけ?」
真から軽く話を聞いていた浩也は記憶を確かめるように聞く。
その植物は一般的にも有名なため、凛と雪でも知っていた。
月華草は葉が三日月の形をして、僅かに発光している白い植物だ。その葉の形と丸い黄色の花を咲かすことから、その名が付けられた。
その見た目の美しさから観賞用として人気だが、薬草としての一面も持つ植物だ。
「あぁ、本当はな。結局、僕達が集めたのはそれに似た毒草だったけどな……」
「真にしては珍しいね。普段だったら真っ先にその辺りに気が付いて指摘してるのに」
「一応、月華草によく似た毒草があるのは知っていたし、見分け方も知ってた。ただ、それとは別にもう一種類あったらしいんだ」
「ちなみに夜泣き草って名前で、突然、大人ですら泣き喚く位の激痛が全身に生じて、三十分以内に解毒しないと死に至るエゲつない毒草だよ」
浩也は人差し指を立てて、にこやかに解説しているが、それを聞いている四人からすれば、表情と内容の不一致具合に違和感を持たざるを得なかった。
「まぁ、でも三十分あるならまだ優しい方じゃない?即死するやつもあるわけでしょ?」
「凛はいい所をつくね。三十分ってのは猶予っていうよりは、拷問って言った方が正確かもしれないよ。なんせ、三十分間は死ねずにかつ気絶もできずに苦しみ続けるってだけだからね」
「タチ悪すぎない?その毒草……」
凛はにこやかにそれを話す浩也にも、その毒草の効果にもドン引きだった。
実は五人の中でペアを組ませるなら、浩也と凛と言う組み合わせが最も相性が良い。
仲が良いのも一因ではあるが、一番は浩也であれば、凛がいくら暴走しようが止められるし、何なら暴走しないように制御出来るからだ。
「浩也の所は?」
気がつくと一升瓶を空けていた蟒蛇の雫が、今度はビール缶を開けながら浩也に尋ねた。
「私も気になるな。唯一、浩也だけ目標達成してるし」
「そんなに大した目標では無かったよ。あと、自分で言うのも何だけど、一通り外界で依頼をこなす方法と流れを知っていたからね。それが大きいね。皆は始まる前に情報買ってないでしょ?」
「情報?何の情報を買うの?」
「そう言えば僕達も買ってないな」
「外界で依頼を受けるときは、傭兵管理局で目的地とか目標とかの情報を買うのが普通」
雫が淡々とそう答えると、雪がすごい勢いで雫を見る。
「待って、雫、知ってたの?」
「当然。外界で活動する時の常識だから」
「なんで言ってくれなかったの〜!」
雪は雫の肩を掴んで、ユサユサと揺さぶる。
「だって、私じゃなくて、全員の予行演習だから。私が全部口出したら意味ないし、失敗から学んだ事は必ず身につく」
「そうだけどー」
雪は納得は出来るが、素直にそれを認められず、雫を揺さぶり続ける。
「確かに、僕も知識として情報が買えることは知っていたけど、正直そこまで大事だとは思ってなかったからな。浩也の班だけ成功してるのをみると、その大切さが分かるな」
無抵抗な雫が、無表情のままひたすら左右に揺れるのを見ながら、真は雫の言葉に一人納得している。
「勿論分かってるんだけどさ……。ちなみに、情報っていくら位なの?」
雫を揺さぶるのをやめた雪は浩也に尋ねる。
雪達の実家の資産は置いておいて、あまりお金を持っていない学生としてはその辺りの値段は気になる事に間違いはない。
「正直、ピンキリだね。その情報の新しさとか、外界でのトレンドとか、貴重さも勿論、情報提供者の知名度でも随分と金額は変わるから」
外界での情報は生死に直結する。
当然ながら、名の知れている情報屋の出す情報の値段は高いし、貴重な情報であったとしても、無名の情報屋の情報の価値は低い。
レーティングシステムが確立されている事は、今の外界での情報売買の形を支えている。
レーティングシステムはその名の通り、情報屋にレートを付けられるシステムだ。
情報を購入した者は、その情報の正確性や値段の二項目で、情報提供者に五段階評価を付けることができる。
勿論、人が評価を付ける以上、サクラレビューを始めとした、レート操作の問題もあるが、評価者も実名で公表される為、今の所大きな問題な起きていなかった。
「俺たちの買った情報で言えば千円程だったよ。幻惑蝶の採取をしたがる冒険者なんてそうそういないし、何より養殖もされているからね」
「意外と安いんだね。その蝶々は名前的からして幻惑の魔術とか使ってきそうだけど、どんな蝶々なの?」
「普通の、と言うと語弊はあるけど、遠くから見てる分には何の害もない綺麗な蝶々だよ。ただ、鱗粉に麻薬成分が入っているから、そこの対策をしていないと一瞬で意識が飛ぶから外界では要注意な生き物ではあるね」
「何でこう、外界の生物は殺意がこうも高いの?」
植物にその長いツルで巻きとられ、カエルには丸呑みにされる。そんな経験をまとめてしてしまった凛はうんざりだと言わんばかりにぼやく。
「ついでに言うと、幻惑蝶が気絶状態にさせた動物を狩る外獣もいるから、そこも調べないと、鱗粉対策をしてても横槍が入ることもあるよ」
「なんか私、いよいよ外界が本気で嫌いになってきたかも」
「でも、その分効果的な物質が採れたりする。幻惑蝶の鱗粉も麻酔や痛み止めに使われているし、その効果もかなり高い」
外界の生物は一癖も二癖もあるモノばかりだ。しかし、雫が言ったように、人類に対して有用なものを生み出してくれる事も多い。
外界の探索と研究が進めば進むほど、人類の暮らしも豊かに、より良くなっているのは事実なのだ。
「でもいい教訓になった気はするよ。私も色々学べたし」
「初めから失敗するように組まれていた気もするけどな。浩也と雫の二人がいる一班と四班の危険度の方が、僕と凛のより明らかに高い所から見ても」
真の推測は的中していて、雫と浩也のいる班の危険度や難易度が高いのは、二人の外界での経験値を考慮したためだ。
もちろん大学側も嫌がらせのためにそんな事をしているわけではない。学生達の安全のために、予行演習前日に大学もロケハンや調査を行い、ルートを指定し、危険地帯などをわざわざGPSナビに表記させているのだから、かなり手間がかかっている。
四班の失敗の仕方は正直大学側としても予想外であったが、それでも、風音響子と日比谷修という、過剰な護衛がついている為、過保護と言っても過言ではない。
「本番も失敗しそうよねー。そんな簡単に外界のアレコレって調べられないじゃないの」
そんな、凛の言葉に雫は首を傾げる。
「その為に師匠がいるんじゃないの?」
今更ながら、身近にエキスパートがいた事に凛と雪と真は気がつく事になった。




